俺が今日迷い込んだのは、寒々しい場所だった







「現代じゃ春だってのに、こっちは
こんな北国みてぇな場所がまだあんだな」





吐いた息が 辺りの冷気で白くなる







「まあ伏魔殿ってのはこういう場所ですからねぃ」





答えるオニシバの息も 白い









辺りは枯れ木が多く、そこかしこに雪原が見え
空の色も 薄暗い灰色で







がもしここにいたなら、





寒いだのなんだの 文句が飛び出ているに違いない
それくらい冬の匂いがする場所だった









「まあいいや、毎度ながら案内頼むぜ
お前だって寒いのはいやだろ?」







冗談交じりで言ってみると、思ったとおり
相手は首を横に振る







「あっしは寒さにゃ強いんで
寒かったりするんで?さん


別に、俺も寒いのは平気だ」







これでも一応 冬の節季を司ってるからな…
多少の寒さなら 屁でもねぇ





別に冬は嫌いじゃないし







「それに恐いのはの機嫌だっつの」


「そいつぁ同感だ、さ 行きやしょうか」


「おう」







言いながら雪原を踏み出して 幾らかも行かんうちに







果てしなく落ちる誰かの姿が 見えた









慌てて俺は先を行くオニシバに叫ぶ







「そこで止まれ!」


「えっ…うぉっ!?







踏み出しかけたアイツの足が 雪の下に隠れた
暗い裂け目を掘り起こした












〜「氷り説くのは」〜













このままじゃ、落ちる…!





咄嗟にアイツの背中に飛びついて 後ろへ重心をかける







ギャっ……!」


さん!?」


「大丈夫だ、怪我したわけじゃ ねぇ」









結果から言うと、オニシバはなんとか
地割れの前に踏みとどまれた







でも俺は、後ろに踏み出した両足が水溜りに沈んだ





そんなに広さもないけれど、俺の足が踝まで
沈むくらいは深かった





…誰かが掘った穴に水が溜まった って感じだ







血の気が凍る程の冷たさに 全身の毛を逆立てながら
俺は両足をそこから引っこ抜いた









さん 命を救っていただき
ありがとうございやす」


「おー」


「しかし地割れも水溜りも全部
雪に埋まっちまってるとは…厄介だねぇ


「さしずめ地雷原だなコリャ」







このクソ広ぇ雪原を神経尖らせて歩けって事かよ…


面倒なことこの上ない





水に塗れた靴の感触が気持ち悪かったから、
俺は靴を脱いで素足になる







さん、裸足で歩くのは
ちょいときつかないですかねぇ」


「平気だよ それより俺は早く帰んないと
の機嫌が心配だしな…行こう」







水を被った足に 雪の感触を踏みしめて





脱いだ靴を両手に抱えて、歩き出した











地割れや水溜りに気を配りつ 雪原を歩く





お互い気を配っているお陰で、今度は
そう引っかかりはしなかったが…







「冷たくありやせんかぃ、その足」


「…式神だから 平気だ」







俺は何てことないかのように呟く









足の痛みは もうなかった







…正確に言えば、外気と冷気のせいで感覚が
殆ど無くなっている









「本当にそのままで大丈夫なんで?」


「大丈夫だよ」







幾度となく答えるうちに





色もを通り越して紫へと変色しかかっていた









「その靴も 水を吸って冷てぇだろうに…
なんなら、あっしが持ちやしょうか」


「いい 冷たくねぇからっ!





俺はかぶりを振って誘いを拒絶した









…契約して まず初めにアイツがくれたのが
この靴で、すごく嬉しかったのを覚えている







だから、この靴を他の奴に渡すのはイヤだった





例えそれが親切心からの申し出だと分かってても
手放したくなかった









「いっ…!」


「ああ 尖った石でも踏んだんでやしょう
あっしが背中におぶりやすよ







差し伸べる手を パシリと叩き







余計なお世話だ、まだ歩ける」









突き放すように言って 歩こうと前を向いた







後ろで諦めたような溜息が聞こえる





ちょっと悪いことしたかな…いや何言ってんだ俺
強い式神はこんなんで弱音を言わねぇし!







首を左右に振って疑念を振り払った時だった









「…仕方ないねぇ」





アイツはコートを脱ぐと、それで俺を包んで
両手で抱きかかえる


一瞬の事で 予測も抵抗する間もなかった





気付くと同時に腕から降りようとするけど無駄だった







「何のつもりだ、下ろせよこの…!」







視線を合わせると 俺を見下ろすアイツの眼光が
鋭くて、言いかけた文句が途中で止まった









「それはこっちが言いたいねぇ…あんた
イカレてるんですかぃ?」



「どういう、意味 だよ」


「この寒ぃ中で水かぶった裸足で歩き回って
足が腐り落ちてもいいのかって言ってんですよ」









オニシバの言う通り、俺の足はこの広い雪原で
水をかぶって歩き回っていた事もあって限界に近かった







人間だったら とっくに足が使えなくなる





式神でさえ、かなり危ない位に











「式神が そんなにやわなもんかよ」





けど認めるのが悔しくて、鼻で笑って憎まれ口を叩く





「仮に足を無くしても俺は戦うし戦える
この寒さだって物の数なんかじゃねぇ」







そうさ、俺は寒さに強いんだ お前よりも全然!







ガキの虚勢だってことは十分自覚してるけど
素直にそう言ってなんかやらない











オニシバは生意気な と怒るわけでもなく





いつものふてぶてしい笑い顔でもなく





神妙な顔をしていて、グラサンの奥の目も
妙に悲しそうだった







「…あっしが寒さに強ぇのが、そんなに
気に食わなかったんですねィ」


「そっ、そんなことねぇよバーカ!


さんにしちゃ、随分くだらねぇことで
張り合うもんだ」







言ってることはいつもの調子だけれど
表情は変わらなくて 気まずさが生まれる









なんだよ…俺が悪いのかよっ







「意地張ったとしたら 何だってんだよ」







僅かに残った強気で開き直るけれど





アイツの顔は全く変わらないまま、じっと
黙ってこっちを見つめている











ああもう何かしゃべれよ
無言で責めるのはやめてくれよ…











押し潰されそうな 長い沈黙の後







「アンタが足を無くした姿を、靴をくれたお嬢や
嬢ちゃんが見たらどう思う?」








静かな だけど、真剣な一言が





俺の心にトドメを刺した











「っ…お前に言われちまうとはな」









こんなガキの張り合いで足を無くしても
あいつらは絶対に喜ばない





そんなの 俺が一番分かってたはずだったのに







へんな勝ち負けで意地をはって…本当 バカだ









「わかったよ、くだらねぇ意地張った
俺が悪かった…だから その顔やめろよ」







そんな顔されてたら、調子でねぇだろうが







その顔って言われても あっしの顔は
生まれついてこんななんでねぇ」





憎たらしい笑い顔に戻って しゃあしゃあと
言い放つオニシバに、逆に安心した











「とにかく、とっとと雪原から離れるんで
しっかり捕まっててくだせぇよ?」


「え、あ おう」







返事を返しながら 靴を脇にしっかり固定して
片腕をまわして身体にしがみつく





あったかさと慣れたケモノ臭がする







「戻る前にどっかで火ィ起こして足あっためやしょう
かなりヒデェからねぃ


「…ん、わかった」





顔を合わせずに返事を返す





「しかしさん、さっきから風が冷たいですねぇ」


「ああ お前も流石に寒くなってきたのか」









俺に上着を貸してるし無理もないか





渋い顔してんのかな、と顔をチラッと見たら
変わらず不敵に笑うアイツと目が合った







顔の辺りが熱を持つのが 何とも言えず悔しい









「…一緒に暖を取るのも悪くありやせんよねぃ」







あ、このヤロなんか企んでやがる











…もし何かしそうなら頭を丸コゲにしてやる
瞬時に心に固く誓った








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:陰陽の方 最近の方ばかり
更新してたんで側も書きました、久方振りに


オニシバ:遅さと駄作振りとあっしビイキ
全く変わらねぇようで


狐狗狸:遅いって言うな駄文って言うな


オニシバ:…あっしビイキは否定しないのかぃ


狐狗狸:そりゃ公然の事実なんで〜


オニシバ:しかしさんのツンケン振り
全く変わらねぇ…所か更に上がったような


狐狗狸:だってツンデレだしねぇ(笑)


オニシバ:ま、そこも可愛いとこではありやすが


狐狗狸:うーわー腹黒発げ…いや、何でもないっす


オニシバ:ほぅ…しかしあのお嬢から
髪留め以外にも靴をもらってたたぁね


狐狗狸:実ははあの親バカさんと契約する前
ずーっと長いこと裸足だったの


オニシバ:そりゃまたなんとも悲惨な…


狐狗狸:契約した時、彼女も可哀想だと思ってね
靴をあげて それが嬉しくて大切にしてると


オニシバ:いい話ですねぃ で、誰が腹黒だって?
(黒笑みで銃口を突きつけ)


狐狗狸:げ、聞こえてたのn




久々に頭を打ち抜かれ終了…?