作業が終わり、渡り廊下を歩いていると
反対側からあの方がやって来られたので
あたしは立ち止まり 深く礼をする
「お疲れ様です」
「うむ お前も一段落終えた所か」
「はい」
ふぅ、と微かなため息が聞こえた
「…面を上げろ」
ゆっくりと下げていた頭を上げると
目の前には普段通りの 渋面のタイザン様
「私は殿上人ではない、そこまでの礼はいらぬ」
「いえ 目上の方には礼を尽くすのが
古からの仕来りですから」
この言葉に偽りは無い
ウツホ様は当然として、あたしよりも年が上の方や
実力の高い人間には敬語を常とし敬っている
けれど心からの敬意を持っているのは
ウツホ様と この方だけ
やや沈黙を置いてから、タイザン様は仰った
「よ…お前に暇はあるか?」
〜「毒を喰らわば、死ぬまで」〜
「と、申しますと?」
「何 再び千二百年後へ行くまでに少々間が
あるのでな…話し相手でも欲しかった所だ」
ほんの気まぐれであっても あたしにとって
そのお誘いは嬉しいものだった
「わたくしでお役に立てるのでしたら、喜んで」
平素と変わらぬ表情と声音で答えるけれど
胸は、いつもよりも少しだけ熱い
「……では私は着替えてくる 終わったら式に
呼びに行かせるから、後ほど部屋へ来るように」
「分かりました」
横を通るタイザン様のために、あたしは
自らを壁際に追いつめ その場に立ち尽くす
それから半透明の霜花に呼ばれて
あたしは下座に座り、あちらの服に
身を包んだあの方の話に耳を傾ける
向こうでの不満や現在の状況 他の懸念や
ガシン達の様子などで時は進むが
「…時に お前の兄の処遇は
近々下されるだろう、覚悟しておけ」
「はい」
不意に出た兄の事に対しても
相手に不快を与えぬ速度と間隔で相槌を打つ
「ほう、随分あっさりとしているな
実の兄を案じる事は無いのか」
皮肉の混じる薄笑いに、あたしはニコリとも
ニヤリともせずに答える
「ガシンなら 恐らく同じ立場に立たされた時
慌てふためくのでしょうね」
頬の辺りが一瞬 僅かに引きつるのが分かった
この方がガシンの姉…ウスベニ様に
恋慕の情を抱いているのは薄々気付いていた
だから敢えて彼の名を口にしてから
「生憎わたくしは、かの者とは逆でございます」
自らの言葉を持って兄の存在を突き放す
「元々はこちらの人間のクセに 本気で地流に
肩入れし始めるなど…」
最後にあったのは もうずいぶん前になる
ニヘラ、という擬音が似合いそうな
しまりのない笑い顔を絶やさない兄
"般若のようなしかめ面"と囃されるあたしとは
対極にある…憎たらしい愛想のよさ
そこそこ頭が回るのに、ガシンほど割り切れなくて
敵に対して要らぬ情けばかりみせる所は
天流宗家に劣らぬほどの甘ちゃんだ
なのに 一度もあたしが勝てた事はなかった
闘神士としての強さも、周囲からの信頼も何一つ
悔しくてケンカしても 余裕の態度とあの笑みが
あたしの心から怒りを奪う
それがまた腹立たしくて一生懸命努力しても
顔を合わせれば何かにつけ"可愛くない面"だの
"もう少し素直になれ"だの
いつまでもいつまでも子供扱い…
「あんなバカ兄、モチで窒息すればいいのに」
「…物凄い表現だな それは」
「失礼致しました」
いけない…つい感情が表に出てたみたい
信用をつける為に調整していたハズなのに
これも全部、あの兄が悪いんだ
「大丈夫だよ だっていつか
オレを追い越すって」
あの笑顔でそう言われる度
バカみたいだけど、本当にそうなるって信じてた
なのに潜入した地流の側に寝返り始めて
半ば裏切り者になり始めている
どうして そんなに簡単に敵に肩入れ出来るの?
今でもそれが不思議で…腹立たしい
「よ、兄が羨ましいか?」
唐突の問いかけに 我に帰ると
タイザン様が不敵な笑みを湛えて
あたしを見つめていた
心を透かすような特有の眼差しを正面から受け
「まさか」
首を一つ振り あたしはハッキリと口にする
「わたくしは神流の人間です、兄とは違います」
そう…どこまで行こうが変わらない
この先、例え兄と戦わなければならないとしても
例え神流全てが滅んでしまっても
…例え 仲間の誰かやこの方に裏切られ
捨石として、見限られたとしても
あたしが神流であることは変えられない事実
ならば最後まで付き従うのみ
己の流派に ウツホ様に この方に
「そうか…では処遇は後ほど決めておく
そろそろ時間だ、先に行くぞ」
「はい」
頷き、あたしも立ち上がって襖へ向かう
部屋の敷居を越える直前 振り返り
鋭い眼光を湛えたまま、口元を僅か吊り上げて
…タイザン様はこう仰られた
「お前の働きに期待しているぞ 」
例え報われなくたっていい
騙されていたって 構わない
今あたしだけに向けられた
この人の その一言と表情があるだけで
簡単に全てを差し出せる
それから どれ位が経ったのだろう…
暗躍してきた神流の存在が暴かれ
"伝説"と呼ばれる闘神士によって、次々と
倒されていく者達が増えていき
目まぐるしいほど時は早く流れ
同じ速さで様々な出来事が、我々の望む
終末に向けて進んで行く
長きに渡り計画されていたそれを
止める事も変える事も 戻る事ももう出来ない
…きっとあたしと兄が再びこうして出会ったのも
そんな運命の輪の一部
「久しぶりだな、」
「ええそうね」
「何だよ冷たい奴だな 折角の兄妹の再会だろ?」
「あたしは、二度と会うつもりなかったんだけど?」
寂しいなぁとか言いながらも、その顔に
浮かんでいる笑みは消えない
ゆえにあたしは努めて冷淡を装う
兄のこの笑みには 敵味方問わず
対峙する者全ての戦意を削ぐ厄介な力がある
長い間側にいたあたしには、その威力が
嫌というほど分かっている
決して 呑まれてはいけない
「…やっぱり戦わなきゃダメか?」
あくまで軽いその声に滲むのは、強者の余裕と
戦いを望まない穏やかな意思
…この期に及んでどこまで甘いんだ
「もう一度神流に戻るなら、この場だけは
見逃してあげてもいい」
優位を示した上で最後のチャンスを与えてみる
「……そしたら 地流の闘神士達を
倒さなきゃいけないんだよな?」
「そうね 少なくとも宗家と主力の何人かは
片付けてくる必要があるわ」
妙な動きをしないよう符を数枚構えながら
淡々とあたしは言葉を紡ぐ
「兄さんは裏切り者だから、倒した確かな証拠として
捕虜を捕えて目の前で処罰するくらいやらないと…」
そこで 兄の顔から笑みが消えた
「それはお前の意見か?
…それともタイザンの入れ知恵か?」
「あの方は関係ない!
私は真っ当な意見を述べただけ!!」
思わず激昂するけれど、相手はただ黙って
こちらを見つめるのみ
ズルイじゃない
どうしてそんな時だけ笑顔をやめるの
あたしは神流とウツホ様のため
そしてあの方のためにがんばってる
少し前までは兄さんだってそうだったのに
どうして無言で責めたてるの!
悔しくて、悔しくて力を込めて睨み返すと
兄はまたニヘラ笑いを浮かべた
「本当 お前も素直じゃないよな」
「兄さんだって、そのだらしない笑顔の裏じゃ
全然別の事考えてたりするくせに」
「まあそうだな」
こうなることは分かっていたけれど…
最早、避ける事は出来ない
「悪いけど…ウツホ様のため神流のため
裏切り者には 消えてもらうわ」
言って神操機の先を兄に向けながら思う
兄妹でケンカをするのも…きっとコレが最後
「ああ、全力でかかって来い…」
久方振りに見せる柔らかい微笑みで
神操機を取り出し兄が動く
あたしも 式神を降神し、印を切った―
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あとがき(というか楽屋裏)
狐狗狸:ここでまずぶっちゃけますと、さり気に
先に書いたミヅキ夢とリンクしてます
タイザン:銘打っておきながら、存外
私との場面が少ないな
狐狗狸:でも絡みはあるので我慢してつかさい
それに一応は夢仕様にしてありますし
オニシバ:あっしなんて名すら出てねぇでさ
狐狗狸:…ゴメン 銃口を頭に押し付けんの止めて
タイザン:最後は兄が出張っていたしな…全く
まともなものを書く気は永久に無いのか
狐狗狸:精進します(何度目だろ これ言うの)
勝敗やその後は敢えて書きません…こっちも
ほのぼの悲恋目な片思いを目指しました〜
さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!