バケツをひっくり返したような雨、とは
昔の人はよく言ったものだ
今 ガラス越しにザアザア流れ落ちているのは
紛れも無くそんな雨
「不幸だわ」
その音に負けないくらいの声量で呟くのは
左手に手提げ袋を持つ、隣にいるオレの連れ
「あたしっていっつもそう、今日だって朝早くから
妖怪にたたき起こされる羽目になるし…」
「 それで今日妙に機嫌悪かったのか」
言うと、は荒んだ目でこっちを睨み
「それだけじゃないわよ、そいつのせいで
いつもの仕度に時間がかかるわ 神主さんに
どやされるわ、掃除してたらまたハトの群れに」
ああ、また始まった
こいつはこうなったら しばらくは
休む事無く自分の不幸加減を連ね続ける
オレはため息を押し殺して宥めにかかる
「いつかにもいい事があるから
気にするなよ、なっ?」
「雨になるからさっさと帰りたかったのに
ヤクモが寄り道するのが悪いんでしょ」
ピシャリと言われ、オレは沈黙した
〜「不幸少女にささやかな幸福を」〜
…た 確かに最近妖怪汁にちょっと付け合せが
欲しいと思って、寄ろうと言ったのはオレ
あまり買い物をすることがなかったから
買出しに出てたを半ば強引に
付き合わせたことは認める
けど、まさかこんなに早く天気が崩れるとは
思っても見てなかった
…どうりで どんどんスーパーから人が減ってると思った
「雨が止むまで、愚痴に付き合ってもらうわよ」
ゴロゴロ…と雨音の合間に雷が鳴り響く
外も中も、しばらく荒れるな これは
とは丁度中学を上がる位からの付き合いで
地元の近くにある神社に住んでいるコイツも
イズナさんやナヅナと同じ、闘神巫女
キチンと修行を積んでるだけあって
式神こそいないが実力はそこそこ高く
普通の巫女としての雑務もソツなくこなし
たまに他の神社の留守を預かることもあった
ちょうど ウチの神社とか
「久々に伏魔殿から引きこもり脱却したヤクモと
顔合わせたなって思ったら、無理やりスーパーに連れてこられるし」
「引きこもってたワケじゃない、オレは
オレなりに色々と調査や妖怪退治を」
「学校や自宅の神社に顔出さないなら
それは立派な引きこもりっていうんです」
キッパリハッキリ淡々と言い切って
「ああもう、ヤクモと知り合ってから
更に不幸度が増したような気がする」
ため息交じりにこう付け加えられ
流石にオレも少し腹を立てる
「の不幸さにオレの出会いは関係ないだろ」
「そうよ どーせ自分のこの体質が悪いのよ
人のせいにでもしないとやってらんないわ」
「開き直るなよ」
「うっさい、ヤクモは生まれながらにして
川に流されたりしたことないからそう言えるの!」
珍しく声を荒げて迫られ ちょっと身を引いた
…そういえば、そんな事を言っていたな
覚えているだけでも はどうしてか
色んな動物に群単位で追いかけられていた
犬や猫は当たり前で、どうしてか
滅多に見かけないはずの猪や―妖怪にも
オレの式神も"何でだか気になる"とか言うし
追いかけられて溝にはまったり斜面を
転がり落ちたりも日常茶飯事
作りかけのモノは大抵追いかけるもの達に
ジャマされて破壊されるし
もちろん勝負事はことごとく弱く
じゃんけんに至っては何回やっても あいこにすらならなかった
「…まあ、そんな人生送ってるなら
自然と逞しくなったんじゃないか?」
「なりたくてなったんじゃない」
涙目で拗ねた様なその顔に、ちょっとドキッとしてしまった
本当、はそのヘンな不幸体質とそれが
培ったやさぐれ思考さえなきゃ 美人なのに
いや そんな事を考えている場合じゃないな
さっきまでのオレ達のやり取りは
少ないスーパーの客や、店員の注目を集めてる
声のトーンをちょっと落として
「… この場所だと人の目を引くから、
せめてどこか別の場所に移動して話そう」
「外の道路が川になってるのに?
それに傘も持たずにどうやってよ」
が言うその通り
このヒドい豪雨の中、濡れることなく
スーパーを出ることは不可能に近い
だからこうして雨宿りをしてるのだけれど
「流石に闘神符はここじゃ使えないし…
そもそも、どうして傘を持ってないんだ?」
「どこかの誰かさんがお気に入りの傘を
妖怪退治の際に派手にぶっ壊してくれたからね」
「仕方ないだろ、元々あの妖怪達はの
体質に引き寄せられたようなもんだろ」
「えーそうですよ、どうせ唯一の傘を
おじゃんにされる不幸を背負ってますよー」
語気を荒くするその様子に、オレは
さっきから違和感を感じている
今日の…ずいぶんと感情的だ
こういう人目につく場所では、それなりに大人しいはずなのに…
そんなオレの思考をよそに
「私の人生はまさに不幸の万博ショーなのよ!
さあ、笑いたきゃ笑うがいいわ!!」
荷物持ったまま大げさに腕を広げたに、
外で示し合わせたように閃光が瞬くと
一拍 間を置いて雷鳴が轟き
店内にいた全員が、思わず外を見やった
「…今の、少し近かったな」
「そうね でもここは避雷針もあるし
平気でしょっ、なんてこと無いわ」
抑え目の声で帰ってきた返事は、
少し怯えを含んでいて
「、お前今日ちょっと変」
聞こうとした言葉は、ごく近い雷鳴にかき消された
同時に ブツリ、と断続的な音がして
スーパーが闇に沈んだ
「わっ!?」
「何だ、停電か!!?」
「お客様、落ち着いてください じきに電気が
復旧しますのでその場を動かぬように」
元々 出入り口付近のガラスの側にいたから
さほど経たずに闇に目が慣れる
ついでにガラス越しに外の様子を眺めるも
見える範囲に、明かりらしきものはない
「この様子からすると、辺り一帯は停電したな」
「な、何でこのタイミングで雷が落ちるのよ…!」
弱々しいその声に眼を向ける
薄闇の中、が手を前に交差させて佇んでいる
その身体は小刻みに震えていて
遠くに聞こえる雷鳴に、押し殺した悲鳴が続く
「 雷がニガテなのか?」
「目の前で落ちたことがあったのよ昔
危うく死ぬ所だったのよ…!」
ああなんだ、それでさっきまでワザと騒いでたのか
雷の音と怖さを 誤魔化そうとして
の側にもう少し近寄って、震える右手をそっと掴む
「えっ、ちょっとヤクモ…」
オレは構わず、自分の方へ引き寄せて
その手を握り直す
「誰も見てないし こうすれば
オレが側にいるから怖くないだろ?雷」
答えはなかった
だけど、握り返した手が何よりの答えで
オレは笑みを隠せなかった
思ったよりも早く電気が復活して、店内が
元の明るさを取り戻す
「お、直ったみたいだぞ」
「…なら、もういいでしょ 手を離してよ痛い」
言われて 結構強く手を握っていたことに気付く
「ああ 悪い悪い」
手を離してもなお、の顔は赤い
「…こんな恥ずかしい思いをしなきゃ
なんないなんて、どれだけ不幸なのよ」
「そんなに人目に触れなかったからいいだろ」
鋭い眼で睨みつけ それでもは
ふっ、と僅かに笑いかけてくる
「でも、ちょっと心強かった…ありがとう」
最後を聞こえないくらいの声量で呟いて、
それっきりはガラスへ視線を固定させた
「ああもう、まだ雨止まないの?
本当 あたしって不幸だわ」
「…オレはそうでもないけどな」
あんなに素直で可愛いが見れるなら
もう一回くらい、停電して欲しい
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:何が書きたかったかって言うと、ぶっちゃけ
停電に怯える子の手を繋ぐヤクモ この一点です
ヤクモ:清々しいまでに言い切ったな
狐狗狸:だってそこしか言うことないし
闘神巫女って設定は初だから色々間違ってるしね
ヤクモ:間違ってること前提か
狐狗狸:うん(即答)
ヤクモ:甘くなってるのはいいけど、の
不幸具合が突飛なのはどうかと
狐狗狸:だって不幸少女って言うならやさぐれるまで
不幸のズンドコ経験しまくってなきゃねぇ
ヤクモ:…突飛なのはとにかく、程度はズンドコ
って程でもないように見えるが
狐狗狸:本格的にやったらギャグでしか話が
成立しなくなるけどいいの?
ヤクモ:…ヤダ
やさぐれっつーかツンデレっぽい気もしてます
書き分け皆無で本当にゴメンナサイ!
さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!