さぁさ不快 さぁ不快!


悲しき中立の街を離れ、修道女を送り届けた足で
検問を越えてラポリスへと訪れた少女と道化


少女の指名の鍵を握る少年を連れた作家の足取りを


掴むべく不思議なウワサを追う道中で
不潔としか言いようのない浮浪者に出会う


奇妙なつてで中立地帯での二人の活躍を耳にし
待ち伏せていた彼に荷物を盗まれ


取り返すための賭けを持ちかけられる


目には目を、イカサマにはイカサマを


負けの込んだ少女を見かねて道化は
種のない手品で浮浪者を出し抜いたのだった―








「どとどとっどーなっだてやるんだこの塔はっ!?」





賭け好きの浮浪者・フノッチとの遭遇から数日が過ぎ





「でゅっデュロテュのせいなのかこれも!」


"神石(デュオス)"な、生憎反応はない
どちらにせよ噂の信憑性は著しく増したがな」


「冷静いいいっへるビャバイかっ!?
はやっくここを通り抜けねぇとカベがっ…!!」





ラポリスの村や町を渡り歩く中で二人は


国内もしくは近隣諸国での不可思議な事件と
放浪作家ジニア=ガレーシの足取りを中心に情報を探っていた





後者の方は首尾よく


"子供との二人連れの旅人"が北を目指してゴブガを通る相談を
していたという話を郊外に近い村の食堂で聞き出せた





だが、不可思議な事件について詳しく聞けたのは


ラポリスとシムー国の国境に近い、うっそうとした森の中に
打ち立てられた古い塔に関するウワサのみ





『あの塔には…紫色の血を持った
人食いの悪魔が住み着いてしまったんです』





要所を見張り、守る砦としての役割を持っていたため
それなりに巨大なその塔は


朽ち果てた外観と相まって遠くからでも相当に目立つ





『中を探検しに行くと言ってこっそり忍び込んだ
ウチの子は、きっと悪魔に食べられ…っ!』





怖いもの見たさからか 或いは何がしかの事情があってか


塔から無事に戻って来たものはただの一人もおらず
ほとんどは死体でさえも見つかっていない





何らかの形で神石が関わっている可能性もあるため
軽い偵察のつもりで"悪魔の住まう塔"へと足を踏み入れた二人は


現在進行形で、死ぬような目にあっていた











〜四十四幕 塔ト悪魔ト〜











はーはー…マジで潰りゃれ死するかと思った」


「そんな死因はないが、ひとまず切り抜けたな」





息を整えるグラウンディの隣で


薄暗い周囲の警戒を怠らぬままカフィルは背後を振り返る





先程まで二人が駆けていた一本道の通路は


入口の代わりに壁ごと下がって入れ替わった巨大な石の壁面に
隙間を押し潰されて巨大な壁に成り代わっている





「だが面倒な仕掛けが多い事には変わりない
死にたくなければ、不用意な事はするな」





言いつつカフィルは自らの左肩や腕に刺さる小さな杭を引き抜く


それは通路を通り抜ける時、側にあったドアやレバーに気づき
近づこうとしたグラウンディへ向けられ


庇った際に防ぎきれず受けてしまったモノであった





苦々しい顔をしながらもどうにか呼吸を整えた少女が
ふと側にあった壁へと目を向ければ





そこには無かったはずの羊皮紙が一枚







[あんなわざとらしいドアとかに引っかかっておきながら
間に合うなんて中々やるね だから挟み損ねて残念だよ]


「神に向かって言ってくれるじゃねぇきゃ…
悪魔だか何だか知らねーが!ぶっうん殴る!!


怒りも露わに少女は羊皮紙を破り捨てる









新しい部屋や通路へと訪れる度、気づかぬうちに
しかし必ず目に付く場所に


彼らへ宛てた文面が貼り付けられていた





[この先進むべからず この下覗くべからず]





塔の一番初めの入口、両開きの扉を開いた
真正面の壁にも

張り紙はこんな風にでかでかと存在を示しており


『薄暗るて見づれぇ…のぞくなって書いてあんのか?』


『分かっているなら何故奥へと進んでゆく』


『怪しい場所は調べるにがぎるだろ、罠だとしても
すぐそこの入口へ駆けこみみゃ神安全だしな』





誘われるように張り紙の下にあった
手の平で隠れるほどの穴へ片目を近づけた少女は


薄闇に覆われた高い天井に何かが閃いたのに
気づいた道化師に腕を引かれ、すんでの所で落下した
針付きの鉄板に貫かれる事は免れたものの


二人が塔の内部へ入り込んだのを合図に





扉がひとりでに閉まり、更には左に向かって
ズレてゆくのを目の当たりにした





『おいちょっ…まっ、まがたあおわ!?


『戻るのを見越し 足元に針を飛び出させる仕掛けか
著しく狡猾だが効果的な罠だな』





へこんだ床石と連動して飛び出た針山に足止めを食らう合間に
すっかり扉のあった場所は石壁にすり替わり





[外に出たいなら僕らを見つけてごらん?
お客様は盛大におもてなししてあげよう!楽しんでいってね]





そこにあった新たな張り紙の文字に急かされるようにして


彼らは脱出のための探索を余儀なくされた







…故に、張り紙を目にする度


グラウンディの中の悪魔に対する怒りが加算されるのである









どこだ悪魔は!…って何だこころこ?」





意気揚々と辿り着いた次の部屋には先程までと違い
絵画や凝った家具、活けた花などで飾り立てられており


座り心地のよさそうな二脚の椅子も相まって


どこかの屋敷の客間にいるような錯覚さえ感じる





呆然と佇む少女の隣をすり抜け、部屋の中央にある
テーブルの上に置かれた本を手に取り


パラパラと眺めて道化師は答える





「元は休憩室の一つだろうが…この日記も含め
著しく場違いなのは誰の意図だ?」


「それ日記だろか?」





先に入った相手に害が及んでいないからか
幾分安心した様子で少女もテーブルへと歩み寄る





革張りの日記は外装もボロボロで色あせており


したためられている内容も、文字の所々が震えてかすみ
判別が困難な箇所がいくつもあったが


大まかな内容を把握する事は十分出来た







[事故で寝たきりとなって、もう何年が過ぎただろう


狭い部屋に他人とひとまとめに押し込められ
最低の生活を強いられている


ロクに動けぬ老いた身体を気づかう人もなく


漂う悪臭が鼻をついても
濡れたタオルで自分の身体を拭く事すら出来ない]






持ち主は事故により身体に障害を抱えた老婆





[このまま私は誰にも気づかれず 苦しみ続けて一人で
死ななくてはいけないのだろうか]






独り身であった彼女は国からの保護を受けたものの


引き取り先では他の老人達同様おざなりな扱いしかされず
窓から外を眺めては、絶望する日々を送っていたようだ





[今日は目覚める事が出来た


けれど明日は目覚めないかもしれない


思えば苦労し通しで惨めな人生を送って来た…もう少しだけで
いいから恵まれていれば、きっと幸せに暮らせたのに


もしも生まれ変われるのならば何だってしてみせる


やりたいことはまだたくさんある、死にたくない]






「なんだこの日記…ころ塔にいたバーちゃんのなのか?」


「いや、ここは停戦が結ばれてからずっと放棄されていた
少なくとも長い間無人だったはずだ」





言って、道化の手が最後のページをめくると
ひどく乱れた字でやや大きくこう書かれていた





[そう考えていた時…私の目の前におかしな双子が現れた]


「おかしだぶっ双子?」


「「僕らの事を呼んだかい?」」





楽しげな声をハモらせ、二脚の椅子から
赤子ほどの背丈をした奇妙な双子がじわりと現れる





幼くも中性的な顔立ちと未発達な上半身は人と変わらぬが


指に生えた鋭い爪と、獣じみた下半身から生えてうごめく
矢印のような尾がそれを否定する



髪と目と体毛なども かたや白くかたや黒い





「ようやくここまで来たんだね?全く退屈過ぎて
待ちくたびれちゃったねアドルク」


「だから言っただろアドリス、入口が閉じたトコで
さっさと顔見せに行った方がいいってさ」


「テメェらがこの塔に住み着いてやがるあぎゅ、悪魔か!」





ふわふわと頭上を飛び回り、少女を見下ろして双子は笑う





「ひっどいな〜僕らにはアドリスアドルクって
ちゃんとした名前があるってのにね」


「だから人間って嫌いなんだ、特にガキなんか
ワガママで聞く耳持たなくて始末に負えないよ」


名前なんか知るかっ!人を散々おちょくりらがって
神に殴られる覚悟はできてんのかこのど悪人が!」



だから?それが悪いって言うなら
自分で何とかすればいいのに頭悪いよね」


「僕らなりのおもてなしなのにお気に召さなかったの?
勝手に入って来たくせに腹立つね」





口々にまくしたて見下ろしてくる双子の悪魔に向けて
少女は手近な燭台を投げつけた


が、ひらりと避けられた上に石つぶてでの反撃を受け

余計に怒りを煽られる結果となるばかり





「おい待てグラウンディ」





止めようとする道化の腕を振り切って


部屋の中を駆け回りながら花瓶やら椅子を投げつけ


テーブルを踏み台に跳び上がりざま、振りかぶった
少女の握りこぶしが双子の片割れへと直撃した





…そう思った直後





叩き付けた右拳から 強い衝撃と鈍い音が響いた


「ぶふぁべるっ?!」





次の瞬間 目の前に現れた壁へしたたかに額をぶつけ
グラウンディはその場へ尻餅をつく





「なっ…はがうぇっ壁カベぇぇ?!





殴ったはずの悪魔はおらず、テーブルから飛んだ際には
かなり距離が開いていたハズの壁に激突した現実に
理解が追い付いていない少女を嘲笑い





無様無様!見事なまでに僕らに騙されたね」


「だから罠にも引っかかる、まぁもう少し楽しんでけば?」





現れた時と同じ唐突さで、双子の悪魔は掻き消える







痛む右手を押さえながら無言でカフィルを見やれば
彼は静かに言葉を紡ぐ





「俺からはお前が急に壁へと飛びかかり殴ったように見えた」


壁を?オレがぎゃ?」


「ああ…追いかけっこの最中 片割れが著しい小声で
式刻法術の詠唱を呟いていたのも聞いている」





どうやら相手は幻術の類を使えるようだ、と
道化師は結論を口にしてため息





「いずれにせよ慎重に行動すれば面倒は少ないのだがな」


「…よーするにオレが先バジったのが悪いってんだろ」





唇を尖らせる少女の右手と額に応急処置を施し


彼女と共に道化は、豪華な客間を後にした









途中で二つ三つほど罠があったもののさしたる障害にもならず
見つけた階段を順調に上り





通路の先にあった扉を開けると





「ここ…塔の中、だっだよっな?」





そこには雑木林と見紛うばかりの庭園が広がっていた





「そのようだな、奴らの幻覚か元々のモノかは知らんが
内部に作られた空間に間違いは無かろう」





木々の上にはうっすらと石壁らしきものも確認でき


辺りを照らす陽光が遥か上にあるガラス張りの天井から
降り注いでいる事を鑑みれば


悪魔の作ったまやかしでない限り


ここはグロウス図書館と同じような吹き抜け構造で
作られた、大規模な室内庭園なのだろう





「術で空飛んで、あの天ど井ぶっ壊せば出られんじゃね?」


「奴らに邪魔されるか落下したガラスの破片で怪我を負うか
いずれにしろ墜落する可能性が著しく高そうだ」


「ん〜…じゃぱ軽く飛んで辺りを見て回るっての」


「いやっいやあああぁぁぁぁぁぁぁ!!





つんざくような甲高い悲鳴を耳にして


弾かれたように二人は声の聞こえた大元へと駆ける





悲鳴の主は、庭園の少し開けた場所で


人に似た形をした奇妙な植物に囲まれ
絡め取られて今にも絞殺されんとしている金髪の少女だった





「う…うぅ…!」


「おい誰だか知ならないがそいつを離せ!





二人の接近に気づいてか、植物が一斉にこちらへ振り返る





ねじれて絡まり合った木の根で作り上げられた四肢と胴体


頭部らしき白い実は仮面のようにも見えるが
そこに目や口や鼻はなく、毒々しい赤や緑をした不揃いの塊が
いくつも張り付いていて生理的な嫌悪を誘う





「あのしちたっ、シイッタイでの事を思い出すぜ…」


「"湿地帯"な これは核になる植物は無いらしいがな」





色違いの瞳がさり気なく、周囲と自分へ目配せしているのに
気づいた少女がそれに倣うと


自分達と絡めとった金髪少女を中心に


木々に紛れて数体の人型植物が包囲網を形成しつつあった





「幸い素材は豊富だ、足止めは任せるが火は使うな」


分かってるって!オレはカビュ…神だぞ?」





ニッと笑い、手の平を地面へ向けながら
グラウンディが屈みこんだのを合図に


左耳のカフスピアスから赫色の鎌を具現化したカフィルは


少女の周りに蔓延っていた植物を引き剥がしにかかった









…土や石、時には生えていた樹木をも利用して
作られた枷や杭により


動きがとどまった人型植物へ鎌の刃が閃く





自分達へと近づいて来る植物はひたすらに撫で斬りされ





少女を捕え苦しめていた植物は


突き立てられた刃から生命力を吸われ
悶えながらしぼみ、乾いて端から崩れ土へと還ってゆく





「お前の鎌て植物りも使えんのな」


「加減が面倒で概ね朽ちる、例外はあるが」







流れ作業に近い戦闘がひと段落して





あら?助けてくれたのくれたの?」





先程までおぞましい植物に囲まれていた少女は


深呼吸の後、二つにくくった金髪をぴょこぴょこ揺らし
どこか間の抜けた声でかわいらしく小首を傾げた





「お前さっき悲鳴上げたたろろ?」


「うん、あんまりにも気持ち悪いカッコしてたから
すっごく面白くって叫んじゃったの叫んじゃったの!」


どうやら襲いかかった人型の植物を恐れてではなく

その外見に興奮して上げた悲鳴だったらしい





予想外の返答に呆れる二人を他所に 少女は続ける





「それで見つかっても少しで殺されかけるとこだったの
だったの、本当にありがとう」


「いえ、所であなたのような幼いお嬢さんが何故ここに?」


「ウワサ聞いて面白そうだったから入ったんだけど
危なくて、出られなくて…けどけどさっきまで強いお兄さんと
一緒だったの!もうすぐ出られるかもって言ってたのたの」





十にも満たない幼い少女は
淡い緑色の瞳を期待に輝かせながら二人へ訊ねる





「ねぇねぇ、お兄さんが見つかるかここ出るまで
ついていってもいいかな?いいかな?」






道化は ただ静かに彼女を見つめていたが


草色の髪の少女は、当たり前のように許可を出す





構わねぇぜ!こっちのドヅケはカフィル
で神ことオレはグラウンディだ」 「"道化"な」


ありがとう!あたしネーレ!
よろしくねよろしくねグラウにカフィルさん!!」





受け入れられ、喜んだネーレが
ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべていたのも束の間







「おやおや、おやおやおやぁ?そこにいるのはネーレじゃないか
自分一人じゃなぁんにも出来ないネーレじゃないか」





息がかかるほど近く、両側に双子悪魔が現れたのを
見て取って顔をこわばらせ


素早い動きでカフィルの後ろへとへばりつく





だから今度はそこの二人を盾にして僕らから隠れるのかい?
でもムダだよ、どうせみんな一緒に死ぬんだから」


「この少女の事を知っているのか?」


「知ってるも何も僕らは塔にある人間の魂を集めるために
ここにいるのさ?邪神様と僕らの楽しみのためにね」


だから君達も例外じゃない!特にそこのネーレは
前からずーっと狙っていたのさ、死ぬのをね」


「テメーらデブダイスの手下か…どーりで
ロクでもねぇ悪人だと思ったぜ!」





青い目をきっと吊り上げて





「この塔出る前り絶対神成敗してやるから覚悟しろ!」





ふよふよと宙に浮かぶ双子を指差し、グラウンディは宣言する





「…何それ、自分勝手な価値観をさもみんなの同意みたいに
押し付けといて正義ヅラって腹立つよね!」


「だから君も僕らの敵になった!
これから死ぬほどこの塔を楽しんでいけばいいよ!」


「「けど出る方法なんか死んでも教えてやるもんか」」







その一言を最後に悪魔が消えたのを見届け


カフィルは、自分の後ろへしがみつくネーレへ呼びかける





「何故、ヤツらの前で隠れたのです?」


「あたしが狙われていたの聞いたでしょでしょ?
死ぬのイヤだもん、当然当然こうするわ」


「あの悪魔どもが狙ってたって 何すたんだ?」





問われて彼女は 得意そうに小さな唇を歪ませた





「それはねそれはね…あたしが、ここを出られる方法
お兄さんから聞いてたからなの」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:赫色の鎌の生命力吸収効果は植物の場合だと
ほぼダイソ…某掃除機並みの吸引力となります


グラウ:けどあど湿地帯んトコのデカい花にゃ
効いてる感じしななったぞ?


カフィル:植物に限らず、著しく生命力が高いモノには
効果が薄い場合もある


アドリス:それにアレに命吸い取られてたじゃん


アドルク:だから余計に効き目薄かったんじゃないの?


ネーレ:そんな植物あるの?見てみたい見てみたい!


グラウ:奴ならオレらがぶったぎ倒したぜ!


ネーレ:えぇ〜見てみたかったみたかったー




年内にどうにか間に合った…と安堵してます


次回、塔からの脱出の為に三人は行く