部屋に戻ると、私の座していた場所に
が我が物顔で座っていた
「…よ そこは私が座っていた場所だぞ」
「ええ、存じております」
こちらを見ようともせず、淡々とこの娘は答える
「アナタが席を立っている間 座布団が
冷えぬように暖めておりました」
「私には 実に堂々とその席で
作業しているように見えるのだが」
「暖める合間、ついでに仕事もしてたんですよ」
確かに よく見れば卓上にあるものは
タイザンやガシンの使う機械によく似たもの
それを操る手は会話の間も休む事無く動いている
「そうか…なら終わり次第早くその場を譲れ」
言えば、ようやくはこちらを見やり
ニッコリとキレイな笑みを浮かべ
「そのつもりでしたが…譲りません」
「なっ!?」
その一言に 今度こそ私は狼狽した
〜「ひねくれ従者の価値基準」〜
ウツホ様復活を目指し、そして復活してからも
同じく神流として活動する者として
あちらで行動するガシンやタイザンらへの
情報の橋渡しや、私達があちらへ行く為の補佐
或いは調合した薬を分け 神流の者達の
身体を癒し整える事にも長けており
何より、私の身の回りの雑務を半ば
任される形で引き受けている従者
…それが の役割だ
実際こやつの働きはよく、吐く言葉は
年頃よりも落ち着いている
しかし 私に対する態度だけは
他の者達と違い、慇懃無礼だったりする
例えば は唐突に思わぬ事を訊ねる
「そう言えば…ショウカク様は
あちらの常識、少しは覚えたんですか?」
「ばっバカにするでない!
私とて日々学を積んでいるのだ!」
言い返せど こやつはニヤリと
意地の悪い笑みでこう返すのだ
「へぇ〜、ならその知識をご披露いただけますか?」
…そうして覚えている僅かな物事を上げても
は淡々と間違いを指摘し、容易に揚げ足を取り
実に悔しい思いをする
答えぬように否定しても
「学を積んでいるのなら、答えられるハズですよ?
それとも…そのお言葉は偽りですか?」
弁の立つの挑発に、どう足掻こうとも
勝てずに結局乗せられてしまう
「また風邪をお召しになられたんですか…」
またある時は、病の床に伏せる私に
薬を煎じながらこう言われた
「完全に治るまでは外出を控えるように
申したはずなんですが、聞いてなかったんですか?」
「しっ…しかし、あの手紙が風に舞って木に…」
「それなら、か己が式神に申し付ければ
よろしかったんじゃないですか?」
吹き抜けた風があちらへ送る手紙をさらい
慌てて追えば、近くの枝に引っかかって止まった
部屋に置いてきた神操機からヤタロウを
降神して取らせようかと思ったが
それよりも先に再び吹いた風が手紙を舞い上げ
追う最中に それは池へと落ちかけ
手を伸ばしたが掴みそこねて、池へと
落下してしまったのだ
「仕方…なかろうっ、とっさの事だったし…
それに は無視して作業を…」
そう、仮にも主が手紙を追っている時
手伝うよう声をかけたのに は
己の作業にかまけてそれを無視したのだ
お陰で池に落ち、治りかけていた病が
一気にぶり返してしまった
「こちらの作業が終わるまで待てば良かったんですよ
それに、最悪手紙など書き直せば済むと思いましてね」
「それで…放っておいたと…ゴホッゴホッ!」
「あまり喋るとお体に触りますよ」
私の言葉を差し止め、は薄紙に乗せた
煎じ薬を手に微笑む
「効き目の強い薬を作りましたので
お口には苦いでしょうが 飲んでいただきますよ」
「…起き上がれぬ私に…どうやって飲めと」
「あぁ…そうでしたね、全く手間がかかるお方だ」
私の頭を空いた手で後ろから少し持ち上げ
「それでは失礼ながらお体に触れさせていただき
このお薬を飲むお手伝いをばいたしましょう」
「えぇっ…ちょっ待てっ…!」
問答無用で口に薬を流し込み、水を注いで
飲み込まされた
この世のものと思えぬ薬の味と
の悪鬼のような笑みは、今でも忘れられない
……思い返してみても
私へ対するの言動は従者のそれではなく
どちらかと言うと主であるはずの私を
いたぶって楽しんでいるような気がする
それを指摘しても、いつも
「気のせいですよ」
あのキレイな笑みでのらりくらりとかわされ
うやむやになってしまうのだ
しかし…今日こそはハッキリ聞くべきだ
私とてガシンやタイザンみたいに
言うべき時は言うのだ
「…ふぅ、やっと終わった
お待たせしましたショウカク様 お席へどうぞ」
作業を終え、が占領していた席を空ける
「どうかされましたか?座れないのでしたら
後ろからヒザを折ってさしあげましょうか」
「いっいい!アレはやらんでいい!」
背後に回られる前に私は即座に断る
以前、後ろからにヒザの裏をヒザで
打たれて重心を崩してこけた事がある
アレをやられるのはごめん被る!
「それより…よ、お前はどういうつもりで
私に付き従っているのだ?」
「どういうつもり、と言いますと?」
普段なら"従者だから"の一言で切り捨てられるのに
首をかしげ、珍しく不思議そうな顔をする
に若干驚かされながらも 言葉を続ける
「いや…そもそも 私に従うつもりはあるのか?」
一拍を置いて、はいつものように
キレイな笑みを浮かべて 言った
「いいえ」
本当に何なのだこの娘は!
従うつもりがないのなら何故私の側にいる!?
どうしてそんな言葉を 仮にも主の目の前で
そんなキレイな笑顔で言える!?
混乱する私に構わず、はこちらを見つめたまま
静かに 淡々と答える
「ただ、それでもはアナタの側にいるつもりです」
「ワケが分からん!!」
とうとう私は叫びだしてしまった
「っ…お前は一体 何を考えているのだ!」
「もちろん アナタの事ですよ」
「はぁ!?」
す、と一歩が近づく
「アナタは想定外の事態が起こると
すぐに慌てふためくでしょう?」
徐々に近づくこの娘の顔は
あのキレイな笑みを浮かべたままだが
目だけは、私をいたぶる時と同じような
陰険な光を称えている
ガシンやタイザンでも滅多に見せぬような
妙な圧力から退くように壁へと張り付く
「いきなりの事にすぐ驚いたり怒ったり
自分の感情を素直に表に表しますよね?」
「そそそ、それがどうしたというのだ」
目と鼻の先まで距離を詰めたは
とても楽しそうに、失礼と小さく呟き
私の頬を 手でスッと撫でながら
「その素直さを見たいから、従うんですよ」
蟲惑的にささやいた
その手を叩き落とし、撫でられた頬に手を当て
私は出来るだけ強くを睨む
「な、何と邪まな…」
「そうですね 我ながら不純な動機だと思いますよ」
怯む事無く、少し下がったは
その場で跪いて私を見上げ 問いかける
「さて、ショウカク様はをお捨てなさいますか?」
どうしてこの娘は こんな時にも
落ち着いていられるのだろう
キレイな笑みを崩さずいられるのだろう
色々と困らされてばかりいるクセに、それでも
切り捨てられないでいるのは
の この態度のせいなんだろうか
作り出された沈黙を破るように、私は言葉を放つ
「……悔しいが、それは出来ない」
は何も言わず、視線で私に理由を
訊いている…ように見える
「お前がいないと その、色々と困る
風邪を引いた時とか…あちらでの事を知るのにも…」
仮にも主としての立場にいる筈の私が
何故ゆえ従者のこやつに対して
おどおどせねばならぬのだ…
顔の辺りも何故か熱いし…また風邪か?
「そうですか、それはよかった」
ほんの瞬きほどの一瞬 は優しい目をした
ゆっくりと立ち上がり、こやつは部屋から
出て行こうとする
「どこへ行くのだ?」
「お顔がまた少し赤いようですから
何か温かい飲み物をご用意いたしますよ」
クス、と声を立てて笑い
「また床に伏せられて、アナタの楽しい反応を
見られないのはゴメンですから」
それだけ言い残すと は部屋を出て行った
「……本当に、あやつは私を何だと思っているんだ」
『まぁ…の気持ちは分からんでもない』
「うおわぁっ!?」
不意打ちで神操機から現れた半透明のヤタロウに
私は床から飛び上がってしまった
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:ショウカク夢二つ目なんですが…やっぱり
攻めっ気強い子になってしまいました…
ショウカク:何故年下の娘などにいいように
あしらわれねばならぬのだ(汗)
狐狗狸:そこはほら、ショウカクさんがヘタレだから
ショウカク:ヘタレとは何だ!?
狐狗狸:平たく言うとー…苛めたくなるキャラ?
神流レギュラー陣の中で一番素直そうだし
ショウカク:それは褒めているのか?
それとも貶しているのか?
狐狗狸:一応前者で(笑)しかしホラー好き子に続き
今回のさんも某漫画キャラみたいに…
ヤタロウ:俳句の師弟でありながら、尊大な態度で
引っ掻き回す弟子の方か
ショウカク:何だそれは!?
狐狗狸:てーか何で知ってるのヤタロウさん!!
ヤタロウ:…ガシンが読んでた
二人:ええええぇぇぇーーーーーー!?
超・捏造設定でスイマセンでした…!(謝)
さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!