ムツキは 営業のため外回りをしていた







「これなら、次の取引先に間に合いそうだ」







時間を確かめながら カツカツと
確固たる足取りで前へ進む









途中、道端で一人の少女とすれ違い―









その直後







彼は すれ違った少女の方を向き







さん」


「はい」







呼ばれて 思わず少女―は、振り返る







は名前を呼ばれたことに対して
ムツキに不信感を抱いていなかった





むしろ、懐かしさを顔にありありと浮かべている











「すみません 知っていた方と間違えたもので」


「いえ、いいんですよ あたしも同じ名前なので
ついうっかり振り向いちゃっただけですし」







明るく笑うに ムツキは寂しげ
笑みを一瞬浮かべるが







すぐに普段の表情に戻り、会釈をしてその場を去る











「……今の人 どこかで会ったような」







彼の後姿を見送りながら、はポツリと呟いた












〜「例えるなら、楠」〜













「はぁ…」





やってしまった…と 後悔の言葉を
心の中で呟きながらムツキは歩いていた







(なぜ 私は彼女に声をかけてしまったのだ)







頭の中でそう呟くが、答えは出ない









(彼女は もう地流闘神士でもない
ただの一般人なのに)













大戦が終結する以前





大学新入生のは地流闘神士で、
ちょうどムツキの部下に当たる立場で働いていた







実力の方はハッキリ言って落ちこぼれだったが





その分、他の仕事などで努力をしていた
努力家であり





どんな失敗をしても、明るく笑っていて





次の日には何事も無い顔をして働いていた









「あらさん、今日も早いわね」


「あ マドカちゃん、お疲れ様」







いつも笑顔を絶やさぬ愛想のよさと
底抜けの明るさは





その場の空気を多少なりとも和らげていた











落ち込んでいる相手を はよく
元気付けていることが多かったため







そんなが落ち込んでいた事は





彼の中で 今でも印象に残っている











「…はぁ」





休憩時間中に自動販売機の側で、壁に頭を着けながら
ため息をつくの姿を見かけ





通りかかったムツキは声をかける







さん」


「あ ムツキ課長、お疲れ様です」





振り返り、姿勢を正して挨拶をするも
の表情は曇ったままだ





「あなたはいつも笑顔が絶えない方だと
思ってましたが ため息とはらしくないですね」


「あはは、それだけが取り柄なもんで」







苦笑いを浮かべ 再びため息をつく





室内の気温が下がったように感じ
ムツキはその場を去りたい衝動にかられる







「それでは 私は仕事が残ってるので…」


「あの、課長にこんなことを聞くのも
失礼だと思うんですけど…いいですか?







断ろうかとも思ったけれど





珍しく思いつめたような目をしている
負け その場にとどまるムツキ







「…なんですか」


「あたしって、みんなの役に立ってますか?」







闘神士として という意味ならば





彼女の実力を考えると否定的な答えしか返ってこない







他の仕事についても 努力をしていることは
知っているものの、優秀というほどではない









しかし 社内の人間関係は円滑で





彼女の笑顔は、周囲を明るく和ませる







「そうですね…少なくともさんがいないと
社内の空気が若干重い気がします」


空気 ですか?」









頷き、ムツキは彼女にかける言葉を考える







そこで彼の目に 窓の外にある楠が入った









…主張しすぎず しかし、確かにあることを
示す存在感がある







「ちょうど、そこに生えている楠と同じように
あなたの明るさは 今やこの社では当たり前
また、必要だと思います」





ムツキの視線を追って窓の方を見て





「あはは、うれしいなぁ ムツキ課長に
そう言ってもらえて」







向き直り は笑顔を取り戻した





その顔に、ムツキは顔を赤らめる
はそれに気付かず続ける







「楠って言えば、今度 お店屋さんで
買おうと思ってる家具が楠なんですよ〜」


「そうですか」


「それでその家具のデザインがすごく
細かくてキレイで どこに置こうかと」


「それはいいですが、時間は大丈夫なんですか?







時計を見て あ!と叫ぶ







「ここで働く以上は社会人なんですから
時間の管理はキチンとしてください」


「スイマセン課長 ありがとうございます」





メガネを押し上げながら 彼は言う





「なるべくは戦いでみんなの足を引っ張らないよう
努力してください、あなたも一応戦力なんですから


「はい、がんばります」







元気よく答え、頭を下げて仕事へ戻る
を見送って







ムツキは どこかホッとしたように息をついた













―彼はまさか、その数日後に 彼女が
式神を失うなどと思っていなかっただろう









倒した相手は 天流宗家でも伝説の闘神士でもなく







最近現れたらしい謎の流派"神流"らしい









しかし だからと言って変わったことは無く





倒れた彼女は保護され、他の者達同様
医療施設に収容され





その後の処置を決めるやり取りで







「実力もさほどなく、仕事の成果も並 例え
もう一度式神と契約したとしても結果は同じかと」








このムツキの進言が決めてとなり
は 地流を退職することになった











社内は 日に日に空気の重さが増していた







天流宗家達や神流、倒されていく地流闘神士に
上層部で渦巻いている何らかの陰謀…







それらが大きな原因ではあったが





の存在の消失が それに拍車をかけていた











僅かな休憩時間 ムツキはあの日
と会話を交わした自動販売機の辺りで足を止める







自分の式神であるエビヒコが、





神操機から抜け出した状態でムツキを見つめている









「…これで、いい 彼女にはまだ未来がある」







彼は エビヒコの方を見ずにそう答えた









(引き返せるうちに 戦線から離れた方が
さんの為だ)








無意識に 心の中でだけそう呟いた













外回りを終え 社内で書類整理に
取り掛かっていたムツキの脳裏に





あの時すれ違った際のの表情が浮かぶ







「…今更 後悔しているのか?私は」





それを否定するように 頭を振って





「いや、まさかな」







ただ目の前の仕事に、黙々と取り掛かった













元々 二人は仕事上以外の関係は全くなく
取り立てて特別な関係を築いてもいなかった









……けれど







会社の近くに、が通う大学があるという
奇妙な偶然のせいか





相手が何も覚えていないと 知っていながら彼は







彼女とすれ違うたび 声をかけてしまいそうになる







ふと見かけた彼女の姿を目で追ってしまう









あの日、あの窓から見えていた楠は







今はもう そこにはない








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:チハヤさんとかモズさんとかキクサキさんとか
ムラサメさんとか 他にも選びようがありそうな
人たちの中から、あえてムツキさんで行ってみました


ムツキ:その説明、要らないと思います


狐狗狸:まーね でも何でか知らんけどあなたで
書きたくなったのよ


ムツキ:出していただけるのはありがたいのですが
私のキャラと若干違う気が…


狐狗狸:それは初書きのご愛嬌(笑)


ムツキ:しかし、さんとの冒頭の会話といい
相変わらず中途半端な話ですね


狐狗狸:うっさい 記憶なくしたマドカちゃんに
もっそい暴言吐かれてたくせに


ムツキ:何の関係があるんですか!?


狐狗狸:やかまし メガネ割るぞ


ムツキ:その際にはメガネ代請求しますよ


狐狗狸:むー、流石に大人の対応だ




本当、色々とスイマセンでした…久々にほんのりですが
悲恋っぽくなってればなーとか思います




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!