さぁさ急変、さぁ急変!


モイロの村に隠されていた洞窟にいたのは

村に災厄をもたらす人喰いの怪物


洞窟に落とされ、怪物の顎(アギト)から
逃れた道化師と盲目の娘


二人は怪物を手なづけ 自らの利のため
使役していたのが村長の息子と知る


そうして彼に蹴落とされ


いまや道化師は 怪物どもの真っ只中!―








半月状の広間でつい先程までスタブレットだった
肉塊にむしゃぶりついていた二匹の獣は


ヨダレを滴らせ 新たに引き落とした新鮮な獲物


―すなわち 自らの間に位置するカフィル
狙いを定め、唸りながらにじり寄る





「さぁーて見物だ、アンタはさっきの
祈祷師野郎よりは長く生き延びてくれよ!!」





アリンの言葉を合図に怪物の一匹が行動を起こす





鋭利な自らの角を武器に、目標へと突進する
怪物をかわした直後


横合いから薙がれた爪が道化師を襲う





それを屈んで回避し すかさず立ち上がって
投げナイフで応戦するも


大して刺さらず、僅かに動きを鈍らせるのみで


怪物達の猛攻は止む事なく続けられる





「連携を取れるのか…面倒だな」


『とか言いつつ遊んでんじゃ〜ん、なぁなぁあ
サクっとアレで決着つけちまえよぉ?』


「…黙れ」


気ぃ取られててい〜のっ?ほら、あのお兄さん
オモシロそうなことしてるよぉ〜?』


言われて、反射的に視線を向ければ


見下ろすアリンの腕には いつの間にか
気絶したレミィが抱きかかえられていた





それが、彼の意識を刹那化け物から逸らす





迫った爪に気付いた時には遅かった


回避は間に合わず カフィルの胸に深々と
突き立てられたカギ爪が服を裂いて







―硬質な鋼にも似た音が響いて、爪の破片が散った











〜三幕 赫キ道化師〜











「"ヴッ、ヴォォォ!?"」


何だ?!何が起きたんだ!!」





戸惑う怪物と、アリンを意に介す事なく

距離を取ってため息をつく道化師





「直しがいるな…面倒な」





しかし、それで獣は諦めようとせず
再度獲物へ喰らいつこうと牙を剥きだして飛びつく


スレスレで見切って回避し、投げナイフを
眼球へ向けようと右腕を構え







左側からの角の一撃がカフィルを掠める





「くっ!」





突き立てられる爪を引き剥がし、怪物の眼球を
どうにか片方潰す事に成功するも


背後に残る一体が圧し掛かって


肩に両腕をかけると地獄の如く暗い口を開き





「しまっ―」


言葉半ばで銀色の髪が、こげ茶と鈍色の瞳が
片方だけの筒状ピアスが順繰りに飲まれる


首元までがすっぽりと獣の口へ治まり


瞬間 咥えられた相手の身体が弛緩する





ガギゴリ、と噛み合せた歯から異音を響かせ


彼の身体が崩れ落ちると同時に…怪物は顔を歪め

噛み千切った頭部を勢いよく吐き出す


唾液まみれのそれがごろりと地面に転がって





「っはははは!やったぞ、死んだ!ヤツは死ん…」





嬉しげに笑うアリンの表情が 固まる







道化師の身体からも、首の断面からも


怪物の口元にも…一滴として血が見当たらない



おまけに、いつもなら死体へ群がるハズの獣が
いやにあっさりと引き下がっていて







「…ここまでやるとは正直 予想外だな」







転がった首から聞こえるはずの無い男の声で呟いて


思わずアリンは自分の耳を疑う





出し抜けに、同じように地面に転がっていた
首無しの身体が起き上がり


その両腕が首を掴み…元の位置へとくっつける





「おかげでこちらも本気を出さねばならん
全く…著しく面倒この上ない





言葉を紡ぐ間に繋ぎ目が微かに赫(アカ)く輝いて


元通り首を繋ぎ直した道化師が、体勢を立て直し
改めて二体の獣へと対峙する





「な、なななっな…何なんだテメェは!!?


「言ったはずだ "道化師"だと」





端的に言い放たれるが、アリンの恐慌状態は
いまだ極限に達したままだ





しかし彼には相手の動揺など待つ謂れも道理もない





カフィルが右腕で左耳のピアスへと触れ


その状態で勢いをつけて腕を振り下ろした直後





赫く彩られた禍々しい一振りの大鎌が出現する





「さて…終わらせるか、怪物ども


「「"ヴブモォォオォォォオォ!!"」」





本能的な恐怖からか 張り裂けんばかりの
雄たけびを上げて二体が一斉に突撃する


そこには先程までの連携は微塵も無い





迫る巨体と爪を、道化師は避けるまでも無いと
言わんばかりに待ち受け引き付けて







一体へと詰め寄り 無造作に鎌の刃を薙ぐ





ただその一回で、角を生やした獣の太い首が
血飛沫をまといながら宙を舞う





勢いを殺さぬまま斬りつけられた二体目は

寸前で踏みとどまって距離を取るが





逆に道化師に踏み込まれて


咄嗟に爪で迎撃するも、鈍くなった腕を切り落とされ





次の瞬間には 頭から二つに断ち割られて

重そうな音を立てて血の海に倒れる







「そ…そんなっ、バカな!!





顔面蒼白となったアリンの眼前へ


広場から傾斜を駆け上がって来たカフィルが立つ





「どうして首がくっつくんだよ、っどうして
アイツらの爪や牙がきかねぇ!?

なんで首が取れても血が流れねぇ!!



「俺の身体は仮初め物の紛い物…鋼鉄製だ」


「う…嘘だ!さっきナイフで刺した時にゃ
確かに肉の感触がしたじゃねぇか!!」


「それなら、答えはコレだ」





ぐい、と長い袖がまくりあげられて

さらされた左腕を覆っているのは


通常の皮膚よりもずっと薄い肌色の膜


それを透かして赤い筋肉と白い骨


そして、アリンにつけられた刺し傷が
この上なくハッキリと見えた





ただし…流れているはずの血は一筋すらも見当たらない





「ひっ…ば、化け物!


「ソレを使役していた貴様は、何だ?」







ウンザリと言いたげな道化師を相手に


追い詰められた男の取った行動は
あまりにも、単純にして明快





くっ来るな!動くんじゃねぇぞ化け物!
こ、この女がどうなっても」



抱えていたレミィの首筋へナイフをあてがい
宣言したのも束の間





「著しく遅い」





一息で距離を狭めた彼の、鎌の一振りが


ナイフを手にした右側 死角となった
脇腹へと刃先をめり込ませる



「あぎぃっ!」





さほど深くない刃が横へと滑り、鮮血が数滴零れ


同じ色に輝いた鎌が…道化師の腕から消える





数瞬遅れて アリンはナイフとレミィを取り落とし

息も絶え絶えといった体で倒れこむ





いぐっ…い、痛い…目がかすむ…!」


「安心しろ、傷は浅手だ…
最も、しばらくは立てんだろうが」





呟きつつ 彼は少女を抱えてアリンから引き離す





「オレに…オレに、何をした…!?


貴様の体力を奪った それだけだ」





冷淡に放つ道化師を睨みつけ、アリンは尚も
立ち上がろうと腕をついて 無様に倒れこむ





「くそっ…くそくそ化け物…!その女に触れるな
それは、オレの女だ…!!





ギリギリと歯軋りをして、獣のような瞳で

アリンはナイフを手にとって身を起こし―







『ありゃりゃ〜、そんな灯りしか生み出せない女
放って逃げりゃいいのにさぁ〜お兄さん?』







唐突に 前触れも無く現れた黒い影に驚き、硬直する





「だ…誰だよ、テメェ…?」





呆然とした相手へ、影は愉快さを含んだ
どこにでも転がっていそうな軽い声音で答える





『ああオレ?いわゆる"邪神"って奴だけどぉ?』


「じゃ…邪神ん…?!


『そっ "エブライズ"っつ〜の、ヨロシクゥ♪』


「…嘘だデタラメだペテンだ詐欺だ、神なんて
おとぎ話にしか有り得ないモンがいるわけがない
あるハズがない存在してるわけがねぇぇぇ!!






そして喉が壊れるほどの咆哮を上げて、アリンは
ナイフを必死で振り回す


切っ先が当たって影は無残に千切れ





あららぁ〜嫌われちった、つっまんねぇ』





呆れたような声音を残して消える







代わりにレミィを退避させたカフィルが
詰め寄って、ナイフを叩き落して捨て


そうして男の襟首をつかみ…低く宣告する





「さあ、罪を償ってもらおうか」


ひっ…こ、殺さないで…!」


「選択肢は二つだ ここで死ぬか
俺達を外へ出し、しかるべき裁きを受けるか」


「…わか、分かりました…案内します
ここから出られるようにします、だからどうか」


「いいだろう」









傷ついた自らの左腕に簡単な処置を施し


体力の回復を待ってから ランプをかざした
アリンを先頭にレミィを抱えて道化師は歩き出す





半月型の広間を囲む傾斜に沿った通路を進み





いくつか開いた道の、一番端から二番目で
彼らは足を止める





「こ…この先を真っ直ぐ通って、突き当たった
分かれ道を右に曲がれば…出口です」


「そうか…よし、進め」





肩で息をしながら アリンは頷いて







「…なぁんてなぁ!行かせるかよバーカっ!!





振り向き様にランプで道化師の顔面目掛けて
殴りつけようと試みる






けれども大降りのその動きは身体を横へと
ずらす事で簡単にかわされてしまい


勢い余ったアリンは、足を滑らせ転落する







「くっくそ…!テメェ待ってろ今すぐ殺し





身を起こした彼は 背後からの吐息に固まり


ゆっくりと…振り返る





そこにはいつの間にか、数本のナイフを
身体に生やした一体の獣が佇んでいて


ヨダレを流しながら男の両肩へ爪を立てる





ひぎっ!や、やめろよお前オレをどうする気だ
オレの命令が聞けねぇのかおい、ヤメロおぉぉぉ


尾を引いた悲鳴は、怪物の口中へと飲み込まれ





奇しくもアリンは 生贄達と同じ末路を辿った…












村からはやや離れた外れの森にて、彼女は
ようやく意識を取り戻す





「う…ここ、は…?」


「気がつかれましたか?」





ハッと顔を向けるレミィへ、ローブをまとうカフィルは
柔らかな言葉遣いで語りかける





「ご安心を、ここはもう洞窟の外です」


「あのっ…アリンは、彼は…?」





少し間を置いて 道化師は答える





「残念ながら、アナタを助け 死んでしまいました

…彼がいなければ私(わたくし)どもは洞窟を
さ迷う羽目になっていたでしょう」


「…そう、ですか」


「さて…アナタはこれからどうします?」







うつむいていたレミィは、そこで顔を上げて


悲しげに…けれども小さく微笑む





「私は、村へ戻ろうと思います
…お父様の眠っている、あの村へ」


「…かしこまりました」





彼も返すように 道化らしい微笑を浮かべた









盲目の少女を送り届け、怪物の討伐と
二人の死亡を村長へと告げ







モイロを後にした道化師の背へ 声がぶつかる





今回はアレが無くって残念だったなぁ〜
けどカフィルもすっかり道化師 板についてきたじゃ〜ん』





街道を進む道化師の隣に浮かびあがるのは

洞窟でアリンへと語りかけてきたあの"影"


…いや もう影などではない





半透明ではあるが 派手に逆立った紫色の髪と
いたずらっ子のような八重歯に尖った耳


そして血にも似た赤く、赫い一対の瞳を持った

上背のある黒衣の少年の姿を持っている





『面倒だからって赫色の鎌(レッドサイス)
出し惜しんだから死んだんじゃない?あの二人ぃ』


「…口が過ぎるぞ邪神」


やだねぇ、黙んないよ〜んっ』


ヒラヒラと羽に似た動きでカフィルの周りを宙返りし





『オレは一人でずーっと暗いトコいたんだぜぇ?
辛くて…退屈でさみしくて寂しくてサミシクテっ!!


どこか幼さをにじませた軽い口調でまくし立てて





彼の肩へとしなだれかかり、暗くささやく





『だからぁ…オレを楽しませてみせろよぉ?

無様にこの世界を這い回って自分の身体を集めて!
見事によみがえってみせろよぉぉ!!








ゲテゲテと醜悪な笑みを浮かべた邪神を
片腕で振り払って掻き消し





「面倒だが…望みとあらばやってやる」


カフィルは、強く言い放つ





「貴様にも……いつかその有罪を償わせてやる」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:予告通り、三話目終了です!カフィルの
身体やら旅の目的はこれから語ってきます!!


エブライズ:もっちろんオレとカフィルの
関係とかもとびきり愉快にねぇ?


狐狗狸:そこはお約束できます、なんてったって
この話の重要部分担ってますからアナタ


エブライズ:面白く頼むよぉ?ああそれと
カフィルの身体って実は殆ど空洞で―


カフィル:バラすな、面倒が増える


エブライズ:い〜じゃあん面白いんだからぁ〜
それと赫色の鎌やアイツのコトも先に


??:言うんじゃなえぇそこのクソ邪神っ!!




これで出だしを終えたので、次回から本格的に
"道化師"の話が始まります


次回 彼の前にある旅の少女が現れて…!?