さぁさ奇態 さぁ奇態!


遠吠え響く一夜を明かすと、宿の主人が消え
代わりに村に現れた死体を目にする二人


探る内に複数の生者と死者が絡んでいること


そして村と遺跡の周辺にて、旅人の消息が
耐えることが明らかとなる


けれども肝心の"宝石"に対する反応はなく


悩む少女と道化の前へ、再び女は忠告する


しかし疑念を捨て切れない彼らの前に


変わり果てた 宿の主人の死体が―








あまりにも凄惨極まりない宿の主人の死体を
間近で見てしまった少女は、耐え切れず吐いた





「う…うぇっ…な、なんべオッシャンが…!」


「外傷を見る限りは獣の仕業だが…それで
片付けるには、状況が著しく不自然だ」


「にゃんれそんら冷静に…冷静でいれるんだよ…」


"単なる慣れだ"と小さく呟いて道化師は


調べ終わった死体を担いで 歩き出す





「おい、どきょ行くんだカフィル?」





訊ねるグラウンディヘ彼は当然のようにこう返す





「面倒だが近くに埋めて 村人へ伝える」


なっ…!そんなこちょしたらオレらが疑われんぞ!
それでなふても村のヤツら怪しいってのに!!」


「同感だが…放ってもおけん」





嫌そうな顔をしながらも結局は少女も渋々
埋葬を手伝い、宿屋の主人は丁重に葬られた







戻って村長などにその事を告げると


当然ながら、村の人間達は彼ら二人に対し
不信の眼差しで見るようになった





「今まで村に死体が出た事なんてなかったのに…」


「あの道化師、今朝の死体にも平気な顔して
近づいたよな…?」






険悪になっていく村の空気から逃げるようにして
宿の中へと戻る二人だが





村でも宿でも、ルナルーの姿を見かける事はなかった


「ありょ女…まだどっか行方くまらしてやがんのか」


"くらまして"な、著しく怪しい事に変わりはないが
容易く情報を聞ける相手でも無いだろうな」


「メンドくるせーなったく、にしても昨日といい
今回のアレといいヤケにオオカミがからんでくんあ」





"狼の遠吠え"に何か思い当たるモノがあったらしく





思案するような素振りと沈黙を置いて、おもむろに
カフィルは壁を背にして入口の側に陣取る





「少し身体を休める、お前も寝ておけ」


はぁ?神ねむくもれーウチからなんで?」





眉をしかめる少女へ彼は 目を閉じたまま告げる


夜に村と森を調べるのに…面倒は少ない方がいい」











〜十六幕 名無シノ災難〜











日も暮れて、辺りの空気が藍から黒へと染まり行き


店や民家の明かりが早々と消えて 村の中は
やがて物音一つ経たぬほどに静まり返る


同時に遠くから遠吠えがうっすらと聞こえ始めて




段々とその音量と数を増やしていったのを
確認して、道化はふくらんだベッドへと歩み寄る





「起きろ…行くぞ


みゅうぅ〜…神を起きょしゅとはなにほとだー」


「声量を絞れ、遅れるようなら置いてくぞ」





淡々と返しながら行動を始めているカフィルを
眠そうな目で睨みつけながら


渋々グラウンディも外気に身を震わせつつマントを羽織る







二人の他に泊まっている客は、ルナルーだけだったが


彼女がいるであろう客室のドアの前や 従業員用も
含めた全ての室内の気配を探っても


中に誰か…もとい"何か"がいる気配はなかった





慎重に宿を出て、物陰に身を潜めながら周囲を
警戒して村を移動した彼らは程なく


ふらりと通りを歩く 一人の村人に気がつく





「あの村のヤツ…どこうぃく気だ?」


もっとよく相手を見ようと首を伸ばしかけて





隠れていた小屋のスレスレを、小太りの女が
通り抜けてゆくのに気づいて少女は慌てて身を引く





「っていちゅの間にこんな近くにっ…!
今なんも音しらかったよな?!」


「落ち着け…と言うのは著しく無駄だな」





トーカミの村についてから感じていた違和感…


相対する村人によって気配に"差"があることに気づき


差のある者へ更に注意を向けていたカフィルは





もう一つ共通するものがある事に気づいていた





「微かにだが…腐臭をまとう者がいた」


「それってやっぱ死体にに…うえぇ…」


「面倒だから吐くな…著しく差はあるが
臭いの強い者は手や口から腐臭が嗅ぎ取れた」


うげっ、おみゃえなんか犬みれーだな」


「長らく鼻に頼ってたからな」









人目を忍ぶようにふらふらと出ていく村人は
遠吠えに合わせて少しずつ増えてゆく





性別・年齢・容姿はこれまた見事にバラバラだが


何かに操られるようにして、一人、また一人と
遺跡がある森の方へと消えてゆく





気取られないようにして道化師と少女も足取りを追い







…しばらくして、彼らの向かう方向に確信を持つ





「遠吠えが聞きょえているのって」


「…宿の主人を埋めた辺り、だな」





星と月だけを光源とした森の中は闇に近く


先を歩く村人の気配はどこかおぼろげで、辺りの
遠吠えと相まって不気味な雰囲気をかもしており


グラウンディは思わず足がすくみそうになる





…そんな彼女をあざ笑うかのように


爆発するような吠え声を上げながら、一匹の野犬が
グラウンディめがけて飛びかかってきた






「ぎぇひにゃうじゅぐあぎゃあぁぁっ!!」





突き出された牙を右腕で差し止めて





「失せろ」


カフィルは野犬を放り捨てると、へたりこむ少女を
引っ張りあげるようにして立たせる





「ってぇ〜神なんなからもうちょいやさしく
あつか…アレ!?村のヤツらどお行っ…むぐ」


「静かにしろ、さほど遠くにはいないはずだ」







見失った村人の姿を追って、宿の主人が
埋まっている簡素な墓までたどり着く


だが…そこには誰一人として見当たらない





「ハキャはほり返されてねーみたいだけど
やっぱり、ここにはダレもい」





言い切る前に、グラウンディの頭上で


生木を叩いたような鈍い音が鳴る





仰げばそこに 太い棍棒を振り下ろした


さっきまで後を追っていた村人が佇んでいる





「なっ…なんでコイウが後ろから!?オレら
コイツの後をほってたのにっ!!



「ハメられたか…一旦退くぞ」





無表情のまま再度振るわれる棍棒を再び鎌の柄で
弾いて、肩越しにカフィルが言い


短く頷いてグラウンディは走り始める







森を縫うように進む二人を、迷いなく村人が
追いかけて来るものの





ノサイヌア遺跡に近づいた所で不意に足音が消え





「や…やっとまいたのk「ぎゃああっ、く、来るな
化け物っ!来る…ああ、あがぁあぁあぁあぁぁぁ!!



入れ替わるように 男の悲鳴が闇夜を裂く





「いっ今いままま悲鳴がイセキのあっちで!


「聞こえているが…周りを見ろ」





指摘に青い目を…動かすまでもなく少女が固まる





低い低い獣の唸り声と あえかな月と星の灯りを
跳ね返すような無数の目玉


自分達の周囲を取り囲みつつある事に気づいて





「きょれ…マジメに、ヤバくね?」


「術で足止めして 悲鳴の元へ急ぐぞ」





グラウンディが大地へ手をつけて式刻法術を発動し


距離を縮めていた野犬の群れが怯んだ隙をつき
遺跡を挟んだ反対方面へ彼らは駆ける





怒気をはらんで追いすがる犬達の牙や爪を


すんででかわし、ナイフやボールを投げ当てて退け


開けた場所へと出た二人の目に飛び込んだのは







地面に転がる目のない死体から一心不乱
髪や服を素手で剥ぎとっている村人達


それに混じって、腐った死体に群がっている

狼のような人間が牙と喉を鳴らし


そして中心には両目を貫かれ、血を流して
痙攣する悲鳴の主と


哀れな旅人を貫いた張本人であろう―





獣のような手を持った ルナルーが佇んでいた







とてもこの世のものとは思えない異常な光景に
両者はしばし釘付けになっていたが





気配に気がついたルナルーが


旅人を放り捨て、血にまみれた獣の爪を
向けて彼らへとこう言った





「帰レト言ッタノニ…ツクヅク人間ハ愚カダ


「…んだよコレ、なにしへんだも前ら!
なにしてるか分かってんのか!?





責め立てる少女の声に、しかし誰も答えない





無駄ダ、私ニ噛マレタ者ハ徐々ニ人狼ヘ変ワリ
忠実ナル配下トナル…貴様ラノ言葉ナド届カン」


「ぐっ…お前、なっなんの目的があってこんな」





威嚇のように低い唸りが闇を這い


機械的に動いていた村人達が、動きを止めて
感情のない瞳を二人へ向ける







息を飲んだ少女の代わりに道化師が鎌を引き出す





面倒だ、言わないなら頭を押さえるまでだ」


「本当ニ愚カダ…大人シク手ヲ引ケバ
今回ダケハ生キ延ビサセテオイテヤッタノニ…」


言葉半ばで彼女の声に獣じみた唸り声が混じり


銀色の剛毛に覆われていた手首の変質が
すさまじい速さで肘から肩へと侵食してゆく





侵食はそれだけに留まらず、しなやかながらも
女性的だった身体が骨格から変貌し


野性的な衣服の下にある皮膚は銀色の毛に覆われ


鼻の辺りが異様に突き出るのに従って口が大きく
横へと裂け、そこから白く鋭い牙が覗いて






…やがて一匹の人狼に変貌したルナルーは







「我ラノ主ノタメ、貴様ラヲ欠片ヲ残サズ食イ殺ス」





金色の瞳をギラつかせ、遠吠えをあげて地を蹴る







身構えた二人へ 彼女とともに背後の野犬も
同時に飛びかかって行き


数瞬遅れて、死体に群がっていた村人や人狼も続く





おあっ!こ、これしゃっファルリラレが
使えべえぇぇ!うああっ!


"式刻法術"な、だが著しく正論だ」





小さな身体を利用して屈んだり、走り回ったり

肩に担いでいた袋(式刻法術の本入り)を振り回して
どうにか奮闘するグラウンディの傍らで


赫色の鎌の特性を生かし 敵の動きを封じようと
部位を定めて撫で斬りするカフィルだが





数の多さと統率の取れた動きに翻弄され


中々、狙った通りには行かない







防衛に回っているウチに獣ならではのバネを生かし
死角から襲い来るルナルーの爪を全身に受け





左腕と足へ重点的に 深い傷跡が刻みこまれてゆく





「…このままでは、いずれ動きが止められるな」





血は出ずとも 伝わる痛みと動きの鈍さで
傷口の重みを理解した道化師は





じわじわと増える"人狼"と 逃げ切れなくなって
怪我を負い始めた草色の髪の少女を見やり


事態の突破を考えながらボロボロの道化服を探り





手に当たった物体を見て、色違いの眼の色を変える







「行ケ!」





高らかな吠え声をあげるルナルーに従い


人狼と野犬の混合軍が、闇に紛れて二人を追い詰め







―いざ喰らいつかんとした刹那を縫って





懐から取り出した、灰色の卵に似た物体の
端からはみ出ているヒモを引き抜いて


大きく牙をせり出した人狼へ向けて放り投げ





後ろに飛び退きながらその場に身を
大きく屈めてカフィルは叫ぶ


「伏せろグラウンディ!」





投げていた物体が目に入ったグラウンディもまた

一も二もなく頭をかばいながらしゃがんで





直後 激しい爆砕音を轟かせて明るい火花が咲く







爆弾屋・ポーネントから受け取っていた試作の
小型爆弾はたった一撃で人狼の頭を吹き飛ばし


爆弾の余波で散った火の粉が後続の者へ降りかかり


それが毛皮にまとわりつき、恐ろしいまでの
勢いで燃え広がってゆく





狂ったような鳴き声をあげて狼や野犬達は悶え苦しみ





「ウロタエルナ!ソノ場ニ転ガリ火ヲ消セ!」





被害の拡大を防ごうと、遠吠えを駆使しつつ
火の粉と炎を避けるルナルー達へ







「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」





手の平をつけた少女の声に答えるようにして


大地から吐き出された 槍に似たトゲの嵐が飛来する





ルナルー紙一重でかわしたが、他の人狼は
彼女ほど素早く反応しきれずに巻き込まれ


勢力の大半が大きく深手を追う





よっし!ころまま一気にタタミかきぇ…っ!」





続けて術を放とうとしていたグラウンディの
頭目がけて獣の腕と爪が伸び


鎌の刃がそれを瀬戸際で防ぐ





「ヨクモ…ヨクモヨクモヨクモ小娘ガ!目ヲ抉リ
四肢ヲ引キチギッテ内蔵ヲ貪ッテヤル!!



牙と爪を剥き出し、苛烈な気配をまとって


銀色の人狼が再び少女へ狙いを定めるのを
見てとり、カフィルが自らの身を盾にする





威嚇の唸りに合わせて周囲の獣達も体制を立て直し―







『飽きちゃったから引き上げてい〜よぉ?』





場違いに軽い、唐突な一声が空気を壊す







露骨な動揺を浮かべた彼女の隣に 黒衣をまとう
紫色の髪をした半透明な少年が現れた





主ッ…シカシ、私ハマダコノ二人ヲ殺シテマセン!」


ああそんなの後でもいいよぉ?だってオレが完全に
復活するのにぃ、まだまだ色々足りないじゃーん』


「モッタイナキオ言葉デス…デスガ、コノママ
引キ下ガッテハ私ノ気ガ収マリマ」


『だーからどうでもいいってばぁ、ルナルーの
ガンバリにも期待してんだぜぇ〜オレってさぁ?』


今回のは全部テメーの仕業かゲビライジュ!
ツミろないヤツら巻きこんで神がタダで済ますと」



何?文句でもあんのぉ?言ってみなよぉ…』





張り付いたような笑みを止めて、至近距離に
迫った顔面に口を挟んだ両者は凍りつく





『生きたまま死ぬまで死んだ後も延々と延々と永遠と
あとも残らねぇほど燃やしつくしてやるからサァァ?』






限界まで血の色をした目玉を見開いて


裂けんばかりに口を広げて笑う半透明の邪神の
顔つきは悍ましい本性を体現しているかのようで


その邪悪な雰囲気に呑まれ 反論を試みるものはいない






沈黙を答えと受け取り、エブライズは満足そうに
ゲテゲテと下劣な笑みを浮かべて消える







それを見届けて 人の姿へと戻ったルナルーが言う





「…退ケ、主ノ命ダ」







殺意のこもった眼差しを二人に向けて


悔しげに唸り、遠吠えをあげると彼女は
生き残っている野犬と人狼と村人全員を引き連れて





森の闇の中へと消えていった









……後には、哀れな犠牲者達と人狼の呪いから
開放された人間の死体が数人分転がるばかり





もちろん その数人にはトーカミ村の者もいる





「らあっ、な、なあカフィル…これどうすんだ?」


「放って逃げると余計面倒だろうな」





ため息をつき、道化師は辺りに散った犬や人の死体を
中央へと集めながら少女に指示する





「時間がないからまとめてになるが…
式刻法術で深い穴を作って、埋めてやろう


「埋めたは後どうすんだよ?また逃げんのか?


「…残って村人虐殺の罪を被りたいなら好きにしろ」





つきつけられた現実に、苛立ちを抱えて埋葬の
手伝いを行うグラウンディへ


…カフィルは 静かにこう付け足した





「俺も、邪神には煮え湯を飲まされ続けて
いい加減腹に据えかねている」












こうして当事者達が消えた この日を堺に


"奇妙な死体"の怪とトーカミ・ノサイヌア周辺での
旅行者失踪は止んだものの


これらの件とトーカミ村の住人が八割消失した
事柄についての真相は


哀れな死体と共に、闇へと葬られてしまった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:はい!年末ギリギリに間に合わせたくて
ぎっちり詰めまくりました!!


カフィル:詰め過ぎだな そのクセ著しく説明不足だ


グラウ:グロしゅぎだってーの今回の話っ!
どんだぎきぇシュミに走んだこのバカんん理人!


狐狗狸:いやーまあその辺りは申し訳ないかなと
思うっちゃ思うけどさー…痛い


グラウ:神反省しゃがるれこのヤロ!てゆーか
かまれたらオオカミにって…そりぇってどんどん
オオカミ人間が増えるってきょとか?


ルナルー:私ガ噛ンダ人間ノミダ、他ノ人狼カラ
別ノ人狼ガ生ミ出サレルコトハナイ


エブ:どんどん増やす感じにしてもよかったかなぁ


カフィル:冗談じゃない


グラウ:…そうひやデビバイズって、一体
カフィルになにしたんだよ?


狐狗狸:まあ瀕死の目は当たり前、生き埋めでの
長期地底生活とか怪物に命狙われたりとか
…その辺の話は気が向いたら書く予定




話の大元ネタは、某ホラー映画監督のやや
コメディな作品からです(原型あんま無いですが)


痛ましい事件の後に、たどり着いた村にて
思わぬ相手からの再会が…?