どんなに逃げても
どんなに隠れても
どんなに息を殺して潜んでも
「逃がしゃしやせんよ さん」
必ず 捕まえてあげる
―くらやみのおにごっこは、はじまったばかり
〜「くらやみのおにごっこ」〜
始まりは 会った時のオニシバの姿だった
何でか知らんけど、後ろを向いてしゃがみこんでいて
あいつの方から 何かを噛み砕くような
妙に湿った音がして
不思議に思ったけど、とりあえずは声をかけようとして
―血の色をまとったオニシバが銃を構えた姿を
"予測"してしまった
「ひっ…!?」
俺の声が聞こえたのか、あいつがゆっくりと振り向く
ああ、俺の予測ってこういう時に限って
本当 百発百中だよな
なんて軽く現実逃避しても、この状況は変わらなかった
目の前にいたのは 普段と同じオニシバの姿
…ただし、
いつもの白いコートに血飛沫のような
赤いシミをつけている所や
僅かに動く口から
つつ…と赤い物が滴っている所を除けば、だが
あいつは口の中の何かを飲み込むと
手の甲で軽く口を拭っていけしゃあしゃあと
「どうかしやしたかぃ?さん」
「…どっちかっつーとどうかしたのはお前の方だろ
一体何やったんだよその姿は」
普段が普段だけに まともに答えが返るとは
思っていないけれど、
それでも聞かずにはいられなかった
「ああ、ちょいと…食ってやした」
何をだ!と普段の俺なら間違いなくツッコんでいるけど
聞いたら洒落にならない答えが
返ってきそうな気がするから、聞けない
「なぁ、本当に何をしでかしたんだよ?」
「本当に 知りたいですかぃ…?」
頼むからその状態でいつものように笑うな
その人を食ったような笑みが今の格好と
相まって余計怖く見えるんだよ!
「さて さんにマズい所を見られちまいやしたね」
「いや、俺の方こそ間が悪い時に来ちまった
みたいでスマネェな!」
オニシバが何をしていたのかは分からないけど
深く立ち入らずにさっさと帰ろう
正直 俺の方からの用で会いに来たのだが
何も聞かずに早く立ち去れ、と俺の心が叫んでる
「じゃあ今日はかえ―」
「マズい所を見られて あっしがただで帰すとでも?」
オニシバが一歩 こっちに近づき
俺は反射的に 一歩後退った
逃げなきゃ
逃げなきゃ
何かいつもよりヤバい気がする
「こうなったら 覚悟してもらいやしょうか」
あいつが言葉を発した瞬間、
俺は踵を返してそこから逃げ出した
気配を辿らなくても、
ましてや予測を使うまでも無く
後ろから奴が本気で追っかけてくる
ここまでは これまでと変わりは無い
「逃がしゃしやせんよ さん」
けれど聞こえる声に、いつもとは違う"何か"を感じる
怒りとか恨みに似てるようで違う、
殺気よりも怨念に近いような "何か"
ちらっと後ろを振り向くと
思ったよりも近いところにいたオニシバが
銃を構えているのを見て、更に駆け足
何で今日に限ってこんなに怖いんだあいつは!
「なぁっ、俺が何かしたのか?
お前が怒るようなこと 何かしたのか?」
「…それは あんたを捕まえた後に
ゆっくり教えてあげやすよ」
走りながらの問いかけに、"何か"の気配が
一層濃くなる
駄目だ 話を聞いてくれそうに無い
「ここなら 暗いし分からないはず…」
とっさに逃げ込んだ洞窟の奥
壁の窪みでひざを抱えてしゃがみ 俺は一息つく
前にオニシバに追いかけられた時に、
この洞窟の奥にある壁の窪みに隠れて
何とか奴をやり過ごした事があった
迷わずにこの場所に来れたのは幸いだった
…自分でも逃げ隠れが上手いこととか
言ってて悲しくなるのだが、この際仕方ない
「にしても、何なんだ 今日のあいつは」
一人呟いて 暗闇の中で考えた
あの血飛沫は、一体何が原因で出来たのか
直前まで食っていたのは、何なのか
一体あいつは 何をしていたのか
どうして、会ったその姿を見ただけで
銃を構えて俺を追うのか
俺に向けられた怨念に近いものは何なのか
いくら考えても、思い当たる節は全く無かった
けど、間違いの無い事実が一つある
今日 オニシバに捕まったら
いつもよりも恐ろしい目に合わされる
何でこんなことに…
洞窟の遥か彼方から、足音が聞こえた気がした
いや…気のせいじゃない
足音が段々大きく ハッキリしてくる
俺のいる所まで 近づいてる
「どこですかぃ さん?」
あいつが、ここまでやって来た
俺はしゃがみこんだまま息を殺す
「隠れてねぇで 出てきてくだせぇ」
すぐ近くに オニシバがいるのが分かる
心臓の音が聞こえそうなくらい、近くに
何も見えない暗闇の中なら、相手が壁を少しずつ
探りでもしない限り 俺がいる場所には気付かない
けど、この暗さは相手の動きも隠してしまう
暗闇の中で下手に動いて、捕まったらオシマイだ
気配が すぐ側まで迫る
頼む 気づかないで去ってくれ
時間が、妙に長く感じられた
「ここにはいないようだねぃ…」
言葉と共に オニシバの気配が遠ざかり
足音も少しずつ、小さくなって―消えた
耳をそばだてても、何の音も聞こえない
「いなくなった…?」
…壁の窪みから這い出しても、
あいつが戻ってくる様子は無い
「マジでいなくなったのか…よかった…」
ほっとして、この洞窟から出ようと
一歩 二歩と足を踏み出した途端
後ろから 何かが抱き付いてきた
「見ぃつけた」
身体が引きつったのがわかる
声を出そうにも、向けられた気配に
威圧されて 言葉が出てこない
「もう 逃げも隠れもできやせんぜ
覚悟しなせぇ、さん」
オニシバの手が 俺のあごを掴む
そのまま、力任せに引き寄せられて
俺は自分の身に起こりうる最悪を覚悟して
暗闇の中にも関わらず、目をつぶった
次の瞬間 感じたのは
痛みではなく、口を塞ぐ柔らかい感覚だった
「…え?」
一瞬遅れて、口付けられたのだと気付く
「驚きやした?」
今だ抱きつくオニシバからは、先程まで感じてた
怨念に近い怖い気配は無くなっていた
「驚いたって…どういうことだよ?」
状況が飲み込めない俺に、
「この所 あんたと滅多に会えねぇ寂しさから
ちょいと意地悪してみたくなりやして」
あいつはいつものようにあっけらかんとした口調で
こう言ってのけた
「前にはろうぃんの事を教えてもらったから
来た時に反対に脅かそうと思ったんでさぁ」
「…………はぁ!?」
思わず叫び声をあげた
「じゃっ じゃあ今までのは
全部 嘘って事か!!?」
「そういうことになりやすね」
俺はまだ信じられなくて 矢継ぎ早に問いかける
「だったら 白いコートについた血飛沫とか
会った時に食ってたものは!?」
「血飛沫は血糊、食ってたのは人から
もらった特製ケチャップ饅頭でさぁ」
その一言に 完全に身体の力が抜けた
ああ、そういや今日はハロウィンで
俺はオニシバを脅かす為に来たんだった
あいつの異様な様子に飲まれて
自分の格好を含めすっかり忘れていた
「…無駄に力入れて脅かしやがって!」
思い出したら腹が立ってきて、オニシバの
顔辺りを目掛けて殴りつける
けれど 俺の拳は空振りした
「こんなに暗くちゃ あっしの顔は殴れやせんよ」
その言葉に、小さく舌打ちをした
ここがこんなに暗くなきゃ奴の顔を
思う様殴れるのにと、悔しく思う反面
間違いなく俺の顔は
ほっとしたのとムカついた気持ちが入り混じった
みっともない顔だろうから
見られなくてよかったとも思った
「ったく、とにかく一旦外に出て殴らせ…ろ…」
洞窟を出るために足を進めたいのに
オニシバが腕を放さないままだから、
俺は身動きが取れない
……この状況は まさか
浮かんだ嫌な予感を、奴の一言が現実にした
「いいやしたよね?寂しかったって…
さあ、覚悟はいいですかぃ さん?」
俺の叫び声が 暗い洞窟内に木霊した
―くらやみのおにごっこで、つかまったなら
あなたに ほんとうのきょうふをあげる
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:陰陽でハロウィンネタは三回目なので
今回は趣向を変えてホラー風味にしてみました
オニシバ:久々に話に出れたと思ったら…
結局こういう話ですかぃ(ため息)
狐狗狸:つか話書いといて質問すんのもなんだけど
どうやってあんな小道具や演出用意したの?
オニシバ:そいつぁ、とある人からと言っときやしょうか
コートもあっしの自前じゃなくその人のお手製でさぁ
狐狗狸:うーん…それにしても特製ケチャップまんって…
吐血並にケチャップしたたる饅頭ってどんな饅頭よ?
オニシバ:わざと中身を少し滴らせて食えって
言われやしたからねぃ…別にモノホンでもよかったんですがね?
狐狗狸:…今 さらっと怖いこと言ったね(汗)
オニシバ:所で話にゃ出やせんでしたが
さんはどんな格好をしてたんで?
狐狗狸:この話は一応、シリーズの「大騒ぎマスカレード」の
視点のつもりだから、カボチャ大王かな?
がその後どうなったかは…
ご想像にお任せします(またそのパターンか謝)