さぁさ進展、さぁ進展!


湿地の奥にて 奇妙な植物と一戦を交え


少女と道化師の距離も少しばかり縮まった模様


鎌で吸う"人の生命力(いのち)"を糧に
我が身を取り戻さんと足掻く彼が


彼女の術により焼け焦げた 湿地の主の
亡骸から取り出だしたのは





妖しいまでに眩く輝く、歪な赤色の宝石―








「それ…なんあよ?」





彼の手の中に納まったその宝石を、グラウンディは
不思議そうに眺めながら訊ねる





「これが 俺の探していた"身体"だ」


「意味わばんねぇよ」


「正確には、身の一部を封じた宝石(いし)だ」


「ぱじめっからそー言やいいだろ」





不機嫌そうに眉根を寄せていた彼女だが、どこか
人の足のようにも見える宝石を眺めるうち


ワケも無くそれを手にしたい衝動に駆られだす





「…なんか気になる ちょっと貸してくれよ


「面倒だ」


言ってカフィルは手にした宝石を軽く宙へ放り


次の一瞬で出現させた赫色の鎌の刃にて
素早く薙ぎ払い、真っ二つに砕いた





「あー!!」





残念さと驚きの入り混じった少女の目の前で


砕けた宝石が赤い光と化し、そのまま道化師の
身体へと吸い込まれて…消える


同時にグラウンディの中にあった衝動も消えた











〜九幕 雪原ノ谷ノ伝承〜











「な、なにが起きたんっ!…イチ、舌かんら」


「今のが、身体を取り戻す過程だ」





短く告げて カフィルがおもむろにズボンの
左足の裾を軽くたくし上げる





鉱山で"変装"を解いた際には金属の塊だった部位は


左腕と同じように、透ける薄い肌色に包まれた
赤い筋肉と白い骨へと変わっていた






相手が確認したのを見計らい 道化は裾を降ろす





「鎌で宝石を壊した時のみ、象られた部位を
肉体として取り戻せる」


「ってことは腕やハラの形(カラチ)してる
ヤツなら、腕やハラがもどってふんのか」


「"戻ってくる"、な 間違いなく」


「にゃーるほどな…そいつぁ分かりやすい!
そーと決まれば行くぞカフィル!!


「どこにだ」





問われて 彼女はほんの一瞬言葉を詰まらせた





「まよっ、まずよー宿だろ宿!
早いトコ次の村か町行って休もうぜ?」


「…著しくひどい姿だしな、互いに」





よく見れば、道化師のローブと下の衣装はあちこち破け
どちらの肉体も傷がついている


少女の方は服や身体の損傷にくわえて


植物に吸いつかれた際の"出血"も多少見られた





ぞーいうこった!ヘンな植物のせーで
神つかれたからな、早く行くじょっ」







ぬかるむ大地を先へと進んでから





そうだ、と思い出したように呟いて


振り返ったグラウンディが 笑顔で指差す





「今度からオレの助けを借にたいんならつねに
甘いモンは用意しとくべきし!これテッソクな!」






直後にふらつき、泥にヒザを突いた小さな身体を


カフィルは呆れ混じりに歩み寄って…引き上げる





「あまり期待をするなよ、グラウンディ











道行きを共にした二人が北上する最中に
幾つかの領土を巡り、村や街へと立ち寄ったけれども





ルグール湿地帯での出来事ほどの事件はなく





苦労の割には 大した情報も得られなかった







っくしゅん!あーざざざみぃ…」


「この先では、著しく寒さが増すぞ」





鼻をすすり、両腕でフードマントをまとった身体を
抱きしめながら彼女は顔を上げて言う





「らんでお前は平気そーなツラれきんだよ
別ん時も寝ずに動けてたし」


「仮の身体は、食物も睡眠も要らんからな」


「…ケガも自力でにゃおせるのはベンリだけど
生きもろろ力を吸わにゃいけねーのは神メンドいな」


「"生き物"な、奴はつくづく悪趣味だ


「わ、悪い わりゅかったからキゲンなおせよ」





渋い顔をしたカフィルへ謝ってから


ちらほらと白い塊が見えつつある、周囲の
寒々しい枯れ枝へと目を移して少女は続ける





「しっかしスポラベシウ雪原の谷にマジれ
いんのかね?なんて」


"ストラネシウ"雪原な…宝石が関わっているなら
面倒でも調べる必要はある」





妖しく輝く赤い宝石には、怪物や動物・人を
引きつけ狂わせる力が働いている


…故に宝石の近くでは何らかの怪異や災害などが
起こりやすく 道化師は今までそのウワサを頼りに
各地を旅して回っていたのである





「んなあぺず、アテずっぽーで行動してかのかよ」


「宝石が近くにあれば、鎌が反応を示す」


言ってカフィルがマントローブをまとった片腕を伸ばし

左耳の銀筒へ手をやる





「それもエビライスの術の一つか?」


「"エブライズ"だ…わざとやっていないか?」


んなワケねーだぼ!だけどあんな神ムカつく
むらさきヤローはベビライズで十分だろ」






もはや訂正も面倒になって、黙った彼に代わり





「あの、もし!そこのお二方お待ちを…きゃあ!


甲高い声が二人の後ろから響き渡った





声の方へ二人が振り向けば、そこには薄蒼い
質素なローブに身を包んだ女性が倒れている





止める間もなく慌てて駆けて行くグラウンディに
眉をしかめながらも


一つ息をついて、道化師もそちらへと近寄る







「おいおい、ダイジョーブがよ?」





心配そうに見下ろす少女の青い視線を受けて







ああ…このような私を案じて寄って下さるなんて
アナタ達はなんてお優しい人々なのでしょう」





身を起こし、微笑んだ女性のベールから零れた
肩ぐらいの金色の髪が キラリと輝いた





助け起こそうと身を乗り出すグラウンディを抑え


カフィルは右の手の平を、彼女へと差し出す





「お怪我はありませんか?」





白い手袋に包まれた右手に手を乗せ、立ち上がって
体勢を整えながら女性は答える





「は、はい…あの 失礼ですがアナタ達は?」


「私(わたくし)どもは、各地を巡る道化でございます」


あんみゃよイキナリその口調?おかしいだろ
大体オレたちれっきとしたた目的が、んむっ!?





言いかけた少女の口を片手で封じ 彼は整った
微笑を浮かべながら尚も言い募る





「失敬 こちらは最近助手として組み始めた娘ですが
どうも礼儀など至らぬ点が多いようで…」





それでも不満そうに唸り声をあげるグラウンディだが


無言で睨んだこげ茶と濃灰の瞳に、ビクン
身を震わせて押し黙った





「それでアナタは何故、私(わたくし)どもを
呼び止められたのでしょうか?お嬢さん」





ニ、三度まばたきをして服装と姿勢を
正して両手を前で組み、彼女は口を開いた





「申し遅れました…私 センティフォリアと申します」







近くの教会で修道女として、日夜 神の教えを
順守しながら生きている彼女は


教えを広める巡礼として ストネラシウ雪原にある
ラクミ村へと向かう道中であったのだが





一人での旅路に心細さを感じていたところ


行く先が同じらしい銀髪の青年と草色髪の少女


つまりは、カフィルとグラウンディの姿が
見えたので駆け寄ろうとして





「凍った土に足を取られてしまったのです」


「ありぇりぇねー神ドジだな」


「すみません…それでよく叱られます」


「よくある事です、お気になさらず」


普段と打って変わった 彼の人当たりのよい対応に


少女はいささか腑に落ちない気分を味わう







それに気づいてか気づかずか





「ありがとうございます…あの、もしよろしければ
ラクミ村までご一緒させていただいてませんか?」





センティフォリアはそう言って、不安に満ちた
薄いグレーの瞳を二人の顔へと向ける





「…私(わたくし)は構いません」


「もっ、モレらって別にダイカンゲイだし!?」


ありがとうございます!お二人のご親切な
お心に感謝いたします」





彼女は"修道女"の肩書きに相応しい笑顔を見せた









「聖書では神は尖った耳をお持ちでしたので
稀に尖った耳を持って生まれる方は、"神の子"として
優遇されるんですよ?」


「へーそりゃ知らわかったな…けどオレ神だから
むしろ耳とがっててトーゼゼンってコトか」


「え?あの…どういう意味でしょうか?」


「この娘は少し自信過剰で思い込みが強いきらいが
ありますので、お気になさらずとも構いませんよ」


「それこそどーいう意味(ウィミ)だくされ道化!」





三人は互いの名前など、他愛の無い会話を
楽しみながら街道を進んでゆく





そこここに点在していた雪の塊は


村へと近づくにつれ加速度的に増え…辺りは
すっかり一面の銀世界に変わっていた







「まあ、お二人は谷に住まう竜をお探しに…?」


「ほんふぉーにいるかはまだ分かんねーけどな」


「くれぐれもお気をつけてくださいね?あの谷には
昔から竜の言い伝えがあるみたいですから」





それくらいは雪原に来る前から聞いてはいたものの


真剣に身を案じているセンティフォリアの様子に
グラウンディは表情を引き締める





ご安心を、演目の小話として真偽の程を
一目確かめに行くだけですので無茶はいたしません」





丁寧に答えるカフィルだが、彼女を見やる眼差しは

どこか冷たくも感じられた









ほどなく無事に村へとたどり着いて





本当にありがとうございました、それでは私は
村長さんへご挨拶に伺いますので…また何か
ご縁がありましたら、いつでも仰ってください」





礼儀正しくお辞儀をして、センティフォリアは
二人から離れていった







薄青のローブが見えなくなってから





機嫌悪げな少女が 上目遣いに隣を睨んだ





「…おいカフィル、さっきのタイロ
一体どーいうちゅもりなんだよ?」



「あくまで外向きの顔だ ついでにこれからは
俺達の旅の目的も、奴の名前も伏せておけ」





返す道化師の声色も、元の素っ気なさに戻っている





はぁ?だんなってオレがそんなメンドーな」


「神話の邪神の存在や俺の身体、お前の力や素性
これを他者に納得させるのは…更に著しく面倒だ」





説明したところで信じてもらえないであろう事
言外に含めた物言いに







不承不承ながらも、グラウンディは頷く





「…分かった がまってる


「ああ、"黙って"いてくれ」


「そんで、谷の竜はどややって見っけんだ?
そもそも谷にゃどー行けばいいんだ」


「山道から進んで行けば谷には着くが…」





二人が懸念しているのは、村に来る前に聞いた
"谷への山道に関する"情報





十数年ほど前までは険しくも通行できた道は


ある事故により引き起こされた雪崩と落盤で
塞がって 谷への道のりが閉ざされたとの事





「仮にラクダンが本当なら、竜を見たっつー
ウワサもどこまで信用できんだか」


「竜の存在はさておき 今でも月の無い夜に
見える"竜の息吹"は著しく気になる」


「それこそ見マツガイとかじゃねーの?」





"見間違い"を主張する少女へ、彼はただこう返す





「…あの宝石は 月のない一晩のみ火に包まれる


「なるほろれ、調べるカチは十分あるぶって
コトか…よーし!


意気込んで走り出そうとしたグラウンディは







シャツの後ろエリを、がっちり掴まれたので
勢いで首が若干絞まり 苦しげにむせた





「準備も情報集めもしないでどこに行く」


げぼっごふ、いぎらりなにすんだカフィル!
行く先決まっでんなら神急ぐべきだろ!!」



「闇雲に進むのは著しく愚策だ…それにお前も
"使命"への手がかりを探さなくていいのか?」





問われて、首を押さえていた少女は

"今思い出した"と言わんばかりの顔をする





「…面倒で忘れてたな?


「だ、だだだだって本とか小ムズカシい話は
頭こんぐらぐってネムくなるんだもん」


「ワガママを言うな…まずは店に文献があるか
探すとするか、行くぞ」





嫌そうな顔をして逃げ出そうとする彼女を


一瞬早く捕まえ 道化師は容赦なく引きずって行く





「やらぁっぁぁ!
ファブミラデなんか神キラいだー!!」



"式刻法術(ファスミラセ)"な」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:予定時季が一ヶ月ズレましたが、次の舞台は
雪原でございます!雪大好き!!


グラウ:聞いてねーし!オレもしゅきだえど!


カフィル:"好き"なのか…著しく酔狂な事だ


センティ:カフィルさんは、雪景色お嫌いなんですか?


カフィル:…毛嫌いすると言うほどでもないのですが
やはり寒さと歩き辛さは、旅の身に堪えますね


グラウ:よーするりキラいなんじゃねーか


狐狗狸:おやー?ひょっとして妬きも…イダッ!


グラウ:そそっそんらんびゃねーしバーカ!!


センティ:あ、あの、もしかして私が差し出がましく
この場に出た事が原因なのでしょうか…?


カフィル:放って置いて構いませんよ、面倒なので




新キャラ・センティフォリアさんは次回にも
一応絡んでまいります…色々な意味合い


式刻法術について調べる最中、彼らの耳に
入ったのは"爆弾屋"の情報…!?