さぁさ曇天、さぁ曇天!


伝説と呪いが息づく村で起きたのは
とても悲しき事故だった


親代わりの師を弔った愛弟子と別れ


湖畔の村を後にした旅芸人一座は


不穏な気配広がる、やや広い領地を
駆け足気味で進みゆく


そしてぐずつく灰空の下


目指す国境は 目の前に―








マモット領とギーサ領の合間に横たわる国境壁は

高々と頑強に、双方の領土を隔てていた





連隊が一斉に押し寄せたとて ビクともしない


いつからかそんな逸話まで語られるようになった
その防壁の、検問所を望める丘の上





「流石に…一筋縄ではいきそうにありませんね」


高く生える木々の、枝葉の間に
身を隠しながら ヨハンが呟く





「やはり警戒の緩いラクルオ側から行くのが
安全なのではありませんか?」





続くカフィルの言葉へ、きっと目を吊り上げて
不機嫌そうにグラウンディが返す





わじゃじゃじゃ遠回りしてられっかよ!
ここまで来んのに相当時間かかろかってんのに」


「責任の一端はお前にあるんだが?」


「カフィルさんが不安に思う気持ちも分かります…
ですが危険を冒してでも私は ここを通りたいのです」





済まなさそうに少し下の位置にいるカフィルへ
そう言ったヨハンは


ぐっと視線を 国境のはるか先へと向けて





そう!"幽霊船"とかの有名なサーカス団
"スバリャーモテ"と遭遇できる好機があるのなら!!」



キラキラと目を輝かせながら力強く宣言する





ユジアムからひたすら南へ進むにつれ
不安定な領内の情勢と増えつつある内紛の話題を


彼らは情報収集の度、嫌と言うほど耳にした





そんな物々しい話題の中での つまみ程度に語られた


ギーサ領の港での"幽霊船"目撃談と


同じくギーサ領内に かのサーカス団
公演にやってくる話は


吟遊詩人の好奇心へ見事にをつけ


すかさず行われた熱意たっぷりの説得により


押し切られる形で一行はギーサ側の検問所へと
辿りついたワケである





「あにょデブは神どーでもいいとして
ユーレイ船は楽しみだな!まー悪人のユーレイなら
オレが残らず倒してやるじぇい!!」





などと口では勇ましいコトを言うグラウンディだが

足の辺りはちょっぴり震えていたりする





何か言いたそうに二人を眺めていたカフィルは


結局面倒になって…ため息だけついたのだった











〜三十幕 異常ナ防衛〜











唯一神・最後の神(アンディエ)が天へ還り


"スコール暦"と定められた時が2048年と
移行するまでの長い長い空白の合間


争いにより、栄えて領土を広げた国もあれば


敗れ去り 或いは衰えて滅んだ国もあった





そして戦火が収まり国による統治が行われ


結果、複数の国によって納められている
大陸も存在する事となる







デュッペもその一つであり


海を隔てた本国から遣わされた数名の領主によって
境界を設けられ、統治がなされていた





中でも軍需により勢力を拡大し、大陸の三分の一を
占めるようになったマモット領は領地を越えての
不当な圧力や犯罪組織との癒着が以前よりささやかれ


半ば強引に 国同士同盟関係にあるギーサ領とラクルオ領の
領地を一部遮るように領地化したせいもあり


双方…特にギーサとの関係は良好ではない





更には領内での空気が物騒になったのも相まって


マモット領とギーサ領の合間に横たわる国境壁は

高々と頑強に、双方の領土を隔てていた





連隊が一斉に押し寄せたとて ビクともしない


いつからかそんな逸話まで語られるようになった
その防壁の警備兵がひしめく検問所にて


通行を咎められた若者二人組が縄打たれ


硬い表情をした警備兵に取り囲まれて
詰問を受け続けていた





何かの間違いですって、オレ達はギーサ領
ヴァスカ卿の正式な使者で」


「口だけならば何とでも言えよう、貴様らが
真実を述べているという証拠はどこにある?」


「使者と言うのなら 正式な証書なりなんなり
示して見せたらどうだ?」


「だから積み荷共々 盗賊に奪われたんですよ!」


「もういい黙らせろ」





鋭く甲高い声に、若者達だけでなく

問いかけている兵士もびくりと肩を震わせる





「た…隊長殿、申し訳ありません!」







縛られている彼らは、振り返る兵士の肩越しに





鎧に身を包んでもなお 醜悪に肥え太った身体を
のそりと動かし椅子から立ち上がった"隊長"と目が合う





「こんな胡散臭い男どもにいつまで時間をかける気だ
貴様さては私を失脚させようと画策する反乱軍の


「そそそそんな事はございませんガリフィ隊長!







居丈高に部下をなじる"隊長"を、兵隊達は
必死になって宥めにかかる


その声と姿を注意深く観察し


"隊長"が女性である事に気がついて
目を見開き、二人は呆然としていたのだが





一人が…こっそりと眉をしかめて悪態をつく





「…"ガリ"フィってツラかよ」


隣の若者と、側にいた兵士の一人が思わず
そのセリフに吹き出してしまった直後







「貴様ら…今何と言った?」





耳聡く聞きつけたガリフィが、肉に埋もれかけた
陰険かつ鋭い視線を彼らへと浴びせる





「私の身なりと性別とを罵り嘲笑った
いや私個人とマモット領、否!否否否っ
我が国の崇高なる理念を侮辱した!



「はぁ!?アンタ一体何を言って」


黙れ黙れ!貴様らは私を血祭りにし この国境線を
崩壊させ国家転覆を狙っているに違いない!!」






肥えた丸顔を赤くし、すっかり飛躍した妄想
囚われたガリフィは


目を三角に吊り上げて 若者二人と
笑ってしまった兵士とを指さして高らかに命ずる





「反逆および侮辱罪につき、この二人と共に貴様も
投獄のち手ずから粛清してやる!連れていけ!!」



「そ、そんな!隊長殿、お慈悲を!!


おいちょっと待てウソだろ!?待ってくれ
オレ達は本当にヴァスカ卿の使いなんだ!!」





叫ぶ三名を他の兵士が無表情で取り囲む





ふざけんなクソデブ!テメェ何してるかわばっ」


更なる暴言を吐いた若者が 胸への一突きを受け


それきり三人は、静かになった





「薄汚い反逆者の血で汚れた…取り替えろ





ガリフィから差し出された鮮血滴る剣の柄を


兵士は、血の気の引いた顔で受け取る







マモット領主をデュッペ大陸へと遣わせた
ニムスボス国王家との血縁があり


直々に国境警備兵 統括を任命された彼女こそ





国境通過において最大の障壁である









「かの女性隊長が就任してから、あちらの
検問所での投獄者と処刑者は後を絶たぬとか」





双眸を検問所へ向けたまま淡々と語る道化師へ


枝へ手をかけ、身を支えた姿勢を保ちながら
吟遊詩人は訊ねる





「誠意をもって話し合うというのは…やはり
難しいものでしょうか?」


「状況が状況です、正式な身の証を立てられぬ限り
不審に思われ投獄されてしまうでしょうね」


「だら あの壁ぶっこわして通ろうぜ!」


「…どうやってだ?」


「そりゃオレの神チアラとかお前のもっちぇる
バクダンとかで何とでも」


「壁が壊れる確証は著しく皆無、何より
行動を起こすには壁へ近づく必要がある」


「破壊工作としてはこの上なく目立ちますよね」


仰る通り…破壊に成功したとしても
捕まるか、最悪その場で処刑がオチだ」


「じゃ、じゃあトンネル!しちゃから
トンネル掘って通りゃいい!!」


「残念ながら、それもあまり得策とは言えません」





めげないグラウンディの立案を、今度は
ヨハンが否定する





「国境へ敷かれた壁の構造や、検問所の内部が
不明のまま地面をくり抜いては危険な場所に
繋がってしまう恐れもあります」


弱気になんじゃえーよ!たとえテキんトコに
飛びこんだってオレがいりゃ一発で」



「掘った瞬間、生活下水が流れこんだら
トンネルで溺死するかもな 一発で」





言わんとする事が理解できても

諦めきれず歯噛みする少女の尖った耳元へ


樹上にも関わらず器用に身を屈めた道化がささやく







「学ばんヤツだ、あの街での面倒事を忘れたか」





言いながら同時にヨハンを視線で差され





「わーったよ…タタタいになったら
ヨハンがアブねぇもんな」





グラウンディはしぶしぶ強硬策を引っ込める











マモット領とギーサ領の合間に横たわる国境壁は

高々と頑強に、双方の領土を隔てていた





連隊が一斉に押し寄せたとて ビクともしない


いつからかそんな逸話まで語られるようになった
その防壁の、検問所を望む丘に生えた木から降り





三人は話し合った末




"ギーサまで通行する用向き"がある"正式な身の証"
立てられる人物を見つけ


金銭を支払った上で、何かしらの理由をつけ
同行させてもらう事で 国境を通過する計画を立て


一旦 近くの町まで引き換えすと


条件を満たす相手の捜索と 交渉を開始した





冗談じゃない!そんな危ない橋が渡れるか」


「いくら金摘まれたって あそこの役人に
睨まれるよーな真似はゴメンだよ、悪いね」





都合、何人かに断られはしたが…







「引き受けて下さったアナタの慈悲に感謝します」


「まあ、アンタの話にゃそれぐらいの価値が
あるからな…その代わり約束忘れんなよ?





ヨハンの熱心な説得(&熱光線)によって


曇り空に夜の帳が降りはじめる前に


条件に見合った一人の商人を 協力者に
率いる事に成功したのだった





恰幅はよいが旅慣れた格好で馬車を引く彼は


ギーサ領にて組合の元、正式に商売をしている
美術商で ユジアムからの商談帰りらしい





さすぎゃはヨハン!神スゲーなお前」


「大した事はしておりませんよ…それでは
私達は、従業員として「ちょい待ち」


吟遊詩人の言葉を遮り、商人はちちちと指を振る





「悪いがそいつぁオススメできねーな」





検問所を通過した彼の経験則によれば


現地雇いの人間は怪しまれやすい、との事





「本人確認やら通行理由やら そりゃもー
しつこいくらい訊ねられるからな…」





よしんば許可されても 些細な事で咎められたら最後


例え粗相をしたのが一人であっても
身分関係なく投獄は免れない
とか





「以前ならそれでも金を積めば何とかなってたが…
最近じゃそれも効くかどうか」


うえぇっ!?て、てかオッサンままか
オレらを連れてくの断ろーってんじゃ」


「心配すんなって!安全に抜けれるように
ワシにいい考えがあるから!!」





…そして、ドヤ顔で宣言した商人の案が


"荷物に紛れて潜む事で通過する"だったのだが







検問所にてあっさりガリフィに疑われ、ねちっこく
荷物検査されてバレてしまい


見事に四人全員が縄打たれてしまった





「申し訳ありません 見つかってしまいました」


「オッジャンを信じたオレがバカだった…」


いやワシだけのせい?見つかったのも
ウソを突き通せなかったのもお前さんじゃろ」


「いやだってオッサンのメイって
いきゃなり言われても対応できるワケ」


「口を慎め貴様ら!」





鼻先に突き付けられた怒号と、真新しい剣先
商人は短い悲鳴を上げて口を閉ざす


少女も同じように口をつぐむも

青い二つの瞳は、不満そうに相手へ向けられていた





「何だその目は…?そうか貴様らも反乱分子だな!
さあ白状しろ!さもなくばこの場で殺してやる!!





ガリフィが、その白いノドへ剣先をあてがう





「グラウンディさん!」


「どうした何か言ってみろ!!」





女隊長は、捕えられ並べられた四人の態度が

心底気に入らなかった





震えている商人は…内心で自分を
せせら笑っているようにも見えたし


捕えられてから一言たりともしゃべらない
銀髪の男も 徹頭徹尾疑わしく気味が悪かった


やけに美しい長髪の"自称"吟遊詩人さえも

おべっかの裏側では自分を貶める算段でも
考えているに違いないと断定しているが





何よりも自分に命乞いもせず…どころか
"殺す気満々で視線を飛ばす"十代前半の少女こそが


一番癪に障り 同時に恐ろしいと確信していた





そんな妄念が思考を埋め尽くし







「何故黙っている!その態度にその邪悪な殺意!!
子供と言えど到底許されぬ!!死して詫びよ!!



向けられた"敵意"に過剰反応したガリフィは


剣先を高くかかげると、口を堅く結んで
身体を強張らせた少女の 草色の頭めがけて打ち下ろす






容赦ない刃先が額へと届きかけた瞬間





遠くからの爆音と振動が検問所を揺るがし

少女の惨殺へ 待ったをかけた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:なるべく早めに国境越えして、さくっと
次の話へ進めたいです…秋が本格的に来る前に!


グラウ:だっららグダグダだらけてねーで
話書きゃよかっきゃじゃねーか


狐狗狸:うん、毎度ながら自分でもそう思う


カフィル:行き先がラクルオなら、あの領主の娘に
同行するだけで済んでいたのだがな


ヨハン:その選択も魅力的ではありました…

ですが、恐ろしき亡霊の船を目にしてみたい欲求と
かの著名なる道化師と交流出来るかもしれない
可能性への期待には抗えなかったのです!


グラウ:うわ、いつみょより目が神割増しで
生き生きしてる すっげまぶしい


狐狗狸:こうなるとしばらく止まらんのだよなー


カフィル:言っておくが面倒はごめんだ




名前だけのラクルオ領、実は短編でのキャラと
絡んでの無駄設定があったりします


次回 四人の行く末はどうなるのか…!?