さぁさ凶変、さぁ凶変!


道行を同じくした吟遊詩人と共に


"宝石"を手に入れた役人が滞在する
観光都市へと訪れた少女と道化


しかし街での役人の評判は折悪しく


領主の大臣職という地位と集まる資産
そして多くの悪評をもほしいままにしていた


一目会えたものの別荘を退去した三人だが


その夜、止まっていた宿が襲撃され


哀れな吟遊詩人が何者かに連れ去られて―








やるせなさを抱きつつ二人が自室へ戻ると





小さな杭で服を貼りつけていた三人の黒尽くめも
いつの間にか姿を消していた





「油断もスキもねー…ぜってぇアイツら
あのジジイのサシダネだろ!」


「"差し金"な、根拠は」


「神のカニ決まっるんだろ!」





親指立てて、堂々と言ってのけたその一言とカン
敢えて否定しなかったのは


彼にも思い当たる節があったから





「恐らく…部屋にいた組織の人間だろうな」


「そうひや、さらってったヤツの声

…あん時部屋で悪事はびゃしてたヤツだ!」





グラウンディが悲鳴を上げた時点で


室内の者達もまた
自分達の会話を聞かれた、と考えたのだろう





「証拠隠滅とは、著しくご苦労な事だ」


悪人の考えそーなこったぜ!
神をもみ消そうなんてフドンキセンバンめ!」


「"不届き千万"な…何にせよ大なり小なり
大臣との関与は明白だ」


面倒な事に、と小さく付け加えて


近くの椅子を扉の側へと持ってゆき


壁に寄りかかる姿勢でカフィルはそこへ腰かける





「何にせよ、寝て英気を養え」











〜二十四幕 否色ト汚職〜











こんなろきに寝てられっかよ!
あの大臣トコ乗りきょんでヨハン助け出そーぜ!!」



「屋敷に連れ去るとは限らん、下手を打てば
ヨハンの命は無い…俺達もおたずね者だ」





仮に組織の人間が屋敷へヨハンを拉致していたとしても


癒着について証拠がない以上
ダンモッケに言い逃れられればそれまでだろう







悔しげにうめいてグラウンディは


ほどよくクッションの利いたマットへ
乱暴に腰を下ろして、腕を組んだまま道化を睨む





「だっらら寝れそうな話でもしてくれ」


「面倒だ、断「"否定の死神"になったワケとか」





沈黙が 両者と部屋の間を埋める





ベッドに座ったままの少女の瞳は


青い虹彩に好奇心と決意を満たして


一秒たりとも逸らされず、道化師の顔へ注がれていた







取り戻した生身の部分を休める事はできても


人からは遠い仮の肉体では眠りには付けず
ただただ時間を持て余す彼は





「…寝物語には著しく向かんぞ」





そう前置きしても、尚諦める様子のない少女へ


自らの記憶を振り返りながら話しだす







「鋼鉄だけの身は、慣れるまで面倒だった」





ほとんど感覚らしい感覚も無いに等しい状態で
身を隠しながら逃げ延び続け





時を過ごす内…唯一の肉親が亡くなり


最低限の生命力すら断ったまま、気づけば彼は
どこかの山中で倒れていて





「死にかけた俺を…拾った人がいた」





身の回りの世話と引き換えに、その老人の元で

四年間に渡って戦い方を教わったらしい





「仲よかやったのか?」


「あの人こそが、俺の道標だ」





厳しくも温かなその老人は


だがある時、道化師の不在を縫って押し入った
山賊に深手を負わされ


その傷が原因で息を引き取った





「タイミングぎゃよすぎるぜ…
絶対ソレ邪神が何かしただろ」


「恐らくはな」





頷くカフィルの記憶は、まるで昨日の事のように


自分の腕の中で 生命が尽きゆく恩師の姿を思い出す







『ワシの生命(いのち)を…持ってゆけ』


彼の事情を聞き知っていて





『お前さんの役に立つなら、本望じゃ』





涙すら流せぬ冷たい顔を撫で、弱々しく笑い





『楽しい日々じゃった…


今まで、ありがとうなぁ…カフィル





そう告げた老人の遺言を 吸い取った生命を


弔った墓へ手を合わせた時の感情をも






許せなかった、自分も含め
あの人を死へ向かわせた連中が全て」


激情の矛先はまず逃げた山賊団へと向かい





近隣の山賊が 数多に刈り取られていった





「なーるほど、それで"ヒビリョの死神"か」


「"否色"な これで分かったろう
伝説の実態は、単なる私怨だと」


「でも悪人は狩りまくづってたんだろ?」


「…しばらく賊とつく連中は目の敵だった」







いくら待っても、それ以上カフィルは何も言わず





話が終わったのだと理解して





「ほじゃすみ」


短く返すと グラウンディはベッドへもぐりこむ









二度目の襲撃はなく朝が明け


料金を払い、外へと出ようとした折に
宿屋の主人が彼らへ手紙を差し出す





「早朝、あなた方へお渡しするよう頼まれました」





腫れ物にさわるような面持ちで手紙と
二人を見やる主人へ礼をして





宿を出たカフィルが封を開けると


街の端にある、奥まった路地の先の建物
来るように指示が書かれていた





「遅れたらヨハンの命はない、か…
テンケテキテキに悪人まっしぐらな文面だな」


「…ならば、"典型"には典型だろう」







発展していった都市ならば、きらびやかな
表通りだけでなく当然裏通りも存在し


昼間でも薄暗く汚れの目立つ路地には


得体のしれぬ人間が、我が物顔で闊歩している





ルワード・ガレリアはユジアムを拠点とした組織で
辺りでの知名度と影響力は大きい


にも関わらず摘発の憂き目に合わないのは


強力な後ろ盾があるからだ…というのが
街の住人の 暗黙の了解だった





指定された商店に隠されていた階段を通り


ごろつきに案内されるままに地下を進み


…やがて 薄暗く広々としたテラスを備え
絨毯が敷かれた広間へと通された道化師へ





「テメェ一人か、ガキはどうした?


真正面に佇む いかにも陰険そうな男が訊ねる





「待たせてある」


「宿にか?外にか?」


「拉致した男はどこだ?」


「聞いてんのはこっちだボケが!
テメェは余計な口聞かず答えやがれ!」



「…外だ」





淡々とした返答に、男が鼻で笑い





「へぇ、ガキを護るためにお優しいこって」


「白々しい…昨夜、アイツへナイフを
放ったのは貴様だろう?」


眉一つ動かさず続けたカフィルの発言に舌打ちする





やっぱり覚えてやがったか…その通り
あの詩人の兄ちゃんは無事さ、傷一つ付けちゃいねぇ」


「返してもらおう」


「わーってるよ…望み通りにしてやらぁ」


すっ、と男が片手を上げて





広間の中央に佇んでいた道化に向かって


潜んでいた射手が一斉に矢を放った





完全包囲された広間で逃げる場所など存在せず


あっという間に身体中余す所なく矢が突き刺さって
絨毯の上へとカフィルは崩れ落ちる





「バカにあっけなくおっ死んだなぁ」





テラスから見下ろすひげ面へ 陰険な男が顔を向け





「本当っすねボス
全く、手間かけさせやがって優男が


笑いかけてから、足元に転がる銀髪を蹴りあげる





じわり…と流れ出る赤い液体が絨毯へと染み
ローブを点々と染め始めていた





「ボス、あの詩人はどーします?」


大臣サマの返事待ちだな…ったくバラした方が
手っ取り早いってのに 困った趣味だ」


「全くだぜ、あのジジイのワガママで
どんだけ目ぼしい盗品(しな)買い叩かれたか」





忌々しげに吐き捨てる男達を制して





「おしゃべりはいい、残ったガキも始末しろ」


「け、けどボス あのガキは…」


死なねぇ人間なんざいるわけねぇだろ?捕まえて
石でも抱かせてカールトにでも沈めちまえ」





命令を下したボスに畏怖の念を抱き


しかしニヤリと楽しげな笑みを浮かべながら
彼らが広間を出ようと足を踏み出して







「同感だな…死なない人間などいない





ぎくりとして目を向けた組織の者達は


矢が刺さったまま、赤い液体を滴らせて
何事も無く起き上がった道化師に戸惑いを覚える





「なっ…アレだけ矢が刺さってて生きてるだと!?


「死に損ないが!殺せ!!」





ボスの呼びかけに応えるように


新たに矢がつがえられ、近くにいるものはナイフや
短剣などを抜き放って彼へと迫る





しかしカフィルは慌てることなく左耳へ手を当て

カフスピアスから赫色の鎌を具現化させると


襲いかかる相手と矢を、弧を描くようにして斬り伏せる





「がっ…!」


「ぐぁ…!?」





たったの一撃で 大した傷もないのに倒れた
仲間を目にして彼らに動揺が走る





距離をとって矢とナイフで応戦するものも


お返しとばかりに投げナイフと、距離を詰めた
鎌の一撃を食らわされて


見る見るうちに戦力が削られていくのを目の当たりにし





「死なねぇ身体、デケェ鎌…
まさか、ありゃ実在したってのかよ!?」





脳裏にちらついた"否色の死神"の伝説を
否定しようと頭を振ったボスめがけ


手下の一人を踏みつけて





「そう…貴様らにとって俺は、死神だ





テラスへと飛び上がったカフィルが鎌を振り下ろす







広間の中が再び静寂を取り戻した矢先


遠くから、派手な破壊音と叫び声が
聞こえてきたので 彼は顔をしかめる





「…面倒な」


呟いて 彼は身体に刺さっている矢をあらかた抜き始めた









……カフィルが地下へと連れて行かれていた一方で





離れた場所から、こっそりと法術を使い
見張りの人間をしばき倒したグラウンディは


言われた通りに身を隠し


最大限騒がしくならないよう注意とガマンを重ねつつ
地下へと降りて アジトの内部を探索し続け







グラウンディさん!
このような劣悪な場所にいては危険です!」



逆ぎゃよ!お前を助けに来たのオレは!」





どうにか囚われていたヨハンを見つけ出し
牢から脱出させた…のだが





式刻法術を使った形跡はそこかしこで目立ち


あっという間に少女の侵入と詩人の脱走がバレてしまい





アジト内では今まさに、大捕り物が行われていた





「ぎゅっそー…あとちょっとで出口なのに!」


じわじわと狭められた包囲にグラウンディは歯噛みし





「ああ神よ、私とこの勇敢な少女の脱出劇
ここで幕を閉じてしまうのでしょうか」


「ってお前ヘンらトコでヨユーだな!?」





伸びてくる手や、彼女狙いで振り回される刃先を


スレスレで回避しつつ言葉を紡いで
ポーズまで取るヨハンへツッコミ入れる





「おいお嬢ちゃんよぉ〜悪いこた言わねぇ
その男置いてとっとと出ていきな」


「悪人ごときがき、神に命令してんじゃねぇよ!」


んだとこのクソガキが!
式刻法術が使えるぐらいでいきがってんじゃねーぞ!」



殺気をみなぎらせて男達が武器を振り上げ







割って入った数本のナイフに牽制されて足を止めた





「「カフィル(さん)!」」


火をよこせ!こっちだ!」





向き直った数人の合間を縫うように





「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」





何かを察して、少女の投げつけた石ころが


炎の塊と化して道化師の顔面めがけて飛んでゆく


赤々と燃える炎が色違いの双眸を照らして







「ふせれあれあろ!」


いつもより余計に噛みながら


事態の飲みこめていない吟遊詩人の頭を
無理やり抑えながら少女が伏せた直後


わずかにのけ反った彼が口に仕込んでいた油を
吹き出して炎へと衝突させる






新たに生み出された炎の波は


そのまま、男達への攻撃手段と変わった





「ぎゃああぁぁぁぁぁ!」


「アヅっ!てめ、何しくさるゴラァァァ!!」





ゴロツキの反撃を道化がかわしざまに叩きのめして
数人を蹴散らした所で


すくみ上がった残りの連中は


少女による式刻法術の石つぶてを受けて
ほとんどが倒れ伏し、助かった者が逃げ出していく





「あっ逃げやがたた!待てこら」


「追うな、ここから出るぞ」


「いやへも悪人のアジトなら金だってがっぽり
…ってヒョマエ血だらけじゃねーか!!


「落ち着け、ただの血糊だ」





組織の者達が取る行動をあらかじめ予測し


手紙に書かれていた場所へ赴く前に
二手に分かれる提案をしていたカフィルは


服にも血糊袋を仕込んでおいたようだ





それでも穴だらけの格好を見れば、何があったか
おおよそ察しはつきそうなものだが


二人は、彼が引きずる"モノ"
気を取られているせいか中々気づけない





「助けてくださって本当にありがとうございます
あの…確かその御方はルワードさん、でしたよね?」


「ええ、私(わたくし)どもを襲撃した組織のボスとか」





体力を奪われ、しっかりと縛りつけられて
猿ぐつわまでかまされているひげ面のボスは


いまだ気絶したまま、重たい荷物のごとく
引きずられていたが


どうやって捕らえたかを訊ねようとしたヨハンは


ボスを縛るロープの端を渡され、問いかけ
そのものを封じられてしまう





「この男を然るべき場へ突き出せば、少しはこの街も
平和になる事でしょう…それと助手の面倒もお願いします」


おい!メンドーみにょんはオレの役目だろ!!」





文句をいうグラウンディを無視して


道化師は、ダンモッケの屋敷へと足を運ぶ







「貴様昨日の…!何をしに来た!止ま


正面から守衛を押しのけて


乗り込んできた侵入者を、排除すべく続々と
詰めていた私兵が現れるも





それらを全て倒した彼が、大臣の元へたどり着くのに


さして時間はかからなかった





「君さぁ、何の権限があって僕んトコ乗りこんだワケ?」





顔をひきつらせ、大事そうに赤く輝く歪な"宝石"
抱きかかえているダンモッケへ


答えず カフィルが近づいていく





「勝手にヒトの屋敷入って兵隊に手ぇ出して…

立派な反逆罪だよ?領主様に言えば君の首なんて
簡単に飛ばせんだからね」





浅黒い顔面は、あからさまに嫌悪を表している





「それ以上近づくんじゃない
何が狙い?僕の命?それともこの石?


「…黙って罪を償え」





手を伸ばせば届く距離まで間合いが狭まった


瞬間、ダンモッケが床に偽装させたスイッチを踏む





すると大臣の背後の壁が開き


猛毒の塗られたナイフがまっすぐに
道化師の心臓へ刺さった






罪だって?僕こそが正しいんだよ!

お前らみたいな卑しい連中に何したって
罪にはならないのさ!身の程を知りたまえよ!!」



勝利を確信し、ダンモッケが猿のような顔を
ことさら醜い笑みで歪めて言う







しかし傾いた身体が倒れることはなく


深々と突き立ったナイフを引き抜き
床へと転がした彼へ睨まれ





「思い上がるな小悪党が」





声と顔色を失ったダンモッケごと


赫色の鎌が"宝石"を貫いた









―程なく、ルワードが役所へと突き出され
悪名高きルワード・ガレリアは壊滅した


それに伴い裏で癒着していた大臣ダンモッケの悪事も





明るみに…なる事はなかった







「この一件については他言無用…何もなかった
そのように振る舞うよう、領主様からのご命令だ」





取り付く島もない言葉でわずかな金貨を握らせ


前々より風紀を乱し、近頃理由をつけ城に戻らず


職務を蔑ろにしていた大臣は地位と財産を没収され
内密のウチに処理された…と





それだけを告げて去っていく役人の後ろ姿へ


石を投げつけようとするグラウンディを
カフィルとヨハンが止める





「腐ってあがるぜ」


「よくある話だ」





服とローブを新しいものに取り替えた道化は
心底どうでもよさそうに返す





「今にきっと報いを受ける日が来るでしょう…

さあ、気を取り直し村へと急ぎましょう」





ニッコリと、さみしげだった表情を
明るいものへと変えて励ます吟遊詩人へ


顔を見合わせて二人は頷き 歩き出す








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ギリギリ年内に間に合いました
悪の大臣退治と否色の死神ネタ、忘れず消化〜


グラウ:ほら見ろ オレがいとたととととお


カフィル:落ち着け、言った通りの悪人だったな


グラウ:そゆこぶっ!つか悪いウワサありまくりで
大臣してたのがそもそそオカシかったんだ


狐狗狸:その辺は想像にお任せしますよ、出世して
単独で悪事やり始めたか 領主も一枚噛んでたか


グラウ:りしてもヨハン、お前本気で
あのジジイのウタ作るつもりばたったのか?


ヨハン:ええ、昨日も遅くまで詩を考えていて
うっかりうたた寝してしまいまして


カフィル:あの騒ぎ、と…流石ですn


ヨハン:そう英雄や高潔な人間ばかりでなく
外道な者に極悪非道の罪人…そして慎ましき民草も含め
全ての人間こそ主役であり語り部たりえるのです!
美しきも醜きも世界の姿であり


狐狗狸:ま た 始 ま っ た




ちなみに現在は、賊狩りせず退散させる方向で
いなしてるそうです(報復合戦に飽き飽きしてるから)


次の行く先は、神にまつわる"伝説"の湖がある村