さぁさ厄介、さぁ厄介!


谷への山道を塞ぐ雪壁を除くべく訊ねたのは

偏屈な人柄ゆえに嫌われる、業務熱心な爆弾屋


道化とは違う怠惰さと 傷痕を抱える彼に


にべ無く断られ 二人は一端 出直す事を
余儀なくさせられる


そうして戸口の前へと向かいかけた折に現れた


教義と職務に忠実な、若き修道女の姿と
淡い灰色の瞳とを目にして


爆弾屋の店主は何やら 様子がおかしく…?―








「あの、どうかされましたでしょうか?」





続けて問われ、ポーネントは我に返った





「いや、何も問題ではない…それでお嬢さんのような
慎ましき修道者が我輩に法を説こうというのかね?」


「は、はい 神は私たちを見守り支えとなって下さいます
勤勉に働き 祈りと感謝とを忘れずにいればきっと救いを
もたらしてくれることでしょう」


「…それは商品だけは買うくせに我輩には感謝の代わりに
悪罵を浴びせる村の連中も、かね?それとも神を敬わぬ
我輩こそ地の底 亡者の国へと堕ちるべき不遜だと?」


そ!そんな事はございません!今からでも
悔い改めれば きっと神はアナタをお許しくださいます!!」


「オレらったらイヤだけどなこんなおっさん」





いー、と歯をむき出す少女を無視して
店主は実に気だるそうに言葉を吐き出す





「生憎だが 勧誘は間に合っている…我輩に必要なのは
明日を生きるための糧のみなのだよ」


「間違ってはおりません、けれど感謝と加護がなければ
人は生きる意味を失ってしまいます」


「お嬢さん、人というのは支えを失おうとも
食うものさえあれば勝手に生きられるのだよ」


「…それが、死した生だとしても?」


「問題など無かろう?人などはいずれ死ぬのだから
死んだように生きたとて 変わりは無い」


道化師の問いに答える際の眼差しは 虚ろで暗い





気力の無い…けれども自分の言葉を拒否し続ける
ポーネントにめげる事無くセンティフォリアは食い下がる





「…私に何か、出来ることはございませんか?」


「いや…特には何も、人が人を思うその気持ちだけで
十分賞賛に値する 例えそれが偽善や習慣などから
来る押し付けがましいものであったとしても」


「そんな、私はただ 神への感謝と人々への幸せを願って」


「分かっている、貴女のような敬謙なる女性が
そのような邪で無責任な思いで行動するハズが無い」


一つため息をついて 彼は噛んで含めるように言った





「だが…我輩は商売人でね、品を買わないのならば
どのような者も客ではなく邪魔者だ 帰ってくれ





うなだれる修道女の肩を叩いて カフィルが静かに告げる





「日を改めましょう」


「ええ…けど、私はあきらめません…」


頭を下げて出て行く彼女がドアをくぐるのを見つめ





不意に、ポーネントがその背に呼びかけた











〜十一幕 深マル進行〜











「時にお嬢さん…ルクという町にご家族や親戚などは?」


「いいえ、私は修道院で育った孤児です
何故そのようなご質問を?」





首をかしげるセンティフォリアへ 彼は興味を
無くした様に素っ気無く言い放った





「いや…気にしないでいただこう、愚かなる男の
たわ言と聞き流して戴きたい」







青い衣が見えなくなって 残る二人も続いて扉を潜り





「…やれやれ 少し厳しく言い過ぎたか、宗教などは
得てして強引だが 全ての責が彼女にあるワケではない」





少女の尖った耳が、小さなその呟きを拾った





「おっさん、もしかしけセンティのコト」


言い切る前に 店主が手元に握った工具を投げつけ


それは狙い違わずに彼女の側の壁に刺さった





「ひょわっ危ね!」


「もしも無意味に我輩を詮索するようなら、先程
手がけていた爆弾を利用して村諸共消え去るくらいは
造作も無いのだぞ、口には気をつけることだ」


「い、意外とおっとろしーこと考えんなおっさん…」





鋭い視線に、引き気味になりながら退散した
グラウンディだが その口元はニヤついている





「著しく不気味だぞ」


「しっっつぶれいだなお前、せっかくオレが
スンバらしい神案を思いついたのに!」





やる気を見せる相方へ、道化は溜息混じりに釘を刺す





「…面倒だけは増やすなよ」







諦めに近い了承を得て 早速少女は先程別れた
センティフォリアに会いに行った







「いっいいい色仕掛け?!


しーっ!コウェがデケェ!!」


「ご、ゴメンなさい…でも 私は神に仕える身なので
そういったふしだらな行いをするのは…」





眉をひそめて言う修道女へグラウンディは

ちっちっち、と軽く指を振る





「にゃにも本気で付き合えってコトじゃらねーよ
ちょこっとアイトッ、アイツと仲良くなりゃいーの」


「で、でも私、男の方と親しくなるなんて…」


安心しろって!きっかけや神サクッセンなら
オレたちが考えてやるから!!」





店で見せたポーネントの反応を"脈アリ"と想定し


彼女に惚れさせることで、協力を仰ごうと
少女は企んだのであった





「そにれっ、成功すりゃセンティだって
カンユーが上手くいくだろ?いいコトじゅくめ!


「それは…ちょっと違うような」





とは言え結局、強引さに押し切られる形で修道女も
首を縦に振ったのであった









それから彼らがラクミ村に滞在しての三日間





「村の方にいただいたパンで サラダサンドを
作ってみたんですけれど、いかがですか?」


「わざわざ我輩に差し入れとは、いやはや予想も
していなかった…しかし気持ちだけで十分だ」


「あの、差し出がましいかもしれませんけれども
お食事の方はいつもお一人で…?」





爆弾屋店主・懐柔作戦が果敢に実行された







…のだが、ポーネントの面倒臭さは半端なかった







「気分転換に、少し外の空気を吸いませんか?」


「せっかくだが遠慮させていただこう、我輩には
村の連中と吸う辛気臭い空気よりも火薬と機械油の
入り混じった芳香の方が数倍もくつろげる」





彼は基本全く店から出ず、ほとんどを爆弾作りと
退屈げな店番とに費やし


口から出るのは 遠回しなだけのひねた弁舌か

爆弾についての賞賛語り






     おまけに計画者側の三人が三人とも"恋愛"などには疎いため


数少ないきっかけや作戦も、次々と潰えていく







時には"無理やりでも何かハプニングを"と考えて





「ケムくしちぇらるぜ、いーかげん外出やがれ!


少女が 店の裏手にてこっそり生み出した焚き火の煙を
室内へと入り込むように、手持ちの本で仰いだが





「"主の流涙、意により恵みとなれ(ウナティア)"」





即効で見つかった上に 術によって空中から
生み出された水により敢え無く消火された





「ほめっ、ファスミラヘ使えんの!?


「式刻法術か?愚問だな、我輩の仕事は火気厳禁
故に水を生み出す必要性がある それだけだ」





無論その後、カフィルも呼び出されて両者がこってり
嫌味を言われまくったのは言うまでも無い









―ラクミ村に彼らが滞在して、更に何日かが過ぎ





道端で芸を披露しながら情報を集め 宿にて
文献を眺めつつ式刻法術についてを学んで


その合間を縫って二人が村外れの爆弾屋へ赴けば





勧誘のため熱心に通い続けるセンティフォリアが
カウンター越しに、店主の言葉へ耳を傾けていた





「どこか血を思わせる火薬の匂いは芳しく、部品や
薬品を一つ一つ精密に組み合わせる作業は技術の粋を
感じる…分量や素材や仕組みが僅か違うだけで
威力や指向性に明確な差が生み出されるのも興味深く
何よりも、ひとつの物体が眩い閃光や轟音の元に
一瞬にして形を失う様は、単純に心が躍る


まさに爆発は芸術とも言える 故にこそ我輩は
この道に血道を上げ、良識と良心が許す範囲で
自ら生み出した爆弾の威力を次々と試した」





一息で淡々と語るその様子は、とても誇らしげで


厚ぼったいまぶたの下の瞳はらんらんと輝いている





「ぽ…ポーネントさんは職務熱心な方なのですね」







よい方向に拡大解釈して捕らえれば修道女の言う事は
当てはまらなくも無いのだが


大概の場合は彼の胡散臭い容姿や性格、評判によって





「いやいやセンティ、こいつ単にキミョチ悪い
バキュダンマなだけだと神思うぞ」


「"爆弾魔"か?…ともあれ俺も同感だ」


この様に悪い方へと取られてしまう





ともあれ当人は悪評のみ無視して、なおも言葉を続ける





「だがその日々もあの事故が起きてから色褪せてしまった

アレ以来、爆発を目にするのすら恐れ しばらくは
何一つ手を着けることなど出来ず閉じこもり続けた」





村で名高い発破の名人、の異名も地に落ちた

自嘲するポーネントをセンティフォリアが慰める





会話は増えたが それ以上の進展はいまだに無く





そのまま店に二人を残し、カフィルとグラウンディは
村の北側にある問題の雪壁へと足を運んだ









白い息を吐きながら、彼女は分厚い壁を見上げて言う





「なー、メンドくせーからアイチュからバクダン
ありったけ買ってこの壁ふっとばそーぜー?」


しかし彼は 否定的に首を横に振った





「事はそう単純にはいかん」





切り立った山の合間に挟まれた形の山道を塞ぐ壁は
あくまでも硬く、単純に吹き飛ばすだけだとしても
大砲数発分の火薬を必要とするだろう事は一目瞭然で


壁にうがたれた、いくつかのヘコみや抉れの中には
拳ほどの深さのものが見られるが


残念ながら貫通までにはいたってないようである





「破壊場所を見極めて要点を吹き飛ばさんと
よくて骨折り損、最悪生き埋めだな」


「っだ、だたらっ別んトコから谷に入るとか
ウカイでもしゅりゃいいじゃねーか!」


「面倒な準備や道程を乗り切れるのならな」





その一言によって、苛立ちが頂点に達したようで





「っだああぁ!まえだるっこしい!!」


「おい待て」


止めるのも聞かず、少女は歩み寄った白い壁に手をつけ


その冷たさに顔をしかめつつも念を込めて唱えた





「"全ての意志はここにあり!!(レェサニサ)"」





瞬間 雪と岩とが粉々に砕けて吹き上がり


間髪いれずに両側の山から崩れた雪と、一体となって
グラウンディの方へと落下してくる







とっさにグラウンディを壁から引き剥がして突き飛ばし





「逃げろ!」





叫んだカフィルが すっぽりと雪崩に飲まれた











…ひとしきり鳴り響いた轟音と、もうもうたる勢いで
立ち上った冷気が村にも届き





徐々に村人達が 山道の入り口へと集まってきた







「雪崩だ!雪崩が起きたぞーっ!」


「おい見ろ、あそこに誰か埋まってっぞ!」


「おいアンタ、大丈夫か?しっかりしろ!!





駆けつけた村人によって、雪から掘り起こされ


震える少女へ 修道女が毛布とお湯を運んでくる





大丈夫ですか!?どこかにお怪我などは?」







軽くではあるが半ば雪の中へと埋もれた寒さと恐怖で
ガチガチと歯を鳴らしていたグラウンディは


温められ、呼びかけられる内に思考を取り戻し





村人を振り切って雪の塊へと向かおうとする





「何してる!また雪崩に巻きこまれっぞ!!」


慌てて周囲の村人とセンティフォリアが抑えるけれど


彼女は小さな身体で力の限り前進を続ける





「カフィルが、カフィルがニャかに、中にいんだ
オレののっ、オレレのせいで…助けないと!


「ダメですグラウンディさん!そんな身体じゃ
危険です、大人しくして…きゃあっ!!


はにゃせっ!神は仲間を見捨てらりなんが
ゼベ、ゼッテーしねーんだっ、カフィル!!





抗い続け、まとわりつく人々を弾き飛ばすも


身を起こしたセンティフォリアが先回りして
少女の前へと立ちはだかった





落ち着いてください!アナタ一人の力では
こんな大量の雪をどけるなんて無理です」


「フォレなら出来りゅ」


「いけません アナタのその状態ではとても…!」





引き下がる様子を見せないグラウンディに、修道女は
固まったままの村人達へと呼びかける





「お願いです、どなたかカフィルさんの救助に
手を貸してください!お願いします!!







だが…彼らは一様に困った顔で口ごもるばかり





「し、しかしだな…これだけの雪相手じゃ とても
間に合うとは思えんよ」


そうだ!それに下手に刺激したらオレ達が
雪崩に飲み込まれちまう!!」


「そんな…」







二次災害を恐れ、遠巻きに佇む人々の背後から







「騒がしいと思って来て見れば、随分とまあ
面白い催しが繰り広げられているじゃないか!」





人垣が割れて、猫背気味の痩せぎす男が
とても楽しげな笑みを浮かべて現れた





「解ったかねお嬢さん?これがこの村の連中の…
引いては人間の本性なのだよ」





目を逸らす彼らの様子をくるりと眺める
その眼差しは、ことさら陰険そうに輝いている





「無責任で無謀な行いをした者へ災厄が被られ
我が身可愛さの余り、責任を負う事から逃れんとする
この姿の何と滑稽な事か!大笑い」







自慢げな口上は…少女が側にあった石を投げて
頭部へ直撃させたために止められた





うっしぇえぇ!お前だてっ、お前だって
ここの村のレンチュと同じだ!いやそれ以下だ!」



「何だと…!」


額を押さえて睨みつけるポーネントから、少女は
視線を外さずに答える





「テメェじゃ何もしらいで、人のコトばかっ笑って
メンドッな言葉でごまかしてばっかじゃねべか!」


「言わせておけば、浅薄な小娘如きに我輩の何が


「ちぎゃうってんなら 証明して、みやがれ!」







噛みながらも力強いその一声に 村人が動いた







「この娘っ子の言う通りだ…よそモンと言えども
見殺しにすんのは、なぁ?


「オレらが力を合わせれば、助けられっかもだ!





一人、また一人と道具を手に雪を掻き出し始め





「私も皆さんのためにお手伝いします!」


「よし、お湯をありったけ沸かしてくれ!!」





それぞれが役割を分担し、埋もれている道化師を
救助するために除雪に取り組んでいく







爆弾屋は当初 機嫌悪げにただその光景を眺めていた





…しかし、咎めるようなグラウンディの瞳と


一丸となって働く村の人間達とセンティフォリアの姿


にも関わらず減らない雪の塊に耐えられなくなり


痺れを切らした彼は 急いで自分の店へと取って返し





黒っぽい球状の物体を山と抱えて戻ってきた





「そのやり方では遅すぎる…わ、我輩がこの積雪の
除去を効果的かつ安全に行って進ぜよう!!」


戸惑いを浮かべる村人達を押しのけ、ポーネントが
無造作に雪の上へ黒い球を放り投げれば


その部分がすさまじい蒸気を上げて 爆ぜた





人々と、球を放った彼自身が思わず硬直するも


山から雪崩が起こる気配はまるで無く





ぎこちない動きでポーネントは彼らへと告げる





「高熱発生により雪を溶かす仕組みだ…これを
上手く使えば、さ、作業は飛躍的に向上するだろう」





村人は顔を見合わせて…こぞって店主の腕から
黒い球を抜き取り、雪へと投げ当てていった








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:壁の撤去を一気に書こう…かと思いましたが
おっさん篭絡作戦や女子二人のやり取りを重視しました


カフィル:やり口が著しく詐欺だな


グラウ:いんだよ丸くおしゃまりゃ!つかおっさんの
抱えるトリャウマがあんな軽そうなんでいいのか?


狐狗狸:"トラウマ"ね…いや、本人的には相当に
無理を押しての行動ですよ(次回 描写するけど)


センティ:きっとグラウンディさんのひたむきさに
心打たれたんですよ


グラウ:ふふん、まーにゃっ!しきゃし おっさんが
ファスミラガセ使えんなんてな


カフィル:"式刻法術"な あれ位なら不思議でもない


センティ:簡単な法術なら、日常に利用できるので
使える方もいらっしゃるんですよ


グラウ:ふーん…じゃやあセンティも使えんの?


センティ:え、あの…まあ、ほんのちょっとだけですが


狐狗狸:その辺りは後々語りますよ(一応は)




爆弾屋の店主は簡単な水の術だけ会得してます


埋もれた道化の安否と、山道を塞ぐ問題は無事に
解決するのか…!当てにせず期待せよ?