単調かつ軽快な音が、室内に響く





それは二台のパソコンのキーボードを叩き
データを入力している何よりの証明







…そう 二台のパソコンという言葉が示す通り


現在室内にて仕事をしているのは
私を含め、たったの二人







「どうかしましたか?部長」





不意に手を止めた私に気付き、
作業を中断し こちらへと問いかける


その表情はあくまで社会人に相応しい冷静なものだ







「…どうもせぬ、それより作業を
終わらせる方へ集中しろ」


「失礼致しました」





淡々と一礼し、はパソコンの画面へ向き直る







こちらも同じように作業を再開するが


やはり先程から、二人だけのこの状況が
どこか落ち着かぬと感じていた







他の部下が任務などから戻ってくれば


私とのみの仕事が関連しておらぬ事務作業なら
このような状態にはならなかったろう





心の中で一つの懸念が浮かぶ…











〜「不動イデオロギー」〜











天流に貶められ 苦渋を味合わされた我等は
ウツホ様の復活や神流の復興等を目指し


それぞれが千二百年後の現代、或いは
伏魔殿にて様々な活動を行う事となり





私は現代の知識を身に着けながら地流の会社に潜り込み


位の低い役職から正に死に物狂いで
天流討伐部の部長という地位を築き上げた







となると、自然に私には部下が何人か出来る







元来人付き合いがさほど得意でない私が
そうであるように


この会社に働く人間には、クセのある者が多い





その意味合いで言うのなら





は間違いなく 私と同類













「今日から天流討伐部へ配属となりました
と申します、よろしくお願いいたします」







が入社したのは、ちょうど私が部長へと
昇格して間もなくだった筈





こちらの世界ではそれなりに有名な学校で
学問を修め、こちらに就職したのだそうな







連ねられた履歴に恥じぬ正確な働きと従順さ


余計な事は一切言わぬ寡黙さと
口を開いた時に零れる理路整然とした弁舌





「目標逃走を予測し、あらかじめ結界を
張って置きました これで守備はより万全でしょう」





同僚や先輩、時に後輩などに対しての気遣いなども優れ







仕事に関しては 非の打ち所の無い女だった









「ねぇさーん、たまには皆と一緒に
飲みに行きません?」


「…すみません 今日は用事がありますので」


「えー、この間もそう言ってたじゃないですか
付き合い悪くありません?





不満そうに口を尖らせる相手に対し、
ペコリと一礼し詫びる





「本当に、申し訳ありません」







は確かに、優秀な社員ではあった







けれど僅かな休憩時間や入退社の合間ですら
極端に口数が少なく


あくまでも淡々とした表情を崩さぬ為





何処と無く、周囲から孤立はしていた











「…ねぇ、さんって仕事は出来るんだけどさ
何考えてるか分かんなくない?


「言えてるー、何ていうか声かけづらいよね
笑ったことあるのかな?あの人」







勤務中に関わらず隅でコソコソと女子社員が
話をしているのは、今に始まったものではない





しかしの名が出てきてから


その内容が、やけにハッキリと耳へ流れ込む







無責任な私見と独断、そして偏見に
基づいたへの内部評価は要約すれば





"仕事が生きがいの、寂しくつまらず愛想のない女"







「正直タイザン部長といい勝負なんでない?」


「えーでもクレヤマ部長とかタイザン部長に
比べたらさんのがまだマシだって」


分かる分かる!あの二人怒ったら怖いもんね〜」


「そーそー 眉間にしわ寄せてさぁー」


「このような顔でか?」





少し大きめの声で言いつつ 背後からご要望通り
眉間にシワを寄せた顔で話をしていた二人を睨む





「「た、タイザン部長…!」」


「今度から陰口は 聞こえぬよう言うのだな
再就職先ででも、な」


「「すすすスミマセンでしたぁぁ!!」」









青い顔で謝罪をした二人の処遇は忘れてしまったが


話していた会話の内容はいまだに覚えている







おそらく、私もをこの二人と同じように
考えていたからであろう









"仕事が生きがいの、寂しくつまらず愛想のない女"







…その評価が打破されたのは、そこから数日後







たまたま部下であると共に営業先へ
向かう為 早足で道路を歩く最中







仄かな甘いニオイが鼻を掠め







思わず立ち止まり、辺りを少々見回す





晴れた日の下 乱れ咲く白や桃色、薄紅に
色づくツツジの低い生垣


どうやらそれがニオイの元らしい







群れだって咲く、色鮮やかなツツジ


僅かに見える葉の緑と背後の灰色のブロック塀





そして上に見える雲の無い青空との見事な調和







「…中々 趣のある光景だ」







気付かぬ内に、独り言が口からもれ


次の瞬間にそれに気付き 聞かれたかと思い
へと視線を向ける







「そうですね」







隣にあったのは思いもかけぬ肯定の言葉と


ツツジを眺め、柔らかく微笑んでいるような
初めて見るの表情だった







結局その後は互いに何も言わず 目的の場所へ移動した









それから何故かへ興味を持ち始め







「その…好きな色は何だ?」


「強いて言うのなら、緑色です」





時折、私はへ声をかけるようになり


こやつはその全てに礼を失する事無く答えた







そんなやり取りを繰り返す内 決して
に愛想が無いわけではない事を知る









余計な話を語らぬ寡黙と乏しい表情が


無味乾燥な印象を周囲に与え、交流を
好まぬように誤解されているだけらしい





段々とそれが理解できたし また本人にも
その辺りの自覚はあるようだった







「弁明しようと思った事は無いのか?」


「特に理由もありませんので」







会話と言うには余りに短い、言葉の応酬


それでもの人となりを知るには十分だった











当初は両流派の動きを知るべく入ったこの会社にも


色々と目を見張る技術人材などを
多数見受けることが出来た







…地流に討伐され、数が減ったとはいえ


まだまだ天流の方が神流よりも多いのは事実





戦力の補強と言う意味合いでも、こちらの人間を
神流へ引き込むのは有効な手である







勧誘を考えた場合 実力が高く
尚且つ信用の置ける人物が望ましい…









「この仕事の量には参るな、そう思わぬかよ」


「思わないと言えば嘘になりますが…部長の手腕と
お力添えがあれば今日の内に片付きますよ」







言葉を返しつつもキーを叩く手を止めぬ
へ 変わらぬ調子で私は繰り返し問う





「もし今の世界が一変し、地流が消えるとしたら
はどのような行動を見せる?」





そこでようやくこやつは手を止め、こちらを見た







「…随分唐突な問いかけですね」


「単調な作業への軽い気分転換だ、少しくらい付き合え」


「……例え世界が変わろうと、私はあなたの部下で
地流として働いていた その事実は変わりません」





椅子ごと身体をこちらに向け、は続ける





「事実をあるがまま受け止め、己の規律と
倫理を基準に行動しようと 決めております」







普段通りの落ち着いた言動に構わず
私は新たに問いかけを繰り出す







…もし私が天流のスパイだと仮定して
にこちらへ味方するよう誘いをかけたら



そうしたらお前はどう行動するのだ、よ」







言葉ではあくまで"仮定"、態度も変わらず
深い意味を込めぬような軽いもの


しかし 内容は冗談にしては軽率に過ぎ





…そして、行うべき選択の本質そのもの







流石のこやつも目を丸くし、返答に少々困ったようだ







「…証拠がない以上はタイザン部長が
スパイである事を認めることは無いと思います」


「なら、明確な証拠がある前提で答えてみろ」







真っ直ぐにこちらの目を見つめ返し





は沈黙…する事無く口を開いた







「内に定めた規律と倫理に、そちらの目的が
反しないのであれば…賛同させていただこうと思います


「…会社に対する忠誠は無いのか?」







己で不遜な質問をしておいて何だが





あっさりとこちらの誘いに応じても良いと
言うような答えに、やや瞠目したので訪ねる







「無論ありますよ…働いている以上、私は地流の社員です


けれど 私の定めた思考原理は変化するものではなく
また変化させるつもりもありませんので」







口調は淡々としているが、目には確かな決意が
宿っているのを見て取った







よ、仮定の話であれ 私へと賛同する
決定的な理由を聞かせてもらいたい」


「自分でも上手くは表せないのですが…」







珍しく口ごもり は私から少しだけ視線を逸らした







「きっと…ただ、あなたの部下として
その位置を保ちたいだけなのだと…私は思っています」


"私の部下"としての位置が、社への忠義よりも大事か」


「私らしくもありませんでしたね
……生意気を申してしまい、大変失礼致しました」


「いい、大して気にはしておらん
無駄話で時間を使わせたな 作業を続けるぞ





頷き、話を打ち切ってもパソコンの画面へ
目を戻してキーを打ち始める













……真意を完全に掴めたワケでも無いので
今はまだ、仮定の話で済ませておく


いずれ近い内に勧誘を切り出すつもりだ







確証はまだ持てぬが、がこちらへ
味方としてつくような気はしている








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:こちらも二度目かつ久方振りのタイザン夢
一応神流としての思考なので 神流って事で


タイザン:こじつけだな、文章の展開も稚拙だし


狐狗狸:ばっさり切り捨てまくるなよ 泣くぞ


オニシバ:あっしの出番、文章内にすらねぇんですが


狐狗狸:二人とも一応仕事中の設定だからね?
出てきても気軽に話せるわけないでしょ空気読め


タイザン:絡めて書く展開を思いつかず
存在を無視した…真相はそんな所だろう


オニシバ:へぇ、そいつぁ聞き捨てならないねぇ…


狐狗狸:待ってくれ悪かった次回には出すから
今回はあとがきを血で染めるのはカンベンっっ!




何が書きたいのやら&誰向け的な消化不良気味
さっぱり文で 本当にスイマセンでした…




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!