天神町にひっそりと存在する
ちょっとレトロな喫茶店





知る人ぞ知る隠れ家的な名店に


一組の男女の姿があった







「こうしてデートするのは久々じゃない?」


「…何言ってんだ 二人でよく歩き回ってるだろ?」


残念、伏魔殿でのアレはカウントされません」





ピコピコと目の前にスプーンを振る


ヤクモはため息混じりに笑う





「で、そっちは何か情報掴んだ?」


「いや…相変わらず神流の不穏な影は見えるけれど
あちらもかなり慎重なみたいでな」


「だよねぇ たまに出くわす奴は天地関係なく
攻撃加えてきてるし…KKKかっての」







そこで言葉を区切り、はコーヒーをひとすすり





「何か聞いた事あるんだけど、何だっけそれ?」







オレンジジュースを含みながらのヤクモの一言に
彼女の眼が丸くなる





「世界史で勉強しなかったの?KKKってのは
アメリカで発足した白人の秘密結社で」


秘密結社って…そんなTVアニメや漫画みたいな」


「甘いよヤクモ 秘密結社は今でも世界中に
存在するの、有名な所ではフリーメーソンとかね」


「えっ、世界には そんなに悪い組織があるのか?」


「それこそTVアニメや漫画での偏見だよ
悪い組織もたしかにあるけど、秘密結社ってだけで
一概に全てが悪だとは決め付けれないわけで」







そこからなし崩しに、による秘密結社についての
歴史や知識が披露され


ヤクモは時折口を挟みつつ ただただ頷くだけとなる











〜「舟板に残るは」〜











自他共に認める雑学マニアで、教科書に
載っている正史から 業界だけのマル秘情報


更には良く知る食べ物の由来や語源まで





大抵の事は聞かれれば懇切丁寧に答える事が出来る







また、本人もそうした話をするのが好きな性質なのか


話を振られるとほぼノンストップで延々と語り続ける







それ故に、今この状況はまさにの独壇場







僅かにいる客の面食らった視線が彼女へと
集まる中 ヤクモは全く動じず相槌を続けている





…彼にとっては、既に日常茶飯事の光景らしい









「で晩年のダヴィンチが残した絵には……」





の話は秘密結社から流れ流れて別の方向へと
話が飛び火していたが


元々少し疲れている上、彼女の性格を
よく把握していたヤクモはひたすら聞き手に徹する







「その絵を解析するとなんと下地に…って
聞いてるの?ヤクモ」





訝しげに顔を覗きこまれ 慌ててヤクモは返事をする





「…ん、ごめんごめん」


「疲れてるのは分かるけど、久々のデートなんだし
話の途中で寝ちゃわないでよ?」


「悪かったよ、ちゃんと聞くから話を続けてくれ」





言われて彼女は苦笑を返し、先程の話から続きを語りだす









がんばって相槌を打ちつつ聞いてはいたのだが





比較的静かな店内と抑えたジャズのBGM


それとマッチするようなの言葉が子守唄となり







疲れも手伝って、いつしかヤクモは
夢の世界へと誘われた…













「…ん?ここは…」







気が付くと、ヤクモは海の上に一人浮かんでいた





周囲は一面海の青で 島も船も何も無く


水平線と空の境は溶け合うように曖昧だ







そんな海の只中で、ヤクモは大きな板切れ
捕まって浮かんでいるようだ







「神操機か闘神符は…」







片手で身体を支えつ自分の服をまさぐるが
そこに目当てのモノはなかった







「流されたのか…?それとも元々無かったのか…」





呟きつつ、板に捕まりなおし
途方にくれた目でヤクモは宙を見る





「これからこんな場所で どうすれば…」









唐突に水平線の向こうから、水を掻き分ける
音と共に何かが迫ってくる





じっと見つめるヤクモの目は


何となくそれが、と認識した










「…ヤクモ!」







返事を返しながら飛沫が近寄ってくると
肉眼でも の姿だと分かるまでになった







「どうしたんだ一体?」


「分かんない!私も気付いたら手ぶらのまま
海の中に投げ出されてて…」





必死に泳ぎ、彼女はもう目と鼻の先まで寄って来ている







「体力がもう…限界…お願い、板に…」





その顔色は 決して演技には見えなかった







けれど、板はヤクモが捕まっている一つきり


それも一人の重量を支えるだけで精一杯のようだ







(下は多分 底がない…)







チラリ、とヤクモが真下に目線を走らせる





反射された青は何処までも深く 漬かった腰から下は
ただただ空を掻く感覚しかない







(助かるには、どっちかが板を…?









直面した二択と板と、の苦しげな顔は
ヤクモを悩ませるには十分過ぎた







「ヤクモ…早、く…」







そんな彼の思考を待たず





は力尽き、ヤクモの目の前で沈み始めた





「っ!」





叫びながら、考えるより早く


ヤクモはの腕を取り その手を板へと
捕まらせながら





自らの腕を 板から放した







「ヤクモ!!」







悲痛な叫びが遠ざかり、ヤクモは青に呑まれ





深く深く沈んでいく…











「…モ、ヤクモ、ヤクモってば!!





耳元で呼ばれて ハッと彼は目を覚ました





「えっ!?」







慌てて周囲を見回すと、そこは喫茶店の中で





目の前にはの怒った顔と空のオレンジジュース
そして冷めた飲みかけのコーヒーが並んでいた







「何だ…夢か、よかった」





ほっと息をついた所に、彼女の叱責が飛ぶ





良くないわよ!寝ないでねって言ったのに
ヤクモのウソツキ!!」


「疲れてたからつい…悪かったよ
本当にゴメン」







ひたすら謝るヤクモに彼女は怒りを納めて笑った







「いいよ、所で何の夢を見てたの?」





訪ねられ 彼はいまだ記憶に残る夢の光景を
たどたどしく言葉にしていく





「ん…ええと…オレが板に捕まって海に浮かんでて
が泳いでやって来て 板に捕まらせてくれって…」


「それってまるで"カルネアデスの板"みたいね」


「"カルネアデスの板"?」







聞きなれない言葉にオウム返しで言うヤクモ
は頷いて 説明を始めた







「古代ギリシャの哲学者・カルネアデスが出した問題で
まさにヤクモの夢と同じシチュエーションが前提なの」







船が難破し、海の上で一人の男が板に捕まり
浮いていると…もう一人 男が泳いでやって来た





彼の体力は限界で"板に捕まらせて欲しい"と言う







しかし板は一人分の重量にしか耐えられず
男は…彼を見殺しにした





されど、命が懸かっているため男は罪に問われなかった







緊急避難って言って、こういう時に相手を殺して
助かっても…法律では罪じゃないらしいよ」


「そうなのか」







何とも言えない顔をしたヤクモを励ますかのように







「あくまで止むを得ず行った生命危機の回避に
限定されるんだけどね、ミステリーとかでも
使われるネタで 代表的なのは…」





はひたすら話題を展開させていく









それでも表情の変わらないヤクモに、彼女は
不意に口を閉ざした







「ん?どうした?」





不思議そうに問いかけるヤクモへ


いつもとは打って変わったぎこちなさで
はこう言った





「もしさ、もし私が"カルネアデスの板"のどっちかなら
私は ヤクモに板を譲るから







やや俯いたその頬は、赤みが差している







隠そうともせずヤクモは驚き





そして……微笑んだ







早口気味に、が言葉を続ける





「ヤクモはさ…もし同じ立場だったら
板を譲ってくれる?」







彼は微笑と共に立ち上がると





「さぁどうかな?」





とだけ言い放ち、自分の分の会計を済ませ店を出かかる







「ちょっと!さぁって何よ!!」





言いながら彼女もまた会計を追えてヤクモを追う









「待ちなさいよ!
ヤクモは板を譲ってくれないの!?」







ひたすら追いかけるの前で





ヤクモは、ようやく立ち止まると 向き直って







「オレはさ、一人で助かるよりも…
と二人で助かりたいな







たった一言で 彼女を沈黙させた







「何だよ黙っちゃって…らしくないぞ?」


「……ヤクモのせいじゃない」


「そうか?」


「そうよ」





言い合って、二人は同じタイミングで笑った








――――――――――――――――――――――――
あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:ヤクモ夢として甘めになるよう書いてみました


ヤクモ:流石にカルネアデスくらいは知ってるぞ
ほど詳しくじゃないけど


狐狗狸:スンマセン、のキャラを強調する為に
ヤクモさんがあーいう感じになってしまって…


ヤクモ:それよりKKKなんて説明出来るのか?


狐狗狸:大体の概要は覚えてるので、一応は…
ただやっぱり詳しくは調べないと何とも


ヤクモ:そんな組織とKKKが一緒扱いって…


狐狗狸:事情はあれど所々共通点があるから被るなって
思っただけ 詳しい説明は色々アレなので省略!


ヤクモ:最後に、雑学マニアってあれ作者のことじゃ


狐狗狸:解散!




デートの際は、若人なのでほぼ割り勘です(いらん事を…)




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!