さぁさ奇怪 さぁ奇怪!


谷を抜けた先の町にて聞いた"奇妙な死体"の
ウワサを元にある村へたどり着く少女と道化


一見普通の村の周囲にも


身元も分からぬ死体が、いつの間にか
現れては消えるのだという


異変の中心が村の南西にある遺跡と聞き
訪れた二人も 死体を見つけ出し


つぶさに調べていたその最中


現れた謎の女からの忠告を受け―








銀髪の女が立ち去ってから 少し間を置いて





「な…なんだよアイツいきなり出てきて
帰れって!なんかしてっ、知ってんのか!?」


金縛りが解けたグラウンディが、叫んで道化を見る





「かもな 遺跡を軽く調べたら
村に戻ってあの娘の居場所を探すか」


「おー!神目立ちゅカッコしてたし
聞けばすぐ見つかんだろ!!」





グラウンディとて、雪原に入る少し前から
厚手のシャツとズボンの上に腿まであるフード付きの
マントを着用している程度に寒い地域で


毛皮とはいえ袖のない服、しかも腹まで晒した
露出度のものを着ている女は限られるだろう





移動しようとして ちらりと少女が先程まで
調べていた死体へと目を落とす





「でよーカフィル、ころ死体どうするよ?」


「面倒だ 今は埋めん」


「…今回(きょんかい)ばかりは同意っ」











〜十五幕 名無シノ蔓延〜











死体を街道の植え込みに放置したまま


彼らはノサイヌアと呼ばれる遺跡へ、さして
時間をかけずにたどり着く





元は神を奉る神殿か祭壇だったのだろう名残りが


かろうじて残った入り口らしきアーチと
点在する柱、階段つきの台座に見受けられるも


長い年月が建物の原型を見事なまでに崩壊させていた







「意外とこぎんまりとしたイセキだな」





天井のない遺跡の内部で、ぐるりと周囲を
見渡して少女が呟く





半端に残った壁は視線を遮るには役不足で


台座のある縦長の部屋らしき箇所を中心に

少し離れた左右に 部屋らしきものが二つずつ


地下への階段があると思われる場所は


崩れた石壁が巨大な栓代わりに入り口を塞いでいる







遺跡の周囲を歩きながら、丹念に目を配っていた
カフィルが立ち止まり彼女へと言う





「反応はないか…村に戻るぞ」


「この下は見なくていいのっか?」


「まだいい、少なくともそこは使われていない」


「なんでそーダゲンできんだよ?」


「"断言"な 著しい苔が証拠だ」





彼の言う通り、栓となっている石壁から床まで
おびただしいまでに繋がって生えている緑色の苔は


所々のムラこそあれど不自然に途切れてはいない







不承不承頷いて、引き返すカフィルの後に
従いながらもグラウンディが言う





「ころあと村で聞きこみするとしても
メシが先だかんな!」


「…死体を調べておいてよく食欲があるな」


「思い出しゃすな!せっかく忘れてぱのに!!」





ぶんぶかと強く振られる草色の頭を見下ろし
道化師はそっとため息をつく









トーカミの規模はさほど大きくないため


食堂は宿と兼任のものが一件あるだけだった





「あーハラへった!なに食おっか…ぶぁっ!?」





勢いよくハーフドアを開けた少女が、青い瞳を
限界まで丸くして固まる


追い抜かされた道化が背後から店内を覗い


その反応の原因を、理解する







探していた野性的な出で立ちの銀髪女が


料理で埋め尽くされたテーブルの一角に陣取って

猫背気味になり、ほかほかのパンや油の滴る
鳥モモ肉を手づかみで食べ散らかしていた





ほんの一瞬だけ入り口の二人へ視線をやるも


すぐに興味を料理へと戻して、豪快かつ
際限なく貪り続ける


彼女の横には 骨だらけの汚れた皿が高々とあった







「ななななななでんでいるんだよアイツっ!
てか食う量ファンぱねー!食い方きちゃねー!」


「落ち着け」





気休め程度に言葉をかけるカフィルの背後から





「ああ!アンタらもビックリしたろう?
スゴい食いっぷりだよなあ、あの若い娘さん」





カウンターにいた宿の主人が苦笑交じりに声をかける





「あの方のことをご存知なのですか?」


「いや、最近この村に来たばっかの旅人だよ
けどあのナリに食いっぷりのよさだろ?村じゃ
もうちょっとした有名人みたいになってるよ」


「なるほど…ちなみにお名前などは分かりますか?」


「確か ルナルーって名乗ってたよ
けどお兄さん、声かけんのはよした方がいいよ」


「何故ですか?」





問いかける道化へ、主人は丸みを帯びた鼻の頭を
ポリポリと掻きながら言葉を続ける





「オレや他の連中も色々聞いたんだけど
どうにも無愛想でね…ロクに答えちゃくれんのよ」


「あ!それさっきのホレらん時もそーだったぜ!」


「だろ?だからあんま関わらん方がいいよ
ウチとしちゃ金払いのいい客なんで文句ないがな」


わっはっはと笑いながら、手首の付け根に
豆粒ほどのホクロがある右腕を頭へやり





ハーフドアを開けて出てきたルナルーに


驚いた主人がそのまま固まる





油と食べカスで汚れた口元を拳と腕で荒々しく拭い


側の二人に構うことなく廊下を進んで
カウンターまで歩み寄った彼女が


革袋をドンと乗せて、口を開く





「金ダ取レ、足リナイナラ言エ」


「あ、ああ分かったからちょっと待ってくれ…」







あたふたしながら応対していた店員を呼び出す
主人を見て、食堂へ移動しながら彼らは言う





「なんつーかオッサンもカワイソボだな」


「確かに"可哀想"だな、著しく面倒な相手が客で」









食事を終えるとルナルーの姿がなかったので


翌日に話を聞くコトにして、死体や遺跡に関して
出来うる限りの情報を集めるが


生憎と大した収穫も無く


日も暮れたので彼らは宿へ戻ったのだが







「…っだがばあぁぁ!ふるしぇえぇぇぇぇ!!」





青年の話通り、風に乗っての遠吠えが村中に
響いて中々眠りにつけずにいた





「マジ犬うるせぇ!この村おとかしすぎだろ!」


「いや…犬だけではない」





取り戻した事により鋭敏さが増した道化の耳には


狼の遠吠えがノサイヌア遺跡から村の周囲にかけて
点在して聞こえている事が分かった







が、だからといって遠吠えが止むわけでなく





「オオカミぃ?だかららんだってんだよ
うるしゃいのはかわんねーだろ!もーオレ寝るっ」


文句を言いつつ、尖った耳を畳むように手で
包んでいたグラウンディは頭から布団をかぶった


彼もまた内心で辟易しつつ、身を休める











ほぼ夜明け頃まで続いていた遠吠えのせいか





どうにか睡眠をとったものの、少女は眠そうに
目をこすって唸り声を上げる





「うう゛〜まじゃだ耳の奥がガンガアンす
「ぎゃあぁぁぁー…!!」


けたたましい悲鳴に 閉じられていた道化の
色違いの両目が素早く開く





「カフィル!」


「ああ、行くぞ」







外へと出れば 村のほぼ中心辺りに人集りがあり


近づいてみれば それは現れた死体を
遠巻きに見ているのだと彼らは気付く





「起きて掃除しよ、しよっとしたら
この広場に死体が 死体が!」





最初に発見したらしき老婆へ短く頷いてから

カフィルは死体の側へ屈み、隈なく様子を調べ始め





気味悪がる村人の垣根をくぐりながら少女が訊ねる





「おいカフィル!昨日のシハイか?!」





道化師は間髪入れずに答える


「いや、別人だ」







遺跡へ進む前に発見し、調べた死体同様に
村に現れたこの死体にも髪と服と目玉が無い


だが 眼前の死体はまぎれもなく"男"だ





「ウショだろ…昨日の死体じゃ、ねべ!?」


「しっかり見ていないお前でも死体の性別が
著しく違うことくらいは見ていたハズだ」


「でっでも!仮り別人だからって死体にゃ
違いねーんだろっ?!」


「…異常はそれだけじゃない、来い
面倒だから一度だけ説明してやる」





歩み寄るグラウンディヘ 彼は声を低めて語り出す







まず、昨日の死体の口の中で繁殖していた虫は
寒冷地に生息している種類の蛾で


幼虫を孵化させる熱源と成長の養分として
主に腐敗した動植物へ産卵を行う性質を持つが


彼らの前に転がっている死体の口に幼虫は

一匹たりとも群がっていない





次に植え込みで見つけた死体と違い


この死体から漂う血臭は薄く、代わりに腐臭が
強まっているのだと言う





「極めつけは こいつだ」


ぐい、と道化師は死体の腕を持ち上げて
少女に注目するように促す





思い切り嫌そうな顔をしながらも


恐る恐る目を向けて…そして気がつく





「指にょ間り、ドロがつまてっる」





服のない どこか壊れかけた人形にも似た
丸裸の死体の端々をよく見れば


爪の間や耳の隙間 皮膚のシワなどに


黒い土の塊がこびりついていた





「触れた感触も著しく冷たい…おそらくは
泥土を洗い流したのだろう」


「ってコトはつまり…」





こくりと喉を鳴らす少女へ、道化は頷く





「"神出鬼没の死体"は、複数の死体と
第三者によって成り立っていると言うことだ」









村の者達は誰一人として死体に近寄らなかったので


許可を取り、代わりに村の端へと死体を埋める
ついでに二人が村に異変がないかを訊ねると


宿の主人を除けば 村の人間は誰一人として
行方不明になってはいないとの返答があった





けれども村に現れた死体は植え込みの死体よりも
古いものである可能性が高く


更に鼻の形や右手首付け根のホクロなどの
身体的特徴も一致していないため


同一人物でないことは明らかだった







「なんっかアヤシびなこの村…」


「著しく同感だ」





ざわめきの中に、かすかに不穏な気配を
感じ取ったカフィルは


植え込みにあった昨日の死体の確認とともに


トーカミやノサイヌア遺跡周辺から
そう遠くない村や町での聞きこみを優先する







「…オレらが死体見つけきゃの、ココだよな?」


「間違いない 僅かに腐臭と血臭もある」





無論、予想通り植え込みの死体は
影も形もなく消え失せており


更に情報を集めるうち、次の二点が判明する





"死体の出現とほぼ同時期に、辺りの町や
村での行方不明者が増えた"


"行方不明者は、ほとんど旅行者である"







「…どー考えがえても、あの村かイセキに
なんかあんるだろこれ」


「恐らくな、だが鎌に反応はない」


「マジで?じゃ死体のどれかにあの宝石(いし)の
力ぐぁが、っついてるとか?」


「否定は出来んが…調べた二つの死体にも
反応はなかった、今も何一つ反応はない」





周囲を狂わす"赤き宝石"が関与せずに
今回の事件が起こる原因や理由など


到底思いつかないので、少女は頭を悩める





「うーん…なぢょは深まるばかりか」


「"謎"な、何にせよ面倒だ」


「帰レト言ッタハズダ」





咎める口調に二人がハッと振り返れば







木陰から音も気配もなく、昨日の再現のごとく
ルナルーが現れた





「てめっ!あん時村にいらかっただろ!
今の今まで一体どごにいやがった!!」


思わず詰問するグラウンディだが





「アノ村ヲ調ベルナ 自分ノ命ガ惜シケレバナ」


「待てっ!!」





無視してそれだけを伝え、止める間もなく
彼女は再びその場から姿を消す





「逃げ足の早い…あの女、何がしたい?」


「知るかっ!あんな女の言葉テイロで神が
引き下がるとでも思ってんのか!

こーなりりゃトコトン調べんぞカフィル!」





すっかりと怒りに火がついたグラウンディが


気炎を上げて ズンズンと前へ進みだす





だが、まるでその声を合図にしたかのように


存外近くから狼の遠吠えが響き渡って
少女の足をすくませる


同時に道化師が何かに気づき、動く





「戻れ!」





固まっていた少女の腕を引いた直後





二人の進行方向、先程グラウンディがいた場所に


ドサリと重い音がして大きな塊が落ちてきた





「一体なん…っ!か、カフィル!こりぇっ!!」


「ああ…間違いない」







獣に食い荒らされた跡と強い血臭が惨状を物語り


服や髪や片目が残されている事実が、今までの
死体の法則から大きく外れているが





見覚えある彼の顔だけは…同じく恐怖に歪んでいた





「消えていた、宿の店主だ」








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:五時前ギリギリで11月に間に合わせたくて
ぎっしり展開詰め込んだので、相変わらず駆け足っす


グラウ:だーらヨユブもって書けっつってんだろ


カフィル:"余裕"な 著しく懲りん奴だ


狐狗狸:(無視)前回同様、今回も割合寒い地方
なのでカフィルだけでなくグラウもマント着用です


グラウ:これ破けっしジャマらがらあんまつけたく
ねーんだけど、風邪引くってこいつがよー


カフィル:長期滞在になる方が面倒だ


狐狗狸:旅費かさむしね…あとハーフドアって
正確に言うとウェスタンドアなんだけど
異世界ファンタジーにウェスタン無いから


ルナルー:ドウデモ良イ、早ク続キヲ書ケ




マントローブ=足首まで覆えて袖あり
マント=モモまでで袖なし、って分類です


村への疑いが強まる中 二人は死体の謎を追い…!