――さぁさ徒労、さぁ徒労!
"宝石"を飲んだ火喰い鳥の行方を追って
別大陸へ移った少女と道化
港町にて道化師へ興味を持った吟遊詩人の
熱烈歓迎を振り切りながらも
情報を得られる店を探して
一日を費やした末、辿り着いたその場所で
彼らは吟遊詩人と思わぬ再会を果たす
労力に見合った話は聞けたものの
二人の旅路へ、吟遊詩人が同行する旨を
口に出したのでございます―
矢印亭で二人に逐一断りを入れられたにもかかわらず
常連の吟遊詩人ことヨハンは臆することなく
美しい笑みと穏やかな口調で話しかけ続け
「だーもう話しかけんな!ホレたちゃお前のせーで
迷いまくって宿屋にとまりしょこねたんだよ!!」
「おや!それでしたら私の泊まっている定宿へ
来てはいかがでしょう?」
案内されて赴けばちょうど一部屋分空きがあり
更に気の良い主が
「ヨハンさんの頼みなら断れないねぇ」
その一言であっさり営業時間外であるハズの
夜分遅くの停泊を許可した為
少女と道化は詩人の同行を断りきれなくなってしまい
「今日は素晴らしい青空が広がっていますね!
心まで洗われるように透き通った青…まるでそう
私達の旅路を神が祝福してくださるかのようです」
「オレはあんまシュクチュクしたくねーぞー」
三人はジョアから街道を南へと進みだしたのだった
〜二十三幕 虚飾ト否色〜
ヨハンが目指すのは、禁を犯したものを
"石化"させる呪いがかけられた湖とまことしやかに
語られたカールト湖であり
湖畔の村イレンと港町ジョアの間に位置する
ユジアムの街こそが
話で聞いた役人の居住地なのである
「絶えたはずの伝説の鳥、そして鳥から吐き出された
不思議な宝石…ぜひともお目にかかりたいものです」
「見たとしてもゼッテー取んあよ?
アレは神であるオレろエモノなんだからな!」
「ご心配なく、私は不思議な事象を目にする事が
目的であり 自らの詩へ織り込む世界を広げること以外
興味のない男なのですよ」
誰もが心を許してしまいそうな穏やかな笑みで
答えながら、ヨハンは誰にともなく続ける
「とりわけ一際興味が有るのは…無法者達を
狩り続けた"否色の死神"の伝説ですかね」
「ヒイロのシビガミ!?」
「おや、何か御存知ですか?」
「助手は著しく下らない噂を鵜呑みにしているのです
全く、どこで聞いたのやら」
焦げ茶と鈍色の瞳で鋭く睨みつけられたため
グラウンディは"有名な式刻法術の使い手"の伝記で
わざとらしく顔を隠す
「いえいえ噂とは全くの虚偽ばかりでもないのですよ?
それに"否色の死神"は悪を戒め善き人々を救うと
伝えられています、興味を持つのも頷けます」
廃れゆく神への信仰心を嘆いた教徒の行いか
はたまた世の腐敗を正すべく、冥府より魂を
刈り取らんと現れた神の使者か
…ともあれ語られる噂で共通するのは
禍々しい巨大な鎌を携えている事と
朽ちず死をも跳ね返す身体
そして悪事により人々を脅かす者達を狙い滅する事
口伝により聞き集めた、"否色の死神"の様相と
活躍を吟遊詩人は道々で唄い上げてゆく
「それ、ホントなにゃどか〜?」
「噂には著しい誇張や脚色が付き物ですからね
まして、今では絶えた噂なのでしょう?」
「ええ、しかし私は考えずにいられないのです」
魅惑的な低音を弾ませ、彼は虚空へ両手を広げ
思いの丈をその場で叫ぶ
「きっと今も人知れず死神は悪を挫き
人々の助けとなっているのだと!」
「わーったから行くぞハジュカシイ…
ったく悪をぶた倒す神はここにいるっつの」
呟きつつ少女が青い目をチラリと向けるも
当の"死神"は素知らぬ顔をするばかり
「…"石化伝説"の残る湖畔の村、差し支えなくば
私(わたくし)共も訪れようと思います」
「とんでもない!私こそアナタ達との旅が
長く続くなら これ程喜ばしい事はありません!」
キラキラと光線が放たれんばかりに目を輝かせ
勢いで抱きつこうとするヨハンを押しとどめつつ
歩くカフィル達は、程なくユジアムへと到着する
「ふへひぇ〜ケッキョウデカい街だなー」
「この辺りでは都市部として機能していますからね」
元々は交通が多いながらも小さめの地方都市だったが
数十年前即位した領主による統治によって
配される領地が変わってから
商業だけでなく美術や芸術などの方面にも力を入れ始め
観光都市として、徐々に発展していった
「ふーん、まっそれはどーでもいいぎゃ
オレらが探す役人がドコにいるかだな!」
「上流階級の方々からも居住地として好まれますからね
及ばずながら私も力になりましょう」
「そうしていただけると助かります」
吟遊詩人のおかげか、彼らはさして苦労せずに
さる役人についての情報を入手した
「珍しい宝石?ならきっとダンモッケ様に違いない」
…しかしその"ダンモッケ"と呼ばれる男
大臣の一人として現在の領主に重く用いられており
発言力も能力も相応に高いらしいが
「割合独裁的というか、領主様の権威と金で
好き放題って話をよく聞くよ」
「この間も逆らった若手が僻地へトバされたしなぁ」
「乱交パーティーに参加したり城内の召使いだけでなく
他の町や村の娘に手を出すって有名よ〜やぁねぇ」
同じぐらいに人々からの悪評も高く
噂を総合すると、どうやら典型的な悪徳役人を
絵に描いたような人物のようである
「なんか悪ばそーなヤツだな、もうこれは
いっちょ神直々に叩きのめす必要ひゃりか?」
「噂を真に受けて面倒を起こすな」
「けど火のないトコんケムリはないっつーだろ」
「しかし謂れのない醜聞も世の中にはありますからね
どうでしょう?一度お会いしてみるというのは」
ヨハンの提案に従い 彼らは大臣が滞在する
別荘へと足を運んだ
立ち並ぶ建物や屋敷の中でも
ひときわ豪奢な作りの屋敷の門前に立つ
屈強そうな守衛が三人を呼び止める
「止まれ!ここはニムスボス王国
マモット領大臣ダンモッケ様のお屋敷だ、貴様らは何用で来た!」
「私(わたくし)どもは見ての通り旅の一座でございます
大臣様のご活躍と、長くこちらにご滞在のお噂を聞き
ひと目お会い出来ればと馳せ参じました」
「ふん、貴様らのような誰とも知らぬ馬の骨に
ご主人様がお会いになるはずも無かろう帰れ帰れ!」
怒鳴り返そうとするグラウンディを抑えて
見事な細工の竪琴をかき鳴らし、ヨハンが言う
「最後の神(アンディエ)は申されました
出会いの機会は等しく与えられるべきであると」
怪訝な顔をする守衛をよそに歌うように彼は続ける
「叡智に長けた大臣様の御姿を歌うためには、人々の
語る言葉だけでなく大臣様ご自身の有り様も必要なのです