さぁさ乗船、さぁ乗船!


未練の残る吟遊詩人と慌しく別れ


鉢合わせた中年道化師からも逃げ切り
早足の船へと飛び乗った少女と道化


しかしその船は誘拐専門の海賊船


二人の活躍により囚われた者達と捕らえた賊の
立場は入れ替わるものの


戦いで痛んだ船体に彼らの不安が募る


そんな霧も深まった海域に残された海賊船へ
渡された、黒き船からの誘い


探るべく乗った二人を乗せて離れたその船は


幽霊がさまよう 噂の船であった―








その船は優美な巨体と艶やかな黒色をしていた


船首に取り付けられた烏の頭と船の黒色から


神話の時代に存在した、黒羽の烏の名を
想起した者は少なくなく


伝説の烏の名を頂いた船は 人々の希望と
期待を乗せたまま…嵐の中で行方をくらました


後に幽霊船と呼ばれる その船の名は





"ノイル・クォメール"…いまだ地図が定まらぬ頃
測量と安全な航海を目的に造られた探査船」


『さよう、そしてある年の嵐の日
多くの船員と共に姿を消した幻の船じゃ』





波に洗われ、痛んだ甲板が

二人の足音に合わせて不気味なきしみをあげる





「こここころボロびゅねが呪われるユーレイ船ねぇ
言う割りにゃユーレイいねーじゃ…ひゃっ!





言うや否や真横に現れた白いモヤに驚く少女を

先導を務める老女が、くすくすと笑う





『なんじゃ怖がりじゃな、安心せい
ワシらが出来る事なぞおしゃべりぐらいじゃ』


別にびびびてなんかねーし!ビョロ船から
ケムリが出たのかと心配ふぃただけだし!!」





抜け出たモヤは辛うじて人の形を取ると
ふらふらと漂いながら呟いている





『出られない…船から、出られない…おぉ…』





船首から船尾までを一通り見て回る合間





折れかけたマストの見張り台や


当に役割を放棄した
帆の成れの果てであるボロ切れの陰


詰まれたままカビと錆に覆われた樽の上など


あちこちから ひとつ、またひとつと現れるモヤが

少女と道化を遠巻きに伺っている





「なんかどんろんユーレイ増えてきてる…
ちゅかオレら神見られてるんだけど」


『この海域で生者が乗るのは稀じゃから珍しいのじゃろ
ええとグニャウンビー「グラウンディじぇ」





霧が濃いせいか半透明のリンセンやもモヤが一層
黒い船にくっきりと浮き彫りにされ


幽霊船としての気味の悪さを演出していた











〜三十三幕 虚ロイシ老女〜











『まぁ船の中ならどこじゃろうと案内してやろう
…それで、お主らは何をしにこの船へ?』


「少々面倒な事情がありまして」





カフィルから、簡潔な"ノイル・クォメール"
乗船の事情を聞き取ったリンセンは


とても難しそうな顔を浮かべてため息をつく





『災難じゃったのぉ この船に乗ったものは
帰ってこないと言われておる』


「あくまでウワサだろ?そんらららん」


『いいや、これはウワサなどではないんじゃ
れっきとした事実じゃよ





自分よりも小さな老婆のハズなのに


とても重い、凄みを帯びた声色と
真剣そのものの顔つきにグラウンディは気圧される







そんな彼女の側へ、モヤがモジャモジャ頭の
細身の男の形をとって浮きながら近寄ってきた





『船に乗る時…自分の姿が見えたか?』


「おっどきゃそうたってムダだりょ!
そんなモン見えるわきぇねーじゃねーかっ」





必死に恐怖をこらえる少女を見下ろして





『死期の近いヤツは、この船に乗っている
自分の幻が見えるんだとよぉ…!』



男は脅すように言うと、顔を思い切り近づけ
けたたましい声で高笑いした






「うっぶるせぇ!あっちいけぇぇぇ!!」





力任せに男の顔面を叩こうとした少女の手は
むなしくモヤを通り過ぎて行くばかり





「定期船なら、面倒に遭遇する事はなかったな」


お前だってと止めなかったろ!?安かっちゃし
ましゃかユーレイ船に乗るなんて思うかよ!」


「これなら あの難破船にいた方が著しくマシだな」


「オレのせいぎゃって言いたいのかよ!」





涙目で食ってかかるグラウンディをなだめようと


リンセンが 小さな身体で二人の間に割って入る





『こりゃケンカはいかんぞ?仲良くせんと…』


「とべるなバーちゃん!
きょれはコイツとオレの神問題だっ!!」



ケンカならここでなくとも出来るじゃろう!
今はここを出るのが肝心では無いのか!』


「そんなもん言わえなくてもわがって」


叫んだ直後、三発の弾丸が足元の床から放たれ


うち二発が老女の身体を貫通し 残る一発が
少女の足先から左頬を掠めていった





うるせぇ殺すぞ!こっちは二日酔いなんだ!』





間髪入れぬ下からのだみ声があっという間に
少女の怒気を奪っていった







…しかし





『ワシもな、この船に乗る直前
つまらん事でケンカしてしもうてなぁ』


老女はまるで何事も無かったかのように
平然と説教を続けており


キョトンとした青い目で見つめられても





『どうしてあんな事でケンカしたのか今でも
後悔しとるんじゃ、じゃからお主も』






とうとうと語り続け…不思議そうに首をかしげた





『…はて?誰とケンカしたんじゃったかのう』


「いやバーちゃんうぃま銃が、てゆか思いっきり
ユーレイがおそってぎたぞ」


『たまたま銃が暴発でもしたのじゃろ』


「明らかにオレらネバってたじゃ」


遮るように足元から生えてきた剣の刃先
今度こそグラウンディは押し黙る





その沈黙に滑り込むようにして





『…うつく船ちょ…なごろ…宝を求め…』


潮騒を縫って 低い歌声が聞こえてきた





「リンセン様、あれは操舵室でしょうか?」





カフィルの問いにリンセンはひとつ頷く


『さよう』







『残った…員、船長こ…し…しかし死なずに…
船長…石探すけど、哀れ…はぬ…た…』





導かれた操舵室では、モヤで出来た骸骨が
一心不乱に舵を回しながら歌っていた





『取り舵ぃぃ…面舵いぃぃ、憎い…を探しだせ
逃げた…見つけろ、殺せ…殺せ…





途中でちらりと三人の方へ黒い眼窩を向けるが





『オレらの財宝…をぉぉ…奪うヤツは、ゆるさねぇ…』


それだけを言うと、再び興味をなくしたように
舳先だけを見据えて舵を回す





『ワシが船に乗った時からああでな、歌の意味も
いつからああなのかも分からん』


「どりあえず…やる事は決まっばだぜ」





深く息を吐き出し、操舵室から船室へ向けて
三歩ほど歩いてから


勢いよく振り返ってグラウンディは宣言した





このボロ船を出る!ついでおチャカラも
手に入れる!!どうだこの神カンペキ作しぇん!」



「それは"作戦"ではなく"行き当たりばったり"だ」


「だったらどーた!脱出するるために船の中を
うろつくのに変わりないだろ、文句あっが!!」






半ばヤケクソになりながらも持ち前の勇敢さを
発揮していく少女へ





「無いな…著しく同感だ


軽く笑って、カフィルは同意した









船内へ続く戸を開けた瞬間

二人は思わず鼻と口を押さえた





うぼぇ…だに゛ごろにぼい…吐ぎぞヴぉ…」





据えたホコリっぽい空気が充満しており


霧と海の湿気と相まって、相当不快なニオイ
辺りに漂わせていた





「頼むから吐くな」


『難儀なものじゃの』


「どでばっぎゃりは…ヴぁーぢゃんがうらやばしい」





慣れるまで まとっているローブで鼻と口を抑えながら


彼らは手近な船室から順番に調べ始める







船内のほとんどの箇所は散乱していたのだが


荒れ方は大きく分けて二通りであった





ここの船長ったらヒドイのよ?
いいお酒や宝、みーんな独り占め』


風化や腐食 膨大な月日によって少しずつ
元の形が失われたものと





『海の底、海の底の街…海の底、海海海』


刀傷や弾痕、乾ききった血や転がる死体など
人為的な暴力によって破壊されたもの





棚に収まっている本や 海図の類や羊皮紙も


保存状態が悪かったせいか文字が掠れ、或いは
血痕や汚れ 破損がひどくどれもまともに読み取れない





『アナタ、この船が何を探してるかご存知?』





部屋や廊下などで出会う幽霊も





『恋人を探してさまよっているそうですわ…
とっても魅力的で、命よりも大事な恋人を





モヤのままの者や骸骨、生前と変わらぬ姿を取れる者


人種も水夫から商人、ドレスをまとう貴族や
浮浪者と多様であるが





『沈んだ都のお宝が オレ達の運命を変えちまった』


「そのおタタっお宝についておしててくれ!」


どの幽霊に会話を試みても





『止めておけ、あのお宝は恐ろしい…
アレのせいで船長もこの船も…ああ、あの宝が…





どこか話が噛み合わない







『スイマセン船長スイマセン船長スイマセン船長
もうぶたないでぶたないでぶたないで…』





ひどく腫れ上がった顔で、泣きながら
廊下を雑巾がけし続ける少年らしきモヤをやり過ごし


苦い顔をしたグラウンディがリンセンを見上げる





「なぁバーちゃん、ここの船長て
きゃみ悪いヤツだったのか?」


『さよう、よほど評判の悪い船長だったようじゃ
宝を好み 人を人とも思わぬ扱い』


「…ユーリェイじゃなきゃオレがこの手で
神罰を食らわしてやれんのに」


「式刻法術は実体を持たん相手に効果が無いからな」





悔しげに歯噛みする少女は、どうにかして
船長を懲らしめる手段をしばらく考え続けて


ふと、ある事に思い至る





「そーいあ船長がどぅんな顔か知らねーや
バーちゃんはここの船長見たおとあるか?」


『あるぞ、なんせワシがこの船に乗ったのは…』





自身ありげな小柄な老女の


次の言葉を、緊張しながら待っていた彼女は







『はて、忘れてしもうたの』





盛大に脱力してずっこけた





肝ジナんトコでそれかよ!神役立たねー!」


『すまんの年を取ると物忘れが激しいでな
それで、お前さんはなんて名前だったかの?』


「だーあーあグラウンディだってば」


そこで思い余って 倉庫の壁を強く叩き





『ひゃあぁっ!?』





甲高い男の悲鳴と共に入り口近くの樽から
飛び出たモヤに驚いて少女は後退さる





「な、なんだおどょかすなよ!」


ははは話しかけるなよ!海賊どもに
見つかったら殺されちまうじゃねぇか!!』


「もう死んでんばろ てかこれ海賊船じゃねーじょ」


『分かってねぇ!ここは海賊の怨念に憑かれてんだ
でなきゃあんな殺し合いが…ひぃぃ!』





ぶるぶると震え続けるモヤ男を前にして


少女と道化は、顔を見合わせた









『恨んでる恨んでる船長は恨んでる逃げたアイツを
許さないゆるユル許さない許さない』






幽霊船のウワサは事前に聞いていたけれど


どれもこれも、船内の様子や漂っている
幽霊達の会話同様にちぐはぐなものだらけ

こうして実際に船を探索してみても


手に入った断片的な情報からは、一向に
繋がりが見えてこない





『沈む…苦しい、黒い船が、船が…あぁ…





息苦しそうに喘ぐ幽霊を


切なさと、何か別の感情とが入り混じった
面持ちで見つめるリンセン自身に


カフィルはどこか違和感を覚えている





「リンセン様」





呼びかけられ ハッと老女は我に返る





『ああすまん、何を話しとったかの?えー』


「カフィルです 救命艇がある箇所への
案内をお願いします」





有事の際に使われる脱出用の小船は この船にも
いくつか積み込まれていたようだが


長い年月を経てすっかり船体が腐って傷みきり


人を乗せる事はおろか、軽い荒波にすら
耐え切れず砕け散るほどに脆くなっていた





『まっとうな船は 昔ここを逃げたヤツが
使っちまったんだとさ』







広い船内を歩き続けても


脱出の手がかりも、宝も見つからず
目に見えてグラウンディの機嫌も悪くなるが





「づがえだー…もういっそ船止めて
海に飛びきょんだら解決しぱりしてな」


「海域も座標も分からん状態では溺死が関の山だ」


「うー…じゃばこの船で船つくるとか!」


『それはさすがに無理じゃろう』





両者にいさめられ、口を尖らせて閉口する









三人が食堂らしき大きな空間にたどり着くと


血と脂と汚物でドロドロに汚れた長いテーブルに
ついたまま、或いは身を乗り出した白骨数体と


その周りをうろつく数人の幽霊が残されていた





大丈夫か?無理に入る事はないのじゃぞ』


「だ、だだだいびょぶだ 神がきょれぐらいで
おぢっおじげづいたりしないから」





あまりの生々しさに、少女はほとんど
ドアをまたぐぐらいしか移動できず


変わりに道化が 幽霊との接触を避けつつ
食堂内をざっと調べてみたものの


目の前にあるモノ以上の情報は得られなかった





『宝ぁ…宝はオレのだぁ…』


『誰にも渡すもんか渡すもんか渡すもんか』


「これって、宝をうばいわって殺しあったのかな」


「だろうな」





凄惨な場所にい続ける気になれず


立ち去ろうとした二人の耳に、船員らしき
骸骨の呟きが届く







『あの赤い宝石はどこだぁぁ…やっと
やっとあのごうつくオヤジをぶっ殺したのにぃぃ…』


「赤い宝石って、まささ!


声を上げて グラウンディは後悔した





『お前もあの石を狙ってるのか!』


『あの石は渡さねぇ渡さねぇ渡さねぇ』





自分の返事に反応した幽霊達が、血走った目を剥き
悪鬼のようなおぞましい形相で


妙に真新しいピストルや剣を突きつけてきたからだ








放たれた鉛玉が彼女の身体へ食いこむのを


振り下ろされた、道化の右腕が防ぐ





「ドアを閉めろ!」





すぐに反応したグラウンディと、追撃を
右腕で弾き続けるカフィルが食堂のドアを閉ざし


数歩距離を置いた直後





刺突音を響かせ、ドアをいくつもの剣先が貫いた





「…面倒を増やすな」


「悪ぃ、つゅちい」





荒く息をつく少女の、草色の頭を
手の平で軽く叩いて道化は





「まあいい…リンセン様、ご案内をお願いします」


『構わんが どこへ向かいたいのじゃ?』





確信に満ちた色違いの瞳で

案内役を担う 小さな老女を見据える





「ノイル・クォメール号 船長室へ」








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:CFGの世界にカラスは白いのしかいません


グラウ:きゃんり人の世界は逆なんだっけ?


狐狗狸:昔はそうだったんだけどね…最近になって
白いのも見つかったらしいよ?


リンセン:ほほう、それは面白いのう
ところでギャラウイエ ワシのごはんはまだかの?


グラウ:バーちゃんオレの名前グラウンディだかっ!
てかユーレイはメシきゅえねーじゃん!


リンセン:おおそうじゃったそうじゃった


カフィル:…妙に仲良くなったな


狐狗狸:おじーちゃんに育てられた子だから
おばーちゃんにも親しみが持てるんでしょう




幽霊船のウワサは、大体幽霊達の台詞やら
"見たら呪われる"程度の情報です


次回 いよいよ船長とご対面!