さぁさ煩多、さぁ煩多!


一人のスリの捕縛により教会の人間に偽装した
複数犯の存在が明かされ


更にその内の一人が捕えられ犯行の全容が解明された


奇しくも犯人一味の逮捕に貢献した少女と道化だが

急速に深まる教会への疑惑に戸惑う修道女と牧師の心境を
思うと素直に喜べず


国を挙げての犯人捜しが行われた三日目の夜


無情の炎が図書館を灰と化す―








窃盗の主犯捜しが行われた一日目の深夜


たまたま寝付けず、一階の自室にてロウソクの明かりを頼りに
聖書を黙読していたトーマスが小さな物音を耳にした


始めは気のせいかと考えるも 音は断続的に鳴っていて


ネズミにしては少し大きく、抑えめでありながら
規則正しいその音はまるで


「人の、足音…?」





そっと部屋を出てトーマスはおそるおそる礼拝堂を見回し


そこで自分のいる場所から対角線上に位置する
二階への階段に人影を見つけて危うく叫びそうになった





人影は牧師に背を向けており、すぐ側にある東門を開く


わずかにこぼれた光がその人物のまとうフード付きローブを照らし

扉から吹く風が、フードを後ろへとめくり上げる


とっさに壁際へ巨体を隠した彼は


しっかりとフードを直した人物の、肩ほどで切りそろえられた
金色の髪を目撃していた





…ほどなくして扉が閉められ


トーマスはそっと二階へあがると彼女がいるハズの部屋を
ノックするが、そこには誰もいなかった





「こ、こんな時間へ、どこに…ど、どうして…?」











〜四十二幕 真意ハ図書館ニ眠ル〜











夜通しでの報告を受け、出火の翌日から各国が合同で兵を派遣し

外壁を主としたアウク鉱石の部分を残して
焼け落ちた図書館跡を調査した結果


延焼具合から保管庫が出火の中心地


更に保管庫や外壁に近い書架があった箇所


緊急用の通路や一時保管庫の隠し階段とも繋がる地下部分に
焼け残った発火装置が複数見つかった事


装置が熱によって起動するモノだと特定された事により


式刻法術を使った放火である事が推察された





「恐らくアウク鉱石の共鳴を利用し 仕掛けてあった装置を
術で同時に発熱させたんじゃないかってのが正式な見解だな」





酒場のカウンターで 器用にも煙草をくわえたまましゃべる男の
吐き出した煙を嫌そうに手で払いながら


隣でサラダをつついていた軽装の少女が問う





「犯人は最初から、図書館を燃やすつもりだったワケ?」


「かもなー…本の盗難は目くらましだったのかもしれん」


「だとしたら図書館燃やしれ何がしたかったんだ?犯人は」





次に問うたのは、チーズパスタを
もちゃもちゃとすする草色の髪の少女





「オレとしてはニムスボス側の人間が保管庫にあった強力な
設計図か何かを盗んで、それを隠すために火ぃつけたと睨んでる」





領土拡大の争いや統治の為の内戦が絶えない軍事国家にとって


強い兵器、及び有用な戦略や法術が記された資料は
いくつあっても足りないだろうと言うのが彼の自説を支える根拠だ





「実質 警備や市街の巡回で携わった兵が一番多かった国だ
協定を逆手に何人かが暗躍した可能性も」


「内戦や巡回の兵の態度から著しく悪評判だったニムスボスが
自ら首を絞める真似をするでしょうか?」





真正面の道化師からの指摘にも煙草男は揺らがない





「だからこそ敢えて式刻士を使ってってのもあるかもしれんさ
機械を使ったのはシムー国の仕業に見せかける工作だろう」


何そのテキトーさ!館長が犯人だーってこの間まで
騒いでたクセに結局間違ってたし」


「そういうお前さんだってオレより先に犯人捕まえるとか
吠えといて一人も犯人捕まえられなかったじゃねーか」


何よ!教会側が怪しいって言うのは当たってたでしょ!?」


「ほとほと浅はかなモンだ、教会の連中に雇われたっつー
連中だってヤツらに踊らされてるだけだろ」


「証拠があるだけアンタの妄想よりは信憑性高いわよ!」





そのまま口論を始めた二人を横目に


グラスの水を傾けたカフィルへ、口周りをチーズソースで
べたべたにしたグラウンディがささやく





「センティとトーマスのおっさんダビジョーブかな?」


「…さあな」







事件に関する箝口令はもはや意味をなさず


"盗難の実行犯が教会の人間に雇われていた"証言は
既に事実として世間の人々に認知されてしまっており


放火を機に、中立地帯に関わっていた三国が


今まで以上に実行犯と首謀者の炙り出しへ躍起になっていた





これは我らニムスボス王国への侮辱である!

速やかにラポリスは犯人を引き渡し相応の責任を取るべきだ!
犯行に機械が使われた事についてシムーにも同様の責務を問いたい!



我がシムー国もかの図書館には隣国マノレーグと共同開発した
数多の文献および設計図を寄贈していた!
責任の所在ならばラポリスか
このような失態を防げなかったニムスボス側にあるのではないかね?」


「聖典を穢し神の名を冠した英知と平和の象徴である図書館へ
火を放つなどとゆう愚行を、神と共にある我々ラポリスの民が行うと?
罪人の言葉を鵜呑みにして己を顧みねば天罰が下りますよ





書面や斥侯を通じての責務追及や
もはや完全封鎖同然となった中立地帯での介入が激化を辿る反面


教会関係者への無差別な暴力や施設への破壊行為も目立ち始め


険悪だった市街での乱闘騒ぎも増えた事で、元々連携が取れていると
言い難かった各国の兵の統率は一気に崩れ


詰め所の牢に拘置されていた"偽の代理人"こと盗難の実行犯達の
何人かが脱走してしまう事態まで起きる始末であった





「ちゅかまえだ犯人ぐらり自分トコの国にもって帰れってんだ」


「同感だが、利害と保身が事を面倒にしているのだろう」





うんざりしたようにパスタを平らげ、追加で
揚げ物の盛り合わせを頼もうとしたグラウンディを押しとどめ


会計を済ませたカフィルが いまだ口論を続ける煙草男へ訊ねる





「他に有力な情報はありますか?」


んー?兄ちゃんらと似た話しか聞かないねぇ〜
教会連中の冷遇とどこそこのお貴族領主商家から出た例の偽札」





ああそうだ、と思い出したように彼は軽装の少女へ呼びかける


「お前さんトコのお貴族様の管轄でも見つかったっつってたろ?
例の干からびた死体!」


「そうなのよ、空き家になったトコにずいぶん経った奴が
…いっ今アタシがしゃべったこと秘密にしといて!


「ええ勿論、ご協力を感謝いたします」





道化の微笑を胡散臭そうに見返して、軽装の少女は言う





「それにしても…そんな情報どこから聞いたのよ?」


「それは互いに問わない約束です」









…酒場を後にしてから、グラウンディの頭の中にはずっと
ある山での記憶が繰り返し引っかかっていた





「ひきゃ、干からび死体てやっぱあの女だよな」


「恐らくはな…最初から奴が仕組んだならば盗難はまさに
目くらましだろう、どこまでも面倒な事を」


「やめてください!どうして…!





聞き覚えのある悲鳴に駆けだした二人は





教会の前で殺気立つ街の住人に囲まれ トーマスに庇われた
センティフォリアを目の当たりにしていた






それはミイラ死体の情報を末成り"元"職員に聞いた時


邪神の関与を考えていた二人が、同時に抱いた
ひとつの不安が現実となった光景でもあった





「本当に私は何もしてはいないのです」


ウソをつくのも大概にしろ!事件が起こる以前や当日の深夜
貴様の姿を目撃した者がいるのだ!!」






先頭に立った兵士の恫喝へ周囲の住人も賛同を示す





「お願いです信じてください、盗みや放火なんてしていない
罪を犯したのは私じゃない…!


真っ青な顔をして弁明を繰り返す彼女だが、誰一人として
聞き入れようとはしなかった





「卑怯者!とっとと罪を認めて出てこい!!」





口々に責める民衆や兵士が彼女へ手を伸ばすのだが


その度に牧師の巨躯に遮られ、膠着状態を余儀なくされていた





やめろ!んやにしてんだテメェらっ…!」


「邪魔だガキ!すっこんでろ!!」


止めようと人込みへ飛びつく少女は容易く弾かれる





「どっどう、どうか話を…話を…!」


[どうか話を聞いてください、お願いします]





必死の拙い口ぶりも、したためた羊皮紙の文字も


苛立ちと恐怖を募らせた彼らには届かない





「犯人をかばう気か!」


「やっぱり教会の人間は怪しかったのよ、この牧師なんて
あからさまに恐ろしい顔をしているじゃない!」


「コイツが夜中に裏通りにいたのを見たぞ!」


「オレもだ!」





集っていた住人の一人が、言葉と共に石を投げる


それが牧師の額へ当たったのを契機に


次々と石やがらくた、ゴミが蔑みの言葉と共に
牧師と修道女の周りへ降り注いでゆく






「この恥知らず!」


「放火犯は出ていけ!!」





兵士は興奮した民衆を諌めようとせず成り行きを見守るばかり


彼女を背に隠した牧師は、額からにじみ出る血にも構わず
羊皮紙を掲げて一歩踏み出す


その様子に怯んでか縮められていた輪が広がり
モノを投げる手も止まったので


カフィルが言葉をすべりこませる





「そこまでにしておいた方がよろしいかと」


「は!?お前も犯人の仲「貴様ら何をしている!!」


土間声と共に飾りの違う巡回の兵士が数人駆けて来るのを
目にして、住人達は慌ててその場から退散した





二〜三人が彼らの後を追い


誰が騒ぎにしろと言った!余計な仕事を増やすな!」


何だと!?こちらは住人からの目撃証言をもとに
重要参考人としてこの女を連行する任務を…!」





残る数人が先頭にいた兵士を問い詰めている間に
道化と少女は二人の元へと駆け寄った





「センティ!トーマスんおっさん!大丈夫ぎゃ!?」


「ひ、額ちょっちょときききっきっきっ」


額を少し切ってしまっただけだから心配するな
そういう事でよろしいのですね?」


指摘にこくこくと牧師は頷く





たらりと流れる血をハンカチで拭うセンティフォリアの手は
ぶるぶると震えてしまっている





「ごめんなさい…ごめんなさい、トーマスさん」





身を屈めたトーマスは首をゆっくり横に振り
懐から新たに、束となった羊皮紙を取り出した





[私はアナタを信じています]





ぺらり、と彼はしたためていた言葉を続ける





[ですが街の人達の教会に対する疑念は残念ながら深いようです
ここにいてはアナタの身が危ない、早く街を出た方がいい]


いけません!そうしたらトーマスさんは」


彼女の意見を手の平で押しとどめて





「あの、お願いがっ…あああ、あり、ありますっ」





道化と少女へ向き直った牧師が何度も言葉を詰まらせながら
ぺらりと羊皮紙を捲った





[彼女を出来うる限り安全な、ラポリス国側の境に近しい
教会か修道院まで連れて行ってはいただけませんか?]











…結論として


予定にない独断行動の咎や証言の真偽、所属する国軍との
しがらみなどから彼女の連行は見送られ





「もっちょろん!オレらに任せろ!!」


即答したグラウンディに続く形でカフィルも
トーマスの頼みを承諾した







当初は首を縦に振ろうとしなかったセンティフォリアも





「潔白を証明する前に、貴方に何かがあっては遅いでしょう」


[兵士の方も街の治安回復へ力を入れてくださるそうですし
落ち着けば街の方々も分かってくださるはずです]





繰り返される彼らの説得に ついには折れたのだった







目撃証言などへの聴取については、移動先を管轄とする
ラポリス国軍の兵士へ委ねる事で話をつけ





「もうこんな時間…申し訳ありませんけれど
お夕飯の買い出しをお願いしてもよろしいですか?」


「きゃがまねーよっ神に任しとけ!


「ではお願いいたしますね?」





買い物をグラウンディが引き受け、二階の掃除を
センティフォリアが行っているのを見計らい


カフィルは安静の為 自室で休んでいたトーマスを訪ねた





「傷口は痛みませんか?」


[大した傷ではありませんでしたから]





グラウンディが法術での治療を申し出てはいたが


さほど大事に至ったわけではないから、と断ったため
彼の額にはセンティフォリアによる手当の跡が残っている





「ここに残る事に後悔はありませんか?」





さして間を置かず 彼は羊皮紙で答える


[与えられた神の家を守り教えを広めるのが私の役目です]





羊皮紙へ言葉をしたためた彼は、修道女が
盗難事件の発生前後から住み込みで活動していた事


容姿ゆえに他人と距離があった自分をあまり怖がらず


どころか人との仲を取り持とうとする健気な姿や
他愛ない会話をしてくれる際の優しい笑みを

何よりもうれしく思っていたのだと続ける





[だからこの度の事は本当に残念です

護る力のない私には彼女の無事を祈り潔白を説く事しか
出来ず、アナタ方へ託すしかない事も心苦しく思っています]


「私(わたくし)のような道化めがお役に立てるならば
…時にトーマス様、もう一つお聞きしても?」


[構いませんよ、お答え出来る事ならば何でも]


「放火の前日…アナタ方はあの場で何をしていたのです?」





夕暮れの薄暗い室内でも 牧師の強面が青ざめるのが分かった





みっ!みみみいみ、み、見ていたのっでっででで…!?」


「申し訳ありません、著しく寝付けず散歩を行っていた所
たまさかにお二方の姿を目にしてしまったのです」







…目撃した事実だけは 当人の言うように偶然だった





宿の一階、裏通りに面した部屋の窓から小柄な影と

それをおっかなびっくり追う黒衣の巨漢が通るのを見て


ただならぬ様子を感じ取ったカフィルは


先回りする形で二つの人影を尾行していた、と告げる





[どこまでご存知なのでしょう?]


「センティフォリア様が雑貨屋の側の鉢植えに
何かを隠そうとして…アナタが声をかけた辺りまでは」





フード付きの外套を着ていた彼女は何故かその場から
離れる事無く、じっとしており


牧師から呼びかけられて振り返った際に


怯え切った顔と目立つ金髪を 月明かりにさらしたのだった





「お二方が去った後、私(わたくし)も宿へ戻ったため
それ以上の事は分からないのです」





本当は二人の会話も 植木鉢に隠そうとしたモノが
羊皮紙の切れ端である事も知っていたけれども


おくびにも出さずにカフィルは相手の返事を待つ







…しばしの沈黙を挟んで


トーマスは羊皮紙へ自らの言葉をしたためた





[彼女は何も教えてはくださいませんでした]





前の晩と同じように教会を抜け出した彼女は


裏路地を通り、評判の良くない店でしばしの時を過ごし
再び辺りを転々としながら移動して


雑貨屋で立ち止まったのだと彼は答える





[歩いている間ずっと小さな声で祈りの言葉を呟いていて
私が訊ねた時も、悲しそうに謝るばかりでした]


「そうでしたか…ありがとうございました」





ひとまず納得し、部屋を出てゆく寸前


どもりながらもトーマスが
カフィルを呼び止めて羊皮紙をかざす





[きっと何か理由があるのです、そして悔いているのです
だから彼女を責めないであげてください]





真摯な眼差しを受け止めカフィルが短く頷いたのと


二階でガラスが割れる音が響いたのは同時だった





顔を見合わせて道化と牧師が揃って部屋を飛び出すも
戸を開けた途端 行く手を阻む様にぶわりと辺りが白く煙る





「げほっ!げほけえふっ…!」


「口を塞いでじっとしていてくださ「なっぱでめれら!」





遮るように聖堂から聞こえる少女の声と、そちらに
何人かの気配を感じて道化師は聖堂へと駆け込む


そこにも煙がうっすらと満ち


買い物から戻って来ていた少女へ

柄のよろしくない風体の男がナイフ片手に
三人ほどにじり寄っていたので素早く割り込む





おいカフィルなんだびょコレ!センティとおっしゃん
ダイジョブなのきゃ!?っどわ!!」


「話は後だ、上へ急ぐぞ!」





襲い来る三人を手早く片付け、少女を伴い道化は
西側の廊下へ引き返し二階へと急ぐ





「うおっ!後ろろかも二人来てんぞ!」


「これで礫でも作ってぶつけてやれ」





渡された投げナイフによる式刻法術散弾で追っ手を蹴散らし

白く煙る廊下を駆ける彼らの耳に声が届く





「…やめてください!やめて!!


黙れ売女が!修道女のフリしても騙されねぇぞ
満足いくまでコイツをぶち込んでや…っなんだテメェ!





吹き抜けた聖堂を囲うような廊下を駆け 東側の突き当りへ
辿り着いた二人が見たのは





壁際に追い詰められて立ちすくむセンティフォリアと





彼女を助けようと、フード姿の人物へ組みつき

腹部へナイフを突き立てられ 崩れ落ちるトーマスだった





「トーマス様っ!!」「…おっざん!





舌打ちをしてフードの人物は割れた窓から逃げる


割れた窓から飛び降りた人影を追うか


廊下へ倒れこむ牧師へ手当をするかで逡巡しかかる
グラウンディに気づき





お前はそこにいろ、油断するなよ」





それだけを告げてカフィルも窓から外へと飛び出し


素早く路地裏へ逃げ込もうとする相手の背と後頭部へ
ジャグリング用のボールを命中させ


怯んだ隙に距離を詰めて床へと引き倒す





「貴様…何をしたか分かって」


抑え込むカフィルの右足へナイフがかする





「油断したな…ざまあみろだぜ





首をひねりこちらを見て笑う顔とフードからこぼれる
水色の髪は紛れもなく


先日、捕えられたはずのスリの男だった





このナイフには即効性の毒が塗ってある!
恨むならオレを騙したあの女を恨むんだなぁぁ!」






動く事を止めた道化の様子に勝ち誇った優男は

恐怖と毒で弱った彼へ追い打ちをかけようと半身をひねり


右手に赫い鎌の刃が突き立てられたのを目にして固まる


悲鳴を上げる間も 鎌がどこから出て来たか考える間もなく
鎌の刃が男の右手を貫き路面へと縫いとめる





「いでぇぇ!?なっ…毒、なんっ!?なんだテメエ!」


「著しく時間が惜しい、口を割ってもらおうか」


「だ、誰が話すかこのバケモノ…っ」


「なら罪の分だけ貴様の命を削るだけだ」







…動けなくなった男をその場へ残し教会へ戻ると


すっかり煙が失せた廊下でグラウンディが
何度目かの治療を行っていた





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」





外からも聞こえていた祝詞により
輝いた牧師の身体はもう一つの傷も残ってはいない


けれどその顔色は青白く 口から荒い息と共に吐き出される
血の量と身体の震えは止まらないまま





「なんでっ…なっで、なでっ治んないだよ!?


「奴のナイフには毒が塗ってあった」


毒!?ならオリュが今すぐ術でどーにかっ」


「式刻法術は万能ではない、毒の種類など
何一つ分からぬお前がどうやって相手から毒を取り除く?」


「私、わたしっ…お医者様か薬師様をお呼びします!





薄いグレーの瞳へ戸惑いと涙を浮かべていたセンティフォリアが
意を決したように顔を上げ、廊下を駆けてゆく





「ちょぼっ待てセンティ!」


「行け、彼女を一人でいさせるな」


「…わかっぱ!」





彼女を追って消えてゆく少女の背を見届けて


道化は横たわる牧師の側へ屈みこみ、顔を近づける


火傷跡の残る強面は脂汗を垂らして苦悶に歪み
薄青い瞳の瞳孔は開き 焦点が合わずぼやけている





「ごめい、わく、おかけしま…ぎびっ、がが」


「無理をなさらない方がいい、余計に苦しみます」


「しょうじっ正直にっこた答えて、答えください
私は…助からない、ですね?」


カフィルは首を縦に振る





生命力を吸うついでの尋問で分かったのは
男が復讐のため数人がかりで教会へ襲撃をかけた事と


ナイフの解毒剤を持っていなかった事だけだった





「申し訳ありません、もっと早くあの男に気づいていれば」


「いいのです」





自らの死を悟ってなお トーマスは誰も恨んではいなかった





「彼女が、無事っ…よかっ、た」





優しい笑みを浮かべた直後


激しく咳き込み、口の端から血の泡を吹いて牧師は
白目を剥き痙攣し始める


胸を掻き毟り苦悶の表情を浮かべる彼の手の甲を取って


道化は、具現化した赫い鎌の刃を突き立てた





一際大きく巨体が跳ね


生命力が奪われてゆくにつれ体の震えと呼吸とが弱まり
死人へと近づいてゆく牧師は


以前聞いた"否色の死神"の噂話と

毒により ぼんやりとかすんだ視界に映る道化の姿を
重ね合わせて…納得したように微笑んだ





「アナタ、は優し、い死神、ですね」


「いいえ…ただの道化ですよ」





消え入りそうなか細いトーマスの 最期の感謝の言葉は
しっかりとカフィルに届いた








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ようやく図書館話が終わりました…襲撃がちょい
やっつけ気味になった事がつらい


グラウ:兵士のヤツチャがあのヤローをしっかり
連れたってたらこんなことになんなかったんだ!仕事しろ!


狐狗狸:あの人らをそう責めんであげてよ、横暴だけど
あれ以上の処置は現状出来なかったんだから


グラウ:どうどゅーコトだ?神わかるよーに言え


狐狗狸:本来、中立地帯で犯罪を犯した者は町などにある
兵の詰め所や建物内に設置された牢に入れられ
その後の処置を決定されるわけですが


センティ:今度の一件は中立地帯に同盟を結ぶ三国
いずれかの出身者が多かったため、各国の管理を待つための
一時的措置として分類して拘置されていたようなのです


カフィル:面子により同盟の不和と脱走による二次被害を
著しくさせる…呆れたものだ


グラウ:でっく、結局兵士の連中が神ダメなのは
変わんねぇじゃん!まー一番悪いのはあのスリだけどな


狐狗狸:うんまあ…それ言われちゃうと返す言葉はないね




牧師の死と共に、残された謎については一旦閉幕します


次回 疑念渦巻く中立地帯を抜けた彼らが次に会うのは…?