さぁさ欺瞞、さぁ欺瞞!


唯一神を崇める国の外れに座する塔はもはや
忘れ去られた末 人食い悪魔の根城と化した


ひとたび踏み入った者は誰一人出る事もなく

内部に仕掛けられた悪魔の罠にて屠られてゆく


少女と道化もその例に漏れず塔に囚われ


しかし双子の悪魔に屈する事無く脱出を目指す


そんな折に出会ったのは、脱出の方法を知るが故
悪魔どもに狙われる身となったと告げる金髪の少女―








ネーレ曰く、塔へ入った彼女を保護していた男は


内部の仕掛けが第三者によるものであり

塔に住み着いた双子の悪魔は仕掛けを施した何者かに召還され
使役されている可能性がある、と逸れる前に話していたらしい





「きっとその人捕まえて、出してって頼めばここから
出られるかも出られるかも!」


神分かりやすくて助かるぜ!んじゃソイツ見っけて
あの悪魔とどどもぶっとばーす!で神決定!!」


「…ちなみに貴方を保護したその男はどんな人物でしたか?」





頬に手を当て、軽く首を傾げながらネーレは答える





「んと…この国の兵士さんって言ってた言ってた!」


「なるほど」





最後の神により浄化された世界であっても残り続けた穢れは


様々な災厄や争いなどに形を変え、試練として人々の信仰を
試しているのだと聖書や聖職者は語り継ぐ


その最たる例として語られるのが"悪魔"であり


死者の妄念が固まり 人を死に誘う神の成れの果てと
称される死神と違い、悪魔は名無しの邪神が穢れを固めて
作り上げたとされる邪な存在で


人の悪意と魂を糧とし それらを手中に収める為
神の力に護られた人々を堕落へ誘うと言われている





…カフィル達のような特殊な事情を除けば

実際に悪魔を目にした人間はほとんどいない


だが概念として悪魔は人々の敵として信じられており


特に信仰心の高い地域や国では魔除けの品や
教会の行事が重用されている





なので土地柄を鑑みれば、悪魔への対策を携え
噂の塔へ立ち入った兵士がいても不思議ではない





「なーさっさとこんな神うっおとしいトコ出ようぜ?
またあの植物人もどきが来るらもしれねーしさ」


カフィルが納得する横で、所在なさげにしていたグラウンディが
木々から覗く石壁に据え付けられた扉を示す





あたしも賛成賛成!早く次の場所に行きましょ行きましょ♪」


「わきゃってうって急かすなよネーレ、ほれ行くぞカフィル!
ひとまず近いとこらら辺りを探すぞ!」





背後を道化に預けて足早に中庭を抜け出した少女二人が

松明灯る短い廊下を通じて 広大な空間へとたどり着く





うげぇ…ばんびゃコレ…」





古めかしい塔の外観に不釣り合いなまでの食堂には


大皿に盛られた豪勢な料理の数々と 様々な杯に
注がれた酒に混じって強く濃い腐臭が漂っている


原因となっているのは…まばらに着席したいくつもの死体だ


腰かけた死体の大半は満身創痍のいでたちで
ひどいと身体や顔の一部が欠けているものもある


王家の家紋が刻まれた装具をつけた死体が多いが

残る者も鍛えた体躯や装備品からかなりの腕前を伺わせる


…が、どれも苦痛に満ちた表情である事は共通していた





「こんなにたくさんたくさんの兵士のお兄さん
どうしてここにいるのかしらね?かしらね?」


「ちきゃくの村で聞いたけど、この塔調べに
神色んなトコから人来てるらしいからな」





人を食らう悪魔を一目見に、或いは真偽を確かめ
悪魔の存在を威信にかけて消し去る為


雇われた腕利きの傭兵や 王国や領主の命で
派遣された兵士が塔へと度々足を踏み入れている事も
近辺で集めた情報にあり





『つい先日もネイツから来た客がマタタビール片手に
悪魔を倒すって息巻いて塔に挑んだが、それ以来見てねぇな』





カフィルの投げナイフを研ぐ片手間で鍛冶屋の男が
言っていた、客らしき男も

携えた斧を腰に差したまま息絶えていた











〜四十五幕 悪魔ト彼女ト〜











男を含め、死体のうち数名は長いテーブルに
喉を掻き毟った状態で突っ伏しており


側に転がる金属製の容器にはビールの匂いと
僅かな滴が残っている





「ここでみんなゴハン食べてて殺されたのかしら?かしら?」


「死体は集められたのでしょう…悪趣味な装飾の為に
念の為 卓上のモノには手を付けないよう、特にお前はな」


食わねぇーよ!神を何だとどもってん『…すけ…て…』





か細い声に、グラウンディが文句を止めて辺りを見回す





『助け…ひいぃ、来るな、来るな来るな来るな





徐々に大きさを増していく声は


長いテーブルの中央へ置かれている、スープの入った
装飾の施された銀の大きい容器から発されていると気づく





三人の視線が集まったのを契機に





『がああぁああぁああああぁぁあぁぁあおあぁあ』


スープからけたたましい悲鳴が上がり


湯気の立つ薄茶色の液体の表面に

ぷかりぷかりと千切れた指や 人のモノらしき目玉が浮かび上がる





おえ…あの悪魔ども神えげつない幻覚見せががって」


「悲鳴はともかく指とは目はホンモノかもねかもね」


「そぼびゅー神シャレになってないから止めろって」





楽しげなネーレへ答えたグラウンディの鼻先を何かが掠める


同時にすぐ側で水が沸きたつような音と

足元の床で何かが焦げるような音、それと小さな煙が上がる


二発目が服に当たり焦げ目を作ってから


「きゃっ…」


あじゃっ!こ、こげげぎょこげっ…逃げろ!





それがスープから放たれた強い酸性の液体によるものだと
理解して少女は床に手をつく





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」


すかさず足元の石畳が立ち上がり壁を形作るも


次々と放たれる液体が隙間や頭上を越えて
酸の飛沫を彼女らへ浴びせかけ





「くっ…面倒な!」





皮膚を刺す痛みに顔を僅かにしかめながらも

道化が具現化した鎌の柄頭で、横殴りに容器を叩き壊す


鈍い音を立てて砕けた容器から溢れた酸が

テーブルを焦がしながら
石畳へと零れて吸い込まれるまでの間


荷物や石畳などで飛び来る飛沫を防ぎつつ
逃げ惑っていたネーレが、よろけた拍子に屈んでしまい

その左手が壁へと触れた直後


壁の一部が僅かに沈み 間を置かずガコン!と重い音を鳴らして


カフィルの足元の床が不自然に四角く口を開いた





とっさに縁へ手を伸ばそうとするも間に合わず


彼は諸手を挙げて穴の中へと落ちてゆく





「カフィルっ!?」


駆け寄ったグラウンディが穴を覗き込むと


煙突のような縦長の空間の向こうに

無事に受け身を取って着地したらしいカフィルの姿が見えた





辺りを見回して、彼は頭上を仰ぎながら答える





「どうやら別の部屋への落とし穴らしい」


「まいっマジかよ、罠とか変なのいるか?」


「いや…今の所動きは特にないな」





辺りの薄闇に目を凝らすと


殆ど物のない殺風景な室内には

代わりの装飾とばかりに虫やネズミに集られた
人と動物の死骸や白骨があちこちに転がり、積まれている


…幸か不幸か少女の側からは 闇に紛れて見えないらしい





「どこかに抜け道ぐらいあるハズだ
すぐ戻るから動かず待っていろ」


「おう!わやった気を付け…うぉへぁっ?!





グラウンディの返事を遮るように
天井のフタが勢いよく閉まり

カフィルの周りを完全な闇が包む


とはいえ 辺りの壁に張り付いたヒカリゴケと

明かりの乏しい塔の中を歩きなれたのが功を奏し
彼の両目は、室内の様子を八割方把握できていた





どこからが悪魔の改造はさておき


先程の穴と、天井のあちこちに取り付けられた吊り鍵


それに吊られて揺れる死体は骨化したものから
まだ新鮮なモノまでいくつかあり


角に据え付けられた棚に刺さる錆かけた鉈や

同じように錆の浮く床中央の排水溝を見る限り


彼が今いるのは 元々物騒な用途のために
作られた部屋と見て間違いが無さそうである





部屋自体に仕掛けはなく、壁面に似せた扉も早々に見つけたが





「面倒が増える前に急ぐか」


絶対に二人があの場で待ち続ける事はないだろう
確信している道化師は


最短での合流を念頭に入れつつ


こもる腐臭を嗅ぎ過ぎないよう口での呼吸を意識しながら
出入り口らしき戸へと歩み寄り







「う…あぁ…うぅ…」





背後の床の辺りからか細い呻き声が上がる





首だけを向ければ隅に積まれた死骸のうち


片目を潰され腹を大部分千切り取られ
上半身と下半身が分断されかけた血まみれの男が

鼠にかじられながらも、微かに痙攣している





あからさまに瀕死の人間と見て取り


「犠牲者か幻覚か、前者ならば動かん方が楽に「だまされるな」





その場から動かず声だけをかけた道化師へ


男は最期の力を振り絞ってハッキリと呟いた





「騙されるな、悪魔はすぐそばに











―そしてひとまずの脅威が去った食堂では


彼が懸念していた以上の事が起こっていた





「まだ戻らないの戻らないの?あたし怖い怖いここ」


心配すんなネーレ!アイツ結構強いだゃら
それに神であるオレがいんだから絶対みんなで出れるって」





始めは言う通り食堂で、警戒をしながらも
カフィルが戻るまで待っていた二人だったが


いつ悪魔やおかしな仕掛けが襲ってくるともしれず


励まされながらも不安をぬぐえずにいたネーレが

ぱっと明るい顔をして両手を叩く





あ!いいこと思いついた思いついた!

さっきの罠使って空いた穴にどうにかして二人で入って
カフィルさん追いかけたら合流できるよねできるよね?」


「悪くはねーけど神マグくねぇか?それ
第一あの仕掛けの穴だってどう動いたんだか分かんねぇし」


「そこはほら?グラウの力でなんとかなんとか」


「まぁがんばれば何とた…いやでもオレだけならともかく
ネーレ守って進むの神きついsて何してんだ





ひどく軋みを上げる扉をそっと開いて


「ねぇグラウ、あそこにあるのあるの下り階段かな?」


お?どどっれどれ」





手招きされたグラウンディがネーレと共に扉の隙間から


窓から入る傾きかけた日光に照らされる薄暗い廊下と


突き当たりの手前にある、両側に窪んだ壁面に沿って並んだ
剣を支えに立つような甲冑数体を目にした途端







「やっ…いやいやいやいやいやいやぁぁぁ!こないでぇぇ!


前触れなくけたたましい悲鳴を上げてネーレが
勢いよく廊下へと飛び出していく





間近な悲鳴に面食らいながらも


へやゅっ?!おい待てネーレっ!」





すぐに追いかけたグラウンディが呼び止めれば

先程の窪みの辺りでネーレは足を止めた





「あ、あれあれれ?身体っ何ともない?何ともない?」


「どころおかしなとっこねーよ、いきなりどうしたんだよ」


「なんかねっなんかねっ
身体じゅうに火が付いたムカデさんみたいな虫が
うじゃうじゃうじゃうじゃってなって…」


「神気持ちわぎゅっ!?
てかそれあの悪魔どみょの仕業じゃ

…まあいいやとにかく食堂戻るぞ」





間を置かず少女らの両脇に鎮座していた鎧が全て一斉に動き出し


ネーレの手を握ったグラウンディは、振り下ろされた剣を
かわして廊下の先へと駆ける





鎧の群れに追い立てられるようにして突き当たりを曲がると


左右に一つずつの扉と上へと続く階段が視界に飛び込んでくる





「ヨロイさん動いている!すごい近いすごい近い!」


わきゃってんよ!てか何で神うれしそなんだ!?」


叫ぶ合間も距離を詰めて来る動く鎧を迎撃すべく
金髪の少女と位置を入れ替えた彼女は


左手側の扉を開けて剣撃の盾にすると同時に

式刻法術で大きな手の平に変えて鎧を押し返す





うわぁ!グラウすっごいすっごい!」


「神だからりゃ!ってこっちがわ外に通じてんのか」





扉が消えた先に広がる空と 遥か下の大地があるのを確かめると


辺りの床や壁を使って階段を作るか、いっそのこと
羽のようなものを作って背中に付けて脱出しようかと

思いついて戸口の縁辺りに屈みこもうとするも


地上までの高さに怯んで少女は後ろへ下がる





「ってやっぴゃちょっと神踏み出しづれぇ「グラウグラウ!
鎧来てる来てる!!うおぉぇうぉ!?



再度接近してきた動く鎧たちを、近くに残った扉の破片や
床石による礫でもう一度弾き返して


グラウンディは残る扉も追撃に使おうと開いた





その直後、横から強い衝撃を受け





部屋へと続く短い通路へ押し込まれてへたり込み


呆然とする少女の目の前で扉が閉まった





少し遅れて現状を何となく理解し、少女は立ち上がり
取っ手へ手をかけ扉を押すがビクともしない


「…っ何しがやんだネーレ!つか開かねぇぞ!!


グラウ?!どうしたのどうしたのグラウ!
ここを開けてよ開けて…きゃあぁぁぁぁ!!


「ネーレ!?おいどったんだネーレ!!」





扉を隔てて鎧のモノらしき複数の金属音と
ネーレの悲鳴が鳴り響き、そして遠ざかってゆく





「くそっひとまずここらら出ねぇと!」





立ちはだかる扉を法術でこじ開けようと少女が
手の平を扉にくっつけたと同時に


通路のように狭められていた入口の壁から
ガチャリといくつもの銃口が出現するも


とっさに奥へと逃げ込めたので

弾丸は少女の身体を掠めただけだった





「神おかしなシキャケ作りやがって!ぶっ壊してやる!!


銃口が引っ込んだ壁と扉へ照準を合わせた少女の視線へ

白と黒の悪魔が割り込んできた





無駄なあがきほど滑稽なものはないね
まず壊す前に辺りを調べるとかしたらどうなのさ?」


「だからバカは単純なんだよ、ガキで過ぎた力があれば
なおのことそれに頼り切って慢心する」


黙れアホ双子!神チカラでぶっどだざれたくなきゃ
とっとととトコから出しやがれ!」


「だから攻撃当たるほど僕らノロくないの、忘れてるね」


「悪魔なんかに頼む前に
自力で謎を解けばいいって考えない?」





ぐっと苛立ちを飲み込み、少女は四隅にある松明で
照らされた暗い室内をざっと見渡してみる





朽ちた牢屋を思わせる石壁に囲まれた中央には石碑が一つ


[ここにいるのは我らの敵、神を信じぬ愚か者ども

罪の重さを悔やませ屠り 祈りを捧げ
穢れを清めて御許へ参るべし]



こう刻まれた石碑の周りには絞首や磔刑

ギロチンなどで処された罪人を
象った悪趣味な石像が等間隔で五つ並んでいる


石像の土台にはご丁寧にも剣の柄を模したレバーがついていた





へん!これを動かじゃいいんだろ!神楽勝だぜっ」


言って手近な、火に焙られる磔刑の像のレバーを
動かしたグラウンディは


像の周囲と土台から吹き出す炎に数秒焙られた





…火傷を負いつつも果敢に仕掛けへ挑戦するが


焦りと普段の性格から、手あたり次第にレバーを引く少女を

嘲笑う様に失敗の代償が罠となって襲いかかる





こんなのもわかんないなんて生きてて楽しい?
身体もボロボロだし死んだら楽になれるのにね」


だからそれじゃないだろう?あの道化師のおにーさんが
いないと何一つまともに考えられないんだね」





かわしきれない罠に傷ついて足を引き摺り


振り出しになった仕掛けへ挑もうとする少女へ
悪魔は容赦なく悪意ある言葉をぶつける





「早く死んでよね、僕らもネーレを殺したいから
君なんかに構ってる時間ないんだ」






串刺しの石像に向かう足が止まった





方向転換し全速力で中央の石碑へ辿り着いた少女が





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」


浮かぶ双子を睨みながら祝詞を唱えて石碑に触れる


溶けるように石碑が床下へと消え、室内の壁や床なども
巻き込んで材料にし


石の詰まった二つの巨大な桶として悪魔の頭上に再構築される





それでも二人の悪魔は余裕を崩さず桶を眺めていた





「だからさー僕らにこんなの効かな…っ!?


術の影響で脆くなった壁面の一部がひび割れ

そこから一瞬だけ差し込んだ白い光が
自らの身体へ当たるまでは






よろめく悪魔達が桶の直撃を食らい、バランスを崩す


顔を歪ませる二匹の身体を通り抜けた桶は床へ落ち
盛大な音を立てて砕けた





ざっまああぁぁみりょっ!


アドディブだかアドヌルだかしらねーが
どっちにしたって神悪いお前らは後でぶっ倒してやるからな!」






してやったり!な顔をした少女へ





「…人の名前を勝手に変えたり、たいして親しくも
無いうちから気安く呼ぶのって失礼だよね」


「だから失礼なヤツらはみんな 僕らの敵さ
永遠にここをさまよい続ければいいよ 死ぬまでね


苦い顔をしながら双子はじわりと消え失せる





ようやくひと泡吹かせた満足感に 浸る間もなく


先程の法術に壁や床が使われた事が引き金となってか
石像周辺から室内で何かがきしむ音が響く


それらは加速度的に混ざり合いながら増えて大きくなり


一際大きな金属音と共に、室内すべての罠の発動という形で
グラウンディへと襲いかかった





「なっ…やばっ、すべてのはにゅあっ」


祝詞を間違えたグラウンディの頭へ


仕掛けから弾け飛んだ
ギロチンの刃が潜り込んで骨と脳を砕く



間を置かず数本の縄が硬直する彼女の身体を絡めとり


そこへ炎や金属製の杭や弾丸による追撃が襲いかかる





「あがっ…ひ、ぎゅえぇ!ごっぶ…ぐ」







更に不運な事に術のせいか年月のせいか
仕掛けは故障したらしく壊れるまで作動し続け









罠が止まった頃には少女の首は胴と千切れるようにして離れ


四肢は奇妙に引き延ばされ

身体中はあちこちに弾痕や焦げ跡などで
無残に傷つけられた肉塊と化していた







仕掛けの全損と連動してか部屋の扉も開き





「…ここか」


入口へと駆け付けたカフィルが足を止める





「ねぇっグラウはグラウはどうなったのなったの?」


「しばしお待ちを、まだ何か罠があるかもしれません」





部屋へ入ろうとするネーレをしばし外で押しとどめ


彼は目の前にいる少女の残骸を黙って見守る





程なく離れた首が引きずられるようにして胴体へとくっつき


伸ばされた四肢は急速に縮み、傷つけられた部位もまた
すさまじい勢いで塞がり修復されてゆく





…そして服だったらしい布以外元通りの姿となった
グラウンディが起き上がったのを見計らい


予備の服とマントローブを投げ寄越してカフィルは言う





「着ておけ」


「おっおう…遅じゃったじゃねーか」


「面倒な仕掛けを潜り、上階へ戻れば
鎧の一群に追われるネーレとかち合ったのでな」


「助けてもらってグラウを助けに来てもらったのたの!」





二つくくりの金髪をひょこひょこ揺らすネーレの姿に
安堵してから彼女は、閉じ込められた経緯を思い出す


「ってかネーレ!お前オレろコト突き飛ばしたろ?」


えっ?えっ?あわててたからからよく分かんないよぉ
それよりもケガはない?ない?大丈夫?」





きょとんとした淡い緑目にひとまず不自然なモノは見えず


釈然としないモノを飲み込みながらも
着替えを終えて部屋を出ようとしたグラウンディは


側にいたカフィルが、ある一点に視線を向けている事に
気づいて同じ場所へと顔を向ける





罠のダメージは部屋そのものにも及んでおり


右側の壁面に走った亀裂は更に大きさを増し
所々が欠けて奥にある空間と


松明とは違う明るさの光を覗かせていた





「あそこから光出るるてるな、何かあんのか?」


「……確かめてみるか」







鎌でこじ開けられた先には礼拝堂のような空間があり





「隠し部屋…ってーか教会みてーなトコだな
台んトコに何かあるかみっ神変な水たまりがあんぞ?」


上方の明り取りからの光に反射し

奥の祭壇に乗った何かと
部屋を横断する深く長い溝を満たす水がまばゆく輝く





「洗礼の水槽だろう、ここは元々著しく信仰に厚い
この国の砦…礼拝の場があってもおかしくはない」





最後の神の逸話に倣い 生まれた赤子は例外なく
教会にて清められた水に身を浸し祝福を受ける


お祈りの際や穢れを払ったり祝福を行う行事などにも
清めの水は不可欠であり

その為どの国の教会にも必ず洗礼用の桶や
石造りの水槽が存在する事はグラウンディでさえ知っていた


だが部屋に直接設えられる規模の水槽は始めてのようで





「深さはさほどないな」


えぇ…大体オレの胸くらねぃか?コレ」


内側の段差を伝っておっかなびっくり身を浸してる間に

彼女はさっさと溝を渡り始めたカフィルに
追い抜かれてしまう





とはいえ長年放置されていた筈の水場は
底が見えるほど澄んでおり


二人の身体を濡らす水はひんやりとしながらも
どこか心地よく肌へと馴染んでゆく





ふ、と視線を感じてグラウンディが振り返る





「あれ?きぃお来ねぇのかネーレ」


行かない、だって風邪ひきたくないもんないもん」


「水はひんなきゃいーだろ てかそとにいる方が
あの悪魔どもとか来た時神やべぇって!」





しかしいくら部屋に入るよう呼びかけれ続けても


ネーレは崩れた壁の向こうから、じっと二人を見つめたまま
一歩たりともそこを動こうとはしない





そんな中 先に祭壇へ辿り着いた道化は


背後の二人に注意を払いながらも置かれていた
数本のナイフを手に取り、ざっと目を通してゆく





「カフィル、その台になんりゃあったか?」





間を置かず溝を渡り切った少女へ彼は、祭壇の上にある
錆びたいくつかのナイフと一枚の羊皮紙を示した





[罪を裁き穢れを清めた者に 神の敵を滅する力を与えん]


「聖別されたナイフがあったのだろうが…
著しい時の流れで ほとんど使い物にならなくなっている」


「マジかよ、とんが神ムダ足じゃんかチキショー」


ねぇ!もう何もないなら早くここ出ましょ出ましょ?」





呼びかけるネーレに頷き返し
二人は光差す隠し部屋を後にする








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:企画ネタとか拍手でちょいちょい出てた
マタタビールは作中の世界で最もよく飲まれてる酒です
ご当地の果実酒や蒸留酒とかと並んじゃう感じの


グラウ:シャトのこげなんか神どーだっていいだろ
つか飲んだっで神うまくないしな


ネーレ:あらあら、グラウお酒飲んじゃったの?


カフィル:…著しくヒドイ有様でしたね


グラウ:うっしゃさえい!今回はネーレ守ったり
悪魔ぶ飛ばしたりで神大カツヤクしたオレを労えよ!


狐狗狸:…あの部屋、ちゃんと仕掛け解いたら
苦労せず入口開くし隠し部屋の扉も出て来んだけどなー


アドルク:だからこそ間違えた奴への仕掛けを
強めておいたんだけどねぇ


アドリス:それでもごり押しで進めるのって奇跡だよ
まさに脳筋の権化だね!




悪魔の定義とか酒の話については塔の話が終わり次第
補足として設定とかに追加しておこうと思います


次回、彼らはついに塔の悪魔と対峙する