痛いくらいに眩しい夏の日差しや
ジワジワと汗を引き出させるような熱も
元気な鳴き声を辺りに響かせている
セミの羽音さえ
この場所の敷居を潜れば 途端に遠くなる
本を読むのは、元々嫌いじゃなかった
闘神士としての修行もあって
一時期足を運ぶ回数が減ってはいたけど
相変わらず僕はこの図書館の常連だ
「あら太刀花くん もう夏休みが
始まったのかしら?」
「あっはい、少し前から…」
「中学生なのに真面目でエラいわねぇ〜」
顔馴染みの司書さんに褒められて、ちょっぴり
恥ずかしくなってしまう
「今日のオススメはそこに出てるからね」
「ありがとうございます」
丁寧に挨拶を返して本棚を閲覧し
目を引いた本を二冊ほど手にとって
上階の隅のテーブルへと移動する
〜「ささやくようにそっと」〜
窓のすぐ近くだけれど外の大木で日の光が
幾分か柔らかくなっていて比較的静かなそこは
お気に入りの場所だ
天井へ伸びるような本棚の隙間を縫って
テーブルの窓際の一角に、やや高く詰まれた本と
座って読んでいる黒髪の人が見えると
思わず嬉しくて微笑んだ
「おはようございますさん」
声をかけるとさんは読書の手を止めて
顔を上げ、僕を見る
そしてフワリと口元だけで笑ってくれた
図書館の中でも一番の常連は
目の前にいる、この人だ
「今日も相変わらずスゴい量の本ですね」
言うと、一度積み上げられている本へ
目をやってから コクリと首を縦に振られた
「お向かいに座っても…よろしいですか?」
やや遠慮しつつも訊ねてみれば
即座に頷き返して、さんが手の平で
向かいの席を勧めてくれる
「ありがとうございます、それでは失礼して」
お辞儀を一つして僕が静かに椅子に座ると
やや間を置いて密やかに 紙を捲る音がした
同じように手にした本を開き
内容を読む合間に、そっと手を止めて
真っ直ぐに本へ集中するさんの眼差しや
頁を摘むしなやかな指先を
気付かれないように盗み見る
僕よりも少しだけ年上だろうこの人は
とても物静かで、ソーマ君みたいに頭がいい
一度だけ何かの問題を解いていた事があって
図々しいとは思いながらも、その時授業で
分からなかった問題の部分を訊ねてみたら
とても分かりやすく教えてもらえた
素早く走らされるシャープペンの動きと
キレイな字で埋まっていくノートの様子は
今でもよく思いだせる
本を読むのもすごく早いから
十冊以上詰まれた本だって、帰る頃には
殆ど読破されているんだ きっと
その姿は僕が闘神士になる前から変わってない
図書館に行くとほぼ必ず窓際の席で
黙々と本を読みふけっている姿を当たり前として
意識し始めたのは…いつからだったろう
「ええと天体関係の本は…あ、あんな所に!」
探していた本を取る為に台の上に乗っかって
上の棚へと手を伸ばし
どうにか本が取れて安心してた時
「うっうわぁっ!?」
軽い地震でバランスが崩れて、台から
足を滑らせて落ちかけたのを
通りかかったさんが助けてくれた
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うと 僕を立たせてから
あの人は頷いて立ち去ろうとしていて
話しかけるなら、今しかないと思った
「あの…よく図書館にいらっしゃる人ですよね?」
足を止めてさんは一つ頷く
「本、お好きなんですか?」
返事は再び 首の動きで返された
無口な人なんだ、と思いながらも
ありったけの勇気を振り絞って僕は訊ねた
「僕、太刀花リクって言います
…お名前を聞いてもよろしいですか?」
少しだけ鳥の声が間を埋めてから
「……」
小さく けれどハッキリと目の前の人が
呟いたのを耳にした
それから少しずつ…本当に少しずつ
僕とさんとの交流が始まった
会う場所は主に図書館でだけ
いつもの場所で本を読むこの人の近くに座って
一緒に本を読みながら、たまに何かを
僕が話しかけて
読み終わったさんと図書館を出て
別れるのがいつものパターン
お互いの話はあんまりしない
何をやっているのかを聞かれたことも
逆に聞いてみたこともなかった
集中して本を読むこの人の邪魔をするのも
悪いと思ってたし
何より、さんはほとんどしゃべらないから
物足りないような気分にならないわけじゃ
なかったけれども
ここに来れば必ずこの人はこの席にいたし
僕を一緒に席に座るのを許してくれて
しゃべりはしなくても、必ず受け答えに
行動で返してくれたので
とてもそれ以上を望む気にはなれなかった
僕らの接点は 図書館で共有している
このひと時だけ
小さくなったセミの声が遠く響く空間で
向かい合って本を読むひと時だけが
さんとの繋がりだ
でも…それでもいい
この平和な時が、一番大切な時なんだ
「あのさ」
スルリと横から滑り込んだ声に顔を上げる
そこには読み終わった本を閉じて
こっちを見ているさんがいた
「あの、今さん…僕の事呼びました?」
コクリと首を縦に振られてから
戸惑いながらも僕は自分が言った
この言葉に恥ずかしくなった
テーブルの周りには…僕達以外には誰もいない
コゲンタも、今日は家で留守番してるから
声をかけれるのはこの人だけなのに
「スイマセン…あの、僕」
「落ち着きなよ 怒ってる訳じゃない」
今度こそハッキリとさんの口が動いて
僕は、思わず叫んでしまった
「しゃべれるんですか!?」
「…一応」
「じゃあどうして…」
「会話をする相手がほとんどいなかったから
話をするの、ヘタクソだし」
苦笑交じりに笑う顔なんて初めて見た
それよりも…この人の声を聞いたのは
名前を聞いた、あの時以来だ
「聞いてもいい?」
「はい」
「…僕みたいな本の虫とずっといて楽しい?」
そう問いかけるさんの顔は
本を読んでいる時みたいに真剣だった
「楽しい、と思ってました…さっきまで」
「じゃあ今は?」
僕は…微笑んでこう答える
「こうしてさんとお話が出来て、もっと
楽しいと思ってます」
きょとんとした顔をしてから
さんは済まなさそうに頭を下げた
「ゴメン、もっと早くに話せばよかった」
「いいんですよ…これから少しずつ
色々聞かせてほしいです」
「…僕のことも?」
「はい、さんの事も」
セミの声が何処か遠くに聞こえる図書館で
密やかにそっと、僕達は言葉を交わしあう
口を開くようにはなったけれども
相変わらずさんは、物静かで無口だ
それでも 分かった事がたくさんある
ちょっと遠い高校に通っていて
将来、医者か哲学者になるつもりがある事
親しい仲の友人はいなくて
いつも一人で本を読んでいる事
一度読んだ本の中身は大抵覚えていて
この図書館の蔵書も半分くらいは
目を通したって聞いた時には驚いた
それと…僕と同じようにこの人もまた
図書館で見かける僕の事が、どこか
気になっていたんだと言われて
ほんの少し ある可能性が胸を過ぎる
「あの…さんは、闘神士ですか?」
「……何それ?」
あっさりと否定したその一言に
少しの悲しみと…同じだけの安心を感じた
「これからは、なるべく話すよ
いつも図書館のあの席にいるから」
「はい…それじゃまた、さん」
「またね リク君」
別れの間際にもらえた微笑みと
初めて呼ばれた自分の名前にまた少し
距離が縮まったのを感じながら
セミとヒグラシが合唱する音色に包まれて
僕は家へと帰りつつ誓う
次に会える日まで、僕は…
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:少し積極的に話しかけるリクを書きたくて
イメージで図書館を選択しました
リク:図書館に行く時は、コゲンタってずっと
留守番なんですか?
狐狗狸:日によってだと思います 図書館は
騒がしいの厳禁だしコゲンタは読書とかに
興味なさそうだから、あんまり寄り付かないかと
リク:そうですね…僕が本読んでたりすると
コゲンタ退屈そうにしてますし
狐狗狸:所でリク君は、図書館では本読むだけ?
リク:主にはそうですけど 時々は勉強したり
することもあります
狐狗狸:ふーん真面目だねぇ…さんと?
リク:あ、ええと…はい(照)
さり気に密室での静かなひと時は好物なので
今回もそれに偏りましたとさ
さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!