―さぁさ探索、さぁ探索!
淀んだ湿地に足を踏み入れた道化師と少女
"世界を救う使命を思い出す"とうそぶき
グラウンディは彼の旅路へ付き合い
"自らの身体を取り戻す"べく、手がかりを
探し回るカフィルは彼女を疎む
そんなちぐはぐな二人組の行く手には
穏やかならざる雰囲気が はびこって―
いよいよ周囲の暗さも足場の悪さも増して
道化師の歩みも、ややペースを落として行く
「ちょ、うぉまっ…も少し 待てっ…!」
彼に置いてかれまいとついて来ている
グラウンディは、既にヘバり気味に近い
「一人でっ…先ひくなひょっ!オイ!!
待てってカフィル、くはれ道化ぇ!!」
「"腐れ道化"か 五回目だぞその台詞」
淡々と答えながらも 振り返る気配は全くなく
彼は湿り気を帯びた地面を踏みしめ、濃さを増す
木々の横をすり抜けて行く
「つーかどこまで行くむんだよ!」
またもや訊ねるけれど、聞こえるのは彼女の
荒い息使いと 両者の足音
そして風の織り成す木の葉のざわめきぐらい
分け入って進むカフィルが時折 辺りを見回すが
足を止めるつもりも、あくまで無いらしい
「目的地はどほなんだよ…もーづがれだ…
神つかれた…イダッ!」
ふらついた足を木の根に取られて、くり返すように
グラウンディが地面へと倒れこむ
「あだだ…またハニャ打った…」
涙目になりながら赤くなった鼻をさすって
身を起こし…そして気がつく
「ってうぉい!カフィルこれっ、このき木!」
異常を感知した道化が少女の側まで戻ってきて
指し示された木の根を注視する
〜八幕 湿地ノ主〜
コケとカビにまんべんなく覆われ 絡み合った
太い根の奥から覗く 白い骨…
「…先程の根だな」
「同じモンか?てことはオレら迷っへる?」
「いや、方向は間違っていない」
「コンキョあんろかよ?見たトコ地図とか
コンプァスとか持ってねーじゃんか」
「地図は無いが、指針はある」
呟いて 彼の右腕が左耳のピアスへと軽く触れる
「…それよりも、著しくおかしい事が一つ」
「何がだみょ」
「湿地といえど、ほとんど動物や虫を見かけん」
「そういや 鳴きギョエとか全然聞こえねーな
静かしゅぎてかえってブキミだ」
辺りを見回すグラウンディの言葉が終わるか
終わらないかのタイミングで
周囲の木々が一斉に、風も無いのに揺らめき出した
「ぷわっ!?な、なんりゃよコレっ!!」
「落ち着け…来るぞ」
その一言を合図に 足元の太い木の根を始めとし
辺りの土が盛り上がって根っこが這い出し
彼らの足を絡めとろうと押し迫る
「うぎゃうをわわわぁっ!!」
悲鳴混じりにスレスレで逃れた少女にすがられるが
構わず左耳の筒状ピアスへ触れた右手を
そのまま振り払うように斜めへと打ち下ろして
現れた禍々しい"赫色の鎌"を構え直すと
間髪要れずにカフィルは眼前に迫る木の根を
刈り取りながら声をかける
「一気に抜けるぞ、式刻法術で援護しろ!」
「えっ!あ…うぉうぉっ!!」
逸れないように着いてくる背後の存在を
感じながら、彼は鎌を次々と振り下ろす
頭や腕 或いは身体を刺そうと突き出される
尖った枝の先端は切り裂かれ
打撃を加えようとする太い枝は断ち割られ
足や身を締め付けようと伸びてくる木の根やツルは
ことごとくを切り捨てられていく
切り捨てられた枝の一つを無造作に掴み
「"全ての意志はここにあり!!(レェサニサ)"」
言うと同時に 彼女はその枝を前へと投げた
唱えた言葉に呼応し、手の平から離れた枝は
瞬時に火の矢と化して 燃え上がりながら空を駆け
固まって行く手を阻んでいた樹木の壁を焼き払う
朽ちていく黒い炭の隙間をすり抜けて
「おい!あそこに行くじょっ!!」
行く先に、盛り上がった斜面とそこに開いた
洞穴とを見つけたグラウンディが
我先にとその中へ駆け込んで…道化師も続く
直後、式刻法術によって洞穴の入り口を
阻むように土の防波堤と溝とが作り出されて
一時的に 木々の侵略は留まった
さほど奥行きの無い洞窟のような洞穴は
湿った黒土に囲まれていることもあって薄暗い
入り口の辺りに張り付きながら 二人は防波堤の
向こうで右往左往する木々を見つめている
「いくつかの樹木に意思があるのか…面倒だ」
「ってとりしゅみゃしてるバヤイかよ!にしても
ヤバかった…神ともありょうモノが焦ったぜ」
「しかし、著しく不可思議な式刻法術だな」
「んだよ オレからすれば逆にファスなんちゃららが
どーいう仕組みかなんて知ったこちゃねーし」
「…基本は、同じ文言では同じ術しか発動しない」
端的に済まされた説明に、彼女は意味が
飲み込めないと言わんばかりに眉をしかめる
「何だそれ?オレにゃらイメージさえありゃ
一言だけでどんな術でもチョヒョイのチョイだぜ!」
「通常の式刻法術と違い、思念を文言に乗せて
放つだけで使えるのか…」
驚きを隠せない相手へ グラウンディは得意げに
無い胸を張りながら返す
「だーかーら言ったろ?オレはキャミだって!」
「"神"な…しかし、それほどの式刻法術が
存在するとなれば 或いは…」
途端に何かを考え始めた道化の様子を
少女は、ポカンとした顔つきで見つめている
「な、ニャんだよ?一人でいきなりひらたれても
意味がわからない…ひゃうっ!?」
何かに撫でられたようなゾワリとした悪寒が
背中を走って、思わず振り返るグラウンディだが
そこにはじめついた土の壁と闇があるばかり
「どうした?」
「い、いや何でもらい…てゆかこの後
どこに向かやいーんだぎょ?」
「"モノ"はこの近くにあるようだ…湿地の奥
木々の濃い場所が恐らく元凶だ」
「だらら 何でそう言えんだよ!コンキョは!?」
「…面倒だ」
「説明しゃーがれ!神不親切だなコノヤロ!」
「話は目的を果たして、湿地を脱出してから―」
ボコン!と奇妙な音が鳴り響いて
振り返った二人の目に映った、土壁を貫通して
飛び出したツタの雪崩れが
洞穴から押し出さんと襲いかかった
「くっ…!」
とっさに距離を取り、鎌でツタ雪崩を捌いた
道化は事なきを得たものの
逃げ遅れた少女はツタに飲まれてしまった