さぁさ奇妙 さぁ奇妙!


岩を喰らう異形の竜と相対するも

あわや谷底へと落とされる少女と道化


かばわれた少女は奇跡的に無傷となるも
代わりに道化師が重傷を負う


逃亡と手当てを挟むもなお追ってくる竜を


二人は手分けし 策を立てることによって
見事撃退に成功する


その際に竜の口から吐き出されたのは"赤き宝石"





一見 運に恵まれ調子付いているように
見える彼らの道行きだけれど


無論それだけで済むハズはなし―








あの後、雪の残る谷を無事に通り抜けて


とっぷりと日も沈んだ頃合いにドバンの町の
明かりを見つけ たどり着くことが出来たので


極限の冷えと空腹と疲れを訴え続けていた少女が


にわかに生気を取り戻し、道化師の袖を引きずって
目についた食堂へと駆けこむと


手近な席にどっかり座ってフード付きマントを
素早く脱いで背もたれにかけながらメニューを眺め


すかさずウェイトレスへと呼びかけた





「季節野菜とキノコのサララとリラチョの
ホワトイスープあと地ガモゴーストと、しょきゅごに
このプッカルチーズスフレってので!」



えっ!?ええとご注文繰り返します」





あわてふためくウェイトレスへ、フードを取り
仕事用の微笑を浮かべたカフィルが口を開く





「サラダとホワイトスープ、地鴨ローストに
スフレはナシで グリルチキンセットと水を
一つずつでお願いします」











〜十四幕 名無シノ憂鬱〜











注文を変えられてふくれっ面になりながらも


やってきた料理を胃袋に入れてひと心地ついたのか

満足した顔で グラウンディが紅茶をすする





ふぃーあったけ〜やっぴゃ食後のイッパイは
コーティーより紅茶が一番だな」


「"コーヒー"な、少しは遠慮を知れ」


「うぃいじゃねーかよ明日ジョーホー集めがてら
また芸をやるんだろ?そこで稼ぎょーぜ」


「著しくのん気だな」





食後のデザートを頼む気満々にメニューを眺める
少女へ、呆れつつも釘を刺そうとした時







「おいおいルッポぉ、そりゃマジなのかよ
酔ったオレら騙そうってハラじゃねーだろな?」



いがらっぽいダミ声が店内に響き渡った





視線を向ければ二人から少し離れた壁際のテーブルで


ナマズヒゲの中年を囲んで、二人の中年が
赤ら顔を突き出しており


彼らに挟まれたナマズヒゲは声を震わせ


ジョッキ片手に疑わしげな視線へと噛みつく





「マジなんだって!ホラなんかじゃねぇよ!」


「行き倒れがたまたま息を吹き返したとか
誰かに担がれたとかじゃねーのか?」


「そりゃオレだって信じらんなかったよ…
けど、埋めた時にもよーく見たから間違いね!
ありゃ絶対ウワサの目無し死体だ!!





穏やかじゃない単語に少女と道化が顔を見合わせ





「失礼いたします、それはどのようなお話ですか?」


な、何だアンタぁ?エラい派手だな」


「失礼、私(わたくし)旅ながら道化師を
しておりまして 不思議な話に興味があるのです」


「ふ、ふーんそうかい だったらちょうどいいや
兄さんもぜひオレの話を聞いてってくれよ」







ナマズヒゲ…もといルッポはドバンを含めた
ここいら一帯を渡り歩く行商人ながら


馴染みの店の商品配達などを手伝うこともあり


その日も、トーカミという村の酒場へ運ぶ
酒樽を馬車に積んで街道を進んでいた





死体を見つけたのは、村までの道程が概ね
半ばに差しかかったところだったらしい





「最初は行き倒れかと思って駆け寄ってみると
そいつ素っ裸のままピクリともしてなくてよぉ」





頭部には髪の毛もなく…どころか眼球があるハズの
部位はまぶたごと抉られ黒い空洞が開いている


身体に獣に引っかかれたりかじられたらしい跡と
相応の腐敗箇所はあったものの、これといって
ヒドい傷や致命傷らしきものも見当たらず


彼はこれが"最近ウワサの妙な死体"かも
知れないと思った





「死体のウワサは以前からあったのですか?」


「ああ、このところ騒がれ始めたんだよ…誰かも
分からんおかしな死体があちこちで出たり
消えたりする、ってな」





だが話には聞いていても、まさか本当に死体が
勝手に動き出したりなんてするワケない





そう思ったルッポは 配達時間に余裕があるのを見て


簡易ながらも側の木の根元に穴を掘り
横たわっていた死体を、そこに埋めてやった





それなりの疲労とささやかな満足感を味わい


商売の話もそこそこに村での配達を終えて

受け取った料金を納めにドバンへと引き返す





その道中で、ふとさっき埋めた死体の方を見て





「オレは見たんだ…木の根元にぽっかり空いた
人一人分の穴と、掘り返した土の跡を…!」





にわかにウワサが真実味を帯びてきた事に
怖気を感じ、振り払うようにルッポは否定する


きっと野犬か何かに掘り返されたんだ


死体が動くなんてあるはずない、そう思いながら
ドバンへと走らせていた馬車が





何か大きくて弾力のあるモノを踏みつけた





……無論それは、土で汚れた比較的新しい
目と髪と服のない死体であった





直後 彼は悲鳴を上げて町へ駆けこんだらしい







「もうオレしばらくあの道は通りたくねぇ…!」





深刻な顔つきでうつむく行商人を


さすがに重症と見て、側にいた二人が
やんわりなだめる





「ま、まあ災難だったなルッポ とにかく
そーいうのは飲んで忘れちまえ!」


そうそう!きっとなんかの偶然だって!
それに日も経ってるし片付けられるかどうかして
死体なんて、どっかに消えちまってるって!」


「そ…そうかな?あ、アンタ道化師だっけ?
どうかな?おも、面白かったかい?」


「ええ…貴重なお話をありがとうございました」







無理に笑う行商人とその知人たちに軽く会釈して
別れた道化は近くの宿で部屋を取り


先程の、ルッポの話の真偽を確かめるべく
明日 街道へ調べに行く事を彼女に告げた





「そりゃいいけどよ、動く死体めぇ…」





嫌そうに顔をしかめてから、グラウンディは
ベッドに腰かけた状態のままでふと訊ねる





「とろりょでさ、竜が飲みこんでた宝石で
今度はどこ取り戻しったんだ?」


「耳だ」


みみみぃ?じゅいぶん地味だな」


「…俺にとっては著しい進歩だ」





言い方こそは素っ気ないが


低い声音にはほんの僅かに喜びがにじんでいる





旅を始めさせられた直後はほとんど物音を
聞き取る事が出来ず、ほぼ無音の状態を強いられ


鍛錬を積みながら長らく過ごす事よって慣れが生じ


近年では"綿を耳に詰めた"程度にまでは
聴覚を取り戻していたものの


やはり、極端に制限されていると
不利な感覚の一つではあったので





今回両耳を取り戻せたことは


カフィルにとって幸運だったと言えるだろう





「ふーん、あぽふゅ…あっそ」


興味なさげに返事して、ベットにごろりと
仰向けになった少女は







ハッと重大なことを思い出して再び身を起こす





「そいりゃ腕は治したけれどよ、お前確か
セイオメイリョクだっけか?吸わなきゃないんだよな」


"生命力"な…分けてくれるか?」





左耳の筒状(カフ)ピアスに触れる道化を見て
思わず身を硬くしてゴクリとつばを飲みこむも





「うぉっおおう!どどかどーんと来い!


少女は目を閉じて、震えながら腕を差し出した





やんわりとその腕をとられ 具現化された鎌の刃の
先端がちくりと肌を刺したのを知覚して


グラウンディはこの後待ち受ける虚脱感を覚悟する





…が、予想に反して小さな身体を襲ったのは


寝起きの直後のような、ごく軽い気だるさだった





「…アレ?」


「どうかしたか」


「いや、みゃっ 前の時ばガッと吸ってったのに
今回やけに神あっさり済んだなーって思って」


「無茶をしなければ、基本この程度で事足りる」





淡々とした説明に、なんとなく納得しつつ

汗だらだらな少女は必死で怖さを隠して言う





「へ、へーああしょっそう ならこれで次は
しばらく平気でいらりぇるってことか」


「面倒な消耗をしなければな」







…自分で協力すると決めたとはいえ





この時ばかりは、次の"補給"が出来る限り先の機会に
来ることを強く念じるグラウンディだった











翌日ドバンを出た二人は 行商が使ったという街道を
道なりに歩いてトーカミへと向かう





「ま、まりれ死体なんてあんのか…?」


「さあな、だが確かめる価値はある」





"裸で目のない"死体に注意して彼らは村を目指すが







…特に何もなく、村の入口と柵が見えてくる





「へ、なななんだよ死体ねーびゃん
やっぱあのオッサン神ビビりすぎじゃねーの?」


「なら背から離れろ、著しく歩きづら」





言いかけて、視線を感じ


立ち止まってカフィルがあたりを見回すけれど

生い茂る木々と道と村以外には何も見えない





でゅおっ!どどどどうしししたカフィル?」


「…面倒だ 手早く聞きこむぞ」







マントローブを脱いだ彼が、芸を披露しながら
目星をつけた村人にウワサ話の真偽を訊ね続けていると





一人の青年が二人を呼び止め、適当な物陰に
呼んだ後にクワを柵に立てかけてこう言った





「実はこれ、ここだけの話なんだけどよ」





声を潜めた彼の 定番の前置きからの情報によると


村からすぐ側の南西の森にある、ノサイヌア
呼ばれる古い遺跡を中心に


顔も名前も死因すらも一切わからない死体が
現れては消えるという






「村に来たり、出かけるヤツにも見たのがいるが
ほっとくといつの間にか消えちまうみたいでな」





どれほど深く埋めても、掘り起こされて別の場所に
横たわるらしく 気味の悪さに死体を捨てたり
燃やしたりして片付ける者も少なくはなかったが


それでも、変わらず死体は現れるのだという





「おかげで村への客足も減るわ、どっかから
増えた野犬どもの遠吠えもうるせーわで散々だ」





顔をしかめた青年は、キョロキョロと周囲を
伺ってから"おまけに"と続ける


「ノサイヌアに立ち寄った旅人でよ…
"バケモンを見た"ってヤツがいるらしいぜ?」


「その旅人は、いまもこの村に?」


「いや、ビビっちまったのかさっさと出てったぜ
ゆうべも死体がここの近くで出たらしいからな
オレだって正直こんな村、出ていきたいと」





言いかけた彼の耳を、現れたいかめしい顔の
中年が力強く引っ張った


「コラ!ヨソ者相手に油売ってるヒマが
あったら働けこのろくでなし!!」



「いでででで!」





中年は道化と少女を一瞥し、青年を引っ張って
自分たちの畑へと戻っていった





「いきなりあらわらりぇ…現れんなよもー」





去った中年へ文句を言って、グラウンディは
ふぅと大きくため息をつく





「けど死体はともかく 村はとりあえずフチュブだな
で、死体とイセキどっつ調べるよ?」


「"普通"な…」





微妙に眉をしかめていたが、間を置かず
道化師は答える





「まだ日も浅い、死体を探すぞ









地図に遺跡の位置を書きこみ、その場所と村を
基軸に散策して歩いて十数分後





街道からやや離れた植えこみの側に


青年が言った通り、丸裸の死体が転がっていた





うげっ、ほ、本ひょにあった…!」


予想していても、あまりの生々しさに
目を背ける少女とは別に


彼は死体の側へと近寄って その身体を調べる





「まだ新しいな…血の匂いが強い」





腕や頭皮をさらけ出している頭などに獣の牙や
爪などが点々と刻まれているが


注視すればそれらの傷はさして深くはなく


匂いの一番の元が、まぶたのない両目だと気付く





「なっ、なんきゃその死体のハオ
叫んでるよーに見えねーか?





チラ見している青い視線に促されて"顔"を見れば


繁殖のために虫が出入りしている口は大きく開かれ

全体的に強張った表情となっている


まるで、"恐怖に顔を歪ませた"かのように





先程の青年が言った"バケモノ"の単語が
頭をよぎり、思わずカフィルは呟く





「…面倒だな」


「おっおいまだ調えるのかよ!もう死体はいーだろ
早いときょイセキ行こーぜイセキ!」





ローブの端を引っ張っていた少女が、近くで鳴った
葉ずれの音に反応して固まる


道化も身構える中 ガサガサと葉を鳴らして





両者の視線の先の、木々の合間から一人の女が現れた





野放図に伸びた銀髪を無造作に後ろでくくり


白い毛皮襟となめした皮による袖の無い服から
健康的な肌色の、しなやかでたくましい両腕と
深く割れた腹筋が露になっている


片足が半分だけ露出している紺色のズボンの裾と
ベルト部分にも白い毛皮が縫い付けられており


足は簡素な茶色の革靴をいるようだ





どこか野性的な出で立ちの彼女は、金色の瞳で
射抜くように二人を睨みつけると





「帰レ」





たった一言だけ告げて 踵を返して去っていった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:二ヶ月ほどすっ飛んだ分、二話更新にて
取り戻す!…つもりです


グラウ:どーだか、アケになんねぇからテメーは


狐狗狸:"アテ"にされても困るんだけどね…
しかしコーヒー飲めるの?お子様味覚なのに


グラウ:あん?神に不可能らんてねーんだよ!


カフィル:ミルクと砂糖で苦味を駆逐しなければ
口にも出来んクセに、面倒な見栄を張るな


グラウ:ってにゃんれ悪口だけ神長くさべった!


狐狗狸:ああ、そんなこったろーと思ったよ…




道化師は燃費がいいので、補給を怠るか
無茶しなきゃ生命力は長持ちするそうです


…謎の女の、警告は何を意味するのか?