さぁさ余興 さぁ余興!


時は湿地より雪つのる山の大地へと向かう道中


寡黙で怠惰なる道化師に、傲慢で猪突なる少女という
奇矯な連れ合いが出来上がり


情報を手に町や村など流転していた頃合―








「なあ ちょっほぐらい菓子買ってもよかったろ?」





心地よい木漏れ日が差し込む林道を歩きながら
ズボン姿の、草色の短髪をした少女が言うが


旅人用のマントローブを着た青年は 前を向いたまま答える





「無駄金を使うつもりは無い」


オレにはムダじゃねえ!どっちきゃと言や
本とかボーカンマントのがムダだぜ」


「寒冷地を甘く見るな それと自分の言葉に責任を持て」





的確な発言に 彼女は少したじろぐも
諦めずに反論を試みる





「だっだ、だったらもっと金かしぇごーぜ?」


「ならば芸を磨け 著しく不器用な助手がいるか」





色違いの 冷ややかな両目が少女を見下ろす





確かに青年は"道化師"として芸を見せる事で
日銭を稼いでおり、少女も承知の上で共に旅している


だがしかし彼と会うまで 自らの"力"を頼りに
自由気ままな旅をしてきていた少女にとって


"道化師の助手"という立場も現状も、不満でしかない





「神に道化のマネゴトなんかできぇるか!それに
悪人ぶっ倒したふぉーがスカッとするし早いだろが!」



「面倒な恨みを買う気も無い」


「うう…こーにゃったらオレの神力でしょこらの石を
金に「頭は空でも猿知恵は働くのか」


その一言で、彼女の中の何かが音を立てて切れる





「だぁぁぁれが頭キャアラだぁぁぁ!!」


少女が拾った石を顔面めがけて投げるが


道化師は首を軽くひねるだけで あっさりと
ソレを避ける





「図星を差されて悔しいなら学べ」


うっしゃい!ファシュミリャセなんか学ばなくても
オレは神強えーんだよっ!」






怒りに任せて手の平を彼の身体へと伸ばし―







"ギギェー"と濁ったような何かの鳴き声と





「ひいぃぃっ!!」


同じ方向から聞こえた 絹、というより木綿を
引き裂くような やや低い悲鳴が少女をすんでで押し留める











〜幕間1 風変ワリナ探求者〜











石が飛んでいった先へと進んで行き、林の奥から
まず見えたのは奇妙な生物の一群


見た所 彼女のヒザくらいの大きさで

コウモリと豚を足して二で割ったような容姿をしている


その生物の群れに囲まれた中心にへたり込んだまま
真っ青な顔で震え続ける白服が一人


恐らくあの人物が悲鳴の主だろう と二人は思った





「大ピンチってやちゅだ!いくぞカフィル!


「何をする気だ」


きっまてるだろ?ピンチのヤツを助けんのは
神のやきゅめだぜっ!」


それだけ言うと、振り返らずに少女は駆け出し





「面倒な"役目"だな」





ため息混じりに呟いて道化…カフィルもそれに習う









あらぬ方からの投石に刺激されたのをきっかけに


苛立った生物が、奇声を上げて一斉に跳びかかる





いやあぁぁ!アタシまだ死にたくない〜っ!!」





両腕で自らをかばう旅人に 鋭い爪や牙が剥き出され


あわや身体へと突き立てられそうになるが





「"全ての意志はここにあり!!(レェサニサ)"」





突如として旅人の周囲に噴き出した土砂に阻まれ


あるいは思い切り巻きこまれて弾かれる





戸惑う生物へ 少女は追撃とばかりに辺りの木の枝を拾うと

先程と同じ文言を繰り返しながら投げつける


枝は、空中で炎をまとって生物に命中し


羽や身体に火がついた二、三匹がもがきながら墜落する





「へ、え…式刻法術(ファスミラセ)…?!





残る数匹が木切れを投げ続ける彼女に気づいて
怒号を上げながら目標を変えた





「へ!ミョーなナツラのブンザイで神に勝てると
うおっ、あぶな!


低空飛行で距離を詰めた一匹の牙へ

とっさに木切れを噛ませて攻撃を防ぎ





「ひゅっ、ふいウチなんてヒキョーなマネを…ん?」


「退いてろグラウンディ」





眉をしかめながらも下がった少女…グラウンディと
入れ替わるように前へと出たカフィルが


手にした松明の炎をかざし 接近する生物へ吹きかける


一瞬で勢いのよい炎の波が空中に広がって

直撃を受けた数匹分が、更に地面へ転がりのたうつ





過半数が手痛い傷を負い 無事だった残りの生物達も
本能的に二人に怯えたのか


耳障りな鳴き声を上げて、方々へと逃げていく





ひぇん、どーだ参ったか!…っとそれはそれとして
おみゃえソレどーやってんだよ?」


「中に仕込んだ油を火に吹きかけているだけだ」





林の奥や茂みへと消えた生物から、早くも関心を
彼が見せた先程の火吹き芸へと変化させている少女と


どこか面倒げにそれに応じる道化とを


ぼんやりと見上げたまま 旅人が口を開く





「つ…強いのねぇ、アナタ達」


「たったり前だ!ポレはだからな!!」


自信満々に胸を叩くグラウンディだが、相手は
呆気に取られた顔をするばかり





「気にしないでやってください 拙くも式刻法術を
使えるのだと自慢したいだけの小娘のたわ言なので」


「んだと!おみゃえなんか火ぃ吹いてただけだろ
こんのモノグサ道化(どうくぇ)!」



「ええと…はあ、まあ とりあえずっと」





へたり込んでいた人物はそこでようやく立ち上がり


丁寧に土ぼこりを払うと 二人へ頭を下げた





助けてくれてありがと、囲まれた時はアタシ
もうダメかと思っちゃったわ」





華奢ともいえる細身ではあるものの背はそこそこ高く

並べばカフィルと同じか 少し上くらいあるかもしれない


整ってはいるがどことなく爬虫類を思わせる顔立ち


釣りがちな目の左側に泣き黒子 肩より上に切り揃えられた
薄い青色の髪を更に短く束ねているが


マントローブから覗く、シンプルながらも洒落た
デザインの白シャツと黒ズボンに 首に巻いた赤いスカーフ


そして亀の甲羅さながらの茶色の荷物袋を背負った姿は
明らかに風変わりな出で立ちだが





「アタシの名前はロズリー、ロズリー=ブロウガー
仕事は流れの料理人ってトコかしら」





続けられた相手の名乗りが その疑問を払拭していた





「へーきゃわったカッコはそれでか〜
オレはグラウンディ!でこいちゅはカフィル」


「グラウンディ…グラウって呼んでもいい?」


「別にかまかわないぜ!オレはフトコロ神広いからな!」







再び林道を歩く最中も 三人は言葉を交し合う





「へぇ〜竜の言い伝えを芸の肥やしに?」


「ええ、ウワサを小耳に挟んだものですから」


「でもあの雪原の谷って 事故があったって話じゃない
そんなトコに行って大丈夫なの?」


「それロズリーが言えるきょとかぁ?」


指摘され、相手は困ったように苦笑う







"料理人"と名乗っただけあってロズリー本人は

心身ともに、荒事にはまるきり不向きである


けれども一所にいるべき料理人が流浪の身なのは


ひとえに料理人だからこその 当人なりの探究心と
挑戦心に基づいた理論が要因であった





「怪物が人間を食べるのに、人間が怪物を
食べないなんて ズルくてもったいないと思わない?」


「…それも一つの考え方ではありますね」


でしょ?だから出来る限り色んな材料(モノ)を
直に見て、手にとって調理して行こうと思って」





その言葉が示す通り、ロズリーは普通の食材に留まらず

人が手を出すのをためらうような材料すらにも
手を伸ばし 日夜様々な調理法を試みているのだとか





もちろんあの林でも、ある素材を探して徘徊しており


その際 足元に気を取られてしまい、うかつにも転倒し
ガルグの集落に突っこんでしまったのだとか





「で怒ったガルグ達に追いかけ回されて
必死に逃げたんだけど、あそこで囲まれちゃって」


「そこへ私(わたくし)どもが通りかかったと」


「ええ、あのままだったら本当どうなってたか…」





思い出したように身震いするロズリーを横目に
グラウンディが こそりとカフィルへささやく





「あにょコーモリブタ、ガルグっつーのか」


「害獣の一種だ 群れるが知性は著しく低い
…が唾液や爪には微量の毒がある」


げ、ドキュあんのか」





彼女は内心、噛み付かれる寸前でとっさに
木の枝を押し込んだ自分を褒め称えた









林道を抜け 街道の果てに国境付近の街が視界へと
入ってきた頃合に、二人を見やってロズリーは言う





「あの、アナタ達の強さを見こんで折り入って頼みが
「お断りします」早過ぎない!?せめて話を聞いて!!」


「申し訳ありませんが私(わたくし)どもでは役不足です」


そんなコトないわよ!対処法も簡単にだけどあるし
アナタ達だったら無事に三つ集められるって!」


「ほしかして、オレらに食材集めてこいってのか?」


こくりと首を縦に振るロズリーへ、少女は露骨に
いやそうな顔をして続ける





「えぇ〜だっておみゃえの探す材料って、カイブツとか
ゲテモノが多いんだろ?それに見合うモンが払えんのかよ」


「うーん、生憎 手持ちはそんなに無いのよ…けど
もし協力してくれるなら お礼にアタシお手製の
新作お菓子をごちそうするわ?」





この一言を聞いた途端 青い目を眩いぐらいに輝かせ

少女はころっと態度を一変させた


「よっしひきょ、引き受けた!
オレが材料を神大量にとりに行ってやるじぇぇぇ!!」



「勝手に答えるな面d「いいじゃねぇか!
どんせキョッキョー超えるまで行き先同じなんだし」





"国境だ"と短く訂正を入れてから彼は


やる気満々なグラウンディを説得すべきか

今一度 ハッキリと断るべきかを逡巡するが





「やっぱり、いきなりご迷惑だったわよね?
ゴメンなさいアタシったら…」


あんだよあきらむんな!神は人助けが役目らんらから
なっ、そーだろカフィルっ!」





両者の様子を見て、どちらも困難だと理解し







「これも何かのご縁でしょう」





柔和な笑みを貼り付けながら 道化は折れた









「本当ならアタシもついて行きたいトコだけど
色々用意もあるから…危なくなったら戻ってきても
大丈夫だから 無茶だけはしないでね?」


「心配ミュリョーだぜ!神にどーんと任しとけ!!」







街にて宿を取り、他に必要な食材や設備などの準備に
奔走し始めたロズリーと一旦別れ


二人は三つの材料リストに記された場所を目指す





「しゅっげぇカベ…つかありぇ登ってとりに行くのかよ
えーと、カイチョブガーダルの卵?」


"怪鳥"ガーダルだ…中々面倒な」


「まーあんな高いトホに巣があるもんな」


『それだけじゃないぜぇ?』





声と共にカフィルの背に、のしかかる様に現れた
半透明のエブライズが 銀髪の上へアゴを乗せて続ける





『かなり凶暴でお肉がだぁい好き、とくに産卵直後の
母鳥ほどヤバいんだってさぁー刺激するとねぇ』


げ、お呼びじゃねぇのが来た」


仲間はずれにすんなよぉ〜ふと目ぇ放してたら
二人してなーんか楽しそうなコトしてんじゃ〜ん

なんならオレが、もっと楽しくしてやるよぉ?





黒尽くめの邪神はそう言って、ニィタァという音が
聞こえそうなほど露骨に口の端を吊り上げ


彼らの不快感と怒りをひたすらあおった







こうしてエブライズの魔の手が加わったコトにより


採取作業に 余計で危険なひと手間が追加されたのだった





いだだだだ!アイツよけいなコトびゃっかしやがって!
いつかぜっちぇーギャフンと言わして…いでっ!


巣までの登攀と卵の入手、そこから逃げ切るまでに

幾度も母鳥や他の怪鳥に身体をついばまれ





ぎゃああああああああー!
きょっちくんな!!ははは早きゅ取れカフィルーっ!」



森にて蚊のような口吻(こうふん)を持つ 手の平大
蜂の大群を巣から追い出している合間を縫って蜜を集め





「舌の根を押さえれば著しく大人しくなる」


「いやいやいやいや んなトッシャに出来るかよ!
神だってさすぎゃにためらうっつの!!」


"ヒトニキノコ"という、名前通りの奇妙なキノコを
採取している途中で現れたクマを撃退したりと





…とにもかくにも波乱に満ち溢れた採取となったものの


無事、二人は三つの材料を集め終え
ロズリーの待つ宿へと戻ってきたのだった









本当にありがとう!無理言ってしまってゴメンなさいね」


「いえいえ、私(ワタクシ)のような道化めが
お役に立てるのならば幸いでございます」


「あ゛ーちゅっかれた…イテーしクセーしブキミだし
そんなざお、ザイリョーでウマいカシ出来んのか?」


「そこはアタシの腕の見せ所ってトコね、まあ
出来上がるまでちょっと待っててちょうだい?」





材料を受け取ったロズリーは宿の台所へ引っこみ







しばらくしてから二人のテーブルへ皿を持って現れる





「あの卵とミツとキノ、キノコがどーつきゃわれてんのか
さっそくお手並みハイケ……」





多少げんなりしながらも、期待に満ちていた
少女の瞳から急速に光が失われていく







鈍い銀色の皿に盛り付けられていたのは


不自然なほど鮮やかで作り物めいたピンクと青紫の
液体が絡まった 肌色のいびつな半固形物


半固体のいやにつるりとした表面には、よく見れば
小さな黒い粒がぽつぽつと浮かんでおり


今にも崩れ落ちそうな不安定極まりない形状で
絶妙なバランスを取り続けている


どろりとした液体にまみれた皿の上のソレを

新しい芸術作品と見るか、薬品実験などの副産物
見るか 意見が分かれるかもしれないが


少なくとも料理…ましてや菓子と思う人間は
おそらくいないだろう





そんな目の前の物体に 不安を掻き立てられる一方で


漂ってくる匂いは、あくまで甘くかぐわしく


少女の食欲と好奇心を誘っている





「見てくれはちょっと変わってるけど、味は
とびっきりなんだから!ねっ、食べてみて!


「…おっおおおう、わきゃったぜ」





恐る恐るフォークをまだらな肌色の塊へと突き刺すと


ぶよぶよとした粘り気のある柔らかさに苦戦しながらも
どうにか一口分に切り分けたカケラを





目を閉じ 覚悟を決めて口へと放り込んで咀嚼し







…次の瞬間 グラウンディは大きく目を見開いた







「う、うううううううううううううううううううううう


うううみゃえぇぇぇ!?





皿にだらしなく広がる、ある種グロテスクな
見た目とは裏腹に


口の中には さわやかにバランスの取れた甘みと
ほどよい酸味が広がっていく


心地よく歯を押し返す弾力とやさしい口解けが
違和感なく同居し 変にまとわりつくことなく喉へと抜け


飲み下した直後、鼻腔を通り抜けてゆく際の芳香は


確かな満足感と悦楽を与えてくれる




料理人の名に恥じない腕前の菓子は





少女を すっかりと虜にした





「ふふっ、お気に召してもらえたかしら?」


おお!ふぁのザイリョーでこんにゃキモチ悪ぃ
見た目らろに すっげーウメェ!お前神スゲーな!!


「…うれしいけどもうちょっと素直にホメてよね」





軽くため息をつくも、打って変わってフォークを
盛んに動かし始めたグラウンディの様子に満足し





ふと 微動だにしてない彼に気づいてロズリーは言う


あら?カフィルさん、食が進んでないみたいだけど
もしかして どこかお加減でも悪いのかしら?」


「お気遣いいたみいります、お察しの通り私(わたくし)
前日より著しく腹部の調子が崩れておりまして
少しはマシになったのですが…誠に申し訳ありません」


まぁそうなの!?早く言ってくれたら…
てゆうか、気がつかなくってゴメンなさいね」


「いえいえ、そのお言葉だけでもありがたく存じます」





二人の会話を耳聡く聞いていたらしく


早くも自分の分を食べ終えたグラウンディが
向かいの皿を手元に引き寄せる





そーいうこった!食えにぇーならしっかたかねーよな
じゃ、オレが変わりに味わっといてやるぜ!」


「著しく行儀が悪いぞ」


「本当にねぇ、それにそんな勢いでがっついたら
喉に詰まっちゃうわよ…グラウ?





呆れる彼の側で、口に手を当てロズリーが笑い


おかまいなしに少女はがつがつと貪るように
菓子を口へと放り込んで


ほどなくして それは喉を押さえる動きに変わった





「むっがぐ!むぐぐぐ」


やだ大変!だから言ったのに、ほらお水!
あわてないで ゆっくり飲みなさい?ゆっくり、ね」





すすめられたコップの水のおかげで事なきを得るも


シャツの胸を抑え苦しげに荒く息つくグラウンディへ
ロズリーは心配そうに覗きこみつつ声をかける





「大丈夫グラウ?落ち着いた?んもう
女の子なんだからもっとおしとやかにしないと」


うっるっせーな!お前こそっ、胸なねえーし
声低いし、男みてーじゃねべかっ!!」


「あら、アタシはれっきとした男よ?」





さらりと告げたその一言によって料理人は


少女が自らを落ち着かせるために 続けて口に
含んだ水を、もろに顔面に浴びせられたのであった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ガルグの表皮はそこそこ頑丈なので
作りのしっかりした靴や低級の盾の革などに使われます


カフィル:著しくどうでもいい


ロズリー:まあ革は丈夫でいいんだけど、本体は
しばらく会いたくないわ〜お肉も硬くてパサパサだから
調理してもおいしくならないし


グラウ:チョーリしたこちょあんのかよ!つけぁ
男なのになんでそんらクチョーなんだよ


ロズリー:昔いたトコのがうつっちゃっただけよ
慣れってコワいわー(頬に手を当て首かしげ)


グラウ:気色悪っ!りゃんでお前のがオレより
女りゃしーポーズとかにあってんだよっ!


ロズリー:やだ グラウったらお口悪すぎよ?
そっちこそちゃんと直した方がいいと思うわ


カフィル:同感ですね


グラウ:へん!よっきぇいなお世話だぜ!!




ミーハーかつ見境なくてスイマセン…とりあえず
ロズリーさんは本編に登場しないキャラとなります


読んでいただき、ありがとうございました〜