人々の目の前には、牛の群れが並んでいる
背の低い木製の柵で囲われたスペースにいる牛を遠巻きに眺めながら




「牛かぎっぱいいるぞ」


「牧場だからな」




カフィルは、おっかなびっくり牛を指さす
グラウンディへ興味なさそうに答える




皆さん!本日はベイル牧場体験コースに
ご参加いただき誠にありがとうございます!」



牧場長である禿頭の男が、集う人だかりへにこやかに呼びかける




―このベイル牧場は クァムアの町でも
一二を争う品質の乳製品を提供してくれる牧場だ


チーズの名産地として知られる
クァムアの町にとって市場を支える施設と言える




そのため、観光客目当ての商売として


一般客に向けて一部牧場への入場を許可し
乳搾りなどの作業体験や牛への触れ合いを通じて
牧場の事知ってもらう…と言う建前と


限定販売や参加土産の"チーズ詰め合わせ"を用意して

町の活性化に貢献している




その限定販売の
"ベイル牧場特製ミルク飴"に見事釣られたグラウンディが




『これは神にじぇひ行けっつー事だろ!
運ベーだろコレ!なぁカフィル!?


『そんな面倒な"運命"あってたまるか、行きたいなら一人で行け』


『神きゅやしいけどオレ一人じゃ"大人呼べ"って弾かれんだ!』


『なら諦めろ』


『神にあきらめっつー言葉はにゅえー!』




面倒くさがるカフィルを全力でゴネ倒して引きずり込み
体験コース参加へ漕ぎ着けたのだが







…しかし彼女は忘れていた




「あだ、あだだだだっ!?
頭突きしてくなふっ?大人しく、いでっ!


「スイマセン、この子普段は大人しい牛なんですけどねぇ…」




自身が"何故か動物に嫌われる"性質を持つ事




ゆえに説明を受けての乳搾り挑戦で

思いっきり牛からの抵抗を受け、涙目になりながら
牧場の従業員に助けられていた




「お手数を煩わせてすみません、助手は
著しく動物に嫌われる性質なもので」


「それは大変ですね…ってお兄さんすごい手際いいですね!
本当に初めてですか?」


「牧場の方々の教え方が著しく素晴らしかった事と
道化ゆえに手先が器用な事が幸いしたまででございましょう」


浮かべ慣れた笑みで淡々と乳を絞り終えたカフィルがそう答えた直後




「お兄さん、道化師なの!?


と、従業員達と同じようなツナギを着た少年が声をかけてくる




「ええ、アナタは?」


「ボク?ボクはレン このベイル牧場の子供なんだけど…
それより!お兄さんの話聞かせてよ!道化師ってどんな事するの?」




キラキラとした目で縋り付くレン少年の襟首を


背後から現れた禿頭の牧場長が引っ張る




「仕事サボって何やってんだレン!」


「うわっ!父さん止めろよ!?」


「ああスイマセンねお客さん、ウチの息子が
迷惑をかけてしまったようで」


「いえ、構いませんよ」




バタバタ暴れるレンを抑えて謝る牧場長へカフィルが答えている所へ


血相を変えた従業員が駆けつけて耳打ちする




「大変です牧場長!ブルーがまた脱走を!」


なにっ!?こんな時にか!!」







〜消エユク牛ヲ追エ〜







ざわざわと騒がしくなる牧場内を
牧場長と従業員達が落ち着かせ始める中




なんとか苦戦の末に、従業員の協力を得て
乳搾りを終えた少女が気付く




「おいカフィル、こっちに来ちぇる青い目の牛
…オレの方見てねぇ?」


「見てるな」




必死で追う従業員を嘲笑うように

軽やかに追撃をかわし、逃げ惑う客を尻目に


道化と少女がいる場所…正確にはその奥の、牧場の外へ繋がる
入口を目指して青い目の黒毛の牛が直進してくる




「危ない!」


「逃げてください!!」


従業員の叫び声と




「どゅしるカフィル?焼くか?あの牛焼くか落とすか??


混乱しながらも(物騒めな)式刻法術で
牛をなんとかしようとするグラウンディを他所に


カフィルは土産屋のノボリから
赤い布を引きちぎり、目立つように振る




黒毛の牛は釣られるものか、とばかりに道化師の体めがけ突進しー




刹那、ひらりと布を牛の顔へ投げ


彼はバク転の要領で身を翻して牛に乗り
まとわりついた布をクツワ代わりにして牛を操作し始める




布を引きちぎり、彼を振り落とそうとする牛を巧みに誘導し




「ちょ、オレの方にきょさせるな!」


「面倒だ囮になれ」


「ふじゃじぇんなぁぁ!!」




文句を叫びながらも彼は少女を
牛を引きつけるように牧場内を駆け回らせ


ひたすらに走らされた牛は


強く引かれた布に抵抗するように頭を振って




「…あ!


狙い通り、元いた牛舎側の木へ頭を打ちつけた




誘導での疲労もあり、たまらず昏倒した牛から道化が降りれば




すげぇ!アレも牧場の見せ物か!?」


「アンタらすごい身のこなしだよ!」




客達が彼らの元へ集まり、絶賛し


更には"牧場の見せ物"と勝手に解釈してコインまで投げ始めていた




「いやオレらは牧場にやわとわれたわけずゃないんだけど…」




少女が戸惑うのを他所に、近づいてきた牧場長へ
道化は赤い布を返しながら言う




「著しく出過ぎた真似を致しました
投げられたコインはどうか迷惑料がわりにいや!
見事な腕前だったよ!さすがはウチの牧場で雇った芸人さんだ!!」



彼の言葉を食い気味に遮りながら


禿頭の牧場長は道化師と肩を組み、にこやかな笑顔で客へと告げる




皆様、驚かせてしまいすみません!実はあの牛と
この道化師さん達による見せ物を後ほど予定していたのです!」


そうだったのか、本当に脱走したのかと思った…などと口走る客達は




「ベイル牧場ではお客様の安全も
考えられておりますので、どうかご安心を!


力強く宣言する牧場長の勢いにつられ、納得して従業員の支持の元
ほとんどの客が体験コースへ戻ってゆく…







「オレ達、やとわれれねーんだけど」




残された少女が、いまだ道化と肩を組む牧場長へ訝しげな顔をむける




ウソにはならないさ、今からアンタらの身体能力を
見込んでウチから依頼するからな」


「私(わたくし)どもに出来るのは、芸事のみでございますが?」


「なぁにやってもらう事は簡単さ、それにウチのブルーが
迷惑かけた礼もしたいから話だけでも聞いていってくれ」




ニコニコと人の良さそうな顔をしているが


先程のやり取りも含めどうにも逃げ場がない空気を感じ
カフィルは内心でいつものようにぼやく




(…面倒だ)







…依頼されたのは、牛泥棒の捕獲であった


本来なら道化師ではなく、力自慢の若者なり自警団なり
役人なりに相談する事案だが


被害が1〜3頭と軽微であること


翌日以降には牧場のすぐ側の地域で発見され
無事に牧場へ連れ戻せること


牛自体には怪我一つ無く、何の異常も見られないことや

連れ去られる牛に法則性が無い事




…何よりも




「泥棒は深夜に現れんだけど、眩しい光で
なんも見えなくて 気づいたら牛が消えてんだ


レンが言うように、泥棒の正体はおろか手口さえ掴めない以上


然るべき所へ相談できないのである




「でも、お兄さん達はあのブルーを上手くあしらったから
もしかしたらって父さんが」


ふふん、それなら任せとけ!オレは神だからな!
ドロボーなんぞジチモウダチンよ!」


"一網打尽"な、複数犯かすら分からんだろ
…可能性は高そうだが」




目当てのミルク飴のみならず、おひねりの臨時収入と
牧場ならではのおいしい食事を振る舞われ、やる気満々な少女へ


いつもながら食事を誤魔化し、フードを目深に被った
道化はため息混じりに返す




適当な木箱に腰かけ、牛舎の側で入口を見張る二人へ彼は訪ねる


「それにしてもさ、道化師ってどんな仕事すんの?
昼間は聞けなかったから教えてよ」


「…少なくとも、思うほど楽しいものでも
見張りの最中でお話しする内容でもございませんね」


「それでも聞きたいんだよ、もしかしたらボクに向いてるかもだし」


「つーか夜遅くなんなら神眠くなるだろ?
お前は寝なくけいいのか?」


「いいのいいの、ボクも牧場の息子なんだから
働けって父さんがさぁ」




両腕を頭の後ろに組み、壁に背を任せたレンが
はぁ…とため息をつく




「ボクは牛乳も牛の世話も嫌いだから、いっそ全部の牛が
いなくなったらいいのにってちょっと思ってんだ」


「牛が苦手っちぇのは同意するけど、牛いなくなったら
牛乳もミルクあめもチーズもステーキも無くなっちまうじゃねぇか!
神としてそれだけは見過ごすせねーな!


「ええ…ボクより年下っぽいのに神様かたるとか頭大丈夫?」




引いた顔をするレンへグラウンディが拳を振り上げ抗議する


「かたりじゃ無く神なんだひょオレは!」







まるで、その声を合図にするように




眩いばかりの光が牛舎を中心に周囲を包む




「うわっ!?」


ぐぎゃぁわぅっ!?目が!!」




まともに光を直視した二人のうち


グラウンディを俵担ぎにしたカフィルが、目を閉じ迷いなく
牛舎の入り口へと進んでゆく




「…人の気配がするな、グラウンディ」


いぎなりなびずんだよ!?てか一体何が」


「今から下ろすから、地面を材料に黒いガラスの眼鏡を二つ作れ」




言うや否や、彼は少女をその場へ落とす


…が少女も慣れたモノで


着地すると同時に目を閉じながら―


「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)"!」




黒いレンズで作られた眼鏡を二人分、生み出して
すかさず一つを自身にかける




「…カフィル!変なカッキュした白いヤツが
変な道具を牛につけてる!!」


手渡された眼鏡をかけ、カフィルは気配の方へ駆け出してゆく




白づくめはたまらず 円環状の道具を自身へ使おうと潜るが




何かを呟こうとする前に




ぐいぃ、と道化師へ道具の外へと出される形で引き倒された


「っぐあぁ…何をする!この画期的発明を生み出した頭脳に
支障が出たら神うるしぅえー!
神の元にシンミョーにしろ牛泥棒!」





少女が自身を重石にする形でのしかかり


白づくめの牛泥棒は抵抗できずに捕らわれたのだった







辺りを見回したカフィルが、光源らしきライトを見つけて
スイッチを切ると


…途端に辺りは深夜の闇を取り戻す


「…あ、暗くなった そうだカフィルさん!牛達は無事ですか!?」


いまだ目がチカチカしているレンに問われ




「ええ、全て無事ですよ…おやおや?
牛がいなくなればいいと貴方は仰っていましたが?」




返事と共に道化が指摘すると、少しバツが悪そうに彼は答える




「い、言ったけどさ…やっぱり自分のトコの牛だって
身内みたいなモンだし心配するって言うか…それより泥棒は!?


「いるぜ?神下敷きにしててる!」







観念したように白づくめの牛泥棒は


犯行の経緯を話し始めた




「元々私はなぁ、ディアでも天才と称され重宝された
発明家だったのだ!あの小娘が現れるまではなぁ!!




若き発明家・ルシロが重用される事実が気に入らず
ディアを立ち去ったこの男は


密かに傷つけられた矜持の回復を夢見ていた




「法術科学技術ならば私に一日の長がある…ディアの肩書きが
無くとも天才であり、あの小娘より優っていると証明して見せる!」


「…で、なんで牛泥棒してんば」


牛泥棒などではない!立派な科学実験だ」




男曰く"法術科学技術によって作られた
大規模転移装置"
の実地実験として


失われた"転移"を用いた装置を大規模な質量を持つものへ試す為
…白羽の矢が立ったのが




「ウチの牧場だったってことか?ふざけるなよ全く!!


「以前、実験に協力しろと頼んだが聞く耳を持たなかったのは
そちらだろうが!だから私個人で実験を試みたのだ!!




唸るように言う男へ、駆けつけた牧場長は呆れたようにため息をつく




「さーて、コイツはどうするよ?」


「役場に突き出しても、実際の被害がないからなぁ…しかしだ」




ギロリ、と牧場長と従業員達の眼差しが一斉に牛泥棒へと向けられる




「オレ達の労力を奪って、騒ぎまで起こしてるのは許されないなぁ」


「わ、私に何をする気だっ…」




すっかり萎縮している男の処遇を横目で眺め




「あーあ父さん達キレてら、まあ気持ちは分かるし
あのオッサン一生只働きかもな」




でも、とレンは静かに呟く


「法術科学なんて知ってるなら、ちょっと教えて欲しいかもなぁ」


「そりゃいびな、つかあの青目牛が神こっちにらんでんだけど」




ブルーの熱視線を受けて竦むグラウンディを含めて全体を見渡して




「…恐れながら、皆様に提案があるのですが
ご静聴いただけますでしょうか?」




カフィルは、彼らへ妙案を告げた







…結論から言うと




白づくめの元発明家は、ベイル牧場専門の
機械技師として就職することになり


彼の作り出した"大規模転移装置"を応用した専用ゲートにより

牛舎、特にブルーの脱走が激減した




「本当にありがとうな、道化師さん方!


「いえいえ、私(わたくし)共がお役に立てたなら幸いです」




一礼をする大人組の横で




「オッサンから法術科学のこと
ちょっと教えてもらったけどチンプンカンプン!」


「だよなぁヒャスミラセの勉強なんて神ムズだよなぁー」


「でも、学んだら牧場出る選択肢も増えるかもだから頑張るつもり」


「マジかっ、レン神すげーな…オレも負けちゅいられねーな!」




子供二人もやる気を燃やしていた







「…でもさ、二人とも 式刻法術使えたり
ブルーや牛泥棒なんとかするなんて」


まるで神様みたいだね、と言う彼へ




「…さぁ?どうでしょうね」




と少女の口を塞ぎつつ道化は笑って返した







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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:元ネタはキャトル ミューテ ィレーションですね
あと闘牛要素も詰めたかった


グラウ:そのせいでオレは神シャンザンな目にあったぜ


カフィル:著しくいつも通りだな


グラウ:ぞんなわけねぇ!お前が色々しゅんだろうが!!


カフィル:大半はお前の自業自得の尻拭いだが?


狐狗狸:…どっちもどっちなんだよなぁ




読んでいただいて ありがとうございます
2021年もよろしくお願いします!