さぁさ疑心 さぁ疑心!


悪魔の手により穢れと罠に満ちた信徒の塔にて


出会いし幼子により悪魔を呼んだ第三者の存在を
聞き知る少女と道化


しかし再びの罠にて道化が落とされ


怪物に襲われ、逃げる最中に少女は幼子とも
分担されて閉じ込められてしまう


ひやかす悪魔に一矢報いるもガタの来た部屋と
仕掛けへ自らの術が止めを刺し

誤作動を起こす罠の嵐に蹂躙されて倒れる少女


しかし程なく蘇り、幼子と道化との再会を果たし
三人は塔からの脱出を目指す


彼が聞いた警告 少女を押した手


隠し部屋へ入らぬ幼子といくつもの謎を抱きつつ―








「それにしても、ここって結構
高いトコだったのねだったのね〜」





今しがた上がって来た階段の途中にて

程よい大きさの窓を覗いた感想を口にし
ネーレは続けて訊ねる





「それで私達はどっちにどっちに行くつもりなの?」


もちろん上だ!悪人てのはいっちゃん上か下の
どっちかにいるって相場は決まっててんしな!!」


「安全な脱出口にしろ悪魔の打倒が目的にしろ
今は道なりに進んでゆくのが面倒が少ないかと」





元々は砦だったこの塔は
外観に違わぬ広さと、想定外の複雑さを併せ持ち


住み着いた悪魔の趣向により階下へ移動する道筋には
より罠が激しく行き止まりも多い





道化の頑丈な仮の身体や少女の法術による回復があれど


いずれ来る生命力の限界や同行者が増えた事を
考えれば、余計な寄り道は死を招く





「それにいざとなれば壁に穴開けちまえば
あとはオレの力でちゃっちゃっと脱出できるしな」


「…それはあまり現実的ではないな」


そうなの?グラウの式刻法術だったらお空を飛んだり
階段作ったりできそうなのになのに」


「風を操り空を舞う法術があったのも著しく大昔の話

例え科学を上回る翼や、地上への階段を生み出すとしても
悪魔達がそれを邪魔せずにいるでしょうか?」





少女二人は言うに及ばず


カフィルもまた合流するまでの道中
悪魔達の妨害を受けている





「やっぱ悪魔どもを先にぶっぶ倒しちまわないと
安全に脱出できねーってことだよな…」





昇り切った先の扉を開くと、そこは書庫のようで


まばらに本を詰めた2mを少し超す程度の棚が
等間隔に8つ程並んでいるのが 部屋の狭さを強調している





少女が目に付いた一冊を手に取るも


文字の掠れやページの破損がひどくてほとんど読めない





「なにこれ、全然全然読めなーい」





頷きつつも棚に本を戻すか悩んだ少女から本を受け取り


しばし目を通してから、道化は答える





「読み取れる文脈から察するに、邪神や悪魔についての
伝聞や 悪魔への対処が記録されていたらしい」


「へぇ〜カフィルさんそういうの分かるんだ分かるんだ」


「小耳に挟んだだけですよ…少しばかりお時間頂いても?」


「早くしろろな」





とはいえ復活したてのグラウンディにとっても
突然出来たこの小休憩はありがたかった











〜四十六幕 彼女トペテント〜











棚に残る本を調べて回るカフィルを見つめつつ


少女らは隅に見つけた丸椅子に座り、荷物袋から取り出した
非常食を分け合ってかじっている





「何だよこっちぎっと見て、食いモンはそれ以上ねーぞ」


「グラウってすごいすごい生命力高いのね」


えっ?
んー考ぎゃでたコトなかったけど そうみたいだな」


「そうなの?でもあんなにいっぱい式刻法術使っても
元気いっぱいいっぱいなんてすごーい♪」


まー神だからな!けどさがすかにこの塔は
疲れるっから早く悪魔ぶっ倒して出て行きたいぜ…

誰だよあんな神ムカつくの呼んだヤツ!!」





二人の語らいを背に カフィルは手にした一冊を小脇に抱え


顔を上げ、ほんの数秒ためらうも棚に残った
もう一冊の本を手に取りページをめくる





「そういやごたごごたしてて忘れてたけど
お前がはぐれたヤツって無事かな?」


「わかんない…もしかしたらもしかしたら
あの食堂とか別のとこで、もう…」





可能性が高いだけにあまり楽観的な事も言えずに
押し黙ってしまうグラウンディへ


ネーレは"もしかしたら会えるかも"と明るく答えた





「ねぇカフィルさんカフィルさん、ここの本ボロボロで
ほとんど読めないし早くここから出ない?」


「そうでもありませんよ…これを」





言って彼は相方へ 一冊の本を開いた状態で手渡す





先程と大差ない状態の書物には、しかしハッキリと
あの革張りの日記の続きがしたためられていた







[悪魔は言った "僕らも二つで一つなのさ"
"だから二つ頼みを聞けば、新しい身体の二つをあげる"


私は頷いた


ようやくこの苦しみを抜け出せる


それだけでなく新しい人生さえも楽しめるかもしれない


必要な代償は他人の命 だが構うものか

私を見捨てていった奴らが何人死のうが…いやむしろ
こちらの糧になるのだから奴らも本望だろう]






新しい身体?一体何ろととだ?」


「邪神との関与が著しい以上、ロクな手段ではあるまい」





それから先の辛うじて読める部分には


どんな人間が迷い込んだか、どのようにして
死んだかなどが楽しげに綴られていた





[悪魔の術…強いけ……体の期間が短…もっと強い生命…

次は決めてあ……かわいいかわいい金髪の…]



「神救いかねー悪人だな…気分悪い」


「じゃあ早くここ出よ出よっここホコリっぽいし
空気悪いから余計気分悪く悪くなっちゃう」





粗方めぼしい本は調べ終わったようで


道化も脇に抱えた一冊だけを
自分の荷物袋へしまって同意する





「そのボロ本(ビョン)持ってくのかよ?」


「破損は著しいが、それには石人形(ゴーレム)
術式についての記述が書かれている」


「石人形(ゴーレム)ってなぁに?なぁに?」


「…術者が注ぎ込んだ力を糧に動く、人形ですよ」











書庫を後にした廊下にも下と同じようにいくつかの扉が
立ち並んでいたが、彼らは中には入らず扉を壊し

生きている人間がいるか否かを確認するだけに留める





これといった収穫も罠もなく


階を上がった三人が扉を開ければ


そこには陽の光に照らされたひときわ高い吹き抜けと

その円形の石壁に沿った細い螺旋階段が
遥か上へと伸びている


壁には階段から覗ける位置で 格子の嵌った窓がある





うへぇ神高っ…これ昇るぢかないのか…」


「それしか無かろう、だが妙に狭いな…気を付けろ」





階段の幅は成人三人ほど 材質は壁と変わらぬようだが


風化が激しいのか手すりは殆ど欠け落ちており

壁同様に点々と生えた苔のせいか滑りやすい


その為階段の長さ自体も相まって 歩みは自然と遅くなる





「見て見てグラウ〜すっごいいい景色!」


「ホントだ、でも…何にゃ変な感じがする」


「窓の位置が著しく偏っている、それに少ない」


「言われてみりゃトジラから反対の方向だけ窓ねーな」





要所を監視する砦として使われていた塔ならば
広く包囲を見渡せるよう四方に窓が無くてはならない


しかし指摘された方角にだけは窓が存在しない





「それに今までの移動距離から考えてもこの吹き抜けは
著しく狭い、ならば余った空間は「ねぇねぇ!」





道化師の言葉を遮り、彼女はすぐ先にある壁を差す


位置にして吹き抜けの半ばに 金色の何かが輝く





「あんなトコに変なモノがあるのあるの!」





先に段差をあがって少女が近くで見たソレは


唯一窓のない方角の壁にある豪奢な金色の、額縁だけ





「んん?だんだこれ、ガクブチだけで絵がねーぞ?」


「止せ、それ以上触るな!」





制止に思わず伸ばした指を止めるけれど


一瞬遅く、僅かに指が触れた途端


額の内側にあった壁から出て来た無数の手に押し出され





「ふぉぼべとじゅっ?!」


思わずつかんだ手すりは端から崩れ、段差すらも砕けて
小さな体はあっさりと落ちてゆく





急速に二人の姿は遠ざかり


床下から飛び出した無数の針山が
待ち構えていたかのように少女の身体を貫く


重力により体内へ深く針は潜り込み、鋭い激痛と共に血が滴る






が…あぁっ…!あ゛っ!ぎゃっ!!痛い゛っ!
止め…止め゛っ!?痛!痛っ…だっ!あぁ!!」



しかしそれでもまだ足りぬとばかりに床の仕掛けは
上下を繰り返し


その度に少女の柔肉へ針が喰らいついて―










「グラウンディ!」







響く声と背後へ引き戻す強い腕の力を感じて





我を取り戻したグラウンディは


あと一歩で、自分が螺旋階段から転落していた事に
気づいて戦慄する





「間に合ったか」


えっ…オレ、どうげてぃって」





カフィルに右腕を掴まれたままで

階段の中央まで下がったグラウンディだが
恐怖の為か 冷汗を流してへたり込む





「あの空っぽのガクブチ触ったら、いきなりグラウ
ふらふらふらふら真ん中に向かって歩いてってたの」


「目立つモノには手を出すな

奴等の幻術は特定のモノに触れる事で
発動条件を満たす いわば罠に近い術式だ」


「…やけにくやしいじゃねーか」





どうにか立ち上がりながらも少女は


日課となっている式刻法術の勉強中、術式によっては
任意の条件をつけて発動できるものもある
つい最近学んだコトを思い出し





普段の流れから"教えたばかりだろう"と呆れ顔で
詰られるだろうと身構える







「"詳しく"もなる、喰らったからな」





しかし返ってきたのは予想に反し





「…済まない 事前に言っておくべきだった」


当人の自己申告と、謝罪だけだった





「どうした?馬鹿みたいに目と口を開けて」


「お前、悪魔どもの幻とかがじゃゃねーよな?」


「二日前立ち寄った町の菓子屋で限定のパイが
目の前で売り切れたのを 翌日まで著しく引き摺っていただろう?」



「お゛しっ本物だ」





妙な確信を得た少女へ、道化は再度忠告を行う





不自然なモノや目立つモノへは絶対に触れるな
あと、壁や階段も極力触れないように気を付けるよう」


「はーい」  「わばたっぜ」











時折 手を伸ばせば触れそうな位置にある
不自然な宝石や花などを無視し


長い階段を昇り切った先にあったのは一つの扉





「…開けるぞ」







螺旋階段の入口から反対の方角にある扉の先


最上階と思しきその部屋は 異質な空気で満ちている


敷き詰められた赤い絨毯の中央には天窓を背に
立派な机と座り心地のよさそうな椅子


三人が入って来た入口側には棚と箪笥があり


反対側には角に合わせて据え付けられた
天蓋付きのベッドが目立つ





全体的に二人が立ち寄った客間よりも更に豪華かつ品よく
どこか女性的に飾り付けられている室内だが


それだけにベットから離れた壁にかかる奇妙な絵や


棚に飾られている不気味な顔の人形に
寸胴型のビンに詰められた目玉などの標本


天井に届かんばかりに伸びあがった熊の剥製が
明らかに浮いている





「どうってこの塔神キモいモンしかねーんだよ」


そう?中々面白いと思うけど思うけど」


「やっぱお前のシュミ神おきゃしいって」





だがしかし何よりも異様さに拍車をかけていたのは


扉を開けた瞬間から濃厚に漂う、塔の内部では
もはや嗅ぎ慣れてしまった血生臭さと腐臭だった





「あの天蓋の上が発生源か」


あからさまにカフィルが鼻をつまみ





「一体何があるのかしらっかしらっ」


「だぁあ危ねぇからウカツに近づきなって!」


「近づいていいの?やったやった!


「いや近づくなって言った…ベッドさしゃわるなよ
も少しはなれて見れっ!」





意気揚々とベッドへ近づくネーレを寸前で抑え込んで
グラウンディも下から天蓋を覗く







薄く部屋とベッドを透過するカーテンの
ちょうど天井にあたる部分は全体的に黒く


その黒い部分に合わせて大きくへこみ
ベッドへ向かってじわじわとたわんでいるようだ





グラウあれ何かな?教えて教えて」


うー?よく見えねぇから神分かんぬ…何だアレ」


近くで見ようとベッドへ乗り出すべきかどうかを
迷ったグラウンディだったが


階段での幻が頭をよぎり、すんでで踏みとどまる







結論から言えばそれが運命の分かれ目だった







急に速度を増した天井のたわみと


それに伴って視認した、上のモノの正体に気づき





「うひぃげっ…!」


すぐさまベッドから離れた少女は





落ちて来た天蓋用のカーテンと


その上に山と乗せられていた
無数の猫の死体の直撃を受けずに済んだ





だが彼女は半ば身を乗り出した状態だったため


回避がほんの少し遅れ、落下の際に千切れた猫の足が
腕に当たってポトリと落ちる





「おいジョブかネーレ!?」


「うん…大丈夫、何ともないない」


「ケガはないみたいだな…にしてもホントに
神悪シュミな悪魔どょもだぜ」







あまり動物にいい思い出がないものの
可哀想だ、と何とはなしに死体へ目を向けた少女は





その中で埋もれかけている一匹の黒猫が辛うじて
息をしている事に気が付いて





「いっ…生きてんどかっ!しっかりしろ今助けてやる」





思わず伸ばした手が 横から伸びる手に遮られた





「ネーレ?」


答えず彼女は死体から引き上げたばかりの黒猫を





力一杯 床へと叩き付ける





嫌な鈍い音と共に濁った鳴き声が聞こえる





硬直する少女に構わず彼女は黒猫の身体を蹴りつける


小さくなっていく悲鳴に構わず何度も、何度も







「なっ…何じゃってんだ!やめろよ!
猫死んじまうだろ!?何で蹴るんだよ!!


だって邪魔だもの邪魔だもの、それにこうすれば
もっともっとぐちゃぐちゃになって素敵でしょ?」


身動きしなくなった黒猫から目を離さず

嬉しそうに笑うネーレに寒気を感じながらも





「意味わかんねーびょっ!とにかくやめろ!!





叫んで引き剥がそうとするグラウンディに構わず


手あたり次第、目に付くモノをネーレは
もう動かない黒猫へと投げつけて





「やめ゛ろっづっでぶのが分かんないのか!!」





殴ろうと拳を握りしめたグラウンディを引き離し


カフィルは、冷たくネーレへと告げる





「もう死んでいますよ」





ぴたりと動きを止めて彼女は気づく


黒猫が死体に、そして二人の視線が刺すように
鋭いモノへ変わっている事に







「あ…ごめんなさいごめんなさい、あたし今何を」


金色の髪を振り乱して彼女は顔を青ざめさせ
二人との距離を縮めようと歩み寄る





「ねぇ待ってグラウお願い待って
はなれてかないではなれてかないで


「ネーレ…お前また幻を「茶番はそこまでだ」


けれど道化がそれを許そうとせず少女を下がらせ







「ほらバレちゃった」


直後、三人の真横にある壁にかかった奇妙な絵から
白と黒の悪魔が飛び出してくる


彼らは高々と三人の頭上へ舞い上がると


反射的に椅子の方へ逃げた彼女を指差した





「お察しの通り、そこのネーレこそ
何人もの命を奪ってきたこの塔の悪魔なのさ」


「はぁ!?いきなり現れてネギョゴ言ってんじゃねぇ
悪魔はお前らだろ?





黒い悪魔が少女の戸惑いを見逃さずに畳みかける





「だから君はバカなんだね、よーく考えなよ

僕らと君達以外 生きたヤツと会えたかい?
術を使うヤツの痕跡は?罠にかかったのは誰のせい?






白い悪魔が言葉を引き継ぎニヤニヤと笑う





「術で身体を奪い取っても魂の劣化は止まらない
力が溢れたバカなガキはうってつけの宿主だと思わない?」


だから君達を騙してすり寄った!
僕らへけしかけいざという時の盾にする為に!!」


「死ぬのを間近で見るために!!」






息を飲むグラウンディとは裏腹に


カフィルは頭上で無意味に飛び回る悪魔達の言葉に一切動じない





「だから道化師のお兄さんはネーレを見張ってたんでしょ?」


「不本意ながらな」





うつむくネーレへ、グラウンディが呼びかける





「おい、本当だのか?」


「…確かにあたしそこの悪魔達と契約したわしたわ

でも、本当はとてもとても後悔してるの
だからウソついてでも悪魔を倒してほしくて」





少し前までの明るさが嘘のような 弱々しい声音で





「今更善人のフリしようとしても無理があるよね
だって君のその身体はいたいけな女の子から奪ったモノだもん」


「一人で死ぬのがこわくて誘いに耳を傾けてしまったの
それで何人も何人も…もう終わりにしたいって何度も」


だからって自分のしたことが消えるわけじゃないじゃない
君は所詮こちらのコマなのさ、死んでもね」





アドリスとアドルクの悪意ある茶々にもめげず





「ねえ信じて、信じて!アタシやり直したいの!!





必死で弁解を続けながら、つぶらな瞳を涙でにじませる
ネーレの姿はとても哀れに見えるけれど


今までの塔の仕掛けと道中で目にした日記の中身


そして瀕死の猫を殺した時の様子と重ね合わせて
考えてしまうと、グラウンディといえども二の足を踏む







だが悪魔二体はその逡巡を見逃さない





「いい加減往生際が悪すぎない?ネーレっ」


尖った爪を前面に押し出しながらのアドリスの突進を
短い悲鳴を上げながらもネーレがかわす


続けざまの突進にじわじわと棚へ追いつめられる
彼女は 迷う少女の青い瞳へ視線を合わせる





「見捨てないで…助けて、助けてグラウ


「…っくそ!ひとまが考えるのはあの白黒悪魔
ぶっ飛ばしてかだら!!」





頭を掻き毟り、彼女を助けるべくグラウンディが駆ける


だが天井近くへ浮いたまま尾をくねらせる
アドルクの式刻法術が それを許そうとはしない





「"穢れよ凝れ、汝の主はここにあり(ダスタィニエアス)"」





紡がれた祝詞は土石を依代に傀儡を生み出す術式と
似ていながら、比較にならないおぞましさを含んでいて


そのおぞましさに呼応するように

黒く濁った空気が熊の剥製へいくつもの
細長い黒色の帯となってまとわりつき


帯にくるまれたそれらは急速に膨れて捩じれ


醜く膨れ上がった四本腕の熊として、少女へ襲いかかる





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」





あわてて触れた机を檻にする事で難を逃れようとするも


間に合わなかった二本の腕の片方に吊り上げられ


いびつな檻に拘束された熊は、牙で檻を削りつつ

逆さ吊りの少女を 残る腕で引き裂かんと振り回す





「くっそ離せこの神キモピュマ!」


「勝手に勘違いした挙句、人の仕事を邪魔するなんて
図々しいにも程があると思わない?ねぇアドルク」


「だから殺しとくべきだったのに、まあ邪魔するなら
今でもいいよねアドリス?殺すのは「仮にだが」





標的を変えようとした悪魔は動きを止め


白と黒の瞳を、自分達の背後で
微動だにしないままの道化師へ向ける





「その女を抵抗できない状態で貴様らに引き渡す場合
俺達はどうなる?」





二体は顔を見合わせ、揃った笑みで
"取引"に応じる旨を示す





「協力してくれるって言うんなら拒む必要ないよねぇ」


「それで答えは?」


「だから助けて欲しいんだ?別に構わないよ
先に誠意を示してくれるんだったらね」


やめろカフィル!悪魔どもの言う通りにしゅんのか!」


「君は自分の身を心配したら?道化師のお兄さんが
僕らの敵になるなら真っ先に挽き肉だよ」





自らの身も省みず暴れる少女と


それを嘲笑いながら、宙に浮かんで
彼の様子を見ている半人半獣の悪魔二体


そしてブツブツと何かを呟く彼女へ
順繰りに視線を走らせ





「…面倒だ」





素早く具現化した鎌を振りかぶり、床を蹴る





赫い刃のきらめきが届くよりも数秒早く





「"穢れよ凝れ、汝の主はここにあり(ダスタィニエアス)"」





二つにくくった金髪を揺らし 無表情になった
幼子の姿の"悪魔"が祝詞を解き放つ





帯に包まれたのは彼女の背後に立ち並んでいた人形数体と
床に転がっていた、黒猫の死体


人形は双子悪魔とほぼ同じぐらいの大きさに変化し

新たに生えたかぎ爪と牙を剥きだして道化へ群がり


猫は、大きさは元のままで首だけとなり
耳の代わりに骨と肉で出来た羽を羽ばたかせ


生み出した彼女が指し示した通りに





「すべての意志はここに(レェサニ)…っ!?」


熊の猛攻を避けて 檻に手が届いた少女が


まさに法術を解き放つ寸前を見計らって
頭部へ思い切りぶつかった






日頃の鍛錬により、単純なイメージのモノなら

どのような状況でも瞬時に
効果が発動出来るようになっていたが


この妨害は予想だにしていなかったらしく


杭を生やすハズだった檻は不完全な形で崩れ
閉じ込めていた熊へ自由を与えてしまう





嬉々とした雄叫びをあげ、開いた熊の顎が


無防備な腹へとかじりつく…ハズだった





眼球へ命中した投げナイフと、それに怯んだ間を
逃さずに腕を鎌で切り落とされなければ







びゅげでゃっ!痛っててて…」


乱暴ながらもグラウンディは危うい所を救われた





しかし代償として生まれた隙に乗じて


人形の一体が顔面へと特攻し

かじりついたカフィルの左耳を力任せに引き千切ってゆく





同時に、彼の手にしていた赫色の鎌が左耳に嵌っている
カフスピアスへ吸い込まれてしまう





「っ…返せ!





痛みに顔をしかめる彼の反撃をかわして人形は


他の人形を盾のように侍らせて、いつの間にか
奇妙な絵のかかる壁へ張り付いていたネーレの元へ戻る


間髪入れず、彼女が壁を押すと


そこは何の抵抗もなく向こう側へと開いた





「アナタなんか大嫌い大嫌い、悪魔と一緒に死んじゃえ





足止め代わりの人形達を差し向けて


カフィルの左耳を手にした人形と猫の生首を引き連れ

ネーレは開かれた壁の奥へ走り去ってゆく








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ファンタジーの建造物、特に塔は個人的に
高所恐怖症に優しくない場所の上位に入ると思います


グラウ:知るか!しかしファミスサレって
色々出来たんだな、空飛べたり幻見ししゃり…
あ!ヘンな木とかヨロイあやつったりもか


カフィル:消失異変の前は使い手もいたようだが
最早伝聞ですら著しく希少だ


アドリス:しっかし今回も遅れた挙句これだけ詰め込んで
まだ話が終わってないとか、まとめ下手にも程が無いね


アドルク:だからここの管理人はバカなのさ


狐狗狸:そのシンプルな罵倒…心に刺さるね


ネーレ:がんばれっがんばれっ♪




次回で塔の話が終わる…ハズ!


果たして二人は悪魔を倒し、無事に塔を出られるか