人の縁は 何から始まるか分からない


思いもせぬことがきっかけになることも
無いとは言えないのだ





彼女の場合はそれが―







「っヒッ!





出し抜けに起きたしゃっくりから







一瞬隣にいたミヅキが肩を小さく震わせ


続けて彼女から吐き出された短い音に
起こった事態を理解しささやく





「あら…しゃっくり?大丈夫?」





口を押さえながら、コクリとカンナは頷く





「あー大丈ヒッ!
よく分かんないけどいきなり出ヒッ!







しかし しゃっくりは引っ切り無しに
彼女の口から零れだす





「ええと、確かしゃっくりは
脅かすと止まるのよね?」


「いや…ヒッ、聞いた話じゃそれ
ウソらしいぜヒッ





唯一知っていたしゃっくりに関する知識を覆され


ミヅキの顔に浮かんだ動揺が一層濃くなる





「そっそうなの!?時間が経てば治るかしら…?」


「気にすんな…ヒッ、落ち着けばきっとヒッ
収まると思うヒッ





この時、彼女の脳裏に


"しゃっくりを100回すると死ぬ"という
都市伝説が浮かんだものの


言うと余計ミヅキを不安にさせかねないと
思ったため それは告げないでおいた











〜「叫びは声にならず」〜











そのまま並んで歩いている内に





向こうから一直線に歩いてきた社員が
両足をピタリと揃えて止めた







一ミリのブレも無い見事なその動きに


彼女等も釣られて足を止める







「お疲れ様です…しゃっくりですか?」


「ええ、そうです」







返すミヅキと黙礼するカンナをしばし見つめ





彼は、やがて思い立ったように口を開いた







「自分、水筒等を持参しておりますので宜しければ
しゃっくりを止める療法をお教えいたしますが…」







訝しげに二人で顔を見合わせてから





恐る恐る、カンナは彼に問いかける





「利くの…?ヒッ、その療法って」


「効果は実証済みなので、騙されたと思い
お試し下さい!」







…悩む間が少しだけあったものの





相手の真剣な表情と声音


そしてあくまで直立した状態を崩さぬ姿
二人は同時に一度 頷いた







教えられた"しゃっくりを止める療法"


容器の上に十字に交差させた割り箸を乗せ


その隙間から順に逆向きで水を飲む、と言うもの







「む、難しいな…」







カンナの手にした紙コップと上に乗った割り箸と
中身の水は全て彼の用意したモノ





より正確に言えば、


たすきがけしているやや大きめの
ショルダーバッグから取り出されたモノだ







「あの…用意が良過ぎませんか?」





不思議と疑惑が入り混じった視線を
バッグに向けるミヅキだが





「何を仰います、コレくらいは自分にとって
当然の装備でありますからして」





実に堂々とそう返されると
それ以上突っ込んだ事も言い出しづらくなる







そんな中、カンナは言われた通りの順序で
中身の水を飲み干したようだ







「……どう?」





おずおずと訊ねるミヅキに 二三度
確かめるように息を吐いて


ニコリ、と彼女は笑みを返した





「止まったよ…ありがと」







礼を向けられ しかし彼は





「いえ、容器と箸は責任を持って
捨てさせていただきます…失礼して」





カンナの手から空になった紙コップと割り箸を受け取り


バッグから出したビニール袋に入れて口を縛り
再びバッグの中へと戻すと





「自分は当然のことをしたまでですので…では!





ペコリと頭を下げ、再び一直線に歩き出す









彼の姿が見えなくなってから





「なぁミヅキ…今の、誰だっけ?」





カンナが至極当たり前の問いかけをした







「確か さんだったと思うけど…」


「何か変わった奴だったよな」


「そうね…悪い人ではないみたいだけど」











驚きと謎とを残した出会いからさほど経たぬ内に







カンナとは 伏魔殿にて







「あ、アンタこないだの…何やってんだ?」





実に奇妙な再会を果たした







「いかなる状況下に置いて対処できるよう
訓練をしているのであります」


「悪い、あたしには地面這ってるようにしか
見えないんだけど」


「概ね正鵠を射ております 自分が行っているのは
ほふく前進でありますからして!」







キパリと言って、腕を交互に動かしながら
ひたすら目の前を往復するを眺めつつカンナが問う







「あのささん、会った時から
ずっと気になってたんだけどさ
何でそんな変な口調とか行動とか…」





途端 動きがピタリと止まり


ゆっくりとがその場から立ち上がって
服についた汚れを軽く払いつつ答える





「お恥ずかしながら…自分、所謂
ミリタリーマニアと呼ばれる人種であります」


「ミリタリー…って銃とか戦車とかの?」


「世間的にはそういったイメージが強いであります」







興味がわいたのは 果たしてどちらに対してか







さん、良ければその辺の事
ちょっと教えてもらってもいいか?」





気づけばカンナは詳しい話を聞くべく
近くの岩棚に腰を下ろし、彼の言葉を促していた







「自分などの拙い知識でよろしければ喜んで!」









がその趣味を選んだきっかけは





「子供の頃に銃や戦車 戦闘機等の類に
心惹かれたのが始まりでありました」


「あー、ナルホドな」





物心ついた男子ならば、誰もが一度は
感じる他愛の無いものであった







その来歴を始めとし


の口から引っ切り無しに銃火器や兵器の
性能やフォルム、作られた年代などの
細かな知識が溢れ出した時には





流石にカンナは面食らう







うぇ〜、よくそんなに色々覚えられんなぁ」


「あ…失礼致しました 自分、趣味の事となると
つい弁舌に熱がこもってしまうのであります」







困ったように眉を下げつつ謝られ





彼女はへ小さく笑みを向けて言う





「いーことじゃん、自分の好きなことに
本気で打ち込んでる証拠だろ?」


はい!それはもう自分の人生を
かけていると言っても過言ではありません!」


「そりゃちょっと大げさだって」









それから主にがしゃべり倒して時が経ち







時刻を確認し、カンナが勢いよく立ち上がる





「あーヤベ、もうこんな時間だ…
悪ぃさん あたしそろそろ行くから」


「こちらこそ長々とお付き合いいただき
真にありがとうございました!お気をつけて!」








今にも敬礼をしそうな様子で頭を下げる
ニッと笑い、その場を立ち去りかけ







「おっとそうだ!さん携帯持ってる?」


「持ち合わせておりますが、いかが致しましたか?」







急に足を止め問いを投げたカンナが


取り出したメモにサラサラと文字を殴り書きし
へと差し出した





「これ、あたしのメアド
後でメール送っといてくれる?」


「え、しかしこのような物を受け取る謂れは…」


「あんたの話もっと聞きたいから
開いてる日とか教えて欲しいんだよ」








しばしキョトンとした目で彼女を見つめていたが





「…了解しました ありがたく承ります





頷いて、はメモを受け取る









程なくして届いたメールの文面は





"異性の方とのメールのやり取りはこれが
初めてとなります。これからもよろしく
お願いいたします。"





やはり彼らしい簡素かつ礼儀正しいモノだったので







画面を見つめ、カンナは思わず笑った











は彼女の予定に合わせて待ち合わせを決め





会う度にミリタリー談義を繰り広げる







しかしカンナは一度として嫌な顔をしなかった







「カンナさん 喉は渇いておりませんか?」


「んー、まだ平気だぜ?」







自分の知らない知識をスラスラと話しながらも


遠慮がちに様子を伺い、気を使う
の優しさを知っていたから







「質問いいか?」





挙手したカンナに、口を閉ざしては頷く





「どうぞご遠慮なさらず」


さんって、好きな映画も戦争ものなのか?」





そこで 彼は言葉を濁して俯いた





「いえ…矛盾しているようではありますが
自分は、戦争映画をほとんど見ないのであります」


「ふーん意外だな、ミリタリーマニアって
みんな戦争もの好きそうな感じすんのに」


「そういう方々がいるのも事実ですが…


自分は、身内に戦争を経験した者がおりまして
戦時中の様子などを克明に教わったので…」







目の前に広がる屍と地獄絵図


飢えと渇きに苦しんだ戦いの渦中


悲惨な戦が終わり、焼け野原となった
国が元通り復興するまでの辛酸…







それを聞いて、





戦争をする事の愚かしさを教わり


同時に、大切なものを守る
軍人の生き様に憧れた







「そっか…だからさんって軍人みたいなんだな」


「自分でも、単純だとは思いますが
最早馴染んでしまって直せないのであります」





少し照れたように顔を赤くするの背を
カンナは笑って叩いた









"唯一これだけは好んでいる"と教えられた映画を





「じゃあ今度ヒマな時に見て、感想送るわ」


「ありがとうございます それではまた!」







と言って別れた それっきり







その約束は永久に果たされなくなってしまった











「何だよ…あの時、あんなに笑顔で
別れたばっかだったろ?」







ふっつり途切れたメールの文面を眺め





カンナは歪んだ顔で空を仰いで口を開く







の          …っ!」







己の内から溢れ出したハズの声は


搾り出した、精一杯の思いの丈は





吹き荒んだ風に紛れ 夕暮れの空に掻き消えた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:片思いの甘い感じが、何を間違ったか
悲恋オチになってしまいました…


カンナ:あたしの口調とか性格もだけどさ
本当、お前って適当なんだな


狐狗狸:よく言われます(引きつり笑い)


カンナ:それに戦争っぽい単語が出るなら夏の内に
書いときゃよかったんじゃねぇのーこの話


狐狗狸:少し考慮には入れてましたが カンナさんの
契約式神が秋の節季だったので九月にしました


カンナ:はぁ!?何じゃそりゃ…ま、いいや
それよりはどうなったんだよ?


狐狗狸:……(黙笑)




この後、ボッコボコに殴られました


彼がどうなったかは いつも通りご想像でお任せで
(本当ヘボい話でスイマセン!)




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!