さぁさ異質、さぁ異質!


かつて唯一神がその身を清め


邪神によりて屠られた神の血により
穢れ呪われた曰くの湖


触れるものすべてを石へと変える伝承を確かめんと


村を目指した少女と道化と吟遊詩人は


村の外れにて 村人に忌み嫌われる
少女を成り行きで助けるが


彼女は向けられた悪意を否定せず―








ロイコの後に続きながら、三人は村をざっと見渡す





家々を形作る壁の木材や屋根の藁は
相応の年季が入ってボロボロとなっており


乾いた大地のせいかほとんど木や
植え込みといった植物の類を見かけず


畑の作物も細々としている





「村のヤツリャ、じろじろ神見てやがる
陰気くせぇ…やなんっちまうぜ」


「さっきの今だからな」


「僕が一緒だから尚更かもね?」





進むうち、漂う奇妙な刺激臭
カフィルが我知らず眉をしかめた





家々の切れ目から微かに赤いきらめきを見てとり


ヨハンの眼差しも輝きだす





「あの先にあるのがカールト湖ですね?」


「その手前にあるのが、僕の師匠の工房さ」





言って彼女が手で示したのは


滑らかな石壁を基調とした 二階建ての建物で


中からは固いモノを削る音や、指示を仰ぐ
男の声などが聞こえてくる





近くに立てられた看板には


"フィグマ工房"と書かれていた











〜二十六幕 呪ワレシ湖〜











…と、彼らの前へ石を乗せた荷台を
押して若い男が現れる





「おいロイコ、それ誰だ?


「師匠に会いたい人だそうですよ」





遠慮なくジロジロと三人を眺めまわし





「見学はいいが 仕事の邪魔だけは
させるんじゃねぇぞ?」


吐き捨てるようにロイコに告げて

男は荷台と共に建物の裏手へと消えて行く





「今の方が貴女の師ですか?」


アレは兄弟子、師匠の元には何人か
弟子がいるの 僕は一番下っ端なんだわ」





ノックをしてロイコがドアを開けると


剥き出しの地面の上で、三人ほどの男が
金槌やノミを手に岩を削り


内壁に据え付けられたテーブルに向かい
椅子に腰かけた一人が


黙々と手のひら大の石へ、拡大用レンズ片手に
細工を施していく光景が見える





ドアへ視線を向けた四人のうち


手前で岩を削る若い二人と座った一人は
露骨に機嫌の悪そうな顔をしていたが


奥で石像を手掛けていた初老の男だけは


パッと明るい顔を見せた





「おかえりロイコ、お客さんかな?」


「旅の人らしいですよ」





紹介に合わせ、ぺこりと三人はお辞儀する





「村に伝わる"石化伝説"にまつわるお話を
ぜひお聞きしたく、縁のありそうなこの工房を
ロイコさんに案内していただいたのです」


「ふーん…そりゃ熱心なこって」


「余所者故、皆様が歓迎なさらないのは
重々承知しております」





警戒心を隠そうともしない若手三人へ


あくまでも道化は、殊勝な対応を崩さない





ですが私(わたくし)共は芸のため
自らの見識を広めるつもりでここにいます


…何卒、ご理解のほどをお願いいたします」





いまだ警戒しきりの弟子とは裏腹に


師匠は、顔をほころばせて彼らを歓待する





「構いませんよ、私も皆さんのお話から
作品への糧をもらえるやもしれませんし」


「師匠!」


「長旅でお疲れでしょう、客間へどうぞ
…皆もいったん休憩にしよう」





和やかに言われては、さすがの弟子達も
従う他はなく


奥の方にある一室へ通された三人ともども
それぞれが席へとついた







「ロイコ、皆様へお茶を」


「承知しました〜」


パタパタと隣に据え付けられた
粗末なキッチンにロイコが向かっていく





「ジーしゃんマジで石像づくりの名人なのか?
オレにはそうは見えべんだけどな」


「師匠に向かって何て口を!」


「この方は"初代フィグマ"の技を受け継いだ
二十六代目の「まあそう熱くなるな」





フィグマが弟子達をいさめる傍らで


カフィルもまた、余計な口を叩いた
グラウンディの頭を押さえて下げさせる





助手が無礼を致しました
代わってお詫び申し上げます」


「いいんですよ、ただ師匠の名と技を
受け継いだだけの事ですから」


何を仰いますか!連綿と続いた伝統の技術と
歴史を二十六代に渡ってまで引き継ぐ事は
職務に対する愛と誠実さがなければ成り立ちません!」






瞳に光を満たし、テーブルから身を乗り出して

スイッチが入ったヨハンが息巻いて力説しだす






      「それでこそアナタの名と作品は人の心を打ち
    それに共感し教えを乞う方々もいるのですから!!」






熱を帯びた彼の言葉に触発され





そーだそーだ!
アンタよそ者なのに分かってんじゃねぇか!!」


師匠の腕は初代にも引けを取らねぇんだぜ!

実際海向こうの大陸でも注文があるぐれぇ
師匠の作品は人気なんだ!!」





警戒していた他の弟子も、一斉に頷き
戸惑う師匠を誉めそやしたので


本人は苦笑いを浮かべて頭を掻く





「いやはやお恥ずかしい限りで…
お言葉がお上手ですな、照れてしまいますよ」


「世界を語るのを生業としていますので
よろしければアナタのお仕事ぶりを是非とも
余す事無く見聞きして詩にしたいのですが」





いつの間にやら師匠の隣へと移り


その両手を握りしめ、至近距離で
師匠を熱く見つめてた吟遊詩人






「まずは村の伝承についてお聞きしましょう」


言いつつ道化師が引っぺがして席へと戻す





「そうですね…と言っても湖の伝説に
関しては巷で広まった噂と大差ありませんが」





苦笑交じりに フィグマは村の成り立ちと
伝説についての話を語りだした









湖の呪いのせいか、使える用水は村から外れた
井戸から引いているもののみで


作物の育ちも悪いこの村は


代わりに近くの山や岩場などで取れる
石の採掘や加工、細工物で持っている





「湖の中心には小さな島がありましてね

かつては島の祠へ神々を讃える為、神々を模した
精巧な石像がいくつも納められていたとか」


「その石像を作ったのが この村を
作った村長の一族と初代のご先祖だそうだ」


ご先祖?初代ではなくですか?」





訊ねるカフィルへ、弟子の一人が頷く





"初代フィグマ"が稀代の彫刻家として
名を馳せたのは、湖が呪われたもっと後だよ」







…災いを及ぼす湖となったカールトの祠にも


しばらくは、呪いを薄めるべく祈りをささげたり
"最後の神"の像が置かれもしたが


湖で溺れ 或いは水を被って呪われ
亡くなってしまう事故が相次いだのと


時代が荒れるにつれて祠の石像の破損や
盗難が増加して 信仰が廃れたのがきっかけとなり

今では島への上陸も禁止されているとか





「あるのは壊れた祠と、ボロボロになった
石像の破片ぐらいですからねぇ」


「村のモンは湖に近づこうとすらしねぇよ」


「失礼ですが、やはり亡くなられた方は
伝説の通りにとなって…?」





神妙な面持ちながらも、好奇心を抑えきれず
ヨハンが弟子達へと訊ね返す





「さあ…何分昔の話だからな」


「そういう噂は広まっているようですが
果たして、どこまでが本当か…」





弟子も師匠も あいまいに言葉を濁すばかり







"噂"という単語に触発されてか





「そういやさ、村のやつららら
"下らないウワサで湖荒らしに来た"とか
オレらに言ってたんだけど」





ふと、グラウンディがそう口走った瞬間





四人の顔色があからさまに緊張をはらみ







「っどわあぁぁ!!


場違いなほど派手な音が悲鳴を伴って
キッチンから鳴り響く





振り返った七人が見たのは


ひっくり返った戸棚の茶葉や
調味料まみれになったロイコだった





ロイコ!てめぇまたやったのか!!」


「すいません、掃除しときますんで」





兄弟子に怒号を受けながらも、慣れた手つきで
ロイコはテキパキと後片付けを始める





それを忌々しげに見やりながらも


弟子達の顔から緊張が解けていった





「ったくお茶も満足に出せねぇのかよ…」


「そう言ってやるな、あの子とて
わざとやっているワケではあるまい」





たしなめられ、渋々頷く弟子を眺めて





「気になっていたのですが…村の皆様も
弟子のアナタ方も、何やらロイコさんには
厳しすぎるように思えるのですが」





ヨハンが問いかけると 彼は後片付けに
いそしむ少女を小バカにしたように見ながら





「そりゃーアイツは
この村の生まれじゃないからね」


「どういう事です?」


「師匠が旅行から帰ってきた時に「ケラン!」


鋭いフィグマの叱咤に、ケランが
ハッとして首を竦めた





三人へ向き直り 柔和な顔でフィグマが言う





「…さて、そろそろ休憩を終わらせようか
よろしければ作業風景も見学されますか?」


「ええぜひ「その前に、湖を遠くから
一目見に行ってもよろしいですか?」








四人の顔が再び引きつるのを


カフィルは見て取ったが、意見を
変えようとは思わなかった





「立ち入る者はあまりおりませんよ?」


「全景を少し眺める程度に留めておきます
決して、必要以上に立ち寄りはしませんので」


「アンタらに無くたって、こっちには
この女のせいで事故が「よさないか!!」





指さし責める弟子へたまりかね
師匠が声を荒げた





「ロイコには何も責任が無いと
何度言えば分かるのだ、このバカ弟子が!


「し、しかし師匠」


「いいんですよ師匠、先輩方は間違ってません」





穏やかに言ってから ロイコの青い瞳が
くるりと三人へ向けられる





止めたって仕方ないんでしょ?
湖やあの島が気になって気になってさ」


「ええ、今からその雄大な景色を眺めに
カフィルさん達と行くつもりです」


「いい結果が出るといいわね…でも」


そうして…痘痕が残る顔へ
不自然な笑みを浮かべて、こう言った





「事故にはくれぐれも気をつけてね」











…何とはなしに気まずい空気となった
工房を一度後にして


三人はカールト湖へと赴いた





十数m離れた湖畔は、鋭い棘の生えた植物
絡みついた高めの柵で囲まれており


隙間のない防壁により近づけないように見える





…だが外周を歩くうち要所要所で
ハシゴの残骸が立てかけられたモノや


板で塞いだだけのお粗末な修繕箇所が


強引に湖へ…ひいては島へ侵入
試みた者達の存在と


そうした者達への、村人の抵抗を伺わせた





こりゃ神ヒデェ…これらな村のヤツらが
ヨソモン嫌うのも仕方ねーのか」


「工房の皆さんの反応といい…やはり噂とは
島や石像にまつわるモノなのでしょうか?」





漂っていた奇妙な刺激臭がぐっと濃くなり


道化師だけでなく、残る二人も顔をしかめる





くしぇすぇ!このニオイも湖の
呪いってヤツか?」


「さぁな…だが、著しく不快なニオイだ」


「しかし恐ろしくも美しい湖です
いや、恐ろしいからこそ美しいのだろうか…」


ぶつぶつと自分の世界に入り始めたヨハンを
二人は放っておく事にした







柵と植物ごしに望めた湖は血のように赤く


澄んだ湖面が周囲の天地を
寸分の狂いもなく見事に写しとる


ゆるく弧を描く楕円とも


壊れかけたフックとも形容できる形を
した湖の中程に


ポツリと 取り残された小さな島が見えた





「あごぎょ、あの島だけ木が生えてんな
この辺り神何もねーのに」


「今はまだ調べるな…面倒だからな」


「わかきゃってるって オレだって
下手に村のレンチュっシゲキしたら」





バシャン!と大きな水音が鳴った








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:フィグマ工房と湖へ到着!


グラウ:おいいっおい、ロイコってひょとって
何かワケありかよ?


ロイコ:あると言えばあるけど大したもんじゃないよ
まっ、次回にはわかるよきっと


カフィル:他人事のように言うな


ロイコ:だってお話を書くのは僕じゃないし


狐狗狸:間違っちゃいないが、なんだかな


ヨハン:それにしても残念です…機会があれば
湖の祠をぜひとも目にしたかったのですが


ロイコ:危ないからね、師匠も君らを
心配してくれてんのよ?


カフィル:…痛み入ります




湖の"事故"について書きそびれた…ので
次回にはきちんとやっときます


三人は、湖の呪いを目の当たりにし…!?