―さぁさ一転 さぁ一転!
邪神に仕える狼女により、遠吠えと死に
彩られた奇妙な死体の一件を暴くも
邪神の乱入によって狼人間の一群を逃がしてしまい
忸怩たる想いを抱きながら、村と古びた遺跡を
後にした道化と少女は
次なる宝石の可能性を探し 近くの町村を目指す―
「この辺りはそんばに寒くらくなって来てんな」
歩きながら言う少女の吐息は ほとんど白さが抜けていて
その足取りもどこか軽快さを増している
「雪原を越えて南下しているからな」
ストネラシウ雪原からラクミまでは北上する道のりを
取っていたが、山道を回って西へと抜けた後は
地形に沿って 南側へと進んでいたようだ
進路を確認しているカフィルの隣に立ち
片手に携えた地図を背伸びして見つめながら
グラウンディが問いかける
「で、これかあ先はどこ行くんだ?」
「南端へ行き…後は港から別の大陸を目指すか」
「うえーまた行きあかりばったりかよ」
「噂の真偽もだが 邪神のちょっかいも著しいからな
結局はしらみつぶしに行くしかない…面倒だ」
一人ごちる道化の呟きを、しかし少女がまともに
聞き続けているはずもなく
「おっ!村ハッケーケン!メシ行くぞカフィル!!」
発見した村の入り口へと一直線にすっ飛んでいく
しかし慣れきった様子で動じることなく彼も
その背を追って歩みを速める
……そんな彼らの姿を背後から目に留めて
「やっと…やっと見つけたジャリ!」
一人の男が、一つの想いを抱いて村へ足を向けた
〜十七幕 不本意ナ妙縁〜
挨拶代わりと情報収集も兼ねて 路上芸にて
路銀を稼ぐやり取りにも慣れてきたグラウンディだが
自らの胃袋がかき鳴らす不協和音ばかりは顔をしかめる
「芸の最中は笑顔、忘れたか?」
「忘れてねーけろ…なー腹へっぱよ〜
稼ぐの後にして先にメシ食おうずぜー?」
「なら稼げ大飯喰らい」
「神だって空腹じゃチカラら出せねってーのに…」
口を尖らせ、片足でバランスを取る道化師へ
彼女はジャグリング用のボールを一つずつ放る
と その内の一つをあさっての方へ投げてしまう
「あっ!しまっ…が!?」
慌てて拾いに行こうとした少女の目の前で
飛んでいったボールが別の方向から投げつけられた
小石に弾かれて、石もろとも飛来する方向を変える
その先にいた 固太り気味のサスペンダーをつけた男は
避けもせずに両手を使い、その小石とボールで
カフィルが行っているようなジャグリングを始めた
「ハイ!ハイ!ハイハイハイハイハイハイハイ!」
小気味よい掛け声と共に、ジャグリングされる
物体が一つずつ増え…最終的には九個の小石と一つの
ジャグリングボールでネックレスのようになる
人々の注目が集まって来たのを見計らって
男は、石とボールを全て空中で高く放り投げ
落下してくる直前 頭上で両腕を交差させた
…一瞬の沈黙が舞い降りた後、男が人々へ両手を
開いて見せれば手の中には小石が五個ずつ
そして消えたボールは 間を置いて男の頭へ乗った
ニッコリ笑った男へ…当然のごとく拍手と歓声が降り注いだ
「なっ…なんだふぁのデブ!
すっげ!マジしゅげ!」
「おい、荷をまとめろ」
「え?!どどどどうどいうことだよっ!
あんな神スゲー芸めったに見られえーだろ!?」
興奮冷めやらぬ様子の少女に、カフィルは構わず
芸を終わらせ商売道具の数々をザックに詰め始めるのだが
中年男は目ざとくそれに気づいて
人ごみ掻き分けズカズカと二人へ歩み寄ってゆく
「おいコラそこの道化師ぃ!逃げようったって
そーはいかないジャリ!今日こそルオ様が実力の差を」
「ルオだって!?」
男の名前に反応し、見物していた村人達のざわめきが
より一層に大きくなる
「アンタまさか、あの"スバーリャラモテ"サーカス団の
花形道化師ルオ=ターキーフじゃ…!」
「ふふんいかにもそうジャリ、だが悪いけど今は
取り込み中なんジャ「サインください!!」
次の瞬間、村人達はあっという間に目の色を変え
押し合いへし合い ルオと名乗った男へ一斉に群がった
「握手!握手してください!」
「オレこないだの公演見に行きました!!」
「次の上演はディカルの街なんですよね!
日にち決まってます?絶対見に行きますよ!!」
「だあぁ後にするジャリ皆様方ども!今は私用で
来てるから一秒たりとも時間を無駄には」
揉みくちゃにされる同業者を放置したまま
手早く片づけを終えた青年は
そのままスタスタと路地から立ち去ってゆく
「行くぞ」
「いびゃっ、いいのきゃよアレほっといて」
「メシはいらないか「いりゅ!」
後ろを振り返っていた相方の少女も、その一言で
中年の無視を即決したため
ルオと名乗ったその男は二人を見失った
……と、それで話が終わればよかったのだが
「コラ待て逃げるなジャリ、カフィルうぅぅ!!」
食堂での食事中に乱入されるわ
宿の窓(二階)から呼びかけられるわ
村を出れば、街道を先回りして待ち伏せられるわで
「おい、まだお前の名前ひょんでるぞあのデブ」
「関わるな、著しく面倒になる」
ひたすらに無視して隣村や、町へと進む少女と道化の
その後を ルオの声がつきまとう
「オリから逃げられると思うなジャリ!」
獣道に近い上り坂を、平坦な道のように息切れせず
駆けてくる寸詰まりな中年がちらちら見えて
必死に呼吸を整えてるグラウンディが
流石に真っ青になりながらぼやいた
「どんだけついて来るるんだよ!お前アイツから
なんかウラメでも買ったか?!」
「ヤツに"恨み"を持たれる理由はない」
「そう!これは恨みなんかじゃないジャリ!
道化師としてのプライドがかかってるんジャリ!」
後を追うのを止めないルオと、カフィルの過去が
気になってしょうがない眼差しで彼女が見つめる
「…元々、ヤツは傭兵だった」
渋々 彼はまずルオとの出会いを口にした
グラウンディと出会うよりも十数年前
ルオ=ターキーフは新米の傭兵として旅をしており
山賊討伐の要請で、ある山に駆り出されていた
…だが複雑な地形と罠のせいで他の組とはぐれ
負傷した所を山賊の群れに囲まれていた
「瀕死のヤツの前へ、たまさか俺が通りかかった」
投げナイフがルオの喉へ刺さる手前で、割って入った
カフィルがローブマントでナイフを払い
襲いかかる山賊を次々と地面へ叩き伏せ
それでも切りつけてくる連中の刃を、敢えて腹で受ける
すると切られた腹から血ではなく黒い液体が
吹き出して山賊の顔へと直撃し視界を奪う
『ぶべぇぇぇっ!』
『何だこいつぁっ!く、クセェぇぇ!!』
『こりゃタールじゃねぇかっ!!』
「…なんべタールが腹ん中り入ってたんだよ」
「ヤツが勝手に詰めたんだ」
邪神からの嫌がらせを取り除くついでに逆利用し
武器を叩き落して無力化させた後、彼は松明へ
火をつけて うろたえる山賊どもへと宣言する
『燃やされるか降伏か…好きな方を選べ』
ためらいのない低い声が決定打となり
その場にいた山賊は全員降伏し、奴らから本拠地を
割り出したおかげで
めでたく討伐依頼は完遂されたのであった
…その際に、道化師も罠の撤去と残党狩りに
半ば協力させられていたりもするが
「そう!その強さと冷静さに憧れてオリは言った!」
耳ざとく二人の会話を聞いていたようで、ルオもまた
過去の話に参加してきた
『どうかオリを相棒にしてく『断る』
言い切る前に断られ、しつこく頼みこみながら
道中ついていったのだが
険しい岩山の洞穴へ入った辺りでカフィルに撒かれ
ほうほうの体で抜け出して、休息を取ろうと
近くの町へ駆けこんでみれば
そこは領土争い真っ最中の国境付近の町で
治安は悪いわ戦火にさらされるわ、生きた心地のない
ひどい目に合わされ続けたとか
「五体満足であそこを出られたのも奇跡的だったジャリ
が、その後もオリの苦労は続いたジャリ」
「えげちゅねぇ…お前ヒドイな」
「洞窟以外は俺に罪などない」
「で、ふらふらしてた所を今の団長に拾われた時に
このルオ様は決意したジャリ」
汗だくの顔で道化師を見据え、ルオは走りながらも
指を真っ直ぐ突きつけて決意を口にした