さぁさ遭遇 さぁ遭遇!


爆弾屋と村人の活躍によって道は開通し


ラクミ村を後に 伝承の真偽を確かめるべく
谷底を目指す少女と道化師


雪に包まれた山から沿って洞を抜け


切り立った峡谷から崖を見下ろしつつも

大きな岩棚のかかる橋へとたどり着く


その先にあった谷底に通ずる洞窟を
塞ぐ巨大な岩盤を退けようと


意気揚々と少女が 可憐なその手で触れた刹那―








目を見開いた岩石…いや、岩石のような質感の
皮膚を持つ巨大な生物からグラウンディが身を引くと


ほとんど同時に生物は丸めていた身体を伸ばし


面長ながらも巨体に見合う巨大な口を開いて
地を這うような低い咆哮を上げた





「ふぇえええっ!?」





間近でのド迫力にしりもちをつき、一瞬呆けてから

我に返ってカフィルの側まで這い戻り


彼と生物とを交互に見ながら彼女は生物を
震える手で指差す





「こ、こいつぎゃ竜…っ竜出たじょ!竜るうるる竜竜!


「分かってる」





素っ気なく返してはいるが、生物が動き出した時点で
道化師も内心驚いて 警戒を続けている





生物…もとい"竜"は二人の邪魔者を視界に捉えると


右側の岩壁にかじりつき、大きく岩肌を抉り取って飲みこみ


数多の飛礫(つぶて)として勢いよく吐き出してきた











〜十三幕 竜トノ攻防〜











「うわわわわわわわっ!」





グラウンディの腕を引くついでに道化師は横へと飛んで
大半の石くれをやり過ごし


左耳のピアスから赫色の鎌を具現化して





「動きを止める、援護しろ!


叫びながら、竜に向かって突進していく


その合間に再び竜の口内から石が発射されるも、鎌の柄や
腕で防ぎ払われ あるいは刃先で叩き落されて逸らされる





迫ってくる相手を迎え撃つために


ずんぐりとした巨体を持ち上げ、短い手足で竜が
這うようにして前へとせり出したのを見て


グラウンディが勢いよくその場に屈みこんで





「"全ての意志はここにあり!!(レェサニサ)"」


足元の地面へ手の平をつけ、強く唱える





叫びに呼応し、まるでモグラが高速で掘り進んで
いるかのように 手の平の地面の表面が線状に隆起して


導火線に似た線が竜のアゴ下へと到達した直後


地面の岩石によって出来た"拳"が突き上げるように
出現し、開かれた巨大な口を衝撃で閉じさせた





くぐもった悲鳴が漏れた 次の一瞬で


踏み込んだカフィルが、のけぞるように
持ち上がってゆく竜の胴体へ切りつける





耳障りな音が響いて 赤く輝く鎌の切っ先から
硬い手ごたえとわずかな脈動が伝わってくるが





切られた傷口は皮一枚レベルの浅手にしかならず


竜本体は、ギロリと恐ろしい視線を
道化師に向けて雄叫びを上げる





「なるほど…これは面倒だ」





持ち上げられた反動で倒れてくる巨体に
押し潰されないよう 彼は再び大きく距離をとる





が、竜は倒れる勢いを利用して身体を丸め
岩石のような形状へ変化すると


力を溜めるようにその場で縦に回転を始めた







「な…らんかヤバイだろアレっ、逃げるぞ!


「同感だ」





思った時には既に手遅れで 二人が橋の向こうへ
引き返そうと走り出したのと同時に


すさまじい回転を推進力に竜の体が接近する





突進は生み出された岩の拳をあっさり砕いてなお止まらず





逃亡が間に合わず、避ける隙間すらもなかった二人は


あっさり崖へと弾き飛ばされて宙へと放り出される





「ふゅえぇっ?!ひんぎぃにゅああぁぁぁぁ!!





悲鳴を上げて落ちていく最中


グラウンディへと伸ばしたカフィルの手が届き


そのまま掴んだ腕ごと彼女を引っ張って―





落下した二人を受け止めた谷底の雪が大きく抉れ


粉雪が煙のように勢いよく飛び散った









…少しの間をおいてから、グラウンディが反射的に
つぶっていた目を開き





頭を振って、かかった雪を払いながら身を起こす





「…〜ってえぇぇ!みゃじ死ぬかとほもった!


「動けるか?」


「ああ、アザだりゃけだがなんとかな」


軽く頭を振る少女は 当人が言う通り確かに
いくつかアザがあるもののほとんど無傷だった







しかし、自ら下敷きになることを買って出た彼は





「っげ!かかかカフィフィ、カフィル!?
お前そのウデっ」






落下の際の打ち所が悪かったのか 左側の手足が
おかしな方へぐんにゃりと曲がっていた





「折れてるな、どちらも」


「オチチュキはらってるバヤイか!つかどちらもって
足もか!?足もにゃのきゃっ!?」



「落ち着け 単なる事故だ」





表情だけは普段通り淡白に答える道化だが


起き上がろうとしても力が入らず震える半身を
見せられてしまっては返って逆効果だ





うしょちゅくえ!ロクに起き上がれねぇくせにっ
じっとしてるろ、今オレの術で治し…ふおっ!?





腕を引かれたグラウンディと入れ替わるように
前へと出たカフィルの右腕が


吐き出された竜の飛礫を弾いて防ぐ







仰ぎ見れば、崖の上から伸ばされた竜の顔面が
引っ込んで 間を置かず岩石形態を岩棚から覗かせる


…どうやら転がり降りてくるつもりらしい





「マジきゃよ、あの竜まだオレら狙ってやがる!」


「敵視されたか…面倒だな


苦々しく呟きながらも、体勢を立て直そうとして
上手くいかず 彼は痛みに眉をしかめる


いびつな球体が、音を立てて傾き落ちてくる





「チックショここでむかうぇうってやらぁ!」





法術を使おうとする彼女の腕を右腕でつかんで
カフィルは視線である一点を指し示す





そこには、数メートル先に人が通れるくらいの横穴







「逃げるぞ 肩を貸してくれ」





短くうなづき グラウンディはわきの下から彼の左側を
その小さな身体で支えて担ぐ


ぎり、と歯を食いしばってカフィルも歩を進める





深い雪に足を取られそうになる彼らの背後で
転がり降りてくる轟音が大きくなり


一際大きな衝撃が地を揺るがし、落下した竜が


逃げる二人目がけて丸めていた身体を伸ばし







大きく開いた口からせり出した牙が岩に突き刺さる





うひゃっ、あびゅねー…」





間一髪で横穴に潜りこんだので すれすれで牙に
かかるのを逃れた二人だが


かまわず牙は岩へ食いこみ、ピシピシと横穴の入り口に
細かいヒビが入り始めている





うげぎゃげっ!カジリ食う気かあにょ竜っ!」


「だろうな…奥へ行くぞ」





幸い横穴は行き止まらず外に繋がっていたため


竜が岩をかじり進む間に、道化を担いで少女は
谷の入り組んだ道や洞窟を通って


途中 迷ったり袋小路に突き当たりかけながらも


必死に背後や左右に迫る音から遠ざかる









「っくは…こ、きょこまれ来ればダイジョビだろ」





暗雲垂れ込める空の下で、赤い顔で荒い息をついて


彼を側の岩に下ろしたグラウンディは左足に両手を置き

まぶたを閉じると 手の平へ意識を集中させる





「…"全ての意志はここにあり(レェサニサ)"





手から放たれた白い光に柔らかく包まれて


ゆっくりと光が収まった後、痛々しく曲がっていた
左足の骨折は完治していた





そのままグラウンディの手が左腕へと滑り





低い地響きと、ガリガリと岩を削る音とが
存外近くから聞こえてくる


「どきょまれついてくんだよあのデカ竜ヤロー…!」







舌打ちをする少女をよそに 音に耳を傾けたまま
黙っていた道化師が、ボソリと呟く





「耳を貸せ」





訝しげながらも寄せられる尖った耳へ





竜の持つ硬い皮膚と高い体力、そして逃げている合間
ふと考えついた"ある可能性"を告げ


その上で彼はこう言った





「奴に付け入る隙と、手段がある」





思いついた作戦を一通り語って





「要(かなめ)はお前の術だが…いけるか?」


おおよっ!神をさんじゃんビビらした罪を
アイツにつぎゅなわせてやるぜ!」





訊ねたカフィルへ グラウンディは胸を叩いて答えた











…音が大きさを増し、やがて岩肌にヒビが入り





谷の岩壁をくり貫いて現れた竜が、銀髪の道化を
視界に入れると 真っ直ぐにそちらへ進み出て


それと同時に相手が背を向けて遠ざかる





足を止めようと竜が石を吐き出すが紙一重で避けられ


けれど、だらりと左腕を垂れ下がらせたまま
ゆっくりと逃げる彼を追いかけんと


腹這いになったままで短い四肢を使って竜もにじりよる





道化が黒々と開いた洞窟に入っていくのを見て

竜の歩みも自然と速くなる





ほぼ谷全体が行動範囲となっている竜には、その洞窟が
やや長めのトンネルに近い場所である事と


その先が切り立った崖の突端になっているのを知っている





逃げ場の無い獲物を追い詰めるように、平たい身体で

洞窟内を埋めながら一歩 また一歩と歩んで行き





出口に到達した辺りで、竜の動きが止まった







洞窟の外 見通しのいい突端の ギリギリで待ち構える
右手に"赫い鎌"を持ったカフィルを目にして





「罪は無いが、覚悟してもらおうか





通りのいいその声に反応を見せず


目の前のエサヘ食いつかんとして、あるいは飛礫を
吐き出して崖から再び追い落とすつもりでか


ともかく竜が出口から外へと身を乗り出して


人一人楽に丸呑み出来るぐらいに口を大きく開いて―







「"全ての意志はここにあり!!
(レェサニサ)"」






自分のすぐ隣で聞こえた少女の声に、竜が反応し
行動を起こすよりも早く


出口の上から 洞窟を塞げるほど巨大な石版が落下し


内部に納まっている胴体と、外にはみ出した半身を
二つに断ち切る勢いで直撃する






頑強な皮膚を持つ竜といえども、上から降ってきた
岩でのギロチン攻撃はひとたまりもなかったらしく


衝撃を受けた反動で大量の岩石を口から吐き出し





その場にぐったりと昏倒した







「う…動かないよにゃ?うまくいったよな?」





法術で壁に擬態させた岩陰に潜んでたグラウンディは


しばし倒れた竜の巨体を眺めたり、足の先で恐る恐る
つっついたりを繰り返して動かないのを確認すると





「……どんなもんだだいっ!神バツの味はっ!!


誇らしげに歓声をあげ 僅かな隙間をすり抜け
石版を退かして外へと出る





「おいカフィル、ケギャねーか?」


「"怪我"はない…が、収穫はあった」





言って 鎌を小脇に抱えた彼の右手には





鎌と共鳴するように妖しく輝く、"赤い石"があった





「そ、しょれって"身体"の宝石…!


「やはりコイツが飲みこんでいたようだ」





先程の岩石のうち、道化師は自らに被弾しうるものを
体術と鎌だけで捌いて事なきを得た直後


倒れた竜の側に転がる石くれに混じった宝石を見つけ


自分の推測が正しかった事を理解した





「竜があんなしつこっかた、たのも宝石のせいか」


"だろうな"と頷いてカフィルが宝石を鎌で断ち切り

封じられていた身体の部位を取り戻す





間を置かず ぴく、と身を震わせて竜の目が開いた





ひっ!ななななんりゃヤンのかっ!?」


硬直し、思わず身構えて威嚇するグラウンディだが


彼女の予想と裏腹に 竜はのそのそと洞窟へ後退して





…そのままどこかへと姿を消した





「もう俺達に興味はないらしい」


「へ、へん!ジャマアみやがれこのヤロ…っくし!





ずずっと鼻をすする少女と、今にも何かが
降り出しそうな空模様とを仰いでカフィルは言う





「長居は無用だ 谷を出るぞ」


「おお、しょれとお前の腕も治さないとや?」


「…後でいい」





それでも治療を引き下がろうとしないグラウンディに


荷物から予備の皮袋を押しつけて、道化師は
雪を踏みしめて歩き出す








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:季節感真逆ですが、竜との戦いも終わり
雪つのる谷の話はいったん終了です


グラウ:なんでサボり記録の方ろ伸ばすんだよ…
マジメにやりゅきないだろ?お前


カフィル:著しく成長のない…


狐狗狸:あ、あるって!ありますって!!
だからそんな養豚所の豚を見るような目は止めて!!


グラウ:それれ?カフィルの身体は次どこが
戻ったんだよ?まさか決めてないワケじゃ


カフィル:…言ってやるな


狐狗狸:哀れみの眼差しも止めてください!
本当に反省してますから!スンマセンでした!!




竜の外見はどっちかっていうとワニに近いです
基本 岩石を主食としてます


谷を越えた地で広まる、奇妙な死体のウワサとは…?