廊下の途中に 変わったものが落ちていた







「ん、何だコレは…?」





オレは床に落ちていたスケッチブックを拾い上げる







画材店に売っていそうな本格的な、
かなり大き目のサイズのものだ









「何故こんなものが、ミカヅチビルに…?」


「誰かの落し物ではないか ユーマよ」





神操機から出てきた半透明のランゲツが
こちらを見下ろして呟く





「その可能性は高そうだな」


「持ち主の名は、書かれておらんのか?」







言われてオレはスケッチブックの表と
裏を隅々まで見てみるけれど





どこにも持ち主の名は書かれていない







…もしかしたら 中に書かれているのかもしれないが





「持ち主が分からんとは言え、人のモノを
見るのは失礼だよな」


「うむ」





ランゲツはこくりと首を縦に振る









…このスケッチブックをどうするべきか





少しそれをじっと見つめて、オレは結論を出す







「受付で預かってもらうとするか」







言って、きびすを返して
歩いてきた方向へ後戻りをする












〜「冷淡から笑み」〜













「うわヤバイ、急がなきゃ…!」







廊下の向こうから、資料を持った社員が
慌てて走ってきたのが見えて





端の方に避けたつもりだったのだが





ぼんやりとしていたせいもあってか
避けきれずに少しぶつかってしまう







「あっごめんなさい







すれ違いさまに謝って、その社員は
廊下を通り過ぎていき





「…しまった!





その拍子にスケッチブックが手から滑り落ち


ページが開いた状態で床に広がる







拾い上げようとしゃがみ込んで―







目に入ったそのページに 動きを止めた









そこに描かれていたのは、人間だった





「これは…地流の闘神士か…!?」







鉛筆画のタッチで描かれた膨大な数の闘神士





むろんそこには知った顔も、いくつかいる







オレは立ち上がって
拾ったスケッチブックのページをめくってゆく







どのページにも、闘神士達の絵はあった





笑っていたり怒っていたり





立ったり座ったり 何かを食べていたりと
姿も状態も様々だ







けれども、全ての絵が生き生きとその人物を
描ききっているように見え





絵のことに詳しいわけではないけれど







「すごく上手い絵だな」


「ああ…ワシは絵のことはわからんが
この絵には、何かを感じる







ランゲツも ページに描かれた絵に
目を奪われている









いけないことだとは思いつつも





その絵に引き込まれてしまい、スケッチブックを
めくる手は止まらなくなっていた











何枚かページをめくった所でランゲツが呟く





「ユーマの絵が、多いな」







言われてみれば、ページが進むごとに
少しずつ オレの絵が増えてゆく







戦っている所 何かを食べている所





ミズキと一緒に何かを話している絵もある







少し恥ずかしいような気分







「…誰が こんなものを描いたんだ?」





首を傾げながらもページをめくろうとして







急にスケッチブックを取り上げられる









顔を上げると、目の前にはがいた









はオレと同じ地流の闘神士で いわゆる"同僚"







"鉄仮面"の呼称に違わぬ、無表情さと冷淡さは





仕事の面でも普段の人付き合いでも
遺憾なく発揮されている







だが、今のの表情にはあからさまな怒りが浮かび





普段の鉄仮面ぶりは微塵も見えない







「…見たのか?」


「は?」


「これの中身を 見たのかと聞いている!!」







激しい剣幕で怒鳴りつけられる







普段なら何かを言い返すところなのだが
今回はこちらにも非がある





それに、のこんな様子を見るのは初めてで







「すまない、気を悪くしたなら謝る」





思わず オレは謝った









はスケッチブックをしっかりと
胸に抱いて、驚いたようにこちらを見ている





…何故 そんな顔をしているんだ?







「そのスケッチブックは お前のものだったのか」





言うと、こくりとは首を縦に振る





「……どうして 中を見たんだ」







表情こそはいつものように鉄仮面だが





目だけは、怒りに似た何かを宿しているように見えた









よほど 見られたくなかったのだろうか?









「落とした拍子に中身が開いて…描かれた絵が
あまりに上手かったからつい見てしまったんだ」





途端 は顔を赤くする





「オレの絵もあったけど…オイ、どこ行くんだ?







は答えることなく 走るように
その場から去ったのだった













その日から、


オレはのことを気にするようになった







…といっても別にいつも側にいる とかという意味でなく





同じ場所にいたり 視界に入る所にいる時に


なんんとなく、行動を見つめるだけのことだ









「今日の仕事は…ユーマ 聞いているのか?」


「あ、はい スイマセン」


「珍しいな、お前が気を抜くなんて」







呆れたように言われて ようやくオレは
自分が上の空だったことに気付いた







……きっと、休憩室で見かけたあのことを
いまだに気にしているせいだ











部屋の隅にがいて、







最近気付いたのだが 注意して見ると







はよくあのスケッチブックを開いて
何かしていることが多い





どうやら 暇を見つけては


近くにいる人物を描いているようだ








…すると、オレが多く描かれているのは









「あ…」







目が合ってしまい 慌てて目を逸らし





オレは、いたたまれず足早に休憩室を出た











任務はちゃんと遂行できたのだが
結果は あまりかんばしくなかった









「こんなことで力を発揮できないなんて
闘神士として失格だな…」







ため息をつきつつ、報告書を持って
廊下を歩いていると







向こうからがやって来た







「「あ」」





同時に声を発し、妙な気まずさが漂う





「げ、元気か 


「…そこそこは」







あの一件以来、まともに話すことも無かったので
もう一度 謝ることにした







「あの時は、本当にすまなかった」





はいつも通り 淡々と答える





「いや、元はといえばスケッチブックを
落とした私が悪い キミが謝る事は無い」





その言葉とともに、再び沈黙が訪れる







この手の空気は正直慣れない







「じゃあ 報告書を提出しなければ
ならないから、オレはこれで」





言って、の横を通り過ぎようとして―









「待ってくれ」







ふいに、呼び止められた









振り返ると 少し俯き気味の
こっちを見返していて





「今度、画材を補充するために買い物へ
出かけようと思うのだが…」







戸惑ったように、は続ける







「色々買うし 重いものも多いから
男手があると助かるのだが


「…それは、つぐないをしろという事か?」


「いや、単に買出しに付き合って欲しいだけだ
特に 他意はない





言うの頬は、僅かに赤い









少し頭の中で考えて オレは答える







「……まあ、その日ならヒマだから 付いていってもいい」


「そうか、頼むぞ」







初めて 鉄仮面は微笑みを浮かべ







不覚にも、その姿を可愛いと思ってしまい
顔がかあっと熱くなった








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:陰陽の名前変換で地流のが少ないなって
思ったので、ユーマくんで書いてみました


ユーマ:それはいいが、最近は陰陽の更新も
滞ってきているようだな


狐狗狸:まーそれは他の作品と掛け持ちしてるし
流石に三年目だからネタの勢いも弱まってくるでしょ


ランゲツ:…辛いなら 掲載終了にすれば良かろう


狐狗狸:いや、それはないよ!一応はネタも
残ってるし まだまだ書く気はあるのさ!!


ユーマ:それはともかくとして…正直
オレのキャラが大分別人のような気がするが


狐狗狸:うん、久々に書いたけど私もそう思う


ランゲツ:あのシーンでは、普通はワシが
ユーマに注意を促す筈では?


狐狗狸:それは式神であるランゲツさんでさえ
魅了するほどさんの絵が上手かったって事で


ユーマ:…今回の文は下手をすると
ストーカーに見える表現だな


狐狗狸:それは全力で否定します!




本当にストーカーしてたわけじゃないです、


単にユーマを目で追うことが多かったって
ことなんです 本当です!(必死)




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!