さぁさ窮地、さぁ窮地!


悪名と鉄壁の呼び名高き検問所を
いざ通らんと知恵絞り


詩人の説得に快く応じた 美術商の荷に隠れ


国境を越えんと画策する少女と道化と吟遊詩人


されど目論見はたやすく崩れ
四人はたちまち捕らわれた





更に兵達を取り仕切るは

極度の疑心暗鬼を常としている女隊長


そんな彼女が尋問の際、彼らと並ぶ
少女の目つきに敵意があると妄想してしまい


草色の頭へ ためらいも無く剣を向け―








マモット領とギーサ領の合間に横たわる国境壁は

高々と頑強に、双方の領土を隔てていた





連隊が一斉に押し寄せたとて ビクともしない


いつからかそんな逸話まで語られるようになった
その防壁の 検問所を通過する算段が整い


商人の荷台へと潜りこむ直前





「話がありますが、構いませんか?」


吟遊詩人を手招いて、道化師は
声を落としてささやく





「この度の作戦を持ってしても あの悪名高き
検問所を無事に超える事は難しいでしょう」


「その懸念は間違っていないでしょう、私としては
気の良い主人の策が通ってほしい所ではありますが」





ちらりと商人を見やり ほんの少し苦く笑み崩した
吟遊詩人を見つめて


彼の側にいた少女も神妙な面持ちで呟く





「ぶっちゃけオレも神不安なんだぜ、ちょでれだ」


「先程まで助手と少し話をしていたのですが
…どうかご気分を害せずお聞き願えますか?」


「構いません、遠慮なくお話下さい」





柔らかく落ち着いた声音で頷いた詩人へ


道化は、検問所の者達に自分達の存在が
見つかってしまった際





"投獄を受け入れる以外の選択肢"を告げた





「…成功の保証はなく、著しく危険な行為に
変わりはありません」





それは詩人の協力が必要不可欠であり


なおかつ、反乱分子とみなされ場の全員

即刻処刑されてしまう可能性が高い賭けでもあった





「協力願えずとも私(わたくし)はヨハン様を
責める事は致しません」






淡々とした態度で続けた道化師は


説明の合間にも、対面している相手の
表情や態度をつぶさに観察しており


一瞬浮かんだ怯えや 僅かな身体の震えを
見逃さなかった





「…いえ、ただの道化の戯言として
お忘れくださ「何を仰っているのです」





が、彼の言葉を遮って





詩人もまた誤魔化す事無く こう返す





「四人全員で国境を超えるべく、不測に備えて
考えて下さった仲間の案をどうして無碍に出来ましょう」





闘うための力は無くとも 恐ろしくとも

小さく握りしめた手の平を、胸へと当て





「私は来たるべき時に、自らの出番に
声を惜しむつもりはありませんよ」



吟遊詩人は彼の選択肢を信頼した





面同様に冷たく整う色違いの瞳は
その時、確かに和らいだ











〜三十一幕 異常ナ終了〜











「…あくまで見込みが無いのであれば
私(わたくし)は動かずに皆様に従いましょう」


「世界は思うほど暗くはないでしょう、最後の神の
ご加護を信じましょう?もしかしたら無事に
恐ろしの検問所を通行できるかもしれませんしね」


「そーだぜカフィル らりごとも前向きに考えろよ」







無駄に明るい少女の声に応えるように


準備が整った、と商人が彼らへと呼びかける





「おい嬢ちゃん、馬と遊んでねーで早く乗れ」


「遊ねんねー!この馬がきゃ、かむな!
神のカミをきゃむなぁ!いだだだだ!!







乗りこんだ彼らの…彼の杞憂は結果として当たった





しきりに騒ぐ馬が注意を引いて厳しく調べられ

四人は見つかり捕まって





その内、中年の商人は以前も通過した
美術商当人である確認が
正式な書類と検問所の記録によってなされたのだが


問題である残り三人は 隠れていたのと
明かした本来の身分のせいか


何よりも余計に検問所の兵隊達


特に最高責任者である女隊長・ガリフィへ
強い疑いを抱かせてしまい





「何だその目は…?そうか貴様らも反乱分子だな!
さあ白状しろ!さもなくばこの場で殺してやる!!


「グラウンディさん!」





そして尋問中、勝手に頭へ血を登らせた
ガリフィの構えた刀身が


あわやグラウンディの額を切り割る…ハズであった







「なっ、何だ今の…爆発!?


うろたえるな!大方、いや十中八九絶対に
この反逆者どもの仕業に違いない!!」






どよめく部下を叱責し


反射で留めた剣の刃先を グラウンディの
細い喉元へとあてがったガリフィだが





「そうだろう小汚い家畜め白状しろ、さすれば
惨めな命は助け「隊長殿!ご報告申し上げます!!」





行おうとしていた尋問…否、恫喝は


息せき切って駆けこんで来た兵士の一人により
またしてもすんでで止められてしまう









マモット領とギーサ領の合間に横たわる国境壁は

高々と頑強に、双方の領土を隔てていた





連隊が一斉に押し寄せたとて ビクともしない


いつからかそんな逸話まで語られるようになった
その防壁の一部


ラクルオ側を阻む一帯が爆発と共に崩れ


同時に、武装した集団が鬨の声を上げて
押し寄せていた





突然の奇襲に気がつき
詰めていた警備兵らが迎え撃つも


数の多さと降り注ぐ防壁の破片に邪魔されて
鎮圧が困難になっているようで





「現在も混戦している事をお伝えしようと」


先程よりも大きな爆音が まばらな森林を縫って
ギーサ側の検問所へと届く





ええい情けない!汚物の一匹や二匹
我らが兵団の装備と武力をもってすれば早急に
片が付くだろう!さっさと駆逐してこんかっ!!」






再び硬直する兵士達へ、女隊長が
細い目玉と大口から歯茎を剥き出して怒鳴り散らす







青い目を動かし グラウンディが側のヨハンへささやく





「つまり、もうひゃたっぽの国境
戦いが起きてんのか」


「そうなりますね…これは偶然なのでしょうか?」


「そこまでは知らんし分からんな、反乱だの
何だのには興味ないからワシ」


二人の会話に、同じように縛られたままの
商人が独り言めかして加わる





「何かご存じだったのですか?」


「ウワサぐらいはな…何にせよこの分じゃ
この領地は、もう長くはないだろうなぁ





どこか残念そうなその一言は


グラウンディとヨハンに
ユジアムでの一件を思い起こさせた









元々 マモットの領民は長く不満を抱えていた


旅の道中で聞いた暴動の噂
時折見かけた殺伐とした雰囲気の人物も


募り募った不満が顔を覗かせたに過ぎず


今のこの騒ぎも、その一つでしかない





けれども…二人はふと考えてしまう





「もしかしれ、最近ここらが神ぶっそーなのは
オレらがあの大臣やっつけたからか?


「グラウンディさん、流石にそれは」


考えすぎだ、と笑って否定できない程度には

ヨハンもまた場の空気に呑まれつつあったが







服の裾をカフィルに引かれて 我に返る





…口を閉ざしたままの彼は、素早く
右往左往する兵達と、怒鳴り散らすずんぐりとした隊長


そして視線を向けた二人へ目配せした







「何をぐずぐずしている…貴様らも反逆者の一員だな!


「滅相もございません!」





滑稽な検問所でのやり取りから、間を置かず


起こった三度目の爆破音と振動に怯えた馬がいななく





より近くで起きたそれにガリフィと警備兵は殺気立ち


商人は冷や汗かきつつ馬の安否を気に留める







「…ひまでゃカフィル!」





小声を合図に、少女の背後へ回ったカフィルが


荷台に紛れる直前に飲んでいたナイフを 喉から吐く


落下する剣の柄をスレスレで受け止め

縄を切ったグラウンディに気づき


「私の許可なく動くな反逆者がああぁぁぁ!」





納刀していた剣を引き出しつつ、ガリフィが迫る





「づあわがわががががが!」


真っ青になった商人が引きつった悲鳴を上げ
後ろに這うようにして後ずさり


悲鳴と異様な雰囲気に 兵士達の注意も
ちらほらとそちらへ向き始め





突き出された切っ先が、少女の残像を貫く





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」





足元からの声に反応するより早く


屈んだ少女が触れた無機質な石床がうねり


すさまじい速度で生えた石のツルが
女隊長の巨体を絡め取り、その場に拘束する






「うぐあっ!?」


苦痛に負け、手放された剣が音を立てて床に転がる





「隊長殿っ!」


「き、貴様何のつもり「かっぺり動くな!」





兵士達へグラウンディが睨みを利かせている間に


あっさりと縄抜けしたカフィルが
他の二人の縄も解いていく





あがあああぁぁ゛あ゛ぁあ゛ああ゛あ゛!

離せ薄汚い犯罪者どもが!式刻法術を使い国境を壊し
検問所の人間を皆殺しにし見せしめにする気だな!!」



知らねえっつーの!てゆか勝手にオレらを
ハンジャイシャにしてんじゃねーよ」


「ドブ臭い口を利くな下等な小娘め!満足に呂律も
回らぬ分際で息をするなど万死に値する!!」



「はぁ?うっべしぇーんだよ神デブ!
神にむきゃってオーボーな口きくんじゃねー!!」






必死にもがきながら、目を血走らせ

口角泡を飛ばしてガリフィは喚き散らす





おのれおのれお゛の゛れ゛ぇぇぇ!
私をガリフィ=ムゲマと知っての狼藉か!!



必ずや必ずや貴様らを差し向けた人間を
必ずや血祭りにあげてやる!何をしている!
今すぐこの汚物共の両手両足を切り落と」






唐突に響いた 場違いな竪琴の音に





半狂乱だった女隊長は、思わず命令を中断し
首だけを音の方へとひねる





「誰だこんな時に楽器などを鳴らす愚かな」


無礼をお詫びします しかし貴女に怒りと憎悪は
似合いません…どうかお気を沈めて私の話を
聞いてはいただけませんか?」


小脇に竪琴を抱え、軽やかに歩み寄るヨハンを目にして





肉に埋もれそうな糸目が限界まで見開かれた





「国を愛する忠義の高さと他者への恐れから
人を突き放してしまう孤独、それも貴女の世界でしょう

ああ…しかしどうかそれだけに囚われないで」





こなれた仕草で細い指先が心地の良い旋律を奏で





「貴女の瞳に映る世界は美しく、そして貴女の
世界もまた 輝きを秘めているのですから」



流麗な竪琴の調べに負けぬ、張りのある
落ち着いた声で 歌うように語られる台詞は


歯の浮くようなモノでありながら真剣で





「私は 貴女のありのままを歌い上げたいのです」





トドメに、しっかりと見据えられた瞳からの
熱視線を至近距離で受けたガリフィは


声にならない呻きを上げて硬直する





その顔は、ゆでダコの如く真っ赤だった












マモット領とギーサ領の合間に横たわる国境壁は

高々と頑強に、双方の領土を隔てていた





連隊が一斉に押し寄せたとて ビクともしない


いつからかそんな逸話まで語られるようになった
その防壁の崩壊を目論んだ破壊活動は


三度目の爆発を皮切りに治まっている





だが交戦状態はいまだに続いているらしく

時折、風に乗って叫び声が聞こえてくる







生々しく抉れた箇所が目立つ壁から


一台の馬車が、四人と積み荷を乗せて離れてゆく





「ったく神キミョがひひひひへたぜ」


"肝が冷えた"ってんなら、そいつぁ
ワシの台詞だぜおチビちゃん」





荷台の少女へ、手綱を握る商人が
前を向いたままで不満そうに答える





「著しく面倒をおかけし、申し訳ありませんでした」





丁寧に謝る道化師をちらりと見やって


彼は、深い深いため息をついた





「…本当にな せめて事前に言っておいてくれよ」







予想していた形とは大分違っていたものの


誘惑…もとい交渉は成功し、女隊長は
強い疑心暗鬼と乙女心に挟まれて完全に思考停止し


部下の兵達もまた急激な展開について行けず


人質同然の状況に置かれた上司を助けるべきか


ラクルオ側での暴動へ加勢すべきかで
判断をつけかねたまま 棒立ちしていた







皆々様方!何を迷う事があるのでしょう」





そこへ、道化の弁舌が滑り込む





「我ら旅一座が契約により同行したこのお方は
先程も申した通り、以前正式な書面を持ち
この検問所を通られた美術商」






へたりこむ商人を芝居がかった仕草で示し





「手荒き真似をした非礼はお詫びいたします
しかし、今は一刻を争う非常な事態





あらん限りの美辞麗句を尽くして

隊長を口説き落す吟遊詩人の邪魔をされぬよう


さりげなく周囲へ気を配り、兵士らの視線を
商人や自分へ集めつつ彼は続ける





「どうかこのまま私(わたくし)どもを
見逃していただければ、大人しくこの地を去りましょう」


「か、勝手な事を申すな!貴様らに交渉の権利などが」


「余計な争いで血を流し、面倒を増やして
由緒ある国境に何かあってはそれこそ互いに不幸」



冷ややかな返答に、口を挟んだ兵士がたじろぐ





ニッと唇を小さく歪めて





「認可のある商人と 旅一座風情を通した所で
貴方がたの忠誠心に傷などつきようが無いでしょう」






言いつつ向けられた焦げ茶と鈍色の瞳に

釣られるようにして、兵士達の視線も動く







「どうか通してはいただけませんでしょうか?」





説得の終わりに、吟遊詩人へそう訊ねられ


石のツルから解放された隊長の巨躯へ
すがるような視線が集まる





「が…ガリフィ隊長!


「隊長殿!ご指示を!!」


「え、あ、ああ、うう…」





目を白黒とさせた彼女が最終的に下した判断は





「…い、今は国家の非常事態だ!
このような者どもに構うヒマなど我らにはない!!





"厄介払い"という名目でのお目こぼし


…つまりは、ギーサ領への通行許可であった





検問所を任された 彼女の命令は絶対


反対や不満があろうとも意見はおろか
面に表す事さえも許されず


兵達は無表情を作って命令に従わざるを得ない







しかしながら…検問所を通過する最中


とても小さな安堵のため息が数人分吐き出されたのを
道化は、確かに耳にしていた









小刻みに揺れる荷台に腰かけながら


国境を名残惜しげに眺める詩人へ、彼は言う





「ヨハン様、面倒極まりない事にご協力いただき
本当にありがとうございました」



「とんでもない お礼を言いたいのは私の方です
無事脱出が叶った上、貴重な体験もしたわけですし」


「…お役に立てたのならば幸い」


「それにしても、ぎゃーすか騒いでた
おっかない隊長さんを大人しくしちまうとはな」


「愛と誠意を持って語りかけたまでですよ」





そう答えたヨハンの口調はあくまでも

そして、どこまでも本気であった





「もひゃひゃ神ソンケーするわ お前」


残る二人も、頷く形でグラウンディに同意した








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:口説き落しと舌先三寸、あと偶発的な
騒ぎも幸いして どうにか国境通過しました


カフィル:…著しく面倒な女だったな


狐狗狸:強すぎる被害妄想・悪意に倍以上返し
王家の血縁と上官のカルテットだからねー
逆らったらたいてい首が飛びます


グラウ:神サイアギュだな、あのデブの部下に
なったヤツはかわいそうだぜ


ヨハン:暴君とも呼べる彼女の世界には
興味が尽きませんが あの場でのやり取りは
希少かつ人生最大の危機とも呼べる経験でしたね


カフィル:甚だご面倒をおかけしました


グラウ:ってオレりら何にもないのかよー


狐狗狸:はいはいよく頑張りました(頭撫で)




決起した反乱軍の結末と、もう一つの検問所
"とある少女"の関与についてはいずれまた


港町にて、来たるべき別れと望まぬ出会いが訪れる