自由を愛し、自由に生き そして全てを捨てるんだ





誰かの言った詩の一文…これが大好きで、僕も
ひたすらに自由を求めた





全てを捨てろと言うのなら、僕だって捨てよう


僕の世界に不必要なもの達を 一切合切







「…また、ここにいたのか 





聞き覚えのある声に、けれど僕は振り返らない





「邪魔しないでください、これから
こんな世界とおさらばするつもりなんですから」







馴染みとなった伏魔殿の一角


ジメジメとした薄暗い雑木林の、そこそこ
丈夫そうな木の一つが指定席





手頃に蹴れそうな足場用の岩に乗り





目の前の 人一人分支えられるであろう枝に
結んだ縄の輪に首をかけ


さぁ仕上げを…という所でいつもこの人は来る





「それとも、僕が死ぬ瞬間を見たいから
ワザワザ示し合わせたように現れるんですか?」





言えば 後ろでは大きなため息





「…何故自ら命を絶とうとする」


「またその質問ですか?」


「別に私は貴様が死のうが生きようが気になどしない
だが!ワザワザ自ら死を選ぶ理由が分からんのだ」





それはそうだ、例えこの人でなくとも
普通はそう思うのが当たり前





「前にも言ったはずですよね…ここには
僕の求める自由が無いからだと」







しばしの沈黙を微かにさざめく木の葉が埋める





「ならば、お前は何故
我等神流についてくる気になった?


何故 あの前に死ぬのを思いとどまった





そこでようやく振り返れば、やっぱり
神妙な顔をした 赤い髪の男がいた





「……ついていけば、求める自由が見つかると
思っていたから」











〜「青い鳥は、側にいたのに」〜











自由を愛し、自由に生き そして全てを捨てるんだ





でもここに来てようやく気付いた
不必要だったのは 僕









拾われた時、僕は式神と共に彷徨っているだけの
小さな 弱い子供だった





…ああ、そう言えばこの人と会ったのも


こんな木の下だった気がする







「童 貴様も闘神士か…こんな所で何をしている」





ひどく驚いた顔で近寄ろうとするこの人を
僕は叫んで止めた





「止めないで下さい、僕はこれから死ぬんです!」


「貴様 その年で自ら命を絶とうなどと…」


「来ないで!!」





足元の岩を蹴ろうと力を込めると


この人は顔を青ざめ、やや狼狽して踏みとどまる





分かった!これ以上は近寄らんから
まずはその縄から首を外せ、小さな童よ」







その時の真剣な眼差しは今でも忘れない







おずおずと縄を外すけど、その間この人は本当に
一歩たりとも動かなかった







「何も私は止めるつもりで現れたわけではない
貴様の流派が聞きたいだけだ」


「…流派なんて聞いてどうするんです?」


「天流ならば、我等の天敵ゆえ滅させてもらう」





キッパリと包み隠さず言い切ったその台詞に
どうしてだか可笑しさを感じ、僕は笑う





「なら僕が死んだって結果は一緒ですよ」


「勘違いするな童よ、我等は必ずしも
天流達の命を狙っているわけではない」


「そうなんですか?」


「無益な殺生は嫌いだ」


「……それ、僕を止めないって言った人間が
吐く台詞じゃないですよね?」





この人は少し戸惑った顔をして頬を掻く







「そうか…もう一度聞くぞ、お前の流派は?」





聞かれて僕は首を横に振った





「僕にはもう流派は無いです 大分前に
無能の烙印を押されて見放されましたから」







そもそもこの場所にいるのも、旅立とうとしてたのも
元いた場所に見放されてしまったから







実力はそれになりに高いつもりだった


闘いにおいて油断なんてしてこなかったのに





たった一度…敗北寸前で退避したばかりに
任務から逃げ出したとみなされて


"卑怯者"の誹りを受けて 見放された







簡単にそう語ると、この人はしばし悩んでから
ややあって口を開いた







「ふむ…それなら童よ
我等神流に与する気は無いか?」


「神流?」


「ああ、憎き天流に貶められたウツホ様を中心とする
力ある者達の流派だ」


「…僕なんかが、入れるんですか?」


「闘神士としてある程度の力量を見込める者なら
そしてウツホ様の為に誠心誠意 忠を尽くすなら
周囲も納得してくれよう」











自由を愛し、自由に生き そして全てを捨てるんだ







そう決意してたのに どうしても
アナタだけは捨てられない









今日も僕は仕事を終えて、ここから
旅立つ方法を考える







未練がましい思いを残す気も心残りもないから


遺書なんてモノは 最初から書かない





…そもそも、拾われる前からで僕に家族はいない







血の繋がりなど無い他人に疎まれ 使い捨ての
闘神士…ただの駒としか認識されてなかった







「出来るだけバッサリ終わらせたいな…」







僕の存在が露見する事が無いよう、そして
何よりも苦しみは少ない方がいい







一番なのは毒か武器なんかでの即死


でも 毒は中々入手が大変な上に、やはり
僅かに時間差がある


万一助けられたら元も子もない





武器でも自分で急所をつくのは難しいし
やる分になると…どうしても手が震える







「いっそ式神に殺してもらえればいいのに…」


「馬鹿を申すな!お前は自分の式神を
己が下らぬ欲の為に名落宮に落とす気か!!」






ぽつりと呟いた言葉は、しっかりこの人に聞かれた







人を殺めた式神は名落宮行き





僕だって それくらい知らないわけじゃない







例え闘神士からの命令であろうと、式神は
そこまで手伝ってくれないだろうと理解はしている…







「ショウカクさんは、自分の式神は
大事だと思ってますか?」


「…少なくとも そこそこはな」





問いかけに、この人はやや照れたように返す







神流の闘神士はそこそこ式神と仲がいい


それでも任務の際にはそんな様子など
毛ほども見せず、時に冷酷な振る舞いもしてのける







そんな闘神士達の中で一番感情的で





尚且つ何だかんだ言いながらも、人の事に
まず首を突っ込んでくるのは 多分この人だ


だからこの人のせいで旅立ちが上手く行かない







契約を破棄して闘神士としての資格を失うか


もしくは神流から離れてしまえば、きっと
上手く旅立てるんだろうけど





…どうしても それが出来ないまま


僕はずるずると日々を生き、彼岸を願う











自由を愛し、自由に生き そして全てを捨てるんだ


いらないのが僕なら、捨ててしまえばいい









迎えてくれた神流で、僕は今度こそ認めてもらえるよう
力になれるようにがんばって来た





それなのに…敵はどんどん強くなり


僕と式神の力で太刀打ちできなくなって





やがて 戦闘ではなく諜報中心に回されて
役立たずだと思われるようになった







…少しは被害妄想が混じっているのかもしれない





けれど、取り立てて役に立ってないのは事実だ







「誰もいない 今なら…!」







いつもの場所で辺りを見回し、小さくささやいて





僕は胸に 取り出した刃物を突きつける







苦しいのは嫌だけれど、この方法ならば
死ぬまでにはまだ間がある





間際で契約を破棄してしまえば


例え闘神士を失っても 式神が名落宮に
落ちてしまう事は無い…







勿論式神には前々から言い含めてあるし


今更僕が旅立つ事に、もう異を唱える気も
止める気も失くして沈黙している







あとはこれを何度か突き立てれば





それだけで 僕は






「……僕は、自由に…!」







鋭く尖った部分を身体に押し込むけれども





もう一押しが…どうしてもできない







それ所か、頭の中にあの人の顔がちらついて







「…っどうして…!?」





未練はない必要はされないと思いながらも
彼岸へ渡る決意が揺らぐ







ふと、いつの間にか僕の手から刃物が消える







「何故こんな事をする …!」





息を切らして現れた、赤い髪のあの人が





悲しげな顔で僕の頬を打った











自由を愛し、自由に生き そして全てを捨てるんだ





助けてくれたアナタこそが、僕の焦がれたモノだった









…僕は今、窮地に立たされている





神流の数も目に見えて減り 急激に強くなった
妖怪が現代や伏魔殿の境なく増加して横行し


その妖怪達に不意を突かれて囲まれていた





「倒しても倒してもっ…これじゃキリが無い!







思わず漏らした言葉は、この上なく矛盾していた







いつもこの世から旅立ちたいと考えていたのに


役立たずな自分は要らないと、思っていたのに





気が付けばあの人に再び会いたい
そればかりが頭を駆け巡る







"ウツホ様の役に立て"と耳に蛸が出来るほど言って


僕の旅立ちをいつも邪魔して





何だかんだ言って、近くにいてくれたあの人に







「ぐあっ!!」





いつの間にか式神がボロボロになっていて





防ぎきれなかった妖怪の一撃が、背を薙ぐ


熱い衝撃に…これは 血の臭い





ああ、僕は死ぬのか…このままここで…?







あんなに焦がれていたはずの彼岸が 闇が







途端に恐ろしくなった









瞬間 全ての妖怪達が散り散りに消え去る







!」





悲鳴染みたその声は、今 僕が一番
聞きたかった人のものだった











自由を愛し、自由に生き そして全てを捨てるんだ







やっと分かった 僕が本当に求めてたのは自由でなく









「ショウカクさん…僕…死にたく、ない…」


しっかりしろ今ならまだ間に合う!!」





顔を覗き込み、言うこの人の声がどこか遠い





思ったよりも傷は深い…例え符を使ったとしても
助かる見込みは恐らく少ないだろう







既に痛みが麻痺しかけた身体と逆に


思考は嫌になるくらい冷静になっていく







ああそうか…僕は自由じゃなくて
居場所が欲しかったんだ


この人の隣という、たった一つの居場所が





それが手に入らなくて 悔しくて悲しくて
拗ねていただけだったんだ







気を引きたいが為の…そして認めたくない自分を
消したいが為の、子供のワガママ





だとしてもこの人はずっと近くにいてくれてた







今になって気付くなんて…馬鹿だ









「……ショウ、カクさ…これでお別れです……
今まで…役に…立て、なくて…ごめ…な…さ……」


 ダメだ!!」







緩々と首を振り、最後に僕はこの人の顔を見つめて





式神との契約を…解いた








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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:悲恋って事で別れネタで…マサオミのと
ダブりそうなんで敢えて最後はぼかしました


ショウカク:書くごとに私の人格が変わってないか?


狐狗狸:一応変わってはいない…つもりです
マサオミほど青臭くなく、かといってタイザンほど
冷酷じゃないでしょうからアナタは


ショウカク:…まぁ そうなのかな


狐狗狸:詩は管理人の完全創作です、式神や流派は
あまり重要でないんで極力省きました


ヤタロウ:単に面倒だったからじゃないのか?


狐狗狸:いらん事言うなよツンデレカラス


ショウカク:つ、ツンデレ?何だそれは!?




鬱々としたキャラでスイマセンでした…
お暇潰しになったなら、幸いです




さん そして読者様、ここまで読んでいただいて
ありがとうございました!