空気中にふわりと 甘いような香りが漂う





キバチヨは鼻を頼りにニオイの元を探し


ほどなく、先程見つけた彼女から
発されていることに気付き たずねた







何だかいいニオイがする」







彼女は首を少し傾げてから、すぐさま
何かを思い出したように手を打って







「…多分 金木犀のニオイだ」


「金木犀?」





オウム返しにたずねるキバチヨに
は首を縦に振って答える







「昨日の奴が珍しく香水を買ってきてさ」











〜「金木犀の香をまとい」〜











玄関から戻ってきたが手に持っていた
袋から漂う匂いを感じ取り





出迎えたは軽く鼻を押さえる







「何だよそれ…何か、ニオうぞ!?


しっつれーな反応ね〜あたしの買った
香水に文句でもあるの?」





仁王立ちでぷくぅと頬を膨らませながらは言う





「へ 香水…マジで!?







バックにベタと雷を背負い、オーバーリアクション
という 漫画ならではの表現が


の今の表情にとてもしっくりくる





それに対して、益々不満を募らせる







「どういう意味?」





答えは間髪要れずに返ってきた





「いつもはヤクモ様グッズを〜とかって
散財するからようやく色気づいたのかと思って」







自分の相方の性格を知っているにも関わらず





いや、知っているからこそ余計に
口をついて出てしまった言葉は


正に災いの元だった







「そーいう憎まれ口ばっかり叩くなら
少しはも女らしくなりなさいよ〜!」






怒りと共に は袋から取り出した香水を
に向かって大量に噴射する







辺りに金木犀の強い香りが漂う





「ぎゃー!ちょっ クサ!!」


クサくないってばー!
自然派系の香料抑え目の買ったんだから!!」







勢いに任せ 三分の一
香水を自分の式神にかけ続けたのだった











「…そのニオイがまだ少し服や髪とかに
染み付いてるみてぇでな」





スンスン、と袖の辺りを嗅いで眉をしかめる







昨日はそのニオイのせいで気分が悪くなり


作った料理の味がイマイチだと文句を言われ





身体の不調は翌日まで引きずる形となり


元々の方向音痴に拍車をかけて迷い
こうして救出されるまでに陥った





いわば全ての原因とも思えるニオイ







が眉をしかめたくなるのも
少しはわかるかもしれない







「気になるなら離れようか?」


「そうかな?むしろいいニオイだよ
そんな気にすることないって!」





言いながら、キバチヨはふわりと彼女に抱きつく





「なぁ、いきなり抱きつくのは
止めろっつったろキバチヨ」







身体を軽く叩かれるも 彼は全く気にしない





相手の頬が赤いことに気付いているからだ







「いいじゃないハグぐらい、それに
最近はも慣れてきてるじゃない」


「そりゃ 頻度が高いからな、抱きつく奴の」


「ふぅ〜ん、僕の他に 誰がハグするのかなぁ?」





言葉とは裏腹に、キバチヨの眼に鋭さが増す


その視線に気圧されつつもため息をつき





「ウチのボケ宿主と親バカ、あとは変態くらい」


変態ねぇ…それってやっぱり」







尚も問いかける言葉に、ため息を一つして
するりと腕から抜け出す





「変態は変態以外の何者でもねぇよ
とりあえず 早く戻ろうぜ」





先へと歩き始めたの手を、彼は慌てて掴む







ウェイト!そっちは逆だよ!!」


「え、マジで?」


「本当って方向音痴なんだから〜」





ニッコリ笑うと キバチヨは彼女の手を引く





「ナビゲートしてあげるから、手を離しちゃダメだよ?







繋がれた手と、目の前のキバチヨの顔に視線を移し





「…まぁいいか お前はあの変態と違って
おかしなことしないって、信じてるし」





軽く笑ってが 手を握り返す





「アハハ、信頼してもらえてうれしいよ」







彼は明るく笑いながら改めて手を引いて
二人で共に歩き出す









少しゆっくりながらも、どちらかが強く
引っ張ることはない穏やかな進み







「…キバチヨってさ 意外と体温低いんだな」


「そうかな?の方が温かいよね
てゆうか ホット?


「そこまで熱いのか!?」





ううん、と首を横に振る彼





ハートのリズムが伝わってくるみたいで
僕は好きだよ」


「…あ、そう ありがとう」







交わす会話も 他愛のないものばかり









遭遇した妖怪を軽くいなし、ちょっとした
坂道を少し越えた所で 二人が足を止める







彼らの目の前に続いているのは


うねる茨の群れが複雑に絡み合い生まれた闇の
その間に 辛うじて見える獣道







「…なぁ、ここを通るのか?」


「オフコース!」







即座にサムズアップでキバチヨが返す





しかし、の表情は晴れない







「仕方ないよ このルートを突っ切らないと
それだけ遠回りになっちゃうからね」







困ったように説得しにかかる彼に 確かに、と返す





とて、再び迷うリスクと
が待つことを考えれば


余計な遠回りは望むところではない







「…わかってる」


「そんな深刻な顔しなくても平気だよ
ここを抜けたらすぐにの所に戻れるから」





空いた手で茨を払いのけながら進むキバチヨに
続いて も足を踏み出した









茨はバサバサと薙ぎ倒されても尚
二人の行く手を塞ぐように生えてくる







「来る時も払ったのに、また生えてきてヤになるよ」


「ああ 流石にここで燃やすのはマズイしな…」





自分達すら押し潰すように伸びる茨を
これまた空いている手で払い が呟く







式神は人と違い、感覚が優れているものだが





生い茂る茨が 一切の光を遮断するかのように
辺りを覆いつくすせいで


二人でさえ視認できるのは、繋いでいる手だけ









(もし この手が離れてしまったら…)







手を引かれ 進む中、の不安は増す







姿も見えず、鼻も昨日の香水で
あまり頼りにならない彼女にとって





この闇は いたずらに疑心暗鬼を育てる







(この手は本当に、キバチヨの手なのか?)









無意識に強く握られた手に、相手の不安を感じ取り





キバチヨは 握る手の向こうへ伝える







、安心して もしこの手が離れても
金木犀のニオイが君の居場所を教えてくれるから」







いつも通りの明るい声





見えないけれど、表情もきっと


いつものように明るく笑っているに違いないと
は思った







「ああ 俺はまだ勘が戻ってねぇからな
それまでは本当、頼むぜ?







互いに姿が見えず、闇の中に取り残される
不安と疑いは残っていたが





それでも、彼女は相手を信じ 茨を掻き分けていく











「ほら、もうすぐ出口だよ!」





声と共に 前方に光が差し込んで
キバチヨのシルエットが見えてくる





「おー…本当だ」







眼を細めながら足を踏み出して、茨の道から
抜け出してきた矢先





彼女の眼に 刹那映った光景は









背後の死角から飛来した何かが直撃し
頭に負傷を受けるキバチヨ


息もつかせず来襲する妖怪らしきモノの群れ







「キバチヨっ伏せろ!」





叫ぶと同時に彼女は繋いだ手を下へと降ろし
相手を少しでも下げさせる







動きと声に釣られて伏せたキバチヨの頭上を


茨を瞬時に引き千切り 五時の方向から飛来した
高速の物体が通り過ぎる





過ぎた少し先でそれが空中で静止し


くるりと振り返ったのもつかの間





の生み出した 炎の球に焼かれて落ちる







「お前の行動、悪いが全て予測済みだぜ…
キバチヨ 後からくる団体撃退、援護頼むぜ!


「オッケー!」







繋いだ手をどちらともなく離し





互いの背を合わせ、迎撃体勢で迎え撃つ







勿論 程なくやってきた妖怪の群れは
欠伸が出るほど簡単に蹴散らされた









「一体何だっだんだ、あいつらは」


さぁ?元々妖怪たちのテリトリーだったのかもね
でも、勘が戻ったみたいでよかったじゃない」







会話を交わしながらも歩き続け、二人は
現世へと戻ってきた







辺りを見回し、見慣れた風景であることを
確認すると はほっと息をつく





「ね?ウソじゃなかったでしょ ?」


「マジですぐ近くだったんだな…疑って本当 ごめんな」







済まなさそうに謝る彼女に、キバチヨは
微笑んで首を左右に振る







「いいのさ、僕こそ助けてもらって
感謝してるよ サンキュー!





言うが早いが、両腕を回して抱きついた





「だから抱きつくなって…」





頬を朱に染め、はキバチヨを引き離すと


近くで待っている相方の元へと駆けていく







風に運ばれる金木犀の香りは


彼女の香水か 近くに咲く本物か





それとも、自らの身体に移った 微かな残り香







キバチヨは満足げに笑うと、同じく
相方の元へと歩き出す








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:秋っぽいネタでキバチヨの甘い話でも
書こうかと思い立ち、やらかしました


キバチヨ:毎度そーいう紹介してて飽きないんだね


狐狗狸:だってそれが私クオリティー


キバチヨ:クオリティーの意味をちゃんと理解して
言ってるわけ?


狐狗狸:大体は、いいじゃんだって
君の英語を雰囲気で理解してるトコあるし


キバチヨ:と君は別でしょ?
プリンセス奴隷くらい違うんだから


狐狗狸:そこまで言いますか


キバチヨ:あと、次の話辺りではそろそろ
キスぐらいしてもいいよね?


狐狗狸:えー次はお姫様抱っこじゃないんだ


キバチヨ:オゥ、それもそーか…じゃ両方ね☆


狐狗狸:え゛(墓穴掘った)