さぁさ吃驚(ビックリ)、さぁ吃驚!


道すがら野盗に襲われた道化師を救いに
現れたる 可憐で強気なこの少女


自ら"神"を豪語する自信を誇示してか


伝説へと消え行く奇跡の御技を
惜しげもなしに大盤振る舞い!


分かれ道にて一端別れるも


縁合ってか、二人は岩山の麓の村にて再会する


宿に泊まった少女と道化の耳に 岩山に潜みし
山賊団のウワサが舞いこんでから


なにやら不穏な空気が漂い…?―








深き闇に覆われ、微かな虫の音だけが
忍び込んでくる宿の一室で


ベッドへ潜り込んでいた道化師が両目を開く





静かに隣のベッドを確認するが、本来ならそこで寝息を
立てているはずの少女の姿は 未だに無いまま





「……やはり、か」





彼の身体のほとんどは 鋼鉄で出来た仮初めの身体


故に食事や睡眠を必要としない…否、出来ない


だからこそ、ただの旅人のフリをして
ベッドにもぐって目を閉じても眠る事は無い


……完全には





ともあれ 綿を詰めたように凝ったカフィルの耳は


"トイレへと行く"、と小さく、かつワザとらしく呟き


ベッドから部屋を抜け出すグラウンディの動きを
そこはかとなく感じ取ってはいた











〜五幕 囚ワレノ少女〜











『いやーやっぱりあのコやってくれたねぇ〜
で、どーすんのぉカフィル〜?』


「…好きにさせておけ」


あれあれぇ?いいの〜女の子一人を山賊どもの元へ
夜襲かけに行かせるなんて道化としてどーなのぉ?』





頭の中だけに響く邪神の揶揄に、彼は実に
素っ気無い様子でこう返す





「面倒を起こしたのはアイツだ」


『あーららっ冷たぁい、今更他人のフリぃ?』


「元々他人だ」


それに、と句切って 抑揚無く言葉が続く





「アレだけの著しい式刻法術と自信を持つのなら
自力で何とか出来よう」





あくまでも行動を起こす気の無いカフィルを
つまらなそうに"視"


エブライズは、軽い口調でさらりと告げる





『あーあー可哀想にぃ…あのコ、これでもう
山賊に売り飛ばされる運命決定しちゃったなぁ』





色の違う双眼が 闇の中で鋭く光る













鉱脈という鉱脈から資源を掘り尽くされた鉱山には


複雑に入り組んだ数多の空洞と、人の全く近寄らない
極めて無意味で危険な空間が残った





それに目をつけ、どこからか移り住んだゴロツキが


いつの間にか人を集めて徒党を組み、山賊として
周辺の町村や旅人を襲い 金品を奪い始め


人々のウワサに上るまで然程時間は要さなかった







そんな彼らが、好き勝手に手を入れて
使いまわしている坑道の一室





捕虜を捉える牢屋らしき場所の簡素な木の柵の内側で





夜襲をかけに来た少女は、囚われの身となっている





式刻法術をいくつか使えるガキなんて
さぞかし高値で売れるぜぇ!!」


「オレらのアジトで暴れまわってくれた分は
たっぷりと返してもらわねぇとなぁ?ガハハハ!





見張り番と共にバカ笑いをする、やけに鼻のデカい
赤ら顔の男を下から睨みつけ





「ちっくしょ〜…オレとしたことがあわなっ、
あんなワナに引っかかっちまうなんて…!」


悔しげに呻き、グラウンディはじたばたともがく









宿とシュアルの村を飛び出して


岩山に開いた入り口の、真正面から堂々侵入し


道中の見張りや見つけた山賊どもを片っ端から
式刻法術でしばき倒すまでは


彼女の予定に 狂いは無かったのだ





「へへん!神を止めるにはぬるぬるいぜぇっ!
このままテメーら神罰しきっこー!!






口調は噛み噛みだったが、目的の山賊団討伐は
さしたる困難も無く進んで行き





頭領のいる部屋まで まさに目前…







その通路で、罠が発動した







大きな音を立てて足元の地面が両開きに開き





「え…うわわわっ!?





落ちて行くグラウンディを待っていたのは


…地面ではなく、大人三人が余裕で入るくらいの
タル一杯に満たされた 粘つく油だった








ニチャニチャとした油のせいでロクに這い上がることも
身動きも 法術を使うための集中も出来ず


あっけなく捕まってしまった彼女は





もっと粘着性の強い油で満たされた、ギリギリで身体が
収まるタルの中へと放り込まれて


捕虜として転がされているワケである









ぐぞ〜こんな神気色悪いモンの中に詰められてさえ
なけれれば こんなトコっオレの力で…」





せめて手が自由になれば、と肩を上下させるものの


油がしつこくまとわりつき、タルのスペースの狭さも
手伝って状況は全く変わらない





けっ!ムダムダ、テメーなんざ式刻法術さえ
使えなきゃ単なるガキだろーが!」


うりゅせぇっ!テメーら見てぇなクズ悪党どもに
オレの世界で好き勝手のさばらせたまっかよ!」






全く持って変わらない態度が癪に障ってか





「あんだと、このガキぃ…?





柵の中へと入った赤ら顔が、横倒しになった
グラウンディの顔面を蹴りつける


「っ!グッ!!


おらおらどしたぁ!生意気なクチ叩いて見やがれ
しゃべれるモンならなぁ!ガハハハハハハハ!!」






唇を切り、そこから血がしぶいても

構う事なく男は頭部を蹴り続け


草の色をした髪が まだらに赤く染まり始める





抵抗できない相手がもがく様を見下し、せせら笑い







「…いぎゃあぁぁぁ!?





品の無いその笑みが 苦痛に歪んだ





見下ろせば…蹴り続けていた足首へ


無理やり頭を捻じ込んだグラウンディが
血塗れになりながら 思い切り噛み付いている





いでぇぇ!テメェっ、このガキ!!」


一気に不愉快さを露にした山賊が、噛まれた足を
強く振り続けてどうにか彼女を振りほどく





皮膚が裂けて血のにじむ薄汚れた足を見て





「神の頭蹴り飛ばした神罰だバーカ」





笑い返したグラウンディの鼻っ面に叩き付ける様に
爪先が蹴り入れられたる







衝撃で、鼻の粘膜が破けたのか

鼻血をボタボタと垂れ流しにする相手を見下ろし





「おい…ナイフ寄越せ」


側へ屈みこんだ赤ら顔が、見張り番へと
不機嫌さを隠す事なく言いつける





「オイオイ、あんまり傷つけちまったら
商品価値が下がっちまうぜぇ?」


うるせぇ!このままじゃ腹の虫が収まんねぇ!
このクソ生意気なガキの耳っ切り取ってやらぁ!!」






遠慮など欠片もない力で尖った片耳をつかみ


もう片方の手が、渡されたナイフを握って
つかんだ耳の付け根へと添えられ





刃が皮膚を裂いて肉へと食い込んで―







「おーい、お楽しみんトコ悪ぃがまた侵入者だ」


「あん?」





険悪な目つきの赤ら顔が、腕を止めて振り返る







新たにやって来た割れアゴの男が ナイフを背に
突きつけながら ボロを纏った乞食を連れてくる





俯き気味で顔は見えないのだが


真っ白な髪と、蓄えられた同色のヒゲ

曲がりきった腰と小さな体躯が年齢を伺わせている





「なんだよこのジッさま…こんなヤツつれて来ずに
追い返すかその場で殺っちまえばよかったじゃねぇか」


「いやそれがさ…なんでもこの炭鉱で働いてた時に
隠してた財産を取りに来たんだと」


「本当かぁ?」





二人分の視線を新たに受け、老人はプルプルと
震えた状態で"老人らしい"しわがれた声を出す





「わ…わしの財産を、貴様らなんぞには
渡さんぞ!絶対に一つたりとも渡すものか!





その言葉に三人が一斉に顔を見合わせて





「…とりあえず、お頭に報告しとこーぜ」


「そうだな、もし本当だったらコイツの宝
ぶんどっちまえばいい」


「な、なんじゃと!貴様らワシの財産に
手をつけるきかぁぁ〜!!」






よぼよぼと憤慨する老人の前へと歩み寄り


赤ら顔が睨みを聞かせ 襟首をつかんで脅しにかかる





うるせぇジジイだな、いいか?テメェは
このガキと一緒に大人しくここへ入って」


「いられんな」





瞬間、彼の声色がガラリと変わった





同時に赤ら顔の喉元へ真っ直ぐ拳が突き出され


よろめいた相手が手を離し、体勢を整えるのを待たずして


床へと着地した老人がすかさず足払いをかけ





「ぐあっ!?がっ!!


倒れこんだその腹に肘鉄を叩き込んで昏倒させる





「「なっ…!?」」





唐突な出来事に、身構えることも出来ぬままで

目を見開いて立ち尽くす二人の山賊へ


老人は間を置かずに飛びかかる





「ぐっ…テメェ、ジジイ!





懐へ飛び込んだ乞食老人の腹を目がけ、見張り役が
右足でミドルキックをかますのだが


鎧を蹴り飛ばしたような鈍い手ごたえしかなく


開き気味になった左脇腹へ重めの拳が突き刺さり


もがいて下がったアゴを、掬い上げるような
拳の連撃が炸裂し男の意識を飛ばした







二人倒れて ようやく事態を理解した割れアゴが





「とっ、ととと、とにかくお頭に報告を


慌ててその場から逃げ出そうと、踵を返す





だが…彼はそれを見逃しはしなかった







「著しく面倒だ、眠っていろ」





距離を詰めた"乞食老人"が どこからともなく出現させた
赫い大鎌
で袈裟懸けに背を薙いで


男は、悲鳴すら上げずにその場に倒れる





「……な、なんよだよ、お前っ…!?





柵の向こうで一部始終を見ていた、ボロボロの
グラウンディが彼へと呟く





振り向いて、自らの頭髪とヒゲへそれぞれ手をかけ―







行くなと…そう言ったはずだ」





取り払ったカフィルが 突き放すような物言いで
囚われていた少女を見下ろしていた






「えっ…お、お前っ!?何だよその体型っ!?
オレとあたった時もっと背ぇ高かっかかたた」


「落ち着け」


「これが落ち着いてらられるっかての!」





ワタワタと慌てる彼女へため息を一つついて
渋々道化師は口を開く





「……下手に内部を探るより、案内してもらう方
早いから 連中を騙した、ここまではいいか?」


「おう…けど、その背丈はありえねぇだろ
いきゅらなんでもかがんだりとかですむモンダイじゃ…」





疑わしげな視線に、彼はため息を一つ吐くと


まとっていたボロを取り払う





グラウンディの表情が…強張って青ざめる





四肢、特に両足の部分が明らかに一度
切り離されて 胴体へと不自然に埋め込まれている


そんな状態で無理やりに手足を動かすという


普通の人間では、到底成しえないような
一目瞭然の芸当を目撃して








「なんだそれ…っ、それでなんっお前生きてんだよ!?
そんなジョータイで何で戦えてたんただよっ!!


「無理やり接いだから動きづらいが…死にはしない」





淡々と答えたカフィルが、大鎌を自らの身へ
あてがいながら続ける





「元に戻す 見るのが嫌なら目を閉じていろ





彼は、それだけ告げて黙々と
深く埋めた四肢を 鎌の刃で抉るように切り離し

再び繋げ治すという荒業を行っていた







それでも彼女は…最後まで、目を閉じなかった









タルから出され 体力を吸い取られた三人の山賊を
代わりに柵の中へと閉じ込めて





「うぅ…カラダがべたべたべたするぜ…神ベタベタ…」


「ベタが一つ多い」





救出されたグラウンディは、彼と共に坑道を
ひた走りに走っている





「と、とりあえずまず水だ!この油落として
そんでもってここの奴らギタッギギタにして!

…で、お前のコト色々聞くからカクゴしゃーがれ!!」





決意を新たに叫びながら、ビシリと指差され





「…面倒を片付けたらな」





呆れを声に乗せてカフィルは答えた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:今回で終わらせたかったけど、やっぱ無理だった
そしてまたもやギリギリすぎる更新でスイマセン


カフィル:計画性が著しく足りん


狐狗狸:ごもっとも…しかしカフィルさん、説明が
面倒いからって女の子にアレを見せるのは…


グラウ:全くだぬぁっ、マジ神悪夢るぜあはれは…


エブライズ:えー肝心の部分がぼかされてて
つまんねーぇ!しっかり書けよぉ?


狐狗狸:書いたら確実に裏行きのシロモノになる
あと、意図しない批判とか来そうなんで自重した


グラウ:テメェは帰れ!とりあえず助けに来たのは
ほめてやるけんどな、遅ぇよ!


カフィル:…著しく放って置くべきだったか


グラウ:んなっ!?なんてつきめてェヤツだ!!


カフィル:"冷たい"な 言われなれている


狐狗狸:何この漫才コンビ




…万一にも彼の"変装"でお気を悪くされた方には
この場を借りて謝らせていただきます


不可解な道化師と少女による、山賊団への反撃開始!