さぁさ殲滅、さぁ殲滅!


原因不明の大発生を起こした虫の群れに襲われ
生存の危機にさらされる島民達


そんな中 "宝"の見物を条件に虫の討伐を申し出る道化


戸惑う少女を引き連れ早朝、虫が巣を張る
間欠泉地帯へと赴く道化は


この度の原因と宝に"赤き宝石"が絡むと告げる


いくつかの巣を駆除しつつ辿り着いた巨大な巣


その主たる女王を、からくも策を用いて
巣ともども一掃した二人であったが―








本能で女王の死を感じたか、先程逃亡した虫が知らせたか

どちらにせよ台地に転がる女王の死骸と
女王を殺した二人を目標に


辺りのケスタが続々と集結しつつあった





「ほぎゃあぁぁっきょっちょっび来るなぁぁぁ!!」


あまりの事態に抱えていた女王の頭入りの袋を
投げそうになったグラウンディだったが


寸前で思い止まり、代わりに手にしていた布きれを

全て炎へ変えて ケスタの一群へと投げ放つ


いくつかの炎が黒い群れへと衝突し 紅蓮の花が咲くが


それも進軍を続ける黒に飲まれて消えてゆく





くっそキリがれー!カフィルもっと燃やすもんよこせっ」


「埒が明かん、逃げた方が利口だ」


元々の荷物袋と少女の背後を道化が引き受け





「…神しゃんせー!」


女王の頭部入り袋を抱え込み、少女もその場を走り出す





もと来た道を駆け戻る二人だが


虫達の追撃は一向に止まず 僅かに残る巣や残党が
黒い群れへと加わって一つの生き物と化して


何度か 道化と少女を飲み込もうと腕のような細長い塊が
唸りをあげて近づいてくる


炎や腕などで払い散らそうとも


ケスタ達は一瞬たりとも追撃を緩めようとはしない





…基本 生存本能と女王の支配に従っていたケスタ達は
こちらから危害や接触を持たない限り攻撃しては来なかった


だが死に際に女王が鳴らした顎の音

すなわち配下達への最期の命令が下された瞬間


二人は何を置いても最優先で抹殺すべき対象


―彼らにとっての"天敵"と、定められてしまったようだ





故にどちらかの命が完全に尽きるまで


この事態は終わらない






カフィルはその事実といやにひりつく喉の不快感に
気づいて眉をしかめた





「頭のない集団ほど著しく疎ましいものはないな」


頭ぁ!?頭ららっ、あるじゃねーかっ」


「物の例えだ阿呆」





神に向かってアホとは何だ!

普段ならば騒ぎ出すグラウンディだが


さすがに今は走るのと ケスタの女王討伐の証を
落とさないよう抱えているのに手一杯なようだ











〜三十七幕 仇ナス集団〜











薄黒いケスタの軍勢が

照り付ける朝の光を 黒く大きく切り取り続ける





おそらく本島に生息していた
ケスタのほとんどが集まっているのだろう


その数は始めに村で遭遇した一群の比ではなく


もしも捕まれば

誇張なく人ひとり程度食い尽くされるに違いない





肩越しに時折振り返ってぞっとしながらも


荒い息の中、足を止めずにグラウンディは呟く





「…なぁカフィル、オレきょあい事考えたんだが」


その青い瞳はすっかり日に照らし出された
岩だらけの台地と まばらに茂る森を見つめている


ついでにまだ幾分か距離がある森向こうの、ジュケモ村も





「このまま逃げ続けけら、コイツら 村おそうんじゃね?


「もはや奴らは著しく見境などないからな」


言外にあっさり肯定され


最悪の事態が頭に浮かんだ彼女は
ほとんど悲鳴のような声で叫んだ





「っだら!ここで神ぶっ倒すしかねぇって事か?!


「面倒だが、引き受けた以上は仕方ないな」





そして道化は足を止め、迫る虫の群れへと対峙する





「こきょっえ、ここで戦うのっ、か?」


「いや、ひとまず森から離れる」


「そりゃ神サンセーじゃば、その後は?」





逃げる際 具現化を解除していた赫色の鎌を再び手にして





「賭けになるが策はある…俺が虫を引きつけている間
来た道を戻れ すぐに後から行く


背にいる少女へ、道化は振り返らずに伝える


少女の草色の頭は 間髪入れずに縦に振られた





わぁんと耳障りな羽音を響かせて

いくつもの黒い腕に似た粒子が 道化の衣装や髪
皮膚へとくまなく張り付き始めたのを合図に


袋を抱えた少女も彼の背後から飛び出し


虫達から大きく迂回するような形で台地へ取って返す





すると途端にケスタ達の動きが乱れ


カフィルを襲っていた塊が、二つに割れて

別れた方が逃げたグラウンディを追い始めた





「つっ!どへょカミついてんだぁぁ!!


腕に張り付いた数匹をどうにか叩き落とし


こっそり隠し持っていた 式刻法術の資料の切れ端を
炎の矢に変えてぶつけて牽制するも


羽音はすぐ後ろからしつこく響いてくる





「ぐっそ…一気に虫倒すにゃ火も神力も…足りねぇっ
でかオレの体力が…息がっ、ぜあぐぁっ」





虫と自らの体力に気を取られていたグラウンディは


不安定な足場のくぼみに足を引っかけ、バランスを崩す





「りっぴゃらぽっとおぉぉっ!?」


奇声を上げて倒れこみそうになる小さな体は





荒れ地に叩き付けられる寸前で留まり、宙に浮いた状態
なおもその場から離れ始める





腹部の圧迫感に従い視線を下げれば

派手な布きれをまとう
筋肉と骨と血管がうっすら透けた腕が見え


彼女はカフィルに抱えられているのだと理解する





「アブキンで虫除けの薬でも買うべきだったな」


「余計なきゃいものすんなっつってたのっお前じゃねーか
てーか降ろせ!神は荷物ざうぇあにぞ!!


「お前の歩幅に合わせる方が面倒だ」





左脇に抱えられた状態から力づくで脱却しようと


もがいてみたが、かえって腕の力を強められ

より腹を圧迫され苦しい思いをしたため
グラウンディは抵抗を諦める





「で?言ってかジャクってのを教えろよ」


「"策"か…間欠泉を使う」


「ふぉは?」


「音からして距離もさほどない、噴出も秒読みだ」


「おっおおおもうそれで?」


「地面へ降りたらすぐ防御壁を隙間なく張れ」


「っあいお前それっれ神ひょっして


「噴出したら止まるまで動くな」


まくしたてるように言って戸惑う少女の身体を放り落とし





いだっ!あにすんなっぴゃ!
てか待てよカフィル!それひょあえアブな」


文句と迫りくる羽音を背に 彼は走り続け


押し潰さんばかりの羽音を背後に受けた少女もあわてて
自らの体を覆うほどの 半円状の厚い土壁を作った





…極細の格子状に開けた空気穴代わりの窓からは


半ばケスタに半身を侵食されながらも右へ左へ動き回り

軍勢を引きつける道化師の姿が見えて


間を置かず、格子を埋め尽くす黒い物体が視界を遮り

暗くなった防御壁を 何かがぶつかり擦れ合うような
ガリガリという大音量が包囲する



息苦しさと 熱と恐怖による汗を感じながら


グラウンディは震える拳を握りしめて深呼吸







「…虫が神をきゅえると思ってんなら神大間違いだぜ!」





ずっと抱えていた袋を格子にぶつけてケスタを散らし


一瞬だけ開けた視界にカフィルの姿を捉えて

両手を、自らを護る土壁と足元の台地へ触れさせ唱えた





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」





半円の土壁は抉られた表面へ無数の針を隙間なく生やし

牙を立てて群がる虫達を 逃さず全て貫き


同時に台地から地続きとなった道化の足元へ

落とし穴にも似た即席の塹壕が生み出された





「っ…!」





唐突な落下に驚きながらも

即座に状況を把握したカフィルは間髪入れず
頭上へ向けて火を噴く


彼を追って穴へと飛び込んだケスタが炎に撒かれて焦がれ







―待ち望んでいた瞬間が 訪れた







轟音が台地を揺らし

熱を持った地下水が空へと吹き上がり


噴出孔の真上に固まってわだかまっていた
ケスタの一群へ直撃する


肌がただれるほどの温度を持った水をまともに受け


耳障りな羽音と金切声をあげ、黒い雨と化した死骸が
間欠泉の飛沫とともに台地へと降り注ぐ





両手を壁と台地につけた姿勢で少女は身を強張らせ

塹壕で身を屈める道化は両腕で頭上を遮りながら


ただただ全てが終わるまで待ち続けた









…太い水柱をあげていた間欠泉の勢いが弱まり


音が止んだのを見計らいグラウンディが土壁を壊して
出て来てみると、ケスタは一匹もいなくなっていた





「全ミェツしたのか?虫どもは」


「少なくともほとんどは死に絶えただろうな」


塹壕から這い出たカフィルが

土埃とケスタの死骸を払いつつ答える





直前まで頭上に群がっていたケスタと
自らの仮初の身体が盾の役割を果たしたようで

熱湯による直接の被害は少なくて済んだらしい





ぶわっ!?
あづゅいっアヅイってお前!寄るな神よんな!!」


「半分はお前が招いた結果だろう…一つ間違えれば
逃げ場のない墓穴になる所だ」


お前の策だって似たようなモンだろ!
カンケツセンを虫どもにぶち当てゆおなんて
命いくつあっても神足りねーよ!!」


「直撃は避けるさ、熱なら耐えられるし
著しく損傷してもお前がいれば再生できる」





口にした当人には"回復要員"以上の
意味合いはないのだが


言われた方は、少しばかり目出度い方に解釈したらしい





ふぁっホメえもなんもでねーよ!?

つーか熱いしノドからいたから村帰って水のみょうぜ」


「…いや、水なら当てがある」





断言して歩き出したカフィルへ
グラウンディも 怪訝な顔をしながらついてゆき


二人は、女王の巣があった場所から
ほど近い地点まで引き返していた





「オレもーケシュラに出くわすのやだぞー」


"ケスタ"な、ここに来るまでに一匹も見かけなかったから
しばらくは平気だろう」





立ち止まっては歩く動作を繰り返す道化へ

何をしているか問いかければ、水源を探していると返された





「宿の湯は この台地から引かれた冷水を沸かしている
…巣の内部へ進行した時にも水音がした」


「てコチョは、この辺のどっか掘れば水があんのか」


「理論上はな…万一の場合には備えておけ」





一つ頷いてグラウンディが、法術で台地を掘り下げてみると





「…ほやっ?」


水の代わりに赤い光が漏れていたので二人は揃って
ぽっかりと空いた穴の下を覗き込む





繋がったらしいだだっ広い空間は、異様なまでに赤かった





しっとりとした土壁の、くり抜かれた一部が
何もない空洞を赤々と染め上げている光源のようで


中二階ほどの高さと穴からの視界にも拘らず


土壁に安置された赤い光の源が

彼らにはハッキリ目視できる





短い酒瓶の 首を切り詰めたようなその異形は


間違いなく彼らが探していた 赤い宝石だ








宝石!どうしぺあんなトコに…って、おいカフィル何じに」


迷いなく穴へ身を投じた道化師が空洞の内部を散策し





「やはり地下か、道理で…ん?これは」





ある土壁の前で立ち止まり

やおら壁を撫ぜた後、ややあって少女の方へ振り仰ぐ





「降りて来いグラウンディ 仕事だ」







しぶしぶ落下した少女が、自身を受け止めた道化へ
赤い顔で文句を言う一幕を経て


不自然な切れ目のある壁を破壊し 壁の奥から
現れた通路を進んだ先にあった草の束を斬り払い二人は


中央に岩の台座を据えた 大きな空洞へとたどり着いた





台座は人の手が一切加わっておらず


近づいてよく見れば、その上に手の平サイズの
宝石らしき細工物が一つ 転がっているのが確認できる





「ここって…ましゃまか、村長の言ってた」


"宝を隠した洞窟"で間違いはないだろう」


そっと摘み上げた宝石を戻し 道化師は呟く





隠された当時のままならば高い価値を誇っていたであろう


だが湿気と過ぎ去った年月が、宝石を
かろうじて青いただの石くれへと戻してしまっていた





「どうやら件の水夫は、著しく用心深かったらしい」







彼は、村長一族は律儀に遺言を守るだけでなく

ほとんどこの場所へは訪れなかったのだろうと推測した


だから気づく事はなかったのだ





虫の大発生の原因…隠し部屋に安置された
人やモノを狂わせてしまう力を持つ"赤い宝石"の存在や


守っていた"宝"が


"独占欲と報復の恐怖に駆られた男の用意した囮"だと







「まっちゃく 死んでも神メンドーなコトしやがって」


もう存在しない水夫に憤るグラウンディに


カフィルは同感の意を込めて息を吐き出した









ともあれ原因となった"宝石"も無事破壊し

空洞から出た二人は
程なく見つけた冷水で喉の渇きを潤して


地図と時折地面から突き出た奇妙な金具を頼りに
何事もなく村へと戻ったのだった





おお!無事だったか 帰りが少し遅いから心配したぞ」


「著しくご迷惑おかけいたしました、しかしご安心ください
ケスタの駆除は滞りなく終了いたしました」


『…は?』





ヌカ村長を筆頭に二人の帰りを案じて待っていた島民は


駆除完了の報告

差し出されたその証拠に度肝を抜かれた





「神大変だったぜ〜でも安心しゃろ!
虫どもはもうしっかり退治したからな!!


言って 誇らしげに身を逸らす少女だが


女王の頭と それを持ち帰った二人を眺める人々は

少しずつその距離を開け始めていた





「半日、しかもたった二人だけであのケスタの大群を…?」


「オレらだけでなく他の島の連中も長年
苦しめられてたってのに?」






じろじろと無遠慮な視線が


草色の頭から生える尖った耳と、ぼろぼろになった
道化衣装から覗く不自然な皮膚に注がれる





「あの兄さん、腕ンとこ妙な色してるぜ…」


「式刻法術を使えるお嬢ちゃんといい あのケスタどもを
相手して無事に帰ってこれるなんて普通じゃ…」


「まさかホントに死神」


やめんかお前達!このお二方はジュケモ村のため
ケスタを討伐してくださったのじゃぞ!!」





たまりかねた村長の一括に 島民達は身を竦ませるが





「それは感謝してますけどね、でも…」


「少なくとも縁のないワシらのために
女王を討ち取ったのは事実、それを疑うとは何事か!」



消極的な言葉を押しのけるその叫びは、どこか自らへ
言い聞かせるような響きを伴っていて


それでは到底島民達から疑念と不安は拭えないと





他でもない村長自身と 道化師は気づいていた





「…やっぴゃカラダ隠した方がよかったんじゃねー?」


「予備は宿だ、それに「メンドーがから?」





そうだ、と小声でのやり取りを切り上げて


彼は恭しい仕草で進み出ると
集まった全ての人々へ一礼した





「お見苦しいモノをお見せして申し訳ありませんでした

私(わたくし)どもは明朝この島を経ちますので
皆様、どうかご容赦を










…恐る恐る遠巻きに眺めていた村の衆は


二人が島を出る事と、皮膚についての適当な説明に
納得してか自分達の家や仕事へと戻って行き







「まことに申し訳ない」


その晩、最後の一泊をともてなしを受けた二人の部屋へ
現れたヌカ村長が開口一番に頭を下げた





「村の者達に悪気はないんじゃ…虫のよい話かもしれんが
どうか許してやってほしい」


「頭をお上げください村長様、承知しております
皆様方も俄かには信じられず混乱しているだけでしょう」


「そう、じゃな…もう少し落ち着いてくれば
きっと皆も分かってくれるはず…すまない





深々と謝罪を吐き出し 茶色の帽子を目深へ引き下げた
村長の後ろにいたキュアヌが、泣き出しそうな声で訪ねる





「お兄ちゃん達…いっちゃうの?





その青い髪を撫で、草色の髪の少女は明るく笑いかけた





「安心しりょよキュアヌ、ちっと旅に出るだけだ
ここが賑やかになっらまた来てやる」


「ホント!?」


おお信じろ!神の名にかけてキャクソクを守ってやる」


「ええ、私(わたくし)も"約束"いたしましょう
…いずれまたここへ訪れると」





笑みを張り付けた道化師の"約束"が

果たされなかった"駆除の交換条件"であると


微笑み返して頷いた老人は 正しく理解していた





村長と孫娘が部屋から出ていくのを見送って


ベッドにもぐりこみながら、少女は道化師へ問う





「だがっ、だまってた方がいいよな?あのコト





形だけは同じようにベッドへ身を横たえ 彼は答えた


「ああ…知れば面倒が増えるだけだ」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:分かりづらいですが水探しにかこつけた宝石探しで
移動した時点でカフィルの身体は冷めてます


グラウ:あまだちょど熱かったぞ右ウデとか…
てきゃ宝石探すってなら先に言えよ


カフィル:面倒だ


グラウ:だっろうな!ハンオウあっても言いやしねぇし


狐狗狸:…実は女王討伐で地下進んでた時にピアスが
ちょっと赤く光ってたんだけどねー


カフィル:著しい後付けだな


グラウ:全くだ…にしても虫除けのキュスリくらいあれば
あんなにケスタに神かまれずすんだのに


狐狗狸:強力な虫除けは高価だし、島内で作るには材料も
分量も足りないからジュケモには無いよ


カフィル:考えてみれば奴らに虫除けが効くか分からんしな




どこぞの薬師なら或いは…いや、五分五分かも?


次回 紆余曲折あって辿り着いたクワロで耳にするは…?