さぁさ長考、さぁ長考!


赤き妖しの石を求めて道化師と少女が向かうは
雪に閉ざされし白き大地


その道中で巡り合った一人の修道女と共に


雪原の谷のふもとの村へと足を運ぶ


石への手がかりは"竜の伝承"なれど


谷へと続く山道は、事故によりて
立ち入れぬよう閉ざされてしまい―








雪崩れて積みあがった雪と岩は、分厚い壁のように
谷への山道を閉ざしている


過去 その壁を除去しようと試みた者もいたが


ガチガチに固まった白い壁にはまともにピッケルが
入らず、圧倒的な硬さと量と高さに誰もが降参した





けれども 諦めず壁に挑戦する者は未だに絶えない





「若い者は無茶をすると言うか…吟遊詩人でなく
道化が何故、そこまでする気になるのですかな?」


「知識を蓄え、磨いた自らの芸で金銭を売る事は
どちらも等しく同じだと 私(わたくし)は思います」





カウンターに腕を突いたまま、店主は白い口ひげから
感心と諦めの混じったため息を零して続ける





「熱心なのはよい事ですが、命あっての物種じゃ
言い伝えを侮っては行けませんぞ?お若いの」


「著しいご忠告感謝いたします、無茶をするつもりは
毛頭ありませんのでご安心を」


「…まあ、精々あの男には気をつけるようにの
無駄足の上に余計なケガは したくないでしょうし」





"無駄足"の一言がやけに断定的であったが


カフィルは仮面に似た微笑を崩さず、会釈した





「そちらに面倒が無いようには善処します」


「そうかね…所で大丈夫かね?お連れのお嬢さん」





店主からの老眼鏡越しの視線を受けても


グラウンディはがっくりとうな垂れたまま
一冊の本を震える両手で握り締めている











〜十幕 壁ト爆弾屋ト修道女〜











少女に代わって、道化師が穏やかに答える





「少々長旅が堪えただけでしょう、ご心配なく
この娘は著しく丈夫に出来ておりますので」


字が…文字がアクマりみれるぅ…」





ブツブツと呟き、発作的に本を叩きつけようと
グラウンディの両腕が持ち上がるも


彼が上手に腕を戒め、本を胸元に戻してささやく





「ヤツに罵られた恨みを、もう忘れたか?」


ピクリ、と肩が小さく動いたのを見て取り





店主に一礼して、カフィルは黙ったままの
少女を連れて雑貨屋を後にした







「オレは神らろり…なんれベンキョーなんか
しなきゃいけないんじゃっ…!」





青い瞳で本を睨んで、グラウンディは邪神への
怒りを一層強く募らせた









ルグール湿地帯での一件を経て、グラウンディが
持つ"力"と当人の目的とを考え





「時にお前の"使命"の手がかりは、あの独特の
式刻法術に隠されているのではないか?」






道化師がそう訊ねたのは 折りしもストネラシウ雪原へ
向かう旅路の道中であった





「知られーよそんなコト…つっかお前やけに
ファシュなんとかに詳しいじゃねーか」


"式刻法術(ファスミラセ)"な…奴を滅ぼす
手段として、行く先で一応調べてはいる」





"知識でだけ知る"と念押しして語る彼の談によれば


明確な思念も勿論だが、特定の組み合わせの文言を
正確に発音しなければ発動せず


更には使い手にも適性が無ければいけないらしい





「なかなか小ムズかすいっ、な」


「同感だな おまけに今ではその使い手や知識も少ない
攻撃や多数の法術は使い手・文献 共に稀だ」


「それでか、あのサンゾクれんちゅが
目の色変えてたのは」


「"連中"な…著しく噛むクセに何故 法術が使える」


「それとこれるとは関係ぬぇだろ!」


真っ赤になった彼女から拳で身体をポカポカ叩かれるが


鍋や鎧を叩いたような鈍い音が響くだけで

カフィルには全く持って無意味だった





止めるのも面倒なので相手が疲れるのを待とうとし







不意に 彼はグラウンディの手首を掴んだ


「なっ、なんばよっ!


「…確か、鉱山の時も湿地帯の時も 燃えぐさを
手にして術を唱えていたな」





道化の指摘に、グラウンディは痛いところを
突かれたと言わんばかりの顔をして


掴まれた手を振り払って 不満げに言う





「バレちまっはか…オレの神力(カミティカラ)は
どーも何かに触ってないと使えねーんだよねぁ」


「対象に触れる必要があるのか…中々面倒だな」


でもっ!さやってりゃどんな風でも力を
つっっかいほーだいなんだぜっ!最強じゃね?」


「"触って"いればな、と言うより自らの力を
一度として疑問に思った事がなかったのか?」





草色の頭が左右に思い切り動いたのを見て


彼は"面倒な…"と額を押さえて呟いてから

搾り出すようにして言葉を吐き出した





「とにかく、今後はお前も式刻法術についての
知識を蓄えて学べ…俺も出来うる限り手伝ってやる」


はぁっ!?なんべオレに命令してんぎゃよ!!」


"邪神を倒す"と言ったあの台詞は ハッタリか?」


あんだとコミョミャロー!それは神に対する
チョーセンと見なしたぜ!やってやららっ!!」






色違いの鋭い双眸に睨まれ、売り言葉に買い言葉で
安請け合いしたグラウンディは





…程なくその言葉を後悔する事になった







カフィルの大ウソつぴ…チシキやブンケンが
少めぇ、って話じゃなかったのかよ…」


「"大嘘つき"呼ばわりとは、著しく心外だな」





欠伸と混乱でうっすら涙目の少女へ道化はそう切り返す







確かに式刻法術は、隆盛を誇っていた時代から
比べれば使い手も術も減り 文献も少なくなった


…が、広く使役されていた呼称は未だに残っており


伝説や基礎の理論 または単純な術式ならば
知識として書や伝聞を探す事は難しくなく


立ち寄った村や町で式刻法術の話を聞いたり
資料に目を通すと言う機会は


当人の予想よりも遥かに多く訪れた





が、初日こそは大人しく聞いてたモノの


今まで勝手気ままに旅をしていた彼女にとって
あまり興味の無い情報の蓄積や反復は苦痛でしかない





それでも嫌々ながらこの学習が続いているのは


自分の言葉への責任と、半ば強制気味に知識を
蓄えさせるカフィル、それと





ムダなコトは諦めちまおうぜぇ〜?どうせロレツと
イッショでまともに回らない頭が余計悪くなるよぉ』


悪意たっぷりな邪神の野次の賜物だったりする









…とまあ、そんな経緯があるからして


雑貨屋にあった一つの書物を しかめっ面で
開いて読みながら歩きつつグラウンディは言う





「つか、村のやちゅら全員にキラわれてるって
どーいう男なんだよピョーネントって」


"ポーネント"な、それとながら読みは止めろ
ただでさえ散漫な足元が著しく「どわにゃっ」


言った側から足を取られて、倒れかかる彼女だが





道化が後ろからフードの首周りを掴んで引き戻したので
痛い思いは、寸前で回避された





「…著しく危険だ、読むなら止まれ」


「あーそっすら どーせ小ムズかしいから
急いで読んでもチンプカプンカだしな」





差し出された袋に本を乱暴に放り込み、それを
背負ったグラウンディへ 彼は続ける





「自分の身は、自分で護れよ 面倒だからな」


それもう聞ききあきてるよっ!
ろんだけメンドーくさがりやなんだお前!!」



「念の為だ」





短く告げて カフィルは谷に程近くなった
小高い丘の小道を目で差す







錆びた鉄製の煙突と 表の看板を除けば
いたって普通の二階建ての家屋が


村の民家や店などから 孤立したこの場所に建っている


看板には…導火線に火のついた球体の絵に

重なるように大きな字で"爆弾屋"と書かれている





「わっぱかりやしー…」





あまりにも単純明快なネーミングに呆れながらも


彼女が扉を開けると、室内の空気に混じって
何ともいえない火薬の香りが漂ってきた





薄暗い店内の壁には古ぼけた羊皮紙が貼られていて


そこには目立つ字で[火気厳禁]と記されている


木箱が隅にいくつか詰まれている店内は
カウンターで区切られた奥の方が広く


そちらにはタルや木箱に混じって幾つかの機材が
所狭しと置かれており、更に自宅兼任らしく
二階に続く階段までもが見て取れる





その、区切られた仕切りの向こう側で





「調合は…今ひとつ…試すにしても場所と対象が…」


背もたれのない椅子へ腰かけた猫背気味の男が一人


入ってきた二人に目もくれず 手の中にある筒型の
小さな容器と細長い金属の棒を、ひたすら操っている





「うにょーい、おっさん一体ありしてんだよ?」


「もう少し石を増やして…比重を……うん、ここを
工夫すれば、威力はそのまま…」


「おっさーん?おっさんおっさんおっしゃーん!!





間近まで寄ったグラウンディのしつこいまでの
呼びかけに、ようやく男は手を止めて顔を上げた





やや痩せぎすの 四十路手前といった顔立ち


薄汚れたシャツと前掛け、お面のような鉄板を
虎刈りにした黒髪へ引っかけている彼は


厚ぼったいまぶたの下の目で物珍しげに少女と
道化を眺めてから、改めて口を開いた





「旅人か 客か?何が必要だ?量はどれ程お求めかね?
用途は?規模は派手かね?地味かね? もし万一
我輩の眼鏡に適うなら適切な値で販売してやらん事も無い」





目を丸くしたままのグラウンディを見下ろして、彼は
人当たりのよさそうな顔と声とで静かに答える


「…生憎ですが、私(わたくし)どもはこの店ではなく
アナタ個人に用があるのです ポーネントさん」





途端に男…ポーネントの口がへの字に結ばれた





何だ、誰に聞いた?村長か?雑貨屋の親父か?
それとも宿場のバア様かね?何にせよ不愉快だな」


「はぁ?ろー言う意味だよ」


「商品でなく我輩に対しての用件は決まって一つ
…発破による、塞がった谷への道の開通だからだ





図星を突かれて 露骨に息を呑むグラウンディ





しかしカフィルは、あくまで落ち着いた様子で問う





「全てが"竜の伝承"目当ての者では無かったのでは?」


「そう 鉱石や開拓などを理由とする者もいたとも

…だが我輩は、どのような相手であっても
その用件に関してのみ 完璧に断ってきた」


「なんでだよ?チャカチャチチャっと道ふさいでる
岩とか雪ふとっ、ふっとばしゃいいカンタンな仕事だろ」


「お前さんの言う通り、行動を起こすのは簡単だ
しかし難しいのはその行為を継続させる事だ」





陰うつな面持ちで 彼は淡々と言葉を吐き出し続ける





「いや、続ける自体は難しくなかったとしても
当初の意味を忘れず 疑わず 変質させないで責任を
保ち、続けて行くのは誰にだって不可能に近いんだ」





時が経てば、誰でも理由を忘れ もしくは理由に
気付かないまま行動を起こした事に気づかず


その時の理由を 思いを不安から疑い始め


その時の行動すらを否定し始め


…或いは、似て非なる理由に変わって、迎合して
受け入れて捻じ曲げて妥協して





もと目指していた行動は、求め座していた理由は


ただの反射的で惰性的で形骸的なモノへと
容易く変わるか 替えてしまう、と語りつくして





ポーネントは 結論として自らの意見をこう締めた





「まあ、話が若干逸れてしまったが要約すると
"無責任な確約などしない"と言う事だ」


なんっ…じゃそりゃ!意味わかんねぇムズかひぃ言葉
べらべら並べてメンドクセーよテメェ!!」


「後、どうでもいい理由として我輩…昔の発破事故で
デカい怪我を片腕に負って 以来その状況に陥ると
恐ろしくなって何も出来なくなるというのがある」


どうでもおくねー!?明らかそっちのが
主なゲンヒンだろっ!そっち先言えや!!」



"原因"な…ともあれ面倒な状況だ」


「だな、てゆゆか明らかお前のドールイだろ
このメンドクさがりなメドンクセーおっさん!」





イライラと足踏みをしながらグラウンディは


彼が、何故 村人に嫌われているのかを理解した





「腕に怪我をされていると仰っていましたが
そのような状態でも、爆弾は作れるのですか?


「幸い怪我自体は完治し、駆動に関しての後遺症は
仕事に差し支えん程度なのでな 火薬の調合は
問題なく行えている…商品にも問題は無い





手にしていた筒と金属棒を手近な場所へと置き直し





「商品を販売する分にはいい、それを使った者が
人助けに貢献しようが何人と虐殺しようが
そこまでは売り渡した我輩の責任とはならんからな


だが、我輩自身が関わるのなら話は別だ
あの恐怖を耐える必然も行動に責任を負うつもりも無い」





素っ気なく、ポーネントは道化師へと伝えた







相手が一歩も譲らない様子である事を悟り
彼は、頭を下げて出口へと向かう





「そうですか…それでは 翌日改めます」


っておひっ!引き下がのかよカフィル!」


「仕方なかろう、肝心の相手がああではな」


軽くため息をつくカフィルへ、グラウンディは更に
文句を言おうと口を開いて





控えめなノックの音が、それを遮った





「あ…あのっ、こちらにご主人のポーネントさんは
いらっしゃいますでしょうか?」


「営業中の札はかかっている、入りたいなら入るといい」





失礼します、という言葉と共に扉が開いて


村の入り口で分かれたばかりのセンティフォリアが
二人と顔を合わせて、微笑む





「あら、カフィルさんにグラウンディさん
またお会いできて嬉しいです」


「おー にゃんでセンティがこの店に?
ここキョッカイじゃねーじゃん」


「あ、はい、その…村の方々からここの方が無信心だと
お伺いしたので 神の教えの素晴らしさを広めて
お心を改めていただこうと…きゃっ!





目的を伝えながらカウンターへ向かっていた彼女は


数歩も行かぬうちに蒼いローブの裾を踏んづけ
その場に転んでしまった





「……大丈夫かね?修道女のくせにローブの裾を
踏んづけてしまうとは些か不注意なのでは?」


「も…申し訳ございません…」





眉を下げて謝るセンティフォリアの瞳とポーネントの
それとがほんの一瞬かち合い



彼の顔が強張ったのを、道化と少女はしっかり目撃した








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:式刻法術談義と面倒くさいおっさんに台詞が
圧迫されまくってますが、次回には谷の
何とかなる…予定です 一応


グラウ:べちゅにいーじゃねーかよー…オレは
神なんらららすげーチカラが使えるってコトで


カフィル:自らを知り、限界を知れ
お前は著しく危なっかしい…よく一人旅など出来たな


グラウ:神に不可能はれーんなよ!


センティ:えっ!?グラウンディさんお一人で
旅をされていたんですか!!危険すぎます!!


グラウ:センティだって一人(ひとみ)じゃん


センティ:わ、私の場合はさほど離れていない土地での
移動ですし それに失礼ながらグラウンディさんは
私よりも幼いじゃありませんか


グラウ:心配は神ムヨーだべぜっオレ神だs…イテ!


カフィル:面倒なヤツなので、あまり甘やかしたり
しないでやって構いませんよ?



すっかり保護者(?)ポジが身についた道化だったり


山道の壁の撤去に、ポーネントを協力させるカギは
ズバリ!"彼女"に…!?