あたしの世界にあるものは
バイクと風とヤニ、そして一人の男
…っても恋人と呼ぶほど親密でもなく
友達と断定するにはウマが合いすぎている
そんな何処となくハンパな位置にいるアイツ
「この時間なら、そろそろかな…」
呟くあたしの見込み通り
ほぼ前と同じくらいの時間に あたしの
バイクに横付けしてきたのは
「待たせたな」
ニカッと笑う、鷹宮ハヤテ
「は?別に待ってなんかないし」
「ウソつけよ 下に吸殻散らかってるぞ」
足元を指し示されても あたしは動じる事無く
煙と共に言葉を吐き出す
「これは前からあったヤツだよ
証拠にあたしの吸ってんのと銘柄違うっしょ」
「え…本当かよ」
思わず地面とあたしの面を見比べたハヤテに
「へっ、また騙されたなバーカ」
笑いながらそう言って、まだ火の残る
タバコを落として足で踏み消した
〜「小人は謀る」〜
一瞬眉を潜めてから ハヤテはため息を一つ
「って本当にウソつきだよな
今に地獄に落ちちまっても知らねぇぞ?」
「そんなの今更でしょ、ってかアンタこそ
会社で働いてるなんてウソついてるクセに」
「いやそれがマジなんだって…まぁリーマンって
ワケでもねーんだけどさ」
照れたように頭を掻くハヤテの姿は
あたしが言うのも何だけど かなりウソ臭い
…でもそう言うあたしでさえ昼間は
普通の作業員として猫被って働いてるし
そう考えればハヤテが会社勤めしてても
別にそうおかしくはないのかな?
大企業って話が仮に本当なら、息も詰まるだろうし
昼間の仕事のうっぷんを晴らすのに
ヤニじゃ間に合わなくなって
夜な夜な バイクを駆ってはスッとしてた
そんなあちこち当てもなく峠を回る
ツーリングの最中、あたしはハヤテと出会い
それから何となく話をする内に気が合って
雰囲気で付き合って もうすぐ一年くらいになる
けどまぁお互い仕事をしている間柄でも
あるワケだから頻繁に会うことなんてない
たまーに携帯でメールし合って
同じくらいの頻度でこうやって顔合わせちゃ
ダベったりバイクで一緒に峠を回ったり
腹が減ればコンビニかジャンクフードの
オゴリや割り勘で済ませるくらいの軽いノリ
それでも、あたしはこいつといられる時間ごと
この関係が気に入ってしまっている
「なぁ、ってオレのこと好きなワケ?」
「アハハまっさかぁ!ハヤテとは
気の会うツーリング仲間 それだけでしょ?」
笑いながら、煙と共に吐き出す言葉は
自らの気持ちとは裏腹なウソ
…ウソをつくのは今に始まった事じゃない
うまく誤魔化せれば 世の中を生きるのは
とても楽な事を知っているから
「何だよつれねぇな、オレ達ケッコー
いいカンジの関係じゃねぇかよ〜」
「まーね、でも"仲間のうちでは"だよん♪」
それでも食い下がるハヤテを、笑いながら煙に巻く
深い恋人のようなやり取りに憧れないわけじゃない
ただ この軽薄ながらも楽しい関係が
少しでも壊れてしまうのが耐えられない
変わらない現状を望むあたしは、案外ガキだ
くだらない虚勢と見せかけだけの居心地のよさに
甘んじ続けている 了見の狭いクソガキ
それに付き合いきれなくなったのか
或いは最後のチャンスだと思ったのか…
ある日、ハヤテから呼び出しのメールが届く
「珍しい…どれどれ?」
文面は簡潔に"今夜、あの場所で会いたい"
訝しがりながらもバイクでいつもの場所に
たどり着き、ハヤテと対面すると
「結構仕事忙しくてさ…もうこうやって
遠出する事も出来なくなりそうなんだよ」
やけに深刻な顔で ハッキリとアイツはこう言った
「だからさ…別れよう」
あたしにとってそれは、信じられない一言で
頭が…うまく働かなかった
けれど、気持ちとは逆に口は驚くほど
緩やかに言葉を紡いでいく
「別れようって、何それ?
元々あたし達付き合ってなかったじゃん」
いつものように明るく誤魔化すようなウソ
本当は別れたくなんてないハズなのに
「それにアンタ一人いなくたって
さして辛くなんてないし?」
それでも虚勢を張るのを、誤魔化す事を止められない
自分から泣いて縋りついてでも
ハヤテとの絆を保つ努力をすればいいのに
動くのは足じゃなくて ウソしか
吐き出せないこの口
「…そっか、じゃあ 元気でな」
悲しい目をして微笑んだハヤテが呟いて
ぷっつりと それからあたし達が
会う事も連絡を取る事も無くなった…
あたしの世界から一人の男が消えて
それでも相変わらず あたしは夜な夜な
峠でバイクをかっ飛ばしていた
「さんってさー、彼氏いるの?」
時折現れるアホ面の知り合いが
口説きの常套句を口にする度に
寂しげなハヤテの顔が浮かんで消える
「あたしの彼氏は バイクとヤニだけ
アンタなんかお呼びじゃないよ」
幾分マズくなったヤニの煙を、繰り返し
そいつの顔に吹きかけて答える
あの日から 全てが面白くなかった
日が経つ事にヤニがマズく感じるようになり
逆にバイクを幾ら走らせても、受ける風や
流れる風景に楽しさを感じられない
たった一人がいなくなっただけで
どうしてこんなに違いがあるんだろう…
それでもあたしは、そんなに事態を
深刻には考えていなかった
「まだ、謝ればやり直せるかな」
"単にケンカして別れちゃっただけ"
あの時から今でも、そんな風に思ってた
それでも、ある夜中に峠で
見覚えのあるバイクを見かけた時は嬉しかった
ピッタリとケツに張り付いて追いかけ
小高い丘に止まった所であたしもバイクを止め
降りたアイツに メットを取りつつ声をかける
「…や、案外元気そうじゃんハヤテ」
久々の第一声だったから、ちょっと声は上ずってた
挨拶が済んだら 今度こそ素直に謝ろうと
ドキドキしながら相手の返事を待っていた
でも…アイツはつっけんどんにこう返す
「誰だアンタ?」
目の前が一瞬、歪んだような気がした
「何それ、冗談のつもりなら
全然センスがないんだけど?」
「悪いけど オレはアンタなんか知らない」
「…そんなに、あたしのついた嘘が
気に食わなかったわけ?」
「何の事か分からない、アンタ何を言ってるんだ?」
戸惑うハヤテは 本気で何もかもを
忘れているように見えた
ねぇ…あたしをいつまでからかう気なの?
それとも本当に 何か事故にでも巻き込まれて
何もかも忘れてしまったの?
思考がグチャグチャになるあたしに、ハヤテは
ため息を一つ落として 口を開く
「もしかしてアンタは、オレが記憶を
失う前に親しかった人なのか?」
「…え?記憶を、失う?」
「ああ、少し信じられないとは思うけど
オレには ある一定期間の記憶が無いんだ」
使い古された安っぽいウソのような言葉
にもかかわらず信じたのは、辻褄の合うような
言動と ハヤテの真剣な目つきがあったから
前働いていた会社でかかる流行の奇病にかかったらしく
間の記憶がすっぽりと抜け落ちていると
目の前のハヤテは、そう告げた
「だから…本当に何も覚えてはいないんだ」
「そう、それはしょうがないよね」
ハヤテの中には、入社してから辞めるまでの
記憶がキレイさっぱり消えていた
それに付随する全ての日常も
あたしとの想い出も…あの時の告白も
始めから、無かったかのように
「さんとオレは、どういう関係だったんだ?」
訪ねてくるハヤテに あたしは一瞬言いよどむ
別れた思い出のないハヤテ
今ここでウソをついて誤魔化せれば
また、あの頃みたいに付き合える…
咥えたタバコに火をつけて 少し煙を吸い
空へと吐き出してから、口を開く
「…ただの知り合いだよ ごくまれに
会うくらいの、それだけの仲さ」
笑いながらいつものようにウソをついた
…誤魔化せば きっとすんなりあの頃の関係が
戻ってくるんだと思う
でも、そこにはあの頃のハヤテはいない
あたしは意地っ張りのガキだから
過ぎた日を繰り返しながら関係を取り戻す器用さも
その間感じるぎこちなさを我慢する強さも
再び別れを請われた時、耐える自信も
何一つとして 無い
「そっか…じゃあ、またなさん」
「ああ、元気でね ハヤテ」
こうして、今度こそあたし達の縁は切れた
今ではもう アイツと会う事も
メールのやり取りをすることも無い
「ウソばっかりついてたから…
あたしに、天罰がくだったのかな?」
バイクと風とヤニしか残らなくなった
ちっぽけなあたしの世界の中で
宵闇の中 煙と共に言葉を吐き出して
涙が一滴、頬を伝って落ちた
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:懲りずに記憶消失ネタ…ってか名前変換の
地流サイドはこれで三話連続で悲恋ですよ!
ハヤテ:初の話を書いてもらっててアレなんだが
オレの口調、アレでいいのか?
狐狗狸:んーまぁアニメでもそんな出番が多くも
無いので、後は想像&中の人ボイスで補ってます
ハヤテ:オイオイ(汗)
てーかって闘神士じゃねーんだ
狐狗狸:はい、普通の人の観点で進めてみました
ハヤテ:それにしてもの昼間の仕事の
作業員って…アバウト過ぎないか?
狐狗狸:夜中にバイクかっ飛ばせるのが基準で
決めたので…後は読者の方の想像力に任せます
これで地流の悲恋話は終了…かな?多分(え)
さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!