さぁさ異彩、さぁ異彩!


少女に連れられ 師に当たる彫刻家の
工房を訪ねた三人だが


面会し快く彼らを歓迎した師匠と違い


彼の弟子達は、村人同様に
よそ者と少女を嫌煙する





"呪い"と水難事故


そして中央の島に安置されていた石像の
盗難被害によって、封鎖された湖


いまだ不明な"ウワサ"と少女の"生い立ち"


数々の謎を残しながらも、少女と道化と
吟遊詩人は件の湖へ赴くが―








湖を注視した三人は、すぐにその音の原因を
見つける事が出来た





赤い鏡面をわずかに波立たせているのは


一羽の どこにでもいる地味な色合いの鳥だった





「鳥がおびょぼれてる!」


「恐らく、鏡のような湖面に映った世界に
惑わされてしまったのでしょう」





もがいていた鳥が 甲高い鳴き声を上げたかと思うと


ツンと刺激臭が濃くなり


鳥の動きが見る間に弱々しくなって…


湖へとその身が沈んでいゆく





とぷりと波紋を残して


鳥を飲みこんだ湖面はしばらくゆらゆらと揺れ





…やがて、代わりとばかりに


白い骨のようなモノを浮かび上がらせた





「人のほにぇ!?」


「いや…アレは、魚でしょうか?」





ゆらゆらと赤い水の上でたゆたっているのは
朽ちかけた魚の死骸だったが


その所々は…灰のような色で


まるで彫刻を施したかのように原型を保っていた





「おお…まるで呪いによって石化したような
状態ですね!ぜひとも近くで見てみ」
るな!お前も呪いで神石かっ化すんぞ!!」





好奇心から柵を乗り越えかけるヨハンの緑衣を


引き千切るぐらいの勢いでグラウンディが止める











〜二十七幕 蔑マレシ娘〜











…湖自体の透明度は高いので


改めて周囲を歩きつつ、湖の淵や
浅瀬になった箇所を注視してみると


同じように石で出来た昆虫らしき物体


灰色に変色、いや変質した木切れ
転がっているのが見て取れた





「こりゃ石化のデセンツは本物かもな」


「ええ…呪いにより触れた者を石へ変える湖
これぞ疑う余地もなく神の所業でしょう」


「その点はさて置き、確かに下手に触れたならば
こちらも石になるかもしれませんね」


言われて少女は、今更ながら
ぞっとした眼差しで赤き湖を見つめる





しかし 一旦村へ戻る道中でも


吟遊詩人は恐怖よりもむしろ好奇心や
探究心を募らせていた





「赤きその畔にて素晴らしき石像を創る者がいるなら
その石像は、いつかを持つかもしれません」


「いやいやいや!キャクはねーだろ」


そうでしょうか?かつて別の地にてフィグマ作の
石像を拝見いたしましたが、まさに動き出さんばかりに
生き生きと…おやカフィルさんいかがしまし」





訊ねる吟遊詩人へ、道化は立てた人差し指を
自らの唇に当てる事で応える







それは、ちょうど湖へと面する
小屋の裏手へ差しかかろうとした数メートル手前





物陰に隠れるようにして


カゴを片手に佇む二人の中年女性がいるのを
色違いの双眸を追って、彼等も知った





声を潜めて話をしている様子は分かったものの


グラウンディとヨハンには、生憎
その内容を聞き取れなかったようだ





…だが カフィルの両耳は







「湖の島…初代…石像が…」


「あのガキ…伝説をヨソ者に…」





険を含んだ両者の会話をおおむね拾っていた







「……なるほどな」


「何か聞こえちゃんだな?おい教えろカフィル!


「ここでは面倒だ」


もう少し、村から離れた所で話そうと


口にして移動を促そうとした道化師の目論見は





やいヨソものども!
お前もカミサマの石像盗みに来たんだろ!」






木の棒や石などで精いっぱいの武装をした
村の子供達に阻まれた





「オレたちはだまされないぞー!」


「ウタのうまい兄ちゃんもドーケシの兄ちゃんも
ヨソものはみんなドロボーって母ちゃん言ってた!」


「そーよ!それにロイコと仲良くしてるの
見たんだからね!」



「どーゆーコロだよ!神様の石像てて何だ!?」


「しらばっくれんなドロボー女!」


「ヒーロの死神みたく、悪いヤツは
みんなまとめてやっつけちゃえ!!





興奮している子供らは 戸惑うグラウンディの
問いかけにすら聞く耳を持たず


手にした"武器"を三人へと





投げつけかけた寸前で







「お前達!何をしているっ!!」





血相を変えた村人の一人が現れたため


途端にビクリと怯えて、子供らは動きを止めた





「ったく目を離すとロクな事をしない」


「あの、つかぬ事をお伺いしますが
この子達の言っていた事は」





刺激しないよう穏やかに訊ねるヨハンへ


向き直った村人は、やや忌々しげに答える





「気にせんでください、アンタらには
関係ない内輪の話ですんで…ホラ行くぞ!





どやされた子供らの内、二三人は
まだ何か言いたげに口をもぐもぐさせていたが


叱られるのを恐れて 村人に連れられ


三人の前から渋々立ち去って行った





「一体、なななんなだこの村は」


「村は一種閉鎖的な世界ではありますが、どうも
外部の者へ対する排斥ぶりが強いように感じます」







気が付けば、村人の視線がより強さを増し


先程の騒ぎで内緒話をしていた
女性二人も三人の存在に気づいたらしく


疑惑の眼差しを投げかけながら


またもや小声で、何かを話し合っている





「要らぬ疑心を買ったか」









……呟いたカフィルの台詞は正しく





一度はヨハンの功績によって得た
わずかな信頼さえも、消し飛んでしまい





村人らの容赦ない敵意と視線が


"旅芸人"一座三人衆へ降り注がれる







そして…極めつけが





悪いけど、ヨソ者を泊める部屋はないよ」


唯一の宿屋にて 女将に放たれた
無情な一言であった











「神バカにしてるぜぶこの村っ!!」


「おやおや、ずいぶんとおカンムリだねぇ」





フィグマ工房へ戻ってきたグラウンディが
機嫌を損ねてるのを見て


なだめるロイコは、思わず苦笑い





「少々村に来るのが早すぎたのかもしれませんね
…一度、出直すべきかと」


カフィルさんの仰る通りでしょうね

いたずらに村の方々の反感をあおっては
世界を開く所か、壊してしまいかねませんから」





残念そうにしているヨハンも、事情が事情だけに
村を出る事に異論はないようだ


イレン村を出て 改めて工房に立ち寄る事を
伝えて退去しようとした旅芸人一座を







「村を出る必要はありますまい」


呼び止めたのは…





他ならぬ、二十六代目フィグマその人である





「どうかな?皆さんさえよろしければ
私の工房で過ごしていだたくと言うのは」


なんと!それは本当ですか!?」


「ええ、宿賃の代わりに旅のお話などを
聞かせていただければ結構」





ニコニコと微笑んだ彫刻家は


側にいた少女へ、"なぁロイコ"と語りかけた


当人は おどけたように肩を竦める





「…否定はしません、僕もこの人達に
興味はありますから」





どこか気のない言い方をしていたが


僥倖だ!と手に手を取って浮かれる
ヨハンとグラウンディは気づいていない









結局 好意に甘えた三人は


フィグマ工房の厄介になる事に決めた







…無論、ケランを始めとした三人の弟子は
彼らの宿泊を快く思わなかったが


師からの提案である以上 表だって文句は言えず





「師匠はあー言ったが、居座るんなら
それなりに働いてもらうからな!


「承知しております」





居候としてこき使い、追い出すつもり


仕事の手伝いを条件として旅芸人達へ課す





…しかしながら





慣れぬ作業や軽いアクシデントがありながらも


懸命に言われた作業を熟す三人





「この自然な文様を生かす、流れるような躍動感
草原に眠る少女の頬を撫でる清風の清々しさが


そうそう!この形にするの苦労したんだよ!
分かってくれるか詩人の兄ちゃん!!」






特に、自分達や師匠の作品を目にして


大げさながらも素直かつ情熱的に感激する
ヨハンにすっかり絆されてしまい





二日目の夜には、彼とほぼ打ち解けていて


おまけで 残る二人も許容されたのだった







「…ヨハンお前神すぎぇえ」


「私はただ、想うままの言葉と世界を持って
彼等へ語りかけただけですよ」









そうして…工房での生活も三日目となり


村よりほど近い地点にある、採石場から
目当ての石を運んできたカフィルは





「ご苦労さま、そこへ置いておいて」





フィグマの指示に従い 所定の位置へと
石を積み上げてから


所用で出ている弟子達と自分の仲間が
戻らない事を確認してから





「フィグマ様…一つお訊ねしても?」


一段低く声を落として、呼びかける





「どうしましたかな?改まって」


「先日聞きそびれた、村に広まる"噂"
貴方は何かご存知ですね?





直後の、初老の彫刻家が露わにした動揺


道化が抱いた推測の裏付けとしては十分だった







フィグマ工房で寝起きしている時であっても


村人の監視は、以前として変わりなく
三人に対して行われていたのは 明白で





「異様な村人の態度と、湖への過剰反応

初代様にまつわる"何か"の伝説があるのでは?」





それを踏まえて追及すれば





「そこまで…察していらっしゃいますか」





困ったように笑ったフィグマは


どことなく歯切れが悪い口振りで、白状した







「イレンには、二つの伝説が語られておりましてね」





一つは…カフィルらが知っての通り
石神の呪いによる"石化伝説"


そしてもう一つは





初代フィグマが創りあげた最高傑作の"最後の神"像

…それが、湖の島に隠されている
まことしやかに伝えられているのです」





名匠が創りあげた石像を一目見たい


石像の価値は、一体どれほどになるのか






"石像の伝説"を耳にした人間は
様々な思惑や欲望を胸に抱き


呪われた湖を渡ろうとして





果たして何人が、帰らぬ者となっただろう





「それも昔の話でした…けれど、最近になって
"石像を見た"と言う噂が流布され始めました」





曰く 島の木立から"人影"が見えた


長い髪を持った女が祠の側に佇んでいた





…怪しげな噂は、しかし消える事はなく
段々と広まってゆき


ついにはよからぬ者をカールト湖やイレンへ
呼び寄せてしまっていた







「…成程、村の方々の対応も著しく頷けます」





とはいえ 彼の末弟子までもが
忌み嫌われる理由としてはいささか薄い


そんなカフィルの思考を察してか





「いくら秘密にしていたとて、人の口に
戸は立てられん…なのに村の者はロイコを疑う





言って、嘆かわしいとばかりに


フィグマは白いモノの目立つ頭を
強く左右へ振った





「あの少女への思い入れがずいぶんと強いようで」





感情を込めず言い放つ道化師と


対照的に彫刻家は、殊更に語気を
強めて言い放つ





「当然です、あの子は妻を亡くした
私にとって娘も同然だ」










―その頃





カールト湖のすぐ側にある小高い丘に転がる
適当な石へ、グラウンディとロイコは腰かけていた





「あいかきゃらず神クセーけど、風は通るし
風景はまー悪くねーかな」


「お気に召したなら何より ニオイさえ
ガマンできれば最高のさぼりスポットなのよ」


「オイオオイっい〜いいのか?オレにそれ教えて」


「むしろアンタだから教えんだわ」





そうして同時に笑った二人は


お互いに、年相応の少女らしかった





神話せるじゃねーかロイコ!カフィルや
あにゃ弟子とかのわからんちんとは違うな」


「あの人達も色々あるのさ ムカついても
そこまで言ってやるのはカワイソウじゃない?」


「いーんだよあのだくされ道化
冷たく神をコケにしやがるヤツだららな」





コロコロと顔色を変えるグラウンディを
楽しげに見つめていたロイコが


ふいに、こんな問いかけをよこした





「グラウも、あの人に拾われたの?」


「違ぇーよ 目的がいっしょだらか
オレがアイツに付き合ってやってんだ」



「でも、一緒に旅するぐらいは仲いいんでしょ」


ま、まばがっまー百五万歩ゆじゅって
神と息が合うのは認めてやるけろさっ」





照れて呂律が怪しくなった少女を眺め


ふふふと笑ったもう片方の少女は
彼女の言葉を、こう結論付ける





「師匠みたいに優しい人かな、それともアンタが
愛される子なのかな…まぁ両方かもしれないけど」


「神が愛されのんのは当然だが
その言い方は気にきゅわねーなー」


「何でさ?」


「オレと息が合うお前だってじゅっぶん
愛されるべきだろーが なのに
自分はどでもいーみたいな感じだぞ、今の」







真っ直ぐな、自分に似た青い瞳を受けて


少女は痘痕の残る顔へ…一瞬だけ

寂しさを宿らせて笑いかける





いいんだよ 僕もこの湖みたいに
呪われている女なんだから」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:事故や核心について触れられなかった…
つ、次こそは!


ロイコ:果たしてには覚えているのかねぇ?


カフィル:著しく物忘れが激しいからな


グラウ:自分のギャパ神こえて書いてっからな
ちっとは落ち着いて書けらいのか?


狐狗狸:マイナス意見は聞こえませーん


ロイコ:ふーむ前だけ見ていくのも、生き方としては
アリっちゃアリだね


カフィル:開き直りとも言うがな


狐狗狸:事実を言うなし冷血道化




次には事故の内容と、あと進展目指します


似て非なる 少女二人の数奇な生い立ち?