さぁさ論議、さぁ論議!


島から大陸へと渡り 中立地帯の中心に建つ
大きな図書館のウワサを聞いた少女と道化


情報を欲する道化とは別に

少女は図書館に冠された神の名を気に掛ける


不可解な事件による警備と自らにかかる疑念を
疎みながらも訪れた図書館付近の街


その入口にてかつての修道女と

巨躯と傷を持つ牧師に出会い―








世界には一つの大きな大陸だけがあった


そこには人と神が共に住み


神々は世界や法則へ姿を変え…或いは神同士で混ざり合い

新たな神へと変化し、世界へ恩恵をもたらしていた





しかし生まれた新たな火の神の子は


悪意を持って生命や大地を歪め 世界を破滅へと導く


邪神となった神の子を抑えようとした神々は
次々に敗れて滅び去り


徐々に穢れを吸った大地に悪意が芽吹き

怒りと破壊、そして新たな穢れが充満していった





崩壊しかけた世界を救うべく 残った神々が命を賭して戦い


結果、彼の名を奪い 数多の神が自らの身を封印と化し
彼を永遠の眠りへと縛り付けると


邪神を起こすことの無いように大地を切り分け


世界を今の形へと作り変えて行った


そして三柱の神が世界の改変と再生に全てを捧げ


水の神・大地の神の血と力を混ぜた一柱が 最後に残った





「その御方こそが最後の神であり、再生した世界の穢れを
浄化し予言を一つ残して 世界から姿を消したと…」


朗々と語っていたトーマス牧師の言葉は





西日が差した教会のテーブルに突っ伏しヨダレを垂らす
グラウンディを目の当たりにして、窄んでいく





「グラウンディさん?聞いていますか?」


ぐっは…なげぐえぇ…神ねみびぃ…」





買い物から戻って来たらしいセンティフォリアに肩を揺すられ
彼女はあくびを一つ





元々長い話を聞くのは苦手な性質だが


特に物音も少ない礼拝堂、存外低くいい声をしていた牧師の声


そして彼がしゃべるたびに話の腰を折って叱られてから

真剣に聞こうと耳を傾けていた集中力が裏目に出てしまい


少女は話の途中から、睡魔に意識を奪われていた





「せっかくトーマスさんが神話を語ってくださっているのに…
長旅でお疲れならば やはり日を改めた方がよかったのでは?」


「オレだってこんななやぎゅ、長くなる話だだんて
思わなかったんだよ 分かりにくいし眠くもなんらお」


「理解力の低さを人のせいにするな」


[いいんですよ、私の説明が下手なのがいけないのです]





そう書かれた羊皮紙を手に 牧師は苦笑しているが
下がった肩と眉毛がなんとも物悲しい











〜三十九幕 信徒ハ図書館ヘ至ル〜











「んなショボげんなよ、いかつくてオレと同じ神のミミ
よってんのに神なさけねーなーもー」


「落ち込ませた原因はグラウンディさんにあるのでは…」





修道女はため息とともに紙袋を近くのテーブルへと置く





少女へのおさらいと、邪神や三柱の神についてを問う為
ひとまず神話についてを語ってもらうよう頼んだが


あまり芳しくない結果になったのを見て取り

道化は寄りかかっていた壁から背を離し 牧師へと頭を下げる





「…重ね重ね礼節を知らぬ助手で申し訳ない、もう少しお話を
伺うつもりでしたがひとまず本日はお暇させて」


「なーカフィル〜どうせならんここに泊めてもりゃおうぜ」


「著しい面の皮の厚さだな」


「コントは神話もちゃんと聞くって、それに教会は神の家だっちぇ
村長も言ってたし それに金だってすくな…っとぉ!





口を塞がれる前に、伸びた手から逃げたグラウンディが

牧師の巨体を迂回する形で祭壇へと隠れ


それを追うカフィルとで軽い鬼ごっこが展開されるが





[来客用の部屋もまだ空きがありますし、困っている方を
助けるのは信徒である我々の使命ですから]


「トーマスさんがよろしいと仰るなら私も異論はありませんわ」





やんわりとした言質を得て 首根っこつかまれた
グラウンディが諸手を上げて喜び


ついでに食事までもを要求していたので





「そう申されるのであれば今宵一部屋お借りいたします
急なお願いですので眠る場のみで結構でございます


カフィルは今度こそ素早くその口を塞ぎ、礼儀正しく
一晩のみの宿泊を申し出るのだった









保存食を齧り 簡素な部屋のベッドで眠った翌日





「起きろ」


「んやぁ〜…何だよまが暗いじゃべうぇか…」





呼びかけられて目を開けた少女は


まだ陽の差さない室内をベッドの中で
見回してから再び眠ろうと寝返りを打ち





「用意しろ、置いていくぞ


その一言に がばりと起き上がる





「ほえ、ちょちょきょっ今からか!?


「昨夜牧師が早朝、図書館へ行くと言っていただろう
…著しい物忘れに効く方法もいりそうだな」


「って何オレ置てく支度してんだよ!

今神ソッコーしたっ、オイ待てアホ道化っ!!





あわてて着替えを済ませ、軽い荷物袋をひっつかみ


先に部屋を出た道化師を追って少女も部屋を飛び出す





教会の入り口で短い会話を交わし





[それでは、留守の間ここをお願いします]


「かしこまりました、トーマスさんもお二人もどうか
道中お気をつけてくださいね?」





牧師から教会の留守を引き受けた修道女は


すぐ側に居並ぶ道化の、隣で眠い目をこすっている少女へ
不思議そうな眼差しを向ける


「カフィルさんはともかくとしても、グラウンディさんまで
図書館へご一緒なさるのは珍しいですね」





ラクミ村で嫌そうに式刻法術の文献を読む少女の姿を
何度か目にしているからこその発言に


当人はどことなく座りの悪そうな顔でこう返す





「神の名がついたトショカンなら、オレの"探し物"
手がかりがつかめるきゃおしれねぇーと思ってな」


「きっと見つかりますよ、あれだけ大きな図書館なのですから」





悪意のないその微笑みに


少女は何とも言えない
後ろめたさを飲み込みながらおうよと答えた







…昨夜のうちに二人は図書館へ行く目的を話していた





道化は、普段通りに芸の表現と幅を広げるべく
各地の伝承や伝説の類を調べており


少女は自らが捨て子であることを利用し


本当の両親や出自について おぼろげな記憶を頼りに
知ろうとしているのだと説明していた





[私がお力になれるとよいのですが、昨日も言った通り
図書館内の業務もありますので文献探しに関しては
あまりご協力できないかもしれません]


「トーマスのおっさんしゃべんてねーじゃん
てか、こんら神朝早くから業務てなん…ふわぁ


[本当に、付き合わせてしまって申し訳ありません]





必要以上に恐縮している牧師へ 道化は首を横に振って微笑む





謝罪の必要はありません、あなたのご厚意によって
私(わたくし)達は図書館へと入れるのですから」


「ありぐたいけど…ボクシなのにトショキャンで
本整理したりとらってやっぱ変だよな…」





あくびをかみ殺すグラウンディの一言を受け

トーマスが、手早く羊皮紙へ返事を書きこむ





[昨夜は簡単にご説明しただけでしたので
よければもう少し詳しくお話ししましょうか?]


「著しくお手数をおかけします」





数週間前から何度か起きている盗難事件により
不足した人手を補うために行く、と彼は言っていたが


正確には 自ら志願したモノらしい





[事件発生の度、責任者と当日の担当職員全員が取り調べられ
場合によっては謹慎となるため図書館は現在
慢性的な職員不足が深刻化しているのです]


その為、信頼のおける人員として各国から
手空きの書記官が配属されたり


牧師や一定の修練を積んだ修道士・修道女に
館内業務の補佐が依頼されているらしい





「それで自分がらりゃ引き受けたんかー
やっぱ神いいヤツだな、トーマスのおっさん」





感心したような少女の視線を受けてか





[むしろ願ってもいない事でしたよ、このような姿の私でも
皆様方のお役に立てるわけですし]





牧師は赤くなった強面を きっちりした字で埋まる羊皮紙で隠す







だらだらと街道を進んでほどなく、まばらに生えた木々から
グロウス図書館と思しき建物が見えて来た





「…えっ!あれトショカンかっ!?神でわげぐぁ…かんだ」


「落ち着け しかしながら著しく奇抜な…」





白っぽい円形の台に黒い正二十面体を置いたような形状と

陽の光を受けつやつやと輝く表面は遠くからでも目立ち





近づくにつれ 城と見紛うほどの巨大さと


二十面体から所々内部が透けて見える構造に


グラウンディは元より、カフィルも圧倒されて立ち尽くす







神身図(シンミズ)の刻印に司教の署名…ラポリス王国教会
緊急外部委託許可証を所持している以上 入館を認めよう」


「あっあ…あり、ありがとうご、ございます」


「しかしそちらの二人はどう見ても部外者のように
見受けられるのだが」





入口で警備兵に詰問され、まごついているトーマスに

気づいたカフィルが歩み寄りつつ説明を引き受ける





「こちらにいる娘が自らの出自を知るべく図書館への入館を
望んでいると伝えた所、牧師様が私(わたくし)どもを
付き添いにしていただけると」


「はぁ!?
困るんだよ許可のない部外者入れたらこちらが―


言いかける兵士へ身を寄せ、道化は視線を外さぬまま


他の二人に見えないようこっそりと
なけなしの路銀を兵士へ握らせながら続ける





「最後の神の名の元に神身図を掲げた聖職者の慈悲と
三柱の名を冠す場へ訪れた神の子に免じて、どうか一つ





金貨を握った手をさり気なく下げ


兵は、首を入口へ向けた





「…今日だけだ、妙な真似をしたら即刻退館させる」


「ご厚情感謝いたします、さぁ参りましょう」





優雅に一礼した道化が牧師を先へ通し、後ろから
ついていく形で間を置かずに入館する





「なー…シェンミズてなんだ?」


「教会の柱や祭壇にもあっただろう、あれだ」





こちらを見やってぺこっと頭を下げた牧師の黒衣に
施された、胸の特徴的なY字印を示されて


道化のすぐ後ろを歩く少女は納得した









カウンターを背に日程確認を含む会議を終え


正規職員と、牧師を含む臨時職員は
各エリアに散らばって業務を始め


それを機に警備兵と共に隅っこにいた二人も動きだす





「んにしふぇも…中もデカいな、ここ」





外観に違わず 館内は数十人がいてもなお広々としている


吹き抜けのホールとみっしりと本が詰まった背の高い本棚を
敷き詰めた壁と、点在する階段や机をぐるりと見渡し





「世界有数の規模だからな…面倒だ」


「たしかにメンドーかもしれねぇっど、こんだけ
いっぱい本ありゃオレの"使命"の手がかりもあるかもだぜ!」





情報探しにかかる膨大な手間と日数よりも、生まれて
初めて見る圧倒的な本の量にグラウンディは興奮を隠しきれず


圧倒的な本の量に比例する、情報探しの膨大な手間と日数
それに伴う諸々の問題にカフィルは露骨にうんざりする





「っしゃわやぁ!行くぞカフィル!!


「走るな騒ぐな悪目立ちするな面倒増える」





はやる彼女の襟首をつかみ


道化は少女を連れ、本棚の側にかかる札や柱の案内図を
頼りに目当ての本を何冊か抜き取って


手近にあるテーブルへ乗せ 向かい合わせで座って読み始める





「やたたに字が多い…もう眠くなってきたずぇ」


「せめて3ページは努力しろ」





などと軽口をたたき合いながら


巡回の兵士や本の整理に現れた職員


開館にともないぽつりぽつりと訪れる来客を横目に
二人はしばし本と向き合う







しかめ面で難しい字の少ない本を少女が一冊読み終える頃


道化はノニマで耳にした"雨"や"塔"など近い場所の
噂の検証に役立ちそうな本を あらかた読了して積み





別の大陸についての記述も多そうな厚めの大型本を捲って


最北端の地に広がる白い薄闇の中から瞬く
"光の柱"についての詳しい記述に目を通してゆく







「なーカフィル、ショーシチュイヘンってなんなんだ?」





ページをめくる手が止まり


色違いの双眸が少女と、少女の手にした
"よいこの式刻士"なる学習書へ注がれた





"消失異変"な…本に書かれていないのか?」


「ジュツがこっ、つかえなきゅなるトコしかないんだぜ
神の読みモンとしてフセンシツだろこれ





文句たらたらに見せて来たページには確かに


200年ほど前、いきなり強い法術が使えなくなり

今もなお術式の力は弱まる一方
としか書かれていない





「さぁな、教会は"信仰を忘れた我らへの神罰"
警告し改心を改めたらしいが 著しく無駄だったと聞く」


「っマジかうぉーするとファスムラセ使えなくなるのか?」


「いずれはそうなるかもな」





この原因不明の異変により式刻士が減ったため


各国の城に必ずと言っていいほどあった式刻士の訓練所は
現に騎士や兵士の訓練所に場を奪われ


専門の学校も、科学者を育てるものに取って変わられ
ほとんどが姿を消している





「そーいや式刻士のガッキョンこの地帯にあるっつってたな」


「"学校"な、あるにはあるが情報を得るだけならば
書を漁る方が面倒が少ない」


「ま…みゃあオレもガッコ行きたいわけだないけど…」





正直 名前でしか聞いた事のない建物に興味はあるが


いらぬ好奇心を出して、ならば学んでみるか?
勉強の機会を増やされるのだけは回避したいため


グラウンディはそれ以上詳しく訊ねなかった









半透明な天井から差す陽光が作る影が傾き


彼の読む分厚い書物のページも終盤へ差し掛かり


対岸で式刻法術や神話の本を適当に積んで遠ざけた
少女が熱心に一冊の童話へ取り掛かっている





「…おい、何を読んでいる」


「うっさい話まかけっな神いいトコ」


「珍しく熱心だが 生かす場所を違えるな」


諌めるもその尖った長い耳には届いておらず


再びカフィルが口を開いた





そのタイミングで、少し先の階段から


シンプルなシャツとズボン姿のひょろりとした
青白い青年が降りてきて 二人のテーブルへと歩み寄る





「ええと君ら…トーマス牧師の付き添いだったな」


「その通りでございます、私(わたくし)どもに
何か御用がおありでしょうか?」


「うん、そうだな…例の盗難事件について
どのぐらいまで知っている?」





怪訝そうに少女と視線を合わせてから、道化は答える





「いつの間にやら保管庫の書物が盗まれ大陸の
何処かにて破損した状態で見つかる事程度ですね」


「オレたちキョノウ来たばっかだしな、街に」





二人の回答に細身の青年は沈黙し


ややあってから…小さく頷くと
意を決したようにこう言った





「君らに頼みがある…犯人捜しを手伝ってくれないか?







挨拶もそこそこに職員は自分が隣国からグロウス図書館へ
配属されたばかりの新米職員だと明かした





「これでも母方が領主の血筋なおかげかいいトコの人に
覚えがいいんだが、意外と気苦労も多くてね」





簡単に言うなら 付き合いの長いある貴族から


ずっと前に借りてそのままだった"保管庫"の蔵書を
秘密裏に返しておくよう押し付けられた
のだとか





「それはまた…面倒でしたね」


「ああ、本来なら館長に相談して済む案件だったんだが」


職員の男は血の気の失せた末成り顔を苦々しく歪め


館長も各国から交代で勤務する条約となっており、自分の出勤日と
自国の館長担当とがかち合う日に本を返そうと考えていた矢先


例の盗難事件が起こってしまった、とぼやく





「おかげで本は返しそびれて今も私の手元にある…
借りた当人からもせっつかれるし散々だ」


なので事件を解決して、警備の体制を元通りに緩めないと
おちおち預かった本も返せないのだと言う





「正直 現状は精神衛生上よろしくない、そりゃ大変に
なので君らの力を借りたい」


「どーやってだよ、てか部外者ら協力していいのかん?」


「構わないさ、どうせ他の職員や館長だって
金や何らかの見返りで犯人捜ししてんだろうから」





事件解決の間 自分の権限で図書館への入館が
可能なよう取り計らう事と





「犯人を捕らえ、事件解決した際にはぜひとも
出来うる限りの礼はしよう…この通りだ





手を合わせて頼み込む職員を眺め、二人は内心

"渡りに船"の一言を思い浮かべていた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:図書館の外見モデルは、ある外国の国立図書館
だったりします…図書館ていいよね


グラウ:本好きじゃのか?


狐狗狸:大好き、超好き、てゆうか好きじゃなきゃ
こんな趣味と自己満足全開なサイトと話書かない


カフィル:堂々宣言する割には著しく筆をサボるな


狐狗狸:ごっはぁ 言わなきゃ分からんのに…


グラウ:実生キャツにかこつけてだらだら書くの
引き伸ばしやがって、神バツくわらしたろか!


牧師:あ、うぅえおぅあ…[暴力はいけません]




この話の世界で司教は神父のレベルUP版、各国に
一人いる教会の総責任者…です(あくまでこの話では)


二人は盗難の謎と、本を盗んだ犯人を追い始める…