さぁさ悲痛、さぁ悲痛!


和によって結ばれたはずの地にて満ちた
謎と疑心が人の和を乱し


邪神の影を疑いつつも打開策のない二人を他所に

人を導くはずの教会へ 憎しみの火の粉が降りかかる


言えぬ謎を抱えた修道女もまた人々の非難を浴び


彼女をかばう牧師の頼みを 少女と道化は引き受ける


そんな折、騙されたと嘯く男の毒牙が彼女を襲うも
身を挺し牧師が盾となり―








息を切らせ薬屋へ門前払いを食らう修道女を
少女が教会へ連れ戻した時には すべては終わっていた


教会襲撃の通報と共に主犯の優男を含めた侵入者が
詰め所へ突き出され


牧師の遺体を抱いて泣き続けていた修道女は


しばらくの後に供養を済ませ、彼の遺体の引き取りと
然るべき埋葬を警備兵を通して教会関係者へ依頼し始める





それらの手続きが滞りなく終わるまでの合間


護衛も兼ねて教会に泊まり込んでいた少女は
今にも泣き出しそうな声で側に立つ道化師へ問いかける





「あん時、医者ときゃがいたらトーマスのおっさん
助かってたのかな?」


「あの状況では…それでも著しく困難だっただろう」





式刻法術による解毒は秘術と同義、専門の人間であっても

毒の種類が分からなければ解毒は難しい





「今の俺達に出来るのは英気を養う事と同じ過ちを
繰り返さないようにする事ぐらいだ」


「ぱかってるぜ…神わかててる」





幸いにしてあれ以降の襲撃もなく


来訪者も、遺体の引き取り手を除けば

二人の依頼主であり図書館"元"職員だった末成りの青年のみ





「そちらも大変だったんだろう 本来の目的は果たせなかったが
君達はよくやってくれた…心ばかりだが取っておくといい」





形ばかりの労りの言葉と 金貨の詰まった子供の手の平大の革袋
そして一冊の本を道化へ受け渡すと


来た時と同じように人目を忍びそそくさと立ち去ってゆく





そうこうする内に遺体の手続きも終わり


早朝の日に三人は、主のいない教会とウックスの街を後にする





「それ神重くねのかい?なんなら持ってやろーか?」


「お気遣いありがとうございます、けれど
私の手荷物はそれほど多くはありませんから」





幾分か和らいだ笑みで答えるセンティフォリアの荷袋は
二人の背負うものよりも一回りか二回り小さい


けれど見る人が見れば


カフィルと同じフード付きの外套の下に隠されている
小型のクロスボウの存在に気が付く事だろう





「著しく不似合いなモノをお持ちで」


「護身用に、と強く勧められて買っただけですので
扱い方なんて存じません」





そう呟く彼女の立ち振る舞いは、以前と同じく
何の変哲もない一般人そのもので


少なくともそこに嘘はないだろうとカフィルは捉えた











〜四十三幕 奇矯ナル放浪者〜











道中で特筆すべき出来事もなく、辿り着いた修道院で
センティフォリアと別れた二人は


国境に沿ってラポリス国へと足を踏み入れた





「で、次どっきょに行くんだ?
つかジニジャはどこ行ったんだろなー」


"ジニア"な、有力な話は今の所見当たらんが
心当たりはないコトもない」





これまでの道行きで得た情報を元に


建前上は非戦闘を掲げるラポリスを経由してシムー国へと
移動し、そこからゴブガ大陸へ渡ると彼は言う





「旅先での冒険譚を書くなら、不可解な事件は著しく
興味を引く題材だろうな」


「つまり今までゃ通り神ヘンな事をおっかけりゃイイってコトか?」


「珍しく理解が早いな」


「オレだって日々成長してんさどっ!」





えっへんと胸を張るグラウンディの、自身の体系と滑舌は
悲しいほどに成長の兆しが見られないが


面倒だったのかその点を指摘せずカフィルは
荷袋から取り出した水筒を一口あおる





「飲んだモンはどとに消えてんだー?それ」


「知らん だが水は問題なく取れるから面倒は…」


そこまで言った所で、彼の足と口とが止まる





ふぇ?どうしきゃんだよカフィル」





見上げつつ訊ねる少女だが、道化は答える事無く
露骨に顔をしかめて鼻を押さえ出す


色違いの目は 街道を囲う雑木林の先を見据えている





「あの先に何かあんろか?」


「…覚悟はしておけ」





嫌そうな顔をしながらも、少女は歩き出した道化について
街道を進んでゆく







ほどなく風に乗って彼女の鼻にも


何とも形容しがたい 気分の悪くなるような据えた臭いが届く





ウヴォゲッ!何だよこれどったらニオって…」


鼻をつまんで辺りを見回していた少女が
臭いが強まっていく街道の脇へ一歩踏み出して





高々と生い茂る草に隠れていたソレを 思い切り踏んづけた







「なぁうぇあわがにゃぁぁん!!」





奇怪な悲鳴を上げて足をどけたソレは人の形をしている





うつ伏せの、ずんぐりとした身体に垢や油などの汚れが
染みつき擦り切れた古着をまとい


くすんだ黄色い毛糸帽からは白髪交じりの長髪が伸びている


服にも髪にも白く薄汚れたカラスの羽と生ごみの端が
汚らしくこびりつき、ハエが周囲を飛ぶ様は


どこからどう見ても人の死体にしか見えないシロモノであった





「行き倒れがよ…うぅ、久々に見るぜこんな神グロいの」


「おい、気を付けろ」


「大丈夫だったて死体は動たいりなんか」


しない、と少女が言い切るのと





死体だったソレが起き上がったのはほぼ同時だった


うわだばわら!?しししっしたりが死体が!!」


「落ち着け…どうやら"死体"じゃなかったようだな」





とっさにその場から距離を取り道化の元まで駆けていく
少女には目もくれず


起き上がった死体…もとい髪同様に白髪交じりのヒゲを
蓄えたヒグマのような初老の男は


地べたへ座り込み袋から何かを物色し始めた





なんじゃいこりゃ?本ばっかりかいな」


「…あぁっ!?オレの荷物っいちゅの間にっ!!」





そこでようやく少女は、離れる寸前に隙を突かれて
背負っていた荷物袋を奪われた事に気が付いた





つまらなさそうにしていたヒグマ男の指が


一冊の書を手にして、そのページをおもむろに捲る





"持チ出シヲ禁ズ"!?おお〜こいつぁもしや、この前
焼けたグロウズ図書館の「がえべごろらりょおぉぉ!!」





顔を真っ赤にしたグラウンディの突進を


身体に見合わぬ俊敏さでかわして男はニヤニヤと本をもてあそぶ





「油断したのはそっちじゃろ?それにお嬢ちゃんは
思いっきりワシの背中踏んづけたしのう」


「お、おっしゃんがそんなトゴで寝てんのが神悪いんだよ!」


「ここがアンタの国でない以上どこで寝ようとワシの勝手じゃ
そーは思わんか?ん?」








荷袋の緒を握りしめ悔しげな顔をする彼女に代わり
ため息交じりにカフィルが答える





「なるほど…中々に面倒な手口だ」


「なぁにこれぐらいは遊び半分の茶目っ気って奴だぁよ…
しかしウックスでデゴマを捕まえたっちゅーから期待したのに
あっさりスリ取れちゃ張り合いがないのー」





わざとらしく落胆した浮浪者から零れ落ちたその名前は


おりしも先日、ウックスにて二人が二度捕えた
あの水色の髪をしたスリの優男に間違いがないようだ





なおも叫ぼうとする少女を押さえて道化は問う





「私(わたくし)達への報復が目当てですか?」


「いやいやいや、あんなこすっからいガキんちょどーでもええわ
だからそんな怖ぇ顔しなさんな」





丸っぽい顎と口元に添う薄汚いヒゲを撫でつけながら
片手に本を抱えつつ、ヒグマ男は続ける





「そりゃケジメつけさす事もあるだろーが奴の場合は
テメェのヘマでテメェの首を絞めた、それだけの話だぁね」


「悪人ど上に物取りのクセにエラソーに」


馬鹿にするでねぇ!悪党だろーがワシらにも悪なりの
筋っちゅーもんがあるわい…綺麗なばかりじゃ世界は回らんが
汚れ仕事にもそれなりの覚悟がいるもんだで」


「だ…だとしてもオレの本取っだのは悪だろ」


「ああ間違いなく悪じゃよ じゃがこのご時世で
油断していたお嬢さんも悪いと言う奴はいるだろうな」





一理あると頭では思いながらも 相手の詭弁など
認めたくない、と言いたげな渋面をグラウンディは浮かべた





「仰る通り、荷の管理が甘かったこちらにも否がある
しかしその本は返していただかなければ困るのです」


「無論返すつもりはあるがの〜タダでは面白くない





懲りずに本を取り返そうとする少女を軽くいなし


ヒグマ体系の浮浪者はおもむろにボロボロの野良着の懐から
一枚のリフォント銀貨を取り出してこう言う





「どうじゃい?ワッシャ賭けが何よりも好きでね
コイツを返してほしけりゃ一つ相手してもらおうか」



「断ると言ったら?」


「連れんの〜別に逃げても構わんが、こう見えてワシ
ここらじゃガラの悪いのに顔が利くんじゃよ」


「そのツテを利用し、こちらの情報を得て待ち伏せていたと」


「そうそう、もし賭けに逃げたらアンタらが絶好のカモだって
そーいう連中に言いふらしたくなるかもしれんの〜」





浮浪者が冗談めかしてそう言えば





「乗ってぎゃんぜ!勝負だヒゲおやじ!!」


当然のごとく少女が食いつき、そのまま一冊の本を
賭けた勝負へと雪崩れこんでいった







勝負の方法は銀貨を使ったコイントス


投げたコインを手の甲で受け止め裏か表かを当てる
"子供にでも勝敗が分かるような"単純なやり方だ





確立としては二分の一 返事も即答で余計な重圧もない







…だがそれでもグラウンディは五回以上連続で負け続け
賭けた路銀を巻き上げられてゆく





「ヒヒヘヘ、毎度アリぃ〜」


「ぢくしょー何で勝てんえだっ!?」





三度目に負けた際に納得いかず


渋々ながら汚い男の手から受け取ったコインの柄を確認しても
自分達の持つ銀貨と違う所は見受けられず


更に少女自身がコインを投げても


男はぴたりと柄を当ててしまう





そうして彼女は手持ちのほとんどをすっかり溶かしきってしまった





「最近のガキんちょにしちゃ中々もっとるの〜ヒヒフフフ
さて、まだやるかね?それとも降参すっかぁ?」


ダレがすっか!!笑っれたれんのも今のう「変われ」





すっかり熱くなった少女を強引に自分の方へ引き寄せ





「どうでしょう?同じ勝負では著しく飽きも来るし
ここで一つ相手と方法を変えていただくのは」


見物に回っていただけだった道化が微笑をたたえて訊ねる





「おやおやおやせっかく嬢ちゃんもやる気になっとったのに
そらないわ〜兄ちゃん」


神との勝負にしゃじゃりでてくんな!オレはまだ負けで」


「調子が著しくよろしい幸運なあなた様なら、例え
何が変わろうとも負けることは無いかと考えていましたが?」





言いながら、まだ勝負を諦めていないグラウンディの手から
取ったコインを軽くちらつかせてからカフィルが返す





ヤニに塗れた厚ぼったい瞼を見開いてから


間を置いて浮浪者は、ニヤリと笑う





「それもそうじゃなぁ、嬢ちゃんばっかイジメんのも
つまらんしのー今度は兄ちゃんが相手してくれぃ」


「おいマぺっ待てこらおっ…むがー!「ええ…ただし
私(わたくし)には同じ手は通じませんのでそのつもりで」


少女を無視したその物言いで男は確信する


相手は自分の仕掛けたイカサマに気が付いている、と





…とは言っても然程手の込んだものではない





男が用意した銀貨は鋳造過程による失敗で弾かれたモノで


正規の銀貨よりも数ミリ小さく片側が僅かに歪み
印刷も微妙にズレがある品物であったため


触れた瞬間の感触や音の違いなどで見分けていたまで





とはいえ実際に手に取り、意識して調べなければ
違いに気づく者はまずいない


そして男の汚らしい身なりと漂う悪臭が


相手の気を散らし銀貨への注意どころか銀貨を調べさせる
気さえも失せさせていたのだ





しかしヒグマ男に言わせればそれもほんの"お遊び"





道化自身が言ったように、イカサマを見抜かれようとも
自分が負けるだろうとは一欠けらも考えていない







「勝負は一度、手品でというのはいかがでしょう?
種が見抜ければあなた様の勝ちという事で」



そいつぁますますいい!ワッシャ色んな道化や芸人の
ネタみてっから負ける気がせんがね」





自信たっぷりなヒグマ男へ一礼し


なおも不満げな少女へ耳打ちをして黙らせた道化は


二人から十分な距離を取ると





左耳のカフスへおもむろに触れ
そこから引き出すようにして赫色の鎌を具現化させ





「こりゃまたどえらく物騒なモンだしたな兄ちゃん
ソイツでワシのヒゲでも剃ってくれんのか」


赫く輝く刃を 器用にも自らの胴へと撃ち込む







声も出せず硬直する二人をよそに大鎌の刃は
するりと横薙ぎに彼の胴体を通り抜け


ズルリとずれた下半身を、鎌を手放した上半身の
両腕が抱きしめるように抱え込む





そんな状態でカフィルはぎこちなく数歩二人の側へ歩み寄った





「いかがでしょう?」





唖然としていた浮浪者は汚らしい顎ヒゲをひとつ撫でつけると


遠慮を捨てて奇妙な姿の道化師へ迫り、至近距離から
種を探そうとその一挙手一投足を眺め始めた





どうやら刃はローブまで貫通していなかったらしく
上手い具合に切断面を隠しているが


それでも胴体が切断され 下半身と上半身が
分離している状態であることは疑いようもない





おぉお〜う!こいつぁ見事なモンだ!!
どやって動いてんじゃ?その布の下はどうなっ…おうぅ?!


「申し訳ありませんが、著しくお手を触れませぬよう」


「ええやろええやろ〜ホレホレ」





ぎこちない足取りにも関わらず伸ばした腕をあっさりかわされ
浮浪者は余計に彼へと興味を示す





両断されたハズの身体で動き回れる奇術の種を


自分の手を、動きを読んでするすると避ける
ヒントが隠れていそうなローブの下





街道脇の高い草が頻繁に頬や腕に当たるのも構わず





道の側に転がっていた死神じみた赫い大鎌が
いつの間にか消えている事すら気づかず





集中してヒグマ男が彼へ視線と意識を集中させ









爪先に強い何かの抵抗を感じ、そちらに意識を取られた
浮浪者の巨体が草だらけの地面へ顔面から衝突する





「ぶぎゃっ!一体何…ぐぉえあ!!


起き上がろうとした矢先 背中に強い重みが加わる





「へっへふぇーん!どーだ見たかヒゲクマおやじ!
神を甘く見たバチュだっ!!」






そのセリフと背中と腰にかかる痛みで男は


少女が自分を転ばせ、背中と腰を強く踏みつけ
動けなくしていると理解した





…ついでに言うと 男が転んだ原因は


道化へ意識を向けていたヒグマ男の隙をついて
少女が結んだ草のアーチのひとつである





「おやおや、種明かしに熱心で道化冥利に尽きる限りですが
足元が疎かとなるのは著しくいただけませんね」


「おい兄ちゃんおめぇっ…ハメやがったな?」


さぁ?私(わたくし)は何も存じ上げません
それで手品の種は見破れましたでしょうか?」





しれっと答えた異形の道化師を睨め上げ
黄ばんだ歯茎を剥きだして唸った浮浪者だったが


しばしの逡巡の後


観念したように大きく息を吐き出した





分かった分かった!ワシの負けじゃい…取った金も
本も返すから、カラクリを教えちゃくれんか?」





いぶかしげな少女を目で制して


あくまで道化は笑みを崩さずに答える





「道化自身が種を明かすと著しく興醒めとなりますので」





直後、巨体を震わせフケと腐臭をも余計にまき散らす
豪快な笑い声が辺りへと響いた





「ヒヒハハハ!益々気に入ったわい!!」









負けを認めた浮浪者…もといフノッチと名乗ったヒグマ男は
少女の重しから解き放たれた後


約束通り本と奪った金を返し


「ワシのねぐらはシムーだもんで、運がよきゃ
また会うかもなぁ…運が悪くてもか?ヒヒッ


バンバンと威勢よく少女の背を叩いて雑木林の奥へと消えていった





「んあだったんだあのオッサンは…」


「何にせよ今回の面倒を招いたお前には相応の償いをしてもらうぞ」





身体を元の位置に戻すのを手伝っていたグラウンディが


その一言を聞いて、げんなりした表情を浮かべた





「つぐないて…マジかひょぅ」


「しなくてもいい"奇術"と治すための生命力…
こちらとしても油断の代償は高くついたな」







ともあれ奇妙な浮浪者は、二人に忘れられない印象を残した





道化にはただ者とは思えぬ度胸と柔軟さ そして強かさを


少女には独自の悪理論とイカサマで自分を騙した恨み


そして去り際に荷物袋から残っていたハズの携帯食料と
買い込んでいたお菓子をごっそり奪った抜け目のなさを








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:描写を凝ると話がどうしても長くなるのは
もはやサガとあきらめるべきなのかそうなのか


グラウ:まず書く速さを神らげりょ!話はそっからだ
つかズルしててもオッサン強すぎゅっぎぃ!


フノッチ:そらワシのコインだし賭けをやんなら
相手の挙動ぐらい読めんとのぉ


カフィル:お前は著しく分かりやすいからな


フノッチ:それぐらいが可愛げがあるってもんよぉ
で、兄ちゃんの手品の種はまーだ教えてくれんのかぁ?


カフィル:…お好きな予想をどうぞ




道化師は普段から手持ちの路銀を8:2で分配した上で
非常用の資金も(空洞の体内に)隠してます


次回 訪れた塔の中で会うのは噂の悪魔?それとも…