さぁさ無情、さぁ無情!


拐かされた吟遊詩人を救うべく
互いに結託し組織の懐へ飛び込む少女と道化


切った張ったの大立ち回り演じた末


詩人を助け その足で大臣の屋敷へ
乗り込み悪事の精算を見事果たす


だがそれは領主の一存により公にならず


闇から闇へと葬られ
全ては"無かった事"とされてしまう





世の理不尽をまたひとつ噛み締めて


三人は伝説残る湖の村へと旅立つ―








商用の点や観光都市の面で成長をしたユジアムは
元から交通の多い街ではあったが


離れて少しも行かない内に


いくつかの森林や小高い山が視界に飛び込み


木陰などに遮られ、所々に人気の少ない箇所や


ゆるやかな傾斜によってかまだ整備が十分に
なされていない路面なども現れる





…故にユジアムからイレンまで


馬や馬車を使わない場合、たどり着くのに
おおよそ一日半を要する





とはいえ今までの旅路を経験したグラウンディ


そして元より旅慣れている二人にとっては
さして厳しい道行ではないようだ





「しかし…私どもはさておきグラウンディさんは
馬車を利用せず本当によかったのですか?」


「お前もしゅちっけーな、神がいいって
言っててんだからいーんだよ」


うっとおしいとは思っていても、吟遊詩人の態度は
少女にとって満更でもないものでもあった





権力者や組織の絡んだいざこざはあったものの


表向きは"何もなかった"街は
普段通りの日常と賑わいを取り戻しており


結果的に街に巣食っていた組織の壊滅にも
貢献した三人は、口止め料も含め懐は暖かく


イレン行きの馬車に乗る余裕くらいはあった





…が、馬車と聞いた途端にグラウンディが
あからさまに難色を示す





『一日半歩きゃすむんだぁたら
余計な金はつかなない方がトクだろ?』


損得の問題ではありません!式刻法術の心得が
あるといえ女性、しかも若葉のように幼く愛らしい
アナタが僅かな金銭と自らの身を引き替えにする必要は』


『オレは神だから大丈夫びゃってーの!』





何故か馬車を頑なに拒む彼女と、彼女の身を
心配する青年との水掛け論が


始まる前に道化師が口を開く





『私(わたくし)としてはヨハン様の御身こそ
ご自愛いただくよう進言させていただきます』


『私の…?』


『仮に組織の一味が投獄されたとて残党が
身を潜めていないとも限らない…名の売れた
アナタが狙われても、今度は救えるかどうか











〜二十五幕 忌マレシ存在〜











暗に、自分こそが馬車を利用し
村へと先入りするのが安全だと言われ


二人が馬車を使う気が無い事を悟ったヨハンは





『いえ…アナタ達との旅が長く続けられるなら
それが私の本望、これも自らの世界を広げるのに
必要な道程なら 如何なる苦難も受け入れましょう』





苦笑を浮かべ 二人と一日半かけて街道を
南下する事を選択したが


やはり彼なりにグラウンディを気にかけていて


その気持自体は十分すぎるほどストレートに
伝わっているから、当人はにやけている







「まーお前はそこの道化と違って
神ゴコロがわきゃってるからいいけどな」


当てつけるような言葉と視線に対して


カフィルは色違いの双眸を半ば閉じてこう返す





分かるものか、石化伝説と神話のさわりを
解さず暴れる面倒な子供の思考などな」


あ、あれべばあべ、あれはお前らが色々
話てかててきたからだろら!てーかあんまし
伝説についてしゃべってなかったじゃねーか!」






まるで火にかけたポットのように
ポコポコと怒りだしたグラウンディを抑え





「それではもう一度、道すがら神話のおさらいを
交えて"石化伝説"のお話をいたしましょうか」





ヨハンは落ち着いた低い声でなだめつつ


改めて、昨日の話を噛み砕いて
分かりやすくなるよう言葉を尽くす









―世界に 大陸はもともと一つしかなく


遥かな古の時代、人や様々な獣と同様

幾柱ものの神が住処を同じくし


法や世界を形作り

あるいは新たな神を生み出しながら
平穏と富をもたらし続けた





"最後の神(アンディエ)"が生み出された折
初めて身を清めたのがカールト湖という逸話が』


『失礼ながら、その手の伝承は他の土地の川や池
水場などで幾度か耳にした事がありますが』


『ええ…これだけでしたら客を呼ぶための
ありふれた文句ですが、無論 伝説はそれだけでは
終わらないのですよ!やがて邪神による暴虐が』


『おい待てヨハン しょの…ええと
アンなんとかってのはどーいう神なんだよ』





その時彼女が口を挟んだのは、単純に興味本位と


理解する気のない文章の羅列から少しでも
逃避したかったからであった





おや?グラウンディさんは
"最後の神"をご存じない?』


『いや、うーん…何かどっかで聞こぶ覚えが』


『…神話ぐらいは知っているだろう』





腕を組みながらしばし唸って


『そーいや村にいたころ、じっちゃんに
そなっ話聞いたことあるよーな』





グラウンディが思い出せたのは、その程度の
情報でしか無かったので





著しく物覚えの悪い 式刻法術の祝詞は
全て神話から成り立っているだろう』


『例えばお手元の文献にあります一文の"主"
まさしく最後の神を差しているのですよ…
所で グラウンディさんの故郷のお話を詳しくお伺いしても』





目つきに厳しさを増したカフィルと
光線が出るほど目に輝きを増したヨハンが


説教まじりの神話語りやら質問攻めやら


伝説そっちのけで言い出したので





情報量がパンクしたグラウンディが教本を
カフィルへ投げつけ


暗くなって野営をするまでの間


不機嫌な顔をして先頭を歩き続けていた







だから、肝心の石化伝説について
聞きそびれた少女の為に


吟遊詩人がやや芝居っけと誇張表現を交え


懇切丁寧に、側にいる道化師へしたのと
同じ伝承を現在進行形で語ってくれている









邪神に殺された石の神・ビジュデュオ
流した血により数多の水という水が穢されたが


破滅をもたらす邪神を永遠に眠らせた神々が


自らの身と引き換えに 穢れて呪われた水を
神力によって浄化した





「神々の御働きにより平穏を取り戻した世界を
託された神は一柱のみ…ついた神名が」


「"最後"の神」


「なうほど」





唯一神となった"最後の神"は天上へと昇り
世界を見守っていると伝えられ


今日までの恩恵と豊穣、信仰の象徴となっている





だが…神の血が濃く馴染んでしまったせいなのか


神々の力を持ってしてもカールト湖の呪いは
解けることがなく


今でも、湖の水へ触れた者へ災いを与えるとか







「ワジャワイって、どんな?」


生きたまま石へと変えられてしまう…石の神の血が
なせる呪いこそが"石化伝説"の起源なのでしょう」





それを聞いて少女の口から嫌そうな声が漏れる


けれど詩人は逆にウキウキした顔で言葉を続ける





「風の噂にて耳にしたまでですが、真偽は
ともあれ興味深い伝承の残る湖を」


「出て行け!」





ありったけの怒りを込めた叫び声は


ちょうど街道から木々が途切れて
視界が開けた先…イレン村の外れから聞こえた







目を凝らせば、数人の村人が険しい面持ちで
一人の子供を追い立てていて





「もう堪忍ならないよ!
さっさと出て行け、この疫病神め!!」



「よそ者が悪さすんのもお前のせいだろ!」


口々に罵り 手にした石塊や木切れを
子供めがけて投げつけている





投げられた物体のいくつかが

両腕で自身を庇う子供に当たって傷を作り


ひとつが思わぬ方へ跳ね返って





立ち止まっていたグラウンディの鼻頭へ直撃した





いでっ!…ふぉほいちょっお待てー!







患部を押さえ、たらりと垂れた血に構わず


少女は目を吊り上げて駆け寄り 自らの身を盾に
村人達の前からへたり込んだ子供の姿を隠す





あにしてんだテメェら!神の前で
よってたかっぺ弱いモンいじめしてんじゃねー!」



はぁ!?何言ってんだこのガキ」


「アンタも下らない噂で湖を荒らしに来たよそ者かい?
村へ近寄るんじゃないよ!」





気炎を上げ、攻撃の手を緩めようとしない
村の者達へ腹を立て


グラウンディが手の平を地面へ押し当てた







直後に…竪琴の音色が彼らの耳へと届いた





「気をお鎮めください」





細工を凝らした竪琴を抱えたヨハンが


朗々と美低音を張り上げながら歩み出る





「仮にも"最後の神"の縁のある土地にて
神の子たる我等が醜き争いを引き起こすなど
あってはならない事態です」


よそ者が口挟むんじゃない!そのガキはなぁ」


「例えどのような因縁があろうとも、主の
見守りし世界において力を振りかざしていては
いずれ更なる力に飲み込まれてしまうでしょう!






独特の音程を指先から生み出して





「石の神・ビジュデュオを滅し、古の神々に
封じられた"名もない邪神"のように」



魅惑的な声色でそう言って、熱を帯びた視線が
ぐるりと佇む村人らの顔を映すと


射竦められた彼らは 石像の如く硬直する





その反応へ微笑を持って答え


吟遊詩人は数名の村人を観客に
"石化伝説"を絡めた 神話の一節と


各地で見聞きした"否色の死神"の伝説を披露した





…半ば虚を突かれた形で、疑わしげに
吟遊詩人の歌う姿を眺めていた村人達は


次第にその詩と詩人の姿へと惹かれて行き







「…以上です、皆様のご静聴に感謝いたします」





歌い終えたヨハンがそう締めくくった後


我に返り、詩に聞き惚れていた事に気がついた





「私(わたくし)どもは、自らの見聞を広める者…

芸を磨くべく"石化伝説"で名高い湖のある
イレン村へと訪れた次第でございます」





間合いを見計らい 微笑して自分達の目的を
明かしたカフィルの態度や


風変わりな緑衣と ローブの下の道化衣装と相まって





「ま…まあ、そういう事なら、なぁ?


村に悪さしないってなら
別にその、いてもらってもねぇ?」





すっかり意気消沈した村人数名は
各々顔を見合わせ


旅芸人と思しき三人を、一応は信用したらしい





おじぎをするヨハンとカフィルを見やり


最後に 口を半開きにしたままのグラウンディ

…の後ろにいる薄い茶髪の子供を一瞥し





「まあいい、そこの詩人さんに免じて
今回だけは許してやらぁ」


「アンタらもくれぐれも迷惑起こすんじゃないぞ」


捨て台詞を吐いて、村人達は
三々五々に散っていった





「ったくきゅ、神ロクでもねぇヤツらだぜ
…おい大丈夫か?」





振り返ったグラウンディへ短く頷き


子供が、顔を覆っていた腕を下ろす





肩ほどの 焦げ茶の差し色が目立つ薄茶の髪


ぽつぽつと痘痕があれど整った顔立ちは
不思議そうに少女を見返している





何度か蒼い目をしばたたかせて





「助けてくれちゃって、よかったの?」


子供は…少し掠れた高い声で問いかけた





「どどびっ、どういう意味だよ」


「村の人達の言い分は間違っちゃいない

僕はとっても迷惑で厄介なヤツなのよね」





うっすらと血が滲む傷跡など気にも止めず


パンパン、とキュロットのホコリを
払って彼女は言葉を続ける





「けど、アンタ達のした事だって間違ってない
だからお礼を言うわね…ありがとう」





どこか不自然な笑みを浮かべながらも彼女は

ちなみに、と村を指しつつ付け加える





「この村はあまり観光には向かないわ
でも師匠の石像は一見の価値あり、かな」


「村の事にはお詳しいのですか?」


「住んでる村だからねぇ けど僕と
仲良くしていたら思わぬ"事故"に会うかもよ?」





ちらりと蒼い瞳が示す先には


影から様子を伺う、村人の姿がある





面倒そうにため息をついてから





「アナタ方の事情は分かりかねますが 村に
"有名な石像の造り手がいる"とお聞きしています」


仕事用の丁寧な物腰を崩さないまま
道化は 彼女へと目線を合わせてささやく





「"石化伝説"がある村で石像、関わりが無いとは
考えにくい…ぜひともお会いしたいのですが」


私からもお願いできますか?愛らしきお嬢さん」





期待に満ちた視線を受け





「しょーがないな、助けてくれた恩もあるから
師匠の所への案内くらいはしてあげるわ」


諦めたように笑いながら 彼女はくるりと
背を向けて歩き出し


三人もそれへとついて行く







「っと言い忘れてた」





ついでのように口にして





僕の名前はロイコ 呼びにくいなら
好きに呼んでいいから」





勢いよく上体をひねって振り返り

彼女…ロイコはそう名乗った








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:年始めのオリジが二月入ってからに
なってしまい、本当何と言っていいやら…


ロイコ:いいんじゃない?うまく行けば今月に
二回更新できるチャンスが来たって考えなよ


グラウ:キャミ前向きだな


ロイコ:まぁ結局間に合わなくて隔月更新
なるかもしれない可能性もあるけどね


狐狗狸:上げて落とされた!救いがない!!


カフィル:知るか…素直に馬嫌いを
告白すればいいものを、面倒な


グラウ:キビらいじゃねー!コワいだけだっ!


ロイコ:何?馬で何か事故ったの?


狐狗狸:詳しくは 今年の一月拍手




神話については、物語の中で
後々詳しく補完していく予定であります


次回 伝説の残る湖では"事故"が絶えず…?