さぁさ漂着、さぁ漂着!


宝石に魅せられ 執着を抱いた男の魂に
憑かれた船で立ち回り


死者諸共、因果を断ち切られ


沈んだ船から生きて波間に漂う少女と道化


最期に老女が示した島へ流れ着いた
彼らが 次へと向かうは―








破片と荷物で作った即席の筏でたどり着いた孤島で

住人の手助けを経て
新しく頑丈な筏を作った二人は


示された方位と 夜に輝く灯台の明かりを頼りに

無事、ミサン諸島の本島へとたどり着いた





「びょぼわぇ…やっぎょ着いた…」





日の光が辺りを照らし始めた波打ち際で


吐き気こそはこらえたもののぐったりとしている
グラウンディの背を、カフィルは無言でさする





「うー神ありがろな…それにしても」





そんな二人を遠巻きに見ている島民達


家の軒先で縫い物をしている妊婦も


井戸水を満たしたツボを運ぶ女の子も


船の側でタバコをふかす男達もみな


鮮やかな原色に彩られた、簡素ながらも
特徴的なローブに身を包んでいる





「バーちゃんの言ってたとどり
ホントに民族イショーなんだな、あの服」


「そのようだな」





ふぅ、と息をつき体調を取り戻した少女の胃から

鈍い腹の音が辺りに鳴り響いた





「やっぱあっぽれじゃた神足りないよな」


「備蓄をほとんど貪っておいてそれか」


神は育ち盛りなんだよ、コレでも一応
エンリョしたんだぞじょ!
水とか」





荷物袋の新しく繕われた跡と中身は
互いにほとんど変わらなかったが


道化が携える袋と比べれば


筏に置かれた少女の袋は明らかに小さい





しかしそんな事は微塵も気にせず、少女は目を輝かせ





「てことでメシ解キャンだ!食うぞ〜!!


煙の立ち上る一軒の建物へと


突撃しようとして 首根っこを道化師につかまれた





あにしゅんだよ!金なら残ったお宝があるから
心配せず食えるらけだし、ちょい神ゼタックしても」


「その金を持たずに食う気か」


「おっと!神りゃすれてたぜ、こりゃうっか」





背後で 生々しくも鈍い衝突音が聞こえた





振り返れば 先程まで二人を乗せていた筏が


たった今波間に着いた小型の漁船にぶつかった衝撃で
海流へ押し出され 流れてゆく所だった











〜三十五幕 蝕マレシ島〜











「ヴァアァァァ!オレのニミョツがああぁぁ!!」


襟をつかむ腕を振り払い、あわててグラウンディが
波打ち際まで駆け寄っていくも


沖へと向かう筏は彼女の荷物を載せたまま


見る見るうちに遠ざかり、小さく…







がっくりとその場でうなだれる少女の頭上へ





あはっ悪い!またやらかしちゃったぜぃ」


申し訳なさそうに刈り上げた頭を掻く、立派な
モミアゲを持つ男の声が降り注いだ





着ている民族ローブは周囲の島民と同じだが


袖の長さは短く、日に焼けた浅黒い肌と
たくましい腕がおしげもなくさらされている





「貴方はこちらの島の漁師ですか?」


「おっ?おお!その通りだぜぃ
オイラはこの村でオヤジの代から漁師やっててな」


「ヌラ?島じゃなくてか」


「おうよ!昔はミサン島ってだけ呼ばれてたが
領土化でここいらがまとまった時に村に名前がついてな」


「へぇ〜…ってそなれら、そんなコトどーでもいい!
オレのお宝どーしてくれだばぁぁぁ!





目を吊り上げた少女は 船へ片足を乗せて
からからと笑う漁師へと詰め寄ってゆくが





「おぉっ元気のいい娘っ子だ、いやースマンスマン」


スマンでスマカぁぁ!せっかうメシが腹いっぱい
食えると思ってだんにっ」



「あ、腹へってんのか じゃーお詫びに
メシおごってやっからついて来いよ」





その一言を契機に、ころっと表情を変えた





助きゃるぜ!腹ペコで死にそうなんだっ」


「はっはっは、よーし行こうぜぃ」





魚の入った網を抱えて 船から下りた猟師へ
少女も意気揚々とついてゆく





「よろしいのですか?」


「いいぜぃ、オイラもメシ屋に用があるし
お前さんも一緒に来なよ」





気前のいい返事をする彼に誘われる形で


二人は 萱葺き屋根の大きめな食堂へ足を運んだ









ほどなく着席した三人のテーブルに





「はいよーラカオ飯二つ、お待ち!


ふくよかな女主人が 湯気の立つ木の器を二つ持ってきた





魚介の出汁と炒めた野菜の煮汁が混じりあった
スープを ほかほかの米が吸っている


食器を握るグラウンディの口の端から
垂れたヨダレも 米に落ちて吸い込まれた





「お嬢ちゃん、ラカオ飯は初めてかい?」


神はじめだてぇ!いっただきまーすっ」


がつがつとスプーンで掻きこんだ彼女は


膨らんだ両頬を押さえて、歓喜の声を上げた





「ふあわてめあぁえあぇ!」


「だろ?とれたての魚や貝とかと島の野菜
あとは塩でこれだけうまいんだぜぃ!」





自慢げに胸を張る漁師の隣で


女主人が、ややはにかんだ顔で
運んだコーヒーへ口をつけるカフィルへと訪ねる





コーヒーはどうかしら?
この島の実は香りがいいって評判なのよ」


「ええ、著しい深みと酸味 仄かな甘みを思わせます」


おっ!分かるかい、通だねアンタ」





向けられた微笑に 女主人が頬をほんのりと染め

そそくさとキッチンへ戻っていく





「おやおや〜ミサンの鬼女が照れるたぁ
めっずらしいコトもあったもんだ!」


「兄ちゃんアンタほれられたかもよ?」


やかましいよ飲んだくれども!
いいかげんツケを払わないと出禁にするからね!」






店内にたむろしていた常連の野次へ女主人の怒号が飛び


それに肩をすくめつつ、漁師をはじめとした
客達が道化と少女のいるテーブルへと近づいてきた





「定期船を使わずよそから人が来るだなんて
めっずらしー事もあったもんだぜぃ」


「実は私(わたくし)ども、ターバル海域より
漂流の末にこの本島へたどり着きまして」


「そいつぁ大変だったな 所でアンタ
ずいぶんキレイな顔してるが傭兵さんかい?」


「いえ私(わたくし)どもは旅の道化
「神と死神のサイギョーコンビとも言うぜ!」





口の端に煮汁と米粒をくっつけながら胸を張る
グラウンディへ一斉に視線が集まり





『だっはっは!そりゃいいや!!』


客達は、腹を抱えて笑いあう





「教会じゃ死神は亡者の国にいるおっとろしー
ヤツだって聞かされたぜぃ?」


「それが神様と一緒?しかもこんなちっこい神様?」


さっすが道化師!おもしれーコト言うなぁ」





目に涙をためる程笑われ、頭を小突かれて
機嫌を損ねた少女は立ち上がり


自らの力を証明しようとテーブルへ手の平をつける





「すべての―」





が、発動する前に道化がその手をつかみあげ

強く握り締めたため 法術の発動は阻止された





「失礼、この娘は著しく大口で気が短いのです
あまり刺激しませぬよう」


「なっ…つか、手であてて手っ


「ほーう そりゃ大変だねぇ」


「ええ、この島へ流れ着いた顛末の一端も
助手の気性が著しく関わっておりまして」





食いついた常連客へ 彼は自分達の簡単な素性と
グラウンディが式刻法術を使える事


そして島へとやってきた経緯を説明した





…流石に幽霊船でのいざこざを口には出来ないため


誘拐専門の海賊船でひと悶着を起こし
その結末として 海中へ飛び込む形で脱出を果たして


運良く流れ着いた島で筏を作り

方位と灯台の光を目印に到着したのだ、と伝えたが







「そりゃ災難だったな〜筏で本島に来たって事は
村のある島に流れ着かんかったんか」


「ああうん、何でわらるんだ?」


「諸島の村々に居る漁師が小回りの利かん定期船に
変わって、島から島へ客を乗せて運んどるからさ」





再び飯を喰い始める少女へ答えつつ


食堂へ現れた茶色い帽子の老人へ、常連達が
にこやかに挨拶を交わす





「よーヌカ村長!」


「聞いてくれよ、この道化師の兄ちゃんら
筏でこのジュケモ村まで来たんだと」


「この漁師のオッシャンのせーでイカダ流らされたけどな」





指差された漁師と常連は笑っていたが、村長は
呆れたようにため息をつくのみ





「おまいは思い立ったら漁に出るクセと
周りを見ず船を進めるクセをいい加減に直せ
式刻士(しっこくし)のンマウィが心配するだろう」


「やー悪い悪い、お詫びにとれたてのカジャック
振舞っちゃうから許して欲しいぜぃ」


「それを捌くのはここの女将だろうが、全く」





ほお張っていた米を飲み下して、グラウンディが言う





「しっきょくし…って、たしかヤスミラセの
使い手のコトだよな?」


"式刻法術"な」


「おっ!よく知ってんなお嬢ちゃん〜

この島の灯台はいまだ式刻士サマの生み出す明かり
動いてんだぜ?スッゲーだろ!!」


「そーなのか、神スゲーなシッキョクシ!」





感嘆の言葉に 村長や他の面々は満更でもない顔をする





「昔は灯台に専門の式刻士が守人として就くのが
当たり前だったんだが、今じゃ機械のお役目だぁね」


「まーンマウィのジサマもそろそろ年だし これもまた
消えゆく伝統の一つってこった」


「どっかの城みたいに自動で明かりがつけられる
法術具が備えられてるってなら島の目玉になるのにな」


「島の目玉なら、エセル先生に村へ移ってもらって
発明品を作ってもらうとかもいいと思うぜぃ」


「いやエセル先生は偏屈だからなぁ」


「けんどエセル式構造の壁や屋根はドえらいもんだと
大陸でもたまーに聞くぞ?」


「それならフェンダ先生の方が…」


「しかし、あの先生は定期船の事故で」





いつの間にか二人そっちのけで、白熱した議論を
展開していく島民達を尻目に





「住んでた村を思いばすぜ…ごっそさん
よーし食後の甘いロンを」


女主人へ追加注文を頼もうとした少女だが

漁師はその動きを見逃さなかった





「ちょっと待て、それは流石に予算外だぜぃ!


「そっショキョを何フォカカ!!」





頼みこむ少女だが 結局追加注文は却下された





「お宝がななされなきゃ食えたのに…っ!」


「面倒な執着は捨てろ、あの男に憑かれるぞ」


ぎゅぐぐ…神ヒデーめにあったのにわりりあわべー」





騒動で、空いた袋の穴から荷物と路銀の大半が失われ


同じようにどさくさで海中に没してしまったか
片手で数えるほどに減っていた船内の宝も消えた今


彼女に残るのは 苦い記憶だけである







だが 悔しげなグラウンディの放った"宝"の一言に
常連の一人が、思わぬ発言を口にした





「宝かぁ〜なぁ村長?例のお宝でこの村を
どうにか盛り返すことは出来んかね?」


言っただろ、アレは遺言で護ってるものだ
それにあれしきで村が潤うとも思えん」





くたびれた帽子が落ちそうな勢いで
強くかぶりを振る村長だが


周囲の者達は諦めず説得を続けようとする





「そーは言ってもこのままじゃ村は寂れる一方だぜぃ
鍛冶屋の息子も軍のお抱え目指して大陸に渡ったし」


「道具もだが人手も年々不足してんだよな〜」


「コーヒーの生産量も年々少ないし
教会の神父もまだ来ないしさ、いっそ宝を売って」

「その宝のお話、詳しくお聞きしてよろしいですか」





今まで聞き手に回っていたカフィルがくい気味に訊ね


その反応に、村長と客の面々と
グラウンディまでもが虚を突かれた







「…これはワシのご先祖のブブ爺さんから
代々伝わってる話なんじゃがな」





寂れていたジュケモ村に、一隻の小船が流れ着いた


乗っていたのは酷く弱りきっていた水夫で
半死半生だった彼を 当時の村長は手厚く看護をした


その甲斐あって水夫はすぐに回復し


村長へ感謝を示し、小船に積んだ袋から宝を
取り出すとこう言ったのだという





『どうか私をこの島の一員にしてください』





彼のもたらした宝は島と村を潤し、また彼自身も
人当たりがよく労を惜しまなかったため


彼は間もなく村人一同に受け入れられたが


決して、海には出ようとしなかったという





聞けばどうやら怒号と刃が飛び交う
恐ろしい地獄から 命からがら逃れたらしく


海原大きな船を見るとその事を思い出すのだとか





…そんな水夫が、死の床に着いた晩年





ブブ村長へとある遺言を残したという





『アレを、ある場所へ隠した…その場所を
他のヤツには教えないでくれ

アンタにだけ教える だから護ってくれ









少女も常連も漁師も、皆一様に身を乗り出して
村長の話に聞き入っていた





「ほーそんな話だったんか〜」


「代々、遺言でお宝護ってるとしか
聞いてないから初耳だぜぃ」


「何を隠したかは聞いけんのか?」


「いや…ただオヤジがガキの頃に一度その場所へ
行ってみたんだが、そこにあったのは」





ごくり、と誰かのツバを飲む音が聞こえ


全員はヌカ村長の次の言葉へ神経を集中させた







静かだった食堂に、金属同士を叩き合う
甲高い音が外から響いて


直後 少女と道化を除いた全ての者達が
緊張した面持ちで立ち上がった





「来たぞ!奴らだ!!」


続いて聞こえてきた大声に





なんだって!?おい、急いで食料を隠せ!」


「女房や子供らも家に避難させろ!
窓やドアを閉めるのを忘れるなっ!!」



「オイラは船に鉄網を張っとくぜぃっ!!」


漁師と常連達は食堂から素早く出て行った





見れば女主人も、ばたばたと何かに備えて
準備をしているようだ





「なっ、なんだなぶだゃ?テキシューかっ!?」


「ここらは停戦や同盟、貿易の関係で非戦闘区域に
指定されているから他国の侵略は無いが…」





言いづらそうな村長と辺りの喧騒に混じって


聞こえてきた"異音"を、カフィルの耳は捉えていた





「外から見てみるといい
…奴らに見つからんようこっそりな」





促され、そっと白みがかった窓から
外を覗きこんで二人は


鳴らされた"警報"の意味を知った





「え…なっ、何だよリャレ…!」







低く 不気味な羽音を響かせて


黒い煙のような一つの塊が、徐々にジュケモ村を
覆うように広がってゆくのがぼんやりと見える





規則正しいその塊は黒い粒の群れへと変わり


村々の屋根や畑に残る野菜に限らず


壁や窓荷車や船と、人の手が入ったであろう
物質へ手当たり次第に取り付いてゆく


少女の目の前にある窓にも飛びついて

ようやくハッキリと見えたそれは


大人の手のひらほどもある 薄黒い虫だった





「ひゃげいっ!」


思わず反射的に少女は身を引く





するとやたらと立派な後ろ足と顎を
ギリギリと鳴らし 大きな複眼をギラつかせた虫が


悲鳴に反応し、ガツゴツとガラスへ体当たりし始め


周りを飛び交っていた数匹も同じように
窓へ体当たりを繰り返してゆく


統率だった虫達の体当たりによって


たちまちの内に窓は大粒の黒い飛礫を
叩きつけられたような有様へと変貌していった





「まずい、このままでは窓を割られてしまう
女将!板で補強するんだ


「はいっ!!」


「むっ虫なろり窓が割れんの!?」


「甘く見てはいかん!奴らに標的とみなされたモノは
攻撃され食い尽くされる、どんな障害も意味を成さん!」



「それホントに虫あのかよ!?「きゃあぁぁぁ!」





悲痛な悲鳴に、村長が他の窓から外を覗けば


集っている虫の群れの隙間から 虫に襲われ
もがいている青い髪の幼い少女らしい人影が見えた





「あの青い髪は…キュアヌ!?


「おじいちゃん、助けて、たすけっ」





孫を助けたいのは本心だが、自らの命のみならず
食堂に虫を招く危険すらあるため


外へ出るか否か青い顔で逡巡するヌカ村長を待たず





少女と道化は 既に外へと飛び出していた





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」





少女の文言を起因として


荷物袋にあった、ありったけの式刻法術の資料の紙が
次々と炎の塊に変わり虫へと直撃し


道化が油を口へと含み 袖に仕込んだ仕掛けで
生み出した炎へ吹きかけて作った炎の波が

ばらついた虫を払い、或いは誘い込んで焦がしてゆく





幼子に取り付いていた虫達のほとんどが焼き払われ


残る虫の群れも二人を標的と定めるものの
大半は牙を差し込むことも出来ず焼け落ちていく





数が半分より下回った頃


黒い虫の群れが、現れた時と同じような統率の取れた
動きで固まって元来た方角へ戻っていった





「っし、ふゃおっぱらったぜ」


「しかし…著しく奇妙な虫だな」





ぱっぱっ、とローブにかじりつく虫を払い落として
潰すカフィルに習って


グラウンディも自分の服や髪や腕に牙や足を
突き立てる虫を叩き落した








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:企画ネタは基本パラレルなので、本編には
カウントされません


グラウ:いきなりなにんだ?てゆーか何で
手に入れたお宝とか金がなきゅなって神ピンチなんだよ!


狐狗狸:荷物袋の破損とドタバタ騒ぎで、荷物や路銀
手にした宝の大半は海の藻屑となったからです


グラウ:うー…まぁファミスセの本もこれでおじゃんに
なっから、しゃばらく勉強しなくていいけどさ


カフィル:法術で本を燃やしたのもわざとか


グラウ:ちっ、ちげーぎぇお!あれはとっさに
まあ、ちょっぴりやりたかったのは神あるけど


カフィル:…大陸に着いたら覚悟しておけ


グラウ:神を何だと思ってふだー!
鬼!キテツ!冷血道化っ!!



狐狗狸:素性説明で手を離された時のグラウ
女将さんと同じ反応でかーいかったの、に゛っ


グラウ:だああぁぁがれあられあっれあぁ!!




領土化で、ミサン島を含めた周辺の島が諸島となり
各地の漁村に名前がついたという経緯があります


次回、島を荒らす奇妙な虫に彼らが立ち向かう!?