軽い肩の衝撃を感じ、振り返れば
やや背丈の高いさっぱりとした印象の男の人がいた





「お疲れーミヅキちゃん」


「あ、お疲れ様ですさん」





軽やかなその挨拶に、私はペコリと頭を下げる





「他の人もいないんだし 実力の劣るオレなんかに
そんな畏まった挨拶しなくったっていいのに」


「いえ、ここは会社ですし 目上の方には
礼を尽くすのが常識ですから」


「しっかりしてるなぁミヅキちゃんは」







アハハと笑い声を上げてから、辺りを見回して
さんはぽつりと呟く





「ユーマ君は一緒じゃないの?」





不意に出た名前に 一気に顔が熱を持つ





「その…まだ、仕事があるみたいで…」


「あーそっか ゴメンね気付かなくて」







手を前に持ってきて謝ってから





さんは私へ視線を定め、声を潜める







「だったらさ ちょっとだけ付き合ってよ


「…えっ!?」











〜「君に、届かない」〜











「大丈夫だって〜軽く近くの喫茶店で
お茶飲むだけだよ、心配しないで」





言いながらさんは緩やかに笑う







ニヘラ、という擬音がしそうなその微笑みは
この人特有の表情だ





どんな場所のいかなる状況であろうと


彼がこの微笑みを絶やした所を見た事は


今まで 一度たりとも無い







戦略上の演技なのか、彼の素なのかわからないけど





その微笑みにはどこか人の毒気を
抜く力があるのだと思う





…ちょうど今みたいに







「それじゃあ…三十分だけでしたら」


「十分だよ、さー行こうか?」





少し先を歩き出した彼に、短く頷いて私も続く









案内してもらったのは 会社から本当に
歩いて5分もしないような喫茶店





よくお店の前を通る事はあったけど


利用したのは、初めてだ







それぞれホットのカプチーノとブラックコーヒーを
頼んで 向かい合った席にてそれを飲む







「ここの店、割と利用してるんだけどさ
コーヒーの銘柄にこだわってるんだよね〜」


「そうなんですか…あ、おいしい」


「でしょ?」





こちらを楽しそうに眺めつつ、彼もコーヒーを一口







「あの…どうして私を誘ったんですか?」





訊ねると、さんはカップを置いて
やや困ったように口を開いた





「何だか寂しそうにしてたから、ついつい
放って置けなくて話でもしようと思って…かな?」


「寂しそうに…ですか?」


うん 初めて会った時みたいだった」





言われて、私はほんの少し驚いた









天流討伐部に配属されてから、この人は部署や
年齢を問わず色々な人に積極的に話しかけていた







始めはそれを快く思わない人が大多数で


私も、その中の一人だった







その行動があまりにも目立ってたから
ある時 耐えかねて注意したことがあった





けど…彼が不満を微塵も表さずに





「どうせ働くんなら 皆の仲がいい環境の方が
色々と得だと思うから…かな?」





いつものあの微笑みで、そう返して







それを境に 彼の行動を咎めにくくなってしまった







それからなし崩しに周囲の人達もさんに
感化されてちょっとずつ打ち解けて







彼を面と向かって否定できる相手は


ごく少数になってしまった







…始め、私は単にこの人を"変わった人だ"
ぐらいにしか思ってなかったのに





今では そこそこ会話を交わす間柄になってる









さんには私が…そう見えてたんですか?」


「そうだね」





あっさりと言い切ってから、彼はコーヒーをすする





「年に似合わず落ち着いてて寂しそうだなって
思ってさ…始めはどうしてかわかんなかった


カンナちゃんや他の人達と話をしたりする内
そのワケが 何となく分かってきたんだよね」







微笑みが途絶え、真顔になるさんの
柔らかな眼差しが…どうしてか辛い





「好きな人がいるなら、その人に素直な
ありのままの自分をもっと見せるといいのに」








唐突ながら核心をつたその発言で


私の頬は、再び熱を増していく







渇いてきた喉にコーヒーを流し込んで
一息置いてから 重い口を開く





「ユーマ君は、許婚だけれど…彼は
私を見てくれてるとは思えないし…」


「そうでもないと思うよ」





迷いの無い否定の言葉に、流石に戸惑いを覚える





「どうしてそんな…」


「確証は無いんだけどねー…君とユーマ君が
一緒にいる時の姿を見てて気付いたんだよね」





何に気が付いたと言うのだろうか…?







私は黙って 彼の次の言葉を待つ







さんはニヘラと微笑んで、楽しげに言った







「彼、ほんのちょっとだけミヅキちゃんの事
目で追いかけてるんだ」








……彼が、私を見ていた?





そんな素振り 側にいたのに全然気付かなかった







思っていたことが顔に出ていたのか
さんはこう言って続けた





「ユーマ君もあれで結構意地っ張りで
気付いてないのかもしれないけどね…


少なくとも君を見てないことは 無いんだと思う







響いた言葉は向けられた眼差しと同じくらい


落ち着いた…優しいもので





「そう…だと、いいです」





こちらも釣られて、笑みを浮かべた







例えそれが何かの見間違いだとしても


本当にユーマ君が私を見てくれていたのなら
とても…嬉しい








「大丈夫 オレが保証するから!」


「ありがとうございます…何だかさんに
言われると不思議と心強い気がします」


「ミヅキちゃんがそう言ってくれるなら
オレも嬉しいよ」







言葉にあった表情を浮かべてコーヒーを
口へと運ぶさん









ふと、頭に過ぎった疑問が口から零れる







「…さんはどうして私にこんな
優しくしてくれるんですか?」







途端に微笑みが戸惑いに変わった





「え、あー…それは…」







そこで彼にしては珍しく歯切れが悪い様子で
口ごもってから、とても小さく





「ミヅキちゃんが似てるからかな…オレの妹に」





照れくさそうにはにかんで呟いた







さん、妹さんがいらしたんですね」





初めて聞く話に私は素直に感心する





そう言えば よく人に話しかけている姿は見かけても


この人の家族とか、詳しく聞いたことは
ほとんど無かった気がする







「オレも、君と接するみたいに妹に
優しくしてやれれば良かったんだけどね


会う度に意地悪な事しか言わないもんだから
すっかり嫌われちゃっててね〜」





タハハ、と苦笑めいた笑い声を上げてから


彼の瞳がどこか宙を彷徨う





「根が真面目だから 今でもアイツは
オレに対抗したまんま、殆ど顔を会わせてくれないよ」


「ご、ごめんなさい」


「あー気にしないで、アイツがオレと
反りが合わないだけだから…今はまだ





手をパタパタと振るこの人は、もういつもの
見慣れた微笑みを浮かべていた







…でも どこか寂しげな雰囲気をまとっている気がする







「けど、さんって人当たりがいいから
きっと仲直りできると思いますよ」


「そうだといいんだけどね〜結構
怒りの根が深いみたいで」







大概の相手を脱力させる微笑みを持ったこの人でさえ
説き伏せれない怒りをもった妹さん…





申し訳ないけれど、私には想像が付かなかった







もし彼女が私に似ていると言うのなら


よほどの事でもなければ この笑みに
流されて許してしまうんじゃないかと思う







「昔はオレに負けず劣らずよく笑う
すっごく可愛い奴だったんだけどね…」





今じゃ般若さながらのしかめ面だよ、と


続けながらコーヒーを飲み干すさん







そこまでの怒りを買うこの人の行為も


この微笑みを前に それ程に言わしめるしかめ面を
出来る妹さんの姿も





どちらも一層想像が難しい、と


喉まででかかった言葉を
残っていたカプチーノで流し込んだ













「今日は付き合ってもらってありがと」


「いえ…こちらこそ、励ましてもらいましたし
コーヒー代まで払っていただいてますので」


「いーのいーの オレが誘ったんだし」





軽く言いつつお互いが店から分かれようとして





「それじゃーね」







ニヘラと笑ったさんの微笑みと





「もっと笑いなよ、ミヅキちゃんは可愛いんだし」







去り際に残したその言葉とが





やけに鮮やかに、記憶へと焼きついた







「え……っ」





思わず言葉に詰まって 理由は分からないけど
顔が少しだけ熱くなって


ちょっとだけその場で足を止めた事は覚えている











…その時の熱の理由と
彼に抱いていた淡い思いを知ったのは







それから程なくして唐突にさんが消え





私とユーマ君に、危機が訪れる少し前








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:かーなりご無沙汰気味で書いた
ミヅキちゃん夢なんで、口調とかあやふやです


ミヅキ:せめてDVD見直してから書けばいいのに


狐狗狸:そりゃごもっとも


ミヅキ:でもこれ、さんとの話が主体だけど
ユーマ君への私の思いが目立つっていうか…


狐狗狸:だって公式じゃん その辺りの関係は


ミヅキ:っわわわ私はそのっ、許婚であるだけでっ


狐狗狸:まー何にせよ 記憶を失った事で
気付きかけた思いのそれぞれも失ったって
考えていただければ、サブタイの意味になると思


ミヅキ:話の中で書きなさいよ、それは


狐狗狸:…ごめんなさい




ほのぼのながら、うっすら悲恋っぽい感じに…
なればいいかなと 駄展開スイマセン




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!