さぁさ登場、さぁ登場!


人の真似して他人を騙り、最後には無様に笑われる


もの悲しくおどける道化師がさすらう

神話も法術もすっかりと過去の遺物と成り果てた世界


"自らの身体"を探し求めて流浪する彼が
此度の話で出会ったモノは


その目的と同じよで 違う目的のために流浪する


傲岸不遜で大胆不敵な千人力少女―








「さっててと…」





土ほこりを景気よく払って咳払いし、彼女は眼前の
柄の悪そうな男達を真っ直ぐ指差す





「この神が見事コテチンパンに蹴散らしてやっから
まとめてキャクゴしやがるれ!!」








自信に満ち満ちた態度の少女と裏腹に


対峙している者達は しばらく奇妙な空気の中
お互いに顔を見合わせて


対応しづらげに顔を歪ませて答える





覚悟じゃね?それ言うならよぉ」


「ついでに言うと"コテンパン"だよなぁ?」


「うっ…うるしぇえ野盗風情めぇ!!


顔を赤くして地面を踏み鳴らしながら
いきり立つ少女であったが


やはり口が回っておらず所々台詞が噛み気味だった





自らよりも頭一つ分はゆうに低い
短く切りこんだ草色の頭髪を見下ろしながら


背後のカフィルは、一つため息を吐く











〜四幕 神名乗ル少女〜











…少しばかり 遡って状況を整理してみよう





次の目的地を"ルグール湿地帯"へと定め


目立つ衣服を地味な色合いのフードつき
ローブマント内へと押し込んで、街道を北へと進み





雑木林の辺りへ差しかかった道化師の行く手を阻んで





「よーよーお兄さん、運が悪かったなぁ」


大人しく金目のモノよこしな なーに
出すモン出しゃ命まではとらねぇぜ」


見るからに野盗然とした男達が徒党を組んで対峙し


手に手にナイフや棍棒などの物騒な獲物を抱え
紋切り型の脅し文句を並べる





ここまでは、こういった世界ではよくありうる
よくない出来事であった





「…面倒だ」





吐き出した一言に 僅かながら苛立ちを込め


にじり寄る男達へ行動を取ろうと
カフィルの腕がひるがえり





「待て待て待てぃ!そっこまでだぜ悪党ども!」


甲高い声が、雑木林の合間を縫って大きく響いた







英雄詩ならば 街道から野盗達の前へと
鎧に覆われた屈強な戦士が躍り出るなり


木や高い崖の上から精悍な騎士が名乗りを上げたり


空から法術を駆使し、手練の式刻士

余裕の眼差しで男達を見下ろすのが次の情景だ





…しかし、この度は上記のどれも当て嵌まらなかった







カフィルと、対峙する野盗の合間の地面から
土砂が勢いよく噴き出し


出来上がった穴の周りへ 更に意味ありげに
土で出来たトゲが生え


ズズズ…と重そうな音を立てながら


穴の底から何かが競り上がる音がして

一人の人物が顔を出す





それは屈強な戦士でも、精悍な騎士でも
手練の式刻士でもなく





草色の髪と真っ青な目をした 小さな少女だった





尖った耳と髪の色以外はドコにでもいる
子供と変わらない顔が現れ


肩、胸、腰と順繰りに穴から競りあがっていた
身体が足を出さずに止まる





「げ、えげっ…やべっ 装飾に土使いすぎた!」





それだけ言うと彼女は、穴の縁に手をかけ
身体を持ち上げ 少しばかり苦労して這い上がり


一息つきつつ大穴の隣でズボンの泥を叩きだす







…この、一連のやり取りこそが
野盗達の間に漂っていた空気の元凶であった







とーにかくっ!お前らがここでオレに
倒されるのは神罰ってヤツだ 覚悟すぃろ!!」





気を取り直し、改めて少女が見得を切る







一拍の間を置いて…







『ぎゃはははははは!』





男達は腹を抱え、面構えに見合った下品な笑い声を
ひとしきり上げて相手を見下す





「中々笑えるぜお嬢ちゃん!」


「さっきのはどーいう仕掛けかしらねぇけど
テメェどっからどう見てもただのガキじゃねぇか!」


「お前みてーなガキがオレ達をどうするってぇ?」


「出来るモンならやってみろよ!!」





言うが早いが、武器を振りかぶって相手が襲いかかる


連中の目標は 道化師ではなく少女へ
かなり大きく偏っている


それを見て取ったカフィルもまた、相手を迎撃するべく
駆け抜け様に大穴を飛び越えて





直後、少女が地面へと屈み両手を触れる





「"全ての意志はここにあり!!(レェサニサ)"」







手元が一瞬 眩い光を放って







彼らの足元へ、先程とは比べ物にならない大穴が開く






      『うわぎゃああああぁぁぁぁぁ…!!』





2メートル半くらいの深さを落ちた野盗へ


駄目押しに抉れた分の土砂と樹木のシャワー
大量に降りかかる





…程なく、辺りは静かになった





「どーだ参ったか!神に不可能はねぇっ!」





土砂や樹木の直撃を受けて気絶する野盗連中を
満足げに見下ろして





「さって、助けてやった幸運なヤツよ
オレに感謝し尊敬しスハイしろ!…アレ?」


振り返って、道化師の姿が無い事に少女は
不思議そうに首を傾げるが





「…"崇拝"の間違いだ」





視線を向け直し 先程生み出した穴の中に


野盗と一緒くたに埋もれたカフィルを見つけ





「そ、そうか…」


少しだけ気まずそうに答えたのだった









「ちっ…賞金も賞金なら、持ち金までしけてにゃがる
もーちょっと溜めぼんでっと思ってたのに」





縛り上げた野盗達の懐を念入りに漁った後に

近くの町に在中する役人の元へと突き出して





道中もらった報奨金の詰まった皮袋を覗き


少女は、可愛らしい顔を歪めて舌打ちする





「アレは金目当ての行動か」





どこか揶揄を含んだカフィルの問いに


くい、と顔を上げ、彼女は心外だ
言いたげな顔つきで抗議する





「あんだよ、ピンチなトコをだすけてやったろ?」


「どちらにせよ"助けて"ではない
…ついで言うなら、特に必要でも無かった」


「巻きこんだのまーだ根に持ってんのか?
ありゃフリョの事故だろ!むしろオレ悪くくない
飛び出してったお前が悪い!!」





相手はキッパリとあの出来事を"事故"と言い切り

なおかつ道化師に責任を擦り付ける





だが、誰だっていきなり不可解な現れ方をした
少女が地面にちょっとしたクレーターを開け


落とし込んだ野盗どもの上へ土砂と樹木を
降らせる術を使うなどという展開など


予想も発想も出来ないだろう





とは言えど、相手は主張を譲る気など全く無い





なので結果として カフィルが折れた





「……面倒だ、それでいい」


「ふふん♪わ 分かりゃいーんだ
神としての寛大なころろ持ちで許してやるぜ」


「"心持ち"か?どうでもいいが」





二股の分かれ道へと差し掛かった辺りで


皮袋を懐へしまいこみ、少女は彼から離れ
左側の路地を進んで 振り返る





「じゃ オレは忙しいからとととっと
オサラバするぜ〜じゃーな道化師


「…よい旅を、名も無き娘」


オレの名前はグラウンディだ!
このトートイ名前を死ぬまるうぇ覚えとけぃ!」







それきり、振り返る事なく彼女の姿が消え





見送ってから、"二度と会いたくない"
思いつつ道化師は右の道を選んだ









とっぷりと日も暮れ 軽く疲労も溜まったので


ルグール湿地帯への到達を明日へと予定し


廃鉱となって久しい岩山の、裾野に位置する村
シュアルに宿を取る事に決めたカフィルは


小さな民宿の戸口を潜り抜け





クソー金が足りねぇ…やっぱりあのケーキは
ガマンす すればよかったか…」





玄関先で、"二度と会いたくない"と思っていた
グラウンディとの再会を果たした





先程の台詞と、皮袋に目を落として
頭を抱える姿から察するに


食事で路銀が尽きて泊まれないらしい







戸口で立ち止まっていた彼は、間髪入れずに
野宿を選択するべく踵を返して





いらっしゃい、お泊りかい?お兄さん」


カウンターの女将さんに声をかけられ


彼女に気付かれて 手遅れとなった





お!お前いートコにっ!!
助けてやったあろ時の恩を今返せ!!」



「縁はあの時切れたはずだ」


神へのキネってヤツだと思やぁいーだろ」


「…"帰依"か?もしや」


「うっ、うるせぇな!とにかく宿代負担するまで
逃がさないかっ、からな!!」






真っ赤になりながら片腕にしがみつく少女を
引き剥がせそうに無いと悟って





「払うから、離れろ」


ため息を吐き、静かに道化師はそう告げた









どうにか宿を確保できたからか ベッドに腰かける
グラウンディは満悦と言った笑みを浮かべていた





「まさかあの分かれ道が、また一本に
合流するなんて神ビックリだっぜっ!」


「…著しく短い別れだったな」


「もしかしてガッカリしてんのか?そこはむしりゅ
オレに会えて運命感じとけ!!」


「面倒なヤツだ」







少しだけ間を空けてから、こげ茶と濃灰の瞳が
少女の真っ青な瞳へと据えられる





「聞きそびれていたが、日中のあの術…」


神罰を下したアレか!それがどした?」


「アレほどまでに強力な式刻法術は始めて見た
…誰から教わった?」







―ここで一度、今まで話に出てきた"術"について
端的に説明を行うとしよう





元々は神々の起こす"奇跡"の力を


物体の根源と、目に見えない力量とを

自らの力と法式の祝詞で刻む事により擬似的に引き起こす





その行為・祝詞・結果の総称こそを


この世界では、式刻法術(ファスミラセ)と言う





古の文献を紐解けば、かつてはこの世界でも
広く使役されていた法術だったが


使い手と共にいくつかの術も 闇の彼方へと葬られ


この時代では呼称のみが伝説や資料の中で広く残され
扱える人間も、ほとんどいない





…無論 使われる法術の効力の高さなどによって


反比例して行使する者も希少となる







真剣な声色へ、少女は笑みを崩さず答えた





最初から使えてたに決まって まってんだろ!
だってオレは神なんだぞ?」





あまりにも代わり映えのしない軽口めいた返答に





期待を裏切られたような表情を一瞬だけ浮かべ


そうかと呟き、彼が視線を外した





「何だよその態度 神が力を使えふぇ―」


文句を言いかけて、彼女は慌てて口を閉じる





壁が薄いせいか 隣からの声が室内へと
滑り込んできたいるようだ





「最近…あの山の山賊団…また活発に…」


「あらヤダ怖い…夜はしっか…戸締りしと…なきゃ…」


「…領主様に直訴…討伐してもら…いかし…」





ひそめているのか、少し声がこもっていて
聞き取りづらい箇所は多々あったが


それでもおおまかな内容は推測できる





「…れがあの廃鉱…入り組んで…人数も多……だし」


「まったく物騒…の中になったも…
ルグ…湿地帯でも…を見たって人がい…しいし」


ほらそこ!サボってないで仕事しな!!」





出し抜けに叱りつける声が響き、パタパタ
あわただしい足音がして それきり話し声が止んだ





直後、グラウンディがニヤリと口の端を上げたので


間を置かずカフィルは忠告する





「行くなよ」


「わわ わーったよ、明日にしとくってべ」





どもった上に語尾まで噛んたその台詞は
疑わしさに満ち満ちたものであった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:早い段階でちょろちょろ出てた噛み噛み少女
グラウンディ、ようやく正式登場です


グラウ:予定よかズラズッレじゃねーかっ!
どんだけサボってた腐れ作者 神罰与えちゃる!!


狐狗狸:ぎゃああここで暴れんな!てゆうか
更新ズレた事には触れないでおいてぇぇ!!


カフィル:当初より著しくズレたのは事実だ


狐狗狸:冷静に言わないでそこの道化師っ!
てゆうか止めなさい 保護者なんだから


カフィル:面倒だ、ついでに他人だ


グラウ:そーだ大人しくサバきを受けとくけ!!


狐狗狸:ほぎゃああああぁぁぁぁ…




予想も発想も〜は、あくまでこの話の世界観を
基準にした 作中内に限ります


次回 夜も更けて、予期した通り彼女は…