仄暗い水底を仰ぐと


遥か天空には





とても美しい満月が浮かんでいた







初めて見る月の美しさに引かれ


水底の住人は、ただ焦がれながら





ずっと 水底を仰ぐばかり











〜「仄暗い水底から仰いだ」〜











見事な秋晴れの空に 辺りの木々の紅葉が生える





参道に舞い散る木の葉を箒で掻き集め
ふぅ、と息を一つつく







「お久しぶりです、さん」







声をかけられ、私は掃く手を休め
目の前からやってこられたリク様に頭を下げる







「ええ、リク様 お久しぶりです」





額を指で掻きながら、リク様は微笑んで





「そのリク様っていうの やめてください
何だか照れくさいですよ」


「いいえ、巫女が宗家のお方に
無礼を働くことはなりませんから」





かぶりを振り 私は続ける





「それに 私はあなた様方のお陰で
今日まで生かして頂いているようなものです」


「いや、あれは人として当然のことをしたまでですし…」













思い起こせば三年ほど昔





私は巫女となる前、たった一人だった







両親は 生まれた時から既にいなくて


親代わりのお婆ちゃんが死んでしまってから
済む所さえ 無くなってしまった







世間は冷たくて、浮浪児としか見てくれなくて…





誰も 助けるどころか声すらかけてくれなかった









あちこちを渡り歩いて、天神町に辿り着いたけど







何日も食べてなくて 今度こそダメだと
思って、目を閉じかけたその時







「…大丈夫ですか?





倒れていた私に、リク様は手を差し伸べてくれた







ご自宅にまで連れてきていただき
温かい服と、食べものをくれた







「ありがとうございます 助けてくださって」


「お嬢さん、つかぬ事を聞くがお名前は?」





ソウタロウ様に尋ねられ、私はたどたどしく答える





…と申します 苗字は、忘れました」


「済む所やご両親は?」


「……ありません」







俯く私に、リク様はこう仰った







さん 行く所が無いのなら、
僕の所で一緒に住みませんか?


「いえ、そこまで厚かましいことは出来ません」


「でも 済む所もお父さんやお母さんもいないのに
たった一人にするわけには…」







押し問答を続ける私達に、ソウタロウ様が
一つ手を打って







「…ふむ、ならばこういうのはどうじゃろう」





私の顔をじっと覗き込んで、こう仰った





「お主から感じる波動は、巫女のそれに近い
ワシの方から口利きして 神社に住み込みで
ちゃんを働かせてもらうよう頼んでみよう」











こうして、私は太刀花荘からさほど遠くない
天流系列の神社で働かせて頂くことになり







時を経て 見習いの巫女として認められた









仕事と共に流派の事などを色々と教えられ





お二方が、宗家の血筋の方々だと知った







世が世なら 本来気安く話しかけることも
はばかられる存在







けれど、リク様は 時折私に会いに来て
私に話しかけてくださっていた





ただそれだけの事が、とても嬉しかった







…だけど 最近はこちらに訪れることも
めっきり減ってしまったように思う











「ご謙遜を…リク様が助けてくださったからこそ
私はこうして、生きていられるのですよ」


「大げさですよさん」







優しげなリク様の笑顔は あの時と少しも変わらない







「あの…さん お茶をもらえますか?」


「はい、リク様 ただいまお持ちしますので
縁側の方でお待ちください」







私は箒を近くに立てかけて社の中に入り、


手をすすぐと慣れた手つきでお茶を入れ 盆に
お茶うけを乗せて運び





縁側に座るリク様のお側に、そっと盆を置く







「ありがとうございます さん」


「いえ、当然の事ですから」


「どうです?一緒に座ってお話しません?」









リク様が、ご自分の隣を私に勧める





ただのご学友だったなら 喜んで
お隣に座り、共にお話をしただろう







だけど 私はそれを享受してはいけない









「あの、リク様 私…掃き掃除が
残っておりますので、失礼します」







ペコリと頭を下げ 庭に出ると
側に立て掛けておいた箒の柄を握る







さんは頑張り屋さんですね」





素朴な、リク様らしいほめ言葉に心が高鳴り


それを掻き消すように、箒で庭を掃き清める











あなたは穏やかで優しくて、でも
どうかすると闇に溶けそうに儚げで







いつの頃からか、ずっと側にいて欲しい


そう思うようになった







会えない日は あなたの事を思いながら
修行に励んできた





こうしてお会い出来た時に受ける
さり気ないお気遣いは


どんな些細なことでも、覚えている









……自惚れてはいけない







リク様はどんな人にだって優しく接する
温かな心の持ち主だから







そんなあの方を独占したいだなんて





夢にも、思ってはいけない









なのに どうして





どうしてこんなにも











「あ…もうそろそろ戻らなきゃ
コゲンタや皆 待ってるだろうなぁ」





リク様は湯飲みを置いて、縁側から立ち上がる





「それではさん 僕はこれで」


「お気をつけてリク様」





深々と礼をし、去っていく姿をお見送りする


いつもと変わらぬ行動







本当に、それでいいの?







内側から自分が呼びかけてくる







強い風が 木の葉をざわりと揺らして







「あの、リク様





思わず口をついて出た呼びかけに


リク様は立ち止まり、こちらを振り返る





「はい?」





言うのなら、今しかない







息を吸い 意を決して口を開くけれども





声が…出ない









私とあの方は、身分が違う





それに私が特別である保障は どこにもない







彼にとっては 命を助けた
見習いの闘神巫女…それだけ







受け入れられず、拒否されるくらいなら





ずっとこのままの方がいいのかもしれない









口を閉じて、再び開けば


今度はあっさりと言葉が出てきた





「……いえ 何でもありません、お気をつけて」







小さく目礼し、リク様はそれきり
振り返る事無くこの場を去った











私は…暮れていく空を仰いで、





静かに 泣いた















幾重にも重なる濁りから垣間見える月は





どんなに恋しくても


どんなに焦がれて仕方が無くても


天へ近づいて、手を伸ばしても







水底に住む住人には 決して





届くことはないと 思い知らされる








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:リク夢で闘神巫女との悲恋っぽいもの、と
テーマ打ち立てて書いたら…こんなんに(泣)


リク:そういう言い方は、どうかと思いますが


狐狗狸:しかし、また色々とトンデモ設定をつけて
ごめんなさいさん!


リク:…あの ソウタロウおじいちゃんは一度も
さんの様子を見に来なかったんですか?


狐狗狸:ううん、陰ながら見に来てるけど
彼女が知らないだけって設定


リク:ここで言っちゃっていいんですか?(汗)


狐狗狸:いいも何も、このあとがきは無秩序
モットーになってきてるもんだから


コゲンタ:幾らなんでも無秩序すぎだ!
何でオレが留守番組なんだよ!!


狐狗狸:リク単体で話を進めたかったから
省いてたら、会話にすら登らなかったんだよね
…ゴメンねコゲンタ




悲恋に見えないような話でスイマセンでした…




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!