さぁさ異例、さぁ異例!


"石化伝説"に違わぬ動物の死骸が見つかる一方

これ以上ない村人の反発を感じる三人


受け入れられず立ち去ろうとする彼らを


唯一 初老の彫刻家が引きとめた


彼の言葉に甘え、雑務と旅話を旅費代わりに
客分として居つく旅芸人一座


そして道化師は湖と"初代"の彫刻家を
繋ぐ"もう一つの伝説"を


少女は彼の末弟子から


"呪われた"自身の生い立ちを聞く―








用向きで近隣の村へ移動していた
三人の男弟子の内の二人とヨハンは


村へと帰る道すがらに


他愛のない雑談をかわし、笑い合っていた





流石は名匠フィグマ=リオンのお弟子様

素材の個性を活かしながらも個人個人の持ち味を
両立させる確かな腕前!どの作品も魅力的です」


褒め殺しが上手いっスね!それにしても
ヨハンさんの竪琴も い〜仕事されてますねぇ」


「お目が高いですね、この竪琴は我が家に代々
伝わっている品物で 式刻法術がかかっているとか」


マジか!へぇ〜道理で立派な細工だと思ったよ」





竪琴の由来や、弟子達の作品についての
誇張や謙遜を含めた会話はしばらく続いたのだが


数日の 楽しい居候の様子を経て





「フィグマ様ご自身に、ほんの僅かながら…
澱のような翳りが覗くのが やはり少しばかり
気にかかってしまうのですが」





不意に垣間見た彫刻家の憂いに、心配と興味を
惹かれたが故に訊ねた彼の言葉は


弟子達の面持ちを凍らせる











〜二十八幕 噤マレシ話題〜











「…兄ちゃん、アンタ詩人だけあって
やっぱよーく人間見てやがんなぁ」


「申し訳ありません お気を悪くされたなら」


「いやいいよ、逆にケランさんは
アンタのコト褒めてんだよ」


そうスよね、と同意を求めた弟弟子に


ケランと呼ばれた男は 短く頷いて言葉を続ける





「最近、作品の出来に悩んでたみたいでね」


「作り出したモノに疑念を持つ、と言うのは
生み出す者が等しく持つ感情ではありますが」


「アンタの言いたい事は分かるよ…けど
どーも師匠はそういうのと違うらしい」





自分達や依頼をした者、端から見ている人間は

フィグマの作品は全て"最高の出来"と評する





しかし 創り出した当人には


現在の作品は、到底納得出来るものでは無いらしい





「個人的な意見を申しますと…やはりそれは
自らの世界にそぐわない、とお考えなのかもしれません」


「かもな まーオレらにゃ分からんけど
師匠には師匠なりのこだわりがあるんだろう」


「…やっぱり、コッフェさんがいなくなったのが
答えてるんスかね?」





ぼそり、ともう一人の弟子が口にした瞬間


ケランが顔色を変えた





バカ!しーっ!!」


「コッフェ様、と申しますのは」





気まずそうな顔をして、向き直った彼は





「…師匠の 奥さんだよ」





そう言ってから…周囲を確認した上で


興味深げに見つめている詩人へ、耳を貸すよう
言ってから声を潜めて語り出す







彫刻家の妻は、信心深く貞淑で


仕事の面でも家庭でも陰ながら夫を支え

"仲睦まじい夫婦"と村でも評判だった


実際 一番弟子のケランを含めた
三人の弟子もよく彼女と話をしていて


温かな笑顔と気遣いに、癒されていたと言う





…だが





「一時期 師匠の意欲が完全に
枯れちまってた時があったんだよ」





作り手特有の泥沼にはまり込んでしまい

悩み苦しむ夫の姿を、側で見ていた良き妻は


ある日突然…黙って姿を消した





湖へ小舟を漕ぎ出していた所を目撃していた
村人の話は、失踪の翌日に聞き


彼らの捜索により ほどなくして


ひどく変色した小舟と
彼女のモノであるカーディガンらしき布が


さほど村から離れていない 湖の縁で発見された





「きっと"最後の神"の石像のウワサを信じて
…師匠が上手くいくよう、祈りにでもいったんだ」





それが個人的な感想か村の総意かは分からぬが





それから数年経った 今もなお


彼女を見た者はいない





「失礼ながら…もう、コッフェ様は
この世にはいないのでは」


「かもな、けどオレはそうは思いたくない
それは他の奴も師匠も一緒なんだよ」





そう結んで 厳しい顔つきになった一番弟子は


今の話を口外しない事と、ついで湖に近づくのを
止めるよう改めてヨハンに告げる





湖の件は兄ちゃんのお仲間の、無愛想な道化師と
生意気なガキんちょにも言っといてくれよ?」


「再三ながらのご忠告 ありがとうございます」


「マジで危ないっスから、特にあの女が来て
村や湖で事故が増えてきたっスからね」









ほぼ同時刻、湖のほとりでロイコもまた

"自分が来たせいで事故が増えた"と語った





だが…聞いていたグラウンディは





「バッカがぎゃねーの?」


深刻そうなその発言を、軽く一蹴した





「神でも何でもべーお前が、ほいほい
事故なんて起こせてたまかっかよ 気にしすぎ」


「アンタ…ハッキリ言うのねー」


「あったりゃ前だ、オレは神だからな」





あまりにも自信満々な発言だったためか


ロイコは、ちょっとだけ不満げに返す





何それ、アンタだって
親ぐらいいるんじゃないの?」





けれどグラウンディは へっと鼻で笑ってから

向けていた青い目を赤々と輝く湖へ逸らす





「オレも村しょだちだが、親はいねぇよ」







彼女は、自分が村長に教会で拾われた
捨て子である事や


尖った耳や 式刻法術を使えるせいで
村になじめなかった事を明かした





「嫌われてたから村を出たの?」


「いいや、村長のでぃっちゃんはいいヤツだし
他人が何といほーと関係ねーよ」





拗ねたように唇を尖らせつつも





ある日、村が襲われた際に悪人を退治し


"悪を倒す"事が出来る事と


"探し物"をする旅に出られるという
実感を持ったグラウンディは





「神として、旅にれたんだよ」


胸を張って きっぱりとそう言った







ぽかんとした顔で聞いていたロイコは…


やがて ぷっ、と吹き出して笑い出す





「なんだ!?ばんで笑うんだよっ!!」


「ゴメンゴメン、ジョークにしても
壮大だなーって思っちゃって」


神シチュレイだな!ウソじゃねーっての!」


笑われて憤慨していたグラウンディだったが





「何にせよ、君なりに僕を
元気づけてくれたんでしょ?ありがと





答えた相手から、漂っていた憂いが消えたのを
見て取って…


満足そうに笑い返す





「神にゃーおひゃすいご用だぜ」









ささやかな友情が湖のほとりで芽生える一方





保護者代わりの道化師は、少女の師から
彼女自身の生い立ちを聞いていた





「あの子も…私と同じように、愛する者を失い
一人となってしまったんですよ」





妻を失い…傷を負いながらも長い時をかけ
立ち直った初老の彫刻家は


弟子の勧めもあり、見地を広めるべく旅へ出て


立ち寄った とある廃村で





呆然と…放心したまま佇んでいたロイコを
見つけたのだと言った





廃村となった場所は、まさにロイコが
生まれ育っていた土地であり


大規模な事故により 一人を残し全員が死に絶え
廃れてしまった事実は、後から知った





が それは旅の身だった彫刻家には関係なかった





「私は妻と違い神などロクには信じんタチでしたが
その時ばかりは…神が、あの子と私を
引き合わせてくれたと信じております






故にこそ彼は親を亡くしたであろう少女を引き取り


村の反対を押し切って、"末弟子"として
育てる事を決意したのだという





「立派な志ですね」


「私は、ただあの子を放っておけなかった
だけなんですよ…それだけなんです」


だから、と続けてフィグマは道化へ懇願する





「カフィルさん どうかロイコを
嫌わないでやってください」








それに答えようとしたのか、それとも
別の事柄を訊ねようとしたのか





ともあれカフィルが言葉を放つ前に


工房の入口へ現れた村人が、彼へ呼びかけた





「ラントさん、いるかい?」


「ラント?」


「ああ、私の本名ですよ フィグマは先代から
継いだ名ですから…何でしょう?」


言いながら立ち上がり、村人の方へと
二十六代目のフィグマは歩み寄っていく





…聞かれないように小声で話していたものの





道化師の耳には、しっかりと村人が


湖のほとりにいる末弟子と少女の姿を
見かけたので、すぐ戻るよう叱った事を


彫刻家に伝えているのが聞き取れていた





謹んでくれよ、ただでさえアンタんトコ
あの弟子のせいで村から白い目で見られとるしな」





心配と揶揄がない交ぜになった一言へ


言われた当人は、心外だと言いたげに返す





「ロイコは何もしとらん、私もだ」


「それは分かってるよ、けど村の連中は
そうは思えなくなってきとるんだ」





ひとしきり愚痴めいた言葉を吐きかけて


忌々しげにカフィルを睨んだ村人が
立ち去ったのと、入れ替わるように


少女二人がとぼとぼと帰ってきたのだった









…それから 更に三日が過ぎたが


三人は、湖を再び調べようとすれば

ほぼ必ずと言っていいほど 些細な災禍に見舞われた





たとえば村を抜けようとして 積んであった薪が
目の前でガラガラと崩れたり


工房から数歩出た辺りで


石材を運ぶ荷台が壊れ、修理の人手として
駆り出されたり





ひどい怪我などはなくとも 結果的に
村人や弟子達に止められててしまい


彼らは湖に近づく事すらできずにいた







神ラチャあかねー!こーなりゃ今夜こそ」


「止めておけ…また道具を落として見つかるぞ」


、とグラウンディは言葉を詰まらせる





夜中に一度抜け出そうとして


足元を走ったネズミに驚き、側のテーブルに
ぶつかり金槌やノミなどを盛大に落として


駆けつけた弟子達に彼女は
それはもう こっぴどく叱られているのだ





「フィグマ様、まだお帰りになりませんか?」


「ああ…けど明日になったら帰って来てるよ
こないだだってそうだったろ?」







部屋の外から聞こえる 詩人と
弟子のひとりらしき男との会話に気づいて


苦々しげな顔をしていた少女は、ふと考える





「そーいやあのジーしゃん、二日前りも
どっか行ってたっけな」


「そうだな」





戻った当人に聞いても"散歩"の一言で済まされ


弟子達も"いつものコト"と、さして
気にする事無く返していたので


師匠の夜の不在は 彼らにとって日常なのだと
三人は推測していた





「けどサンポて、どきょですんだろーな」


「精々 村の近辺だろう、わざわざ湖には赴くまい」


「事故があるかららー…しもかしたら
あの"宝石"のせいなのか?呪いも事故こも」


「さぁな だがあの湖…」


ん?どしたカフィル?」





青い襟巻の辺りを擦っていた道化師は


僅かに眉をしかめてから…少女へこう告げる





「…水を飲んでくる」


「びゃだノドが神痛むのか?」





短く頷き、彼が立ち去ったのを見て





「アイツもタヘヘンだ」


他人事ながらもグラウンディは同情していた







…首と喉を取り戻した事により


仕込みっぱなしであった油袋となまくらな長剣は
撤去と仕込み直しを余儀なくされ


時折 喉へ水を通す必要も出てきた





しかし彼の身体は、飲んだ水を吸い取れず
身体の中へ溜めこんでしまうので


相応の対処をしているのだが


「っと、なてよここれって…」





ハッとグラウンディはある事に気づく





時刻は夜 カフィルは退室し、ヨハンと
弟子の一人は何やら話に夢中


残る二人の弟子とロイコは


自らの作業や雑務を熟している





だが自分は…何もしていないから
自由に動けるのだ






「これは神チャンジャ、じゃねチャンスか?」







式刻法術を使って作った石人形の頭
ベットから出して 眠っている小細工を施し


こっそりと工房から抜け出した少女は


あっさりと、柵に囲まれた湖の淵へと
咎められる事無く辿りついていた





「バカに神あっさりちゅいたな…
けど、やっぱクセェここ」





顔をしかめながらも辺りへ気を配りつつ


前回は半端に終わったから、今度は一周しようと
少女は湖に沿って散策しだす





「あの小屋ご辺りでガキんちょに言いがかり
つけられたんだっけなー…神をドボローとは何ごとだ」





遠くに見える 村の小さな小屋を見つめ
ブツブツつぶやきながらも歩き続け


採石場が見えてきた所で


グラウンディは、見覚えのある男の姿
目にして立ち止まった





「今の、フィグマろジーさんか?」





仕事の手伝いで自分やカフィルが弟子と
荷台を押して赴く事はあっても


どちらかと言えば工房に籠りきりの彼自身
石を取りに行く事などあまりなく


それが返って気を引いたのか

少女はそちらへ足を運んで、ごつごつとした
石の群れを進みながら彫刻家の姿を探し







「…ん?こ、コゲレって


「見てしまったか」





振り返った青い目が 強張った











……少女の不在に気付いたのは





道化師よりも先に、部屋へと訪れた末弟子だった





「こんな事故(こと)、望んでない…
いやこれこそが事故なの?」






痘痕の残る顔から血の気が失せていき


ベッドの誤魔化しをそのままにして
ロイコは、そっと工房を出ていく





…陰に潜んでいた道化師に気づかずに





「…面倒な


誰にともなく呟き、彼もまた

物陰から身を離し行動を開始した








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:いよいよ事故と核心が繋がり、物語は
転機を迎えます!長かったぁぁぁ


カフィル:面倒を放置したツケだな


ロイコ:きっと村での話をするには必要な
時間だったのかもよ?この人にとっては


グラウ:ほ前にとっては?


ロイコ:途中で事故ったと思いたいぐらい
待たされたし要点もぼけててしまらないなーと


狐狗狸:強烈な上げ落とし止めてください


ヨハン:カフィル様…数日前から時折
苦しげに抑えておりますが、お加減は


グラウ:か、ガゼジェひーたんだよ!あの街で
あだちょいノドはれて神つれぇんだって


カフィル:…そんな所です


ロイコ:あら、風邪なら早めに直さなきゃ
事故も病気も軽く見ちゃダメよ?


カフィル:著しくごもっとも




グラウンディがロイコみたく疎まれなかったのは
"神の子"の伝承と 村長の人柄の賜物です


二人の行動が、更なる"事故"を引き起こす…