さぁさ疑念、さぁ疑念!


死をも恐れぬ黒き虫の軍勢を撃ち払い
元凶たる宝石をも取り除く事に成功したかの二人


しかして虫の脅威を知る島民には


来訪して間もない余所者二人は、恩人でありながらも
不気味なものとしか映らない


他に用などもなく 余計な揉め事を避けるため


釈然としない思いを飲み込み、少女と道化は
早々に島を去る―








早朝から島を発った漁船は何事もなく
クワロ大陸南にある港町・ノニマに辿り着いた





「じゃーオイラの仕事もここまでだな」


「色々とお世話になりました 感謝いたします」


「なぁーにアンタらがまた来るまでにミサンを
盛り上げとくからさ また来てくれよな?待ってるぜぃ」


「キタイがあれば来てやったら、神楽しみにしとけよ!」





短髪を掻き名残惜しげな笑みで おう!
元気よく返したのを最後に、漁師を乗せた船が港を離れ





「…行くか」


「へーべー分かってるって」


二人はそれなりに賑わっている街中へと歩き始める





彼らが現在いるノニマはデュッペやミサン、北東にて
橋で繋がるゴブガと活発に交流している大陸の港だけあり


酒場やそこへ集う来訪者も多く 集まった情報も多かった





「ターバル海域で拾われた奇妙な難破船の話なんだけどさ」


海賊にさらわれていたハズの人々が甲板にいて


"見知らぬ二人に助けられた"とか"幽霊船を見た"とか

"その二人が幽霊船に連れていかれた"とか言っていた


と、おどろおどろしげに語って聞かせる女給や





デュッペから来たとな?
大変だったろう、今やあの大陸は物騒だからねぇ〜」


革命軍の働きによってかマモット領の内紛が著しく
ギーサ側の侵攻がじわじわと広まりつつあり


その影響がクワロの方へ飛び火しないか、と懸念する商人





他にも さる土地で名高い狩人が代替わりをしたらしいだの


人を食う悪魔が住む塔があって、知り合いの幼馴染が
友人達と確かめに向かったきり帰ってこなかっただの


ゴブガに近い北側の村や町で 奇病が広まる雨が降っているだの


闘技大会でやたら強い盾使いに当たって本選出場できなかったから
今年こそは挽回して見せるだの…





「ホント神色ろろな情報があるな」


「クワロだけでも、複数の領土と隣の大陸からもたらされる
伝聞の数は著しいと理解してはいたが…面倒だ





スバリャーラモテ一座の評判を聞かされた直後もあってか

彼のげんなり具合も余計に磨きがかかっている





そんな中、一仕事終えて気分よく酒を飲んでいた
同業らしき旅の女芸人が


店内で聞き込みをしていたカフィルへと話しかけて来た


「アンタ面白いネタ探してるんだって?
だったらグロウス図書館に行ってみるってのはどうだい」


「グロウスとときゃん?」


「知らないのかい?グロウス図書館っていえばこの大陸
いやさ世界有数の規模を誇る広大な図書館さ」











〜三十八幕 神話ハ図書館ヲ飾ル〜











クワロは三つの王国によって治められている大陸であり


長い戦乱の歴史を経て、ひとまず停戦協定を結び

お互いが睨み合う状態による和平が現在まで続いている


その停戦の証として三国の国境を交えた一定の土地は


それぞれの領土として管轄を持ちながらも中立地帯という
区分がなされ、試験的にいくつかの街や建物も作られた





グロウス図書館もその一つであり


協定を記念し 中立となった三国の領土の中央に建設され

各国から寄贈され保管されているその蔵書量は


並の本屋や領主の城にある図書室などとは
比べ物にならぬほど膨大である





…とカップの酒を煽りながら女芸人は語る





「何年か前に行った"娯楽都市"も本だけは
あそこの図書館が相手じゃ負けるだろうなぁ」


「そこまで言わしめる程の蔵書を誇るのでしたら
芸の肥やしに、一度は訪れてみるべきなのかもしれませんね」


「実際有名な詩人や作家も行くらしいね…ただ気を付けな


だがそう呟くと同時に 楽しげだった雰囲気を変え





「近頃は例の事件のせいで警備が厳しくなってるし
貸出や閲覧はおろか、入場も制限がかかってるらしい」


「と、申しますと?」





ぐいっとカップの酒を飲み切った彼女の表情は

この上なく苦々しく不機嫌極まりないモノであった





本泥棒の仕業だよ それも極めて悪質な」









地元の人間を中心に、図書館の件に対象を絞って
聞き込みを行ってみれば大まかな内容はすぐに聞けた





「あの図書館に寄贈されている本の中には、すごい貴重で
値打ち物の本とかがあるらしくて」


「限られた人しか入れない"保管庫"があるんだって」


「けどそこに収蔵されていたハズの書架がこの所
数冊ほど紛失するという事件が起きておりまして」


「消えた本は図書館周辺の街や街道…とにかく」


「中立地帯のどっかしらで見つかるんだとよ
しかもボロボロの状態で、だ」


「表紙やページがいくつも破かれてたり、読めないくらいに
汚されてたり…勿体ないコトするヤツもいたもんだよ」







無論 その一件への諸国の対応は早かった





中立地帯に警備の名目で兵が送られ、図書館内外の警備が
強化されたとともに


その近辺にある建造物・居住区を中心としての調査と見回り


更には中立地帯の出入りさえも厳しく監視されるようになった





だがしかし、事件はいまだ解決の糸口すら見えず
中立地帯は緊張状態を強いられているのだとか







「ゴブガへの進行を鑑みても、避けて通るのは面倒だな」





情報収集を終え 宿の一室で広げた地図を眺めていた
カフィルだが、呟く声はどこか気乗りしていないようである





「式刻法術や伝承に関する文献も豊富にある、閲覧できるか
分からんがダメ元で立ち寄るとするか…どうした?」


「わへっ?」


「図書館の事を聞いてから著しく静かだな」





訪ねられ、グラウンディは歯に物が挟まったような面持ちで答える





「なんかよくわららないんだけどさ…トショカンの名前」


「グロウス図書館がどうかしたか?」


「どこかで聞いたコト、ある気がしけ」


「当然だ "グロウス"は神話にある神の名だからな」





邪神によって破滅をもたらされた世界を再生すべく
自らの身を捧げた三柱の神の、一柱


大地を司る女神のその御名は広く知れ渡っており


特に畑を耕し作物の生産に携わる人々にとっては
ある意味 "最後の神"以上に馴染みが深い





「大方お前の名もグロウスから取ったのだろう」


と、相手の知識の浅さを揶揄するように一般的だろう知識を
道化師がつらつらと語って見せるも


彼女はその態度に対し 怒るどころか眉根を寄せるばかり





「かもしゃれねーけどさ…村で聞いたとか名前が神にてる
とじゃないんだ 上手く言えないけどさ、なんか


オレにすぎょい近い気がするんだ その名前





最後の一言がどことなく真剣で


地図と向き合いながら応対していたカフィルは
身体ごとグラウンディへと向き直って再び訪ねる





「聞き覚えがあるからじゃなくか」


「うん、どーして忘れてたがだわかんないけど神にとって
オレにとってすごい大事な名前なんだ、きっと」







断言する少女の 核心に満ちた青い瞳を覗きこみ


地図へと視線を戻した彼は 静かに告げた





図書館付近には街もある、その辺りを拠点に
不可思議な現象だけでなく神話の方面でも文献を探すか」


「…おお、それで何かわらるかな?」


「上手くいけばお前の記憶や ひいてはあの邪神を滅ぼす
著しい手がかりがつかめるかもしれんな」





式刻法術の資料も並行して、と言いさした後半の台詞を
無視する形でベッドに潜り


言い知れぬ期待に胸を膨らませ グラウンディは眠りにつく











ノニマから続く街道を北にそって数日間歩き続け


デュッペの国境での一件を思い起こすような雰囲気の検問を抜けて

二人は、中立地帯にある街ウックスへ足を踏み入れた





「神キリピリしてやがんな、居心地わっりう」


「協定があるといえ 三国との合間にある領域だ
おまけに事件のせいで著しく警戒が厳しい」


うげぇ…あんまニャガイしたくねー…」





げんなりとした顔でグラウンディは街中を見回す


ウックスはグロウス図書館から一番近い街だからか

当然のように兵が詰め、街の出入り口だけでなく
見回る者も鋭く目を光らせている





「で、こどままトショカンに行くのか?」


「そうしたい所だが…例の事件のせいで面倒な制限が
ついているから一旦宿をとって」


「貴様ら何者だ」


背後からの鋭い声に二人が振り返れば





先程くぐった入口の辺りで、警備兵が街へとやって来た
人間へ詰め寄っているようだった





「こ、この方はこちらの街に暮らしていらっしゃる方で」


黙れ!口先だけならば何とでも言えよう
それぞれ氏名と職務、立ち入った目的を述べよ!」





甲高い 戸惑い交じりの言葉を兵士は切って捨てる





十数メートルと離れていない石畳の路地の先


警備兵に詰問されていたのは、一人の大男であった





佇む警備兵やカフィルよりも頭一つ分大きな巨体


銀糸で縁どられ 胸の辺りにY字に似た特徴的な刻印が
縫い付けられた裾の長い黒衣を見る限り

教会に関係する人間だと一目でわかるのだが


精悍な顔の、右頬から片目の周囲を覆うような火傷の痕

尖った耳とが高い背丈と相まって 見る者へ威圧感を与えている





口を開閉し 抱えた荷物を開けようとする大男へ
警備兵が手にしていた警棒を突き付け牽制する





何をしている!貴様、質問に答えんかっ」


お待ちください兵士様!この方は決してアナタ方や
この街へ危害を加えるつもりなどございません!!」





あわてて両者の間に割って入って弁解するのは
兵士の問いへ答えていたのと同じ声


その主であろう金髪の女性が



立ち止まった道化と少女に気が付いて、薄いグレーの瞳を
丸くして思わずこう口走る





まぁ!カフィルさんにグラウンディさん!」


「やっちゃりセンティ!」





言葉を発して、こちらへ振り返った兵士の顔を見て
あわてて少女が口を押えるも時すでに遅く





貴様らやはり不審者か!旅芸人などと怪しげな職務だから
怪しいとは思っていたが…!」



先程の問答と、兵士の上げた声に
異常を察知して駆け寄った見回りの警備兵に囲まれ


二人は大男と修道女ともども、再び尋問じみた検問のため
門前へと連行されてしまったのだった









つっ、づかでば…どんだけケービ神きびしーんだよ
もうちっと旅人にやさしくしろっるの」


「仕方がありませんよ あんな事件が起きた後ですもの」





どうにか身の潔白を証明し終えてぐったりとした少女へ


肩ほどの金髪を揺らして、修道女が微笑みかける





けど助かりました、図書館でも厳しく取り締まられて
私もトーマスさんもすっかり萎縮していましたから」


「教会からの正式な許可証を持っている人間に対しても
あの調子となると、疑心暗鬼も著しいと言えましょう」





いつにも増して冷たいカフィルの一言に
さしものセンティフォリアも少し苦笑していた





「でもカフィルさんにご指摘を受けて ようやく
兵士の方も納得して頂けたようですので何よりですわ」





並んで歩く男女二人を挟んで、グラウンディは
のそのそと歩く大男へ意識を向けるが


青年と中年の合間ぐらいであろう年頃の男の表情は硬く


かえって不気味さを感じてしまったのか





「にしてもセンティのとなりろデカ男
とーていシンプにゃ見えねぇぜ


ぽろりと、思考をそのまま口にしてしまう





「グラウンディさん…初対面の方にそういった事を
口にするのは少し失礼ではないでしょうか」


「だっちぇカフィルよりデケーし見た目こえぇし」





と、そこで火傷の張り付いた薄青い目とかち合って

少女がびくりと身を竦ませる


続いて大男…トーマスが背中に背負っていた小さな袋を
手前へと持ってきて中身をあさり始めた





「な、何だよやうってのか!?





身構えた少女の警戒心が高まってゆく中


彼は袋から、ひとつの束にまとめられた羊皮紙を
取り出すと両手で端を持って表面を向ける





そこには、とても几帳面な字でこうしたためられていた


[神父と呼ばれていますが、私は牧師です]





「ど…どう違うんだばよ?」


呆気にとられてグラウンディがそう返せば


トーマスは、持っていた羊皮紙をぺらりと一枚めくる





[簡単に言えば神父は厳しい戒律を守り、生涯独り身を貫かねば
なりませんが…牧師はそこまでは戒律に囚われていないので
結婚して家庭を持つ事なども許されているのです]


「よきゅわからねーな」


「神の教えを広めるという意味合いではどちらも尊き職務を
全うされておりますが神父…つまり司祭は神の聖徒である事に
対して、牧師は人々の側に近しい存在なのです」





頭に?を浮かべながら首を曲げていたグラウンディは


センティフォリアのその補足で、なんとなくだが
ようやく両者の違いを理解した





「つまりゅシンプは神の味方でボクシは人の味方だんだな?」


「ええ、その認識で大丈夫です」


トーマスも こくこくと力強く頷く





その様子に、どことなく毒気を抜かれたグラウンディが





「そっか…その、悪かっただ」


ばつが悪そうに小さな声で謝った直後

手袋をつけた片手が草色の頭を ぐいっと押さえつける





「助手が不躾な真似をいたしました…お許しを


[気になさらないでください]


次いで軽く頭を下げる道化師へ、そう書かれた羊皮紙を
片手で支えながら 眉を下げた牧師は空いた手を振る





強制で頭を下げさせた手から抜け出つつ彼女は言う





「オレ、教会ららみんなシンプだと思ってたよ」


教会なら神父、という構図が根強いみたいで教会所属の
牧師の方々も神父様と混同して呼ばれることが多いですから」


[あまり大きくない村や島などでは 特にその傾向があるみたいで]





何度か似たような質問があったのか、やや擦り切れ気味な
羊皮紙をかざしつつはにかむ牧師だが


三十路ほどの強面の外見が災いしてか


少女だけでなく道行く人も一歩身を引いている





大きな背をしゅんと丸める大男を気づかってか
修道女が話題を変えた





「お二人も図書館への来館が目的だと兵士の方に
仰られていましたけど、入館の手立てはございますか?」


「必要とあらば ウックスに滞在して申請手続きを行う事も
検討してはおりますが」





以前は特に制限なく一般開放されていた館内も


盗難の一件から 国やそれに類する機関の許可もしくは
許可を得た者の付き添いが必須となったのは彼も知っていた





「そんなに長くご滞在するご予定があるのですか?」





が…手続きから受理の期間が向こう二週間から二か月ほど
要する事は初耳だったようで


道化と少女は、今後の予定を見直さざるを得なくなる





「さすがのオレもニキャゲツこんなトコにいたくねーぞ」


「同感だ、だが次に近い式刻士学校や修道院とて
"二か月"も旅人を受け入れはしないだろう」


「じゃーあきらめるのヴぁ?」


「そう即断出来れば面倒がないのだがな」





などと言いつつも入館を諦める方向へ傾きかけていた
二人の予定へ待ったをかけたのは







[よろしければ明日、図書館へ同行いたしませんか?]


急いで羊皮紙へと書かれた 牧師の誘いだった





[ご助力いただいたお礼もありますし 許可証を持つ私が
一緒でしたら入場する事も出来ると思います]


「よろしいのですか?」





こくり、と力強くトーマスが首を縦に振り





「お前コワい顔だやど神いいヤツだな!」


思考する間もなくグラウンディが、ちょっとだけ大男と
距離を縮めて誘いに乗るような返答をしていたので


カフィルは小さくため息を吐き 柔らかい笑みを張り付ける





「…それではお言葉に甘えさせていただきます
甘えついでに、神話についてニ三お話を伺っても?」


もちろん大歓迎ですわ!ねぇトーマスさん」





両手を合わせたセンティフォリアの明るい笑みに触発され
頬を赤らめたトーマスが、首を縦に振っていた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:図書館話へよーやく移行したので、ここから
神話関連やら色々盛り込んでいきます


グラウ:そーいう神ムズカシーこととかキョウミれー
とんとはいらねーよ…けどオレの名前元のは覚えてても
よさそうなんだけど、なんげ忘れてたんだろ?


カフィル:著しく頭が


センティ:きっと様々な旅を続けてきていたから
ついつい日常的な記憶を仕舞い込んでいたのでしょう


トーマス:[大地の女神へ豊作を祈る風習も、今では
一部の村のご年配の方々が行うぐらいですし]


グラウ:なんでトーマスのおっしゃんしゃべぶないんだ?
声れねーの?


トーマス:[この外見で口下手なので人付き合いがすっかり
苦手になってしまいまして…もっぱら筆談便りです]


センティ:説法や祝詞は唱える事が出来るそうですが
人との対話は緊張してしまうのだそうです


カフィル:難儀かつ面倒なご性分ですね




この話では基本 聖典は統一されているので


神父=要人への布教や儀礼・及び修道院や教会の総監督
牧師=一般人への布教と教会の管理人、と考えてます


翌日、強面神父と図書館へ入場する事となった二人は…?