足を踏み外し、真っ逆さまに落ちてゆく




「ぬぁっ!?」




幾度となく経験してはいるが


やはり予期せぬ事態には
自然と声が上がるのだな、と我ながら思う




落下を防ごうにも生憎槍を出すには時が足りず
更には壁などからも身が遠い




背から仰向けに落ちてもいる故


死なずとも肋骨の一二本は、最悪覚悟して然るべきか


…そろそろ路面か




遠ざかる空と 移るはずだったビルを見上げ


いつも通り痛みに耐えるべく覚悟を




…したのだが




衝撃はあったものの、来るはずであった痛みは訪れなかった







「久しぶりだな




言いつつ私を見下ろしていたのは


高杉だった




「…よもやお主に助けらるとは」


「そうだな、オレも落下したテメェを
受け止める事になって驚いてる」


「だろうな ともあれ助かり申した」




何故に笑う?


どのような相手とて、助けられたならば
礼を言うのは礼儀であろう




腕から降ろされつつ改めて高杉を見やるが

やはり 以前と比べれば少し、肩の荷を降ろしたような…
吹っ切れたような感じだ




「オレの顔に何かついてるかぁ?」


「いや、特には」




しかして予期せぬ時に会えたものだ




また子殿達に知らせるべきか否か




「言うんじゃねぇぞ」




真剣な表情と 瞳に宿る意思の光は


久しく合わなくなった銀時を思い出させた




「わかった」




…この者にも、事情があるのだろう


時が来るか当人が望まぬ限りは黙っていよう




「…何で落ちてきたのか聞いていいか?」




問われて 私は落下前の目的を思い出す




「姫はじめとは何なのだろうな?」


「その問いと落下はどう繋がるんだよ」




む…言葉が足りなんだか







〜乾燥対策も万全に〜







きっかけは 新年の挨拶まわりにて
恒道館道場へ赴いた折であった




『『明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします』』





万事屋を継ぎ、背も伸びてきた新八へ


持参した兄上からの差し入れを渡す




『今年も煮染めですか?』


『うぬ、兄上のお手製ゆえ』


『毎年ありがとうございます
これ 余りものですがよかったら』




と 代わりに見事な栗きんとんや黒豆などの詰め合わせを賜った




『ちょっと作りすぎちゃって、お兄さんの程じゃないけど
自信作だから味は保証するよ』


『む、勲殿の修行の成果
楽しみにさせていただく』


『期待していいと思いますよ、おかげで姉上も
ちょっと肥…体重計が怖くなってきたみたいですから』




苦笑する新八へ 似たような笑みで勲殿が返す




『清く正しくの間柄だからね、姫はじめ
腹を膨れさせたりはしないのさ』


『新年早々生々しい話題はやめて下さい』




メガネの奥から鋭い眼光を投げかけている新八の態度もだが
単語の意味自体が分からず


詳しく問うも結局二人は教えてくれなんだ







と名がつくのなら、そよ姫殿ならば
きっと知っているに相違ないと考えた」


「それで?」


「仕事を終えて城へ向かった際
目測を誤った」




軽い荷運びだったが
やはり微細な重量の変化による跳躍距離と体勢の崩れは侮れぬ


…やはり近頃情勢が落ち着いたからと
鍛錬を怠ったのが原因か




「案外とそそっかしい奴だったんだな」


「そうなのか?」




またも笑うか、つくづくとおかしな男だ




だが…以前よりは 不思議と好感の持てる顔をしている




「ちなみにお主は、姫はじめについて


「知りたきゃ城より吉原で聞けよ」


「吉原で分かるのか?」


「玄人だろうからな」




そうなのか…姫はじめとは奥が深いのだな







高杉と別れ、指摘の通り吉原へ赴くと


折しも月詠殿と日輪殿は洗濯を行なっていた




「晴太達が羽根つきで盛大に墨付けてきちゃってさ
早めに落とさないとシミになるし」


「うぬ 血なども落とすのが遅れると
よろしくないと兄上からお叱りを受けるゆえ
その気持ちとてもよく分かる」


ちゃんほど流血沙汰になることは、そうないけどねぇ」


それもそうだな




ついで姫はじめについて尋ねてみると
二人は何やら目を丸くしていた




「ぬしがそういったモノに興味を持つとは…
男でも出来たか?」


「御仁がおらぬといけないものなのか?」


そりゃそうよ、殿方ナシでイッたらただの一人遊びだもの」




一人遊び?また意味の分からぬ言葉だ




…思えばこの街に来るまで 遊びらしいモノなど
ついぞ縁など無かったな


私はそれでも構わなんだが、兄上も離れていた間
同じような事になっていたとしたならば


…いや 私などと比べるなど兄上に失礼極まりないのではないか




?どうした黙りこんで…」




否!どんな時であれ兄上が
楽しく過ごせる事こそが私に出来る妹孝行だ!





「もしかしたらこの娘、一人遊びもした事ないのかもねぇ」


「…あり得るでありんす」


せっかくだから後で教えてあげようかね?
アンタの時を思い出すよ、月詠」


「わ、わっちは事故みたいなモノじゃったろう!
まあ知って損は無かったでありんすが」




ならば殿方と共に楽しめる"姫はじめ"
相応しい遊戯やも知れぬ…




顔を上げ 私は二人へ告げる




「兄上にご満足いただける姫はじめの仕方を
教えてくださらぬか!」



「何故その結論になりんした!?」




必死の様相で力説した月詠殿と

何やら楽しげに苦笑する日輪殿曰く


一人遊びも姫はじめも"大人の遊戯"であり


人知れず遊ぶことを是とし、誰彼構わず
みだりに口にする事はまかりならないそうな




そして姫はじめは、殿方に限らず相手が必要であるが故に

相手との同意がいるのだ




「なるほど、確かに兄上の御意志
優先されねばならぬ…私が浅慮であった」


「分かってもらえたなら何よりじゃ」


「うぬ、正しき教えを授けてくれてありがとう月詠殿」


「そこまで感謝されるほどの事はしとらん」




ぬ?何故に顔が赤いのだろうか




「ともかく、ぬしが兄に何かしたいのならば姫はじめよりも
家事の助けが向いとるハズじゃ…

例えばそう、洗濯とかじゃな」


「それもそうか」




ならば次は洗濯の術を誰かに尋ねるとしよう




「でも元旦から姫はじめすると老けこむのが早くなるって
言われてるから、もし相手が出来たなら気をつけるんだよ?」


「分かり申した」




良き事を聞いた…これも兄上に伝えねば







礼を告げ、吉原を立ち去った私は
源外殿の店へと足を運ぶ




「油や血液などのシミを、効率よく落とす方法ですか?」


「いやそれ たま子に聞くのかお前さん」


「たま子殿は"家政婦ろぼ"だから
洗濯の知識も多いかと考えた」


「ババアの店に顔出したなら、ババアかあの猫耳従業員に
聞けばよかったじゃねぇか」


「"めんて"でここに居ると聞いたゆえ」




ふ、と気配を感じて横へと半歩ズレる


先程まで私の頭があった位置に

見知ったものとよく似た 大きな手が空をかく




お前、なんでそこで避けんだよ」


「金時殿か
すまぬな、つい癖で」


「なんだよせっかくアイツの代わりに
いい子いい子してやろーとだな」


「その下心で気付かれたのでしょう」




たま子殿の言葉を聞き、金時殿は何やらがっくりと項垂れる




「何故に落ち込んでいるのだ」


「お前さん、相変わらず機械より鈍いな」




源外殿は不思議とニヤニヤしている




よく分からぬが、まあどうでもいいか




「着物のシミ抜きでしたら、本格的なモノは
業者に任せるのが一番かと」


「それは重々承知だが…」


「家庭でできる範囲ででしたなら、やはり適温のお湯と
石鹸水・中性洗剤及びアルコールなどを
使用した方法が主流ですね」




教わった方法は、確かに兄上が
時折やっていた動きと近しいようだ




「ふむ…ちなみに効果が高いのは石鹸水と
洗剤と"あるこぉる"のうち、どれだろうか?」


「そこはシミになったモノにもよりますが
血液でしたら石鹸水か洗剤が効果的かと」


「助かり申す」




ふむ…しからば今後石鹸と湯を持ち歩けば
場所によりシミを落とせて洗濯の手間も省けるやもしれぬし

荒事の際の手助けにも




しかし、この時期の洗濯は手が荒れて大変だろ?
ただでさえ空気が乾いてるってのに」




金時殿の一言で思い出す




…そういえば、この時期になると

あかぎれになると大変だから洗い物や料理が
一苦労だと兄上はおっしゃっていた




先んじて手伝う内、私の手もたびたび
ひび割れと痛みに悩まされ


"はんどくりぃむ"なるモノを常に塗るよう言われていた気もする




「石鹸はあかぎれしにくいだろうか?」


「モノにもよるな、殺菌効果が高いモンで
何度も洗ってたら速攻で荒れるのは確実だが」


「本来あかぎれは水洗いなどで皮脂膜を必要以上に落とし
真皮が傷ついて起こります

低刺激のものや 油分を多く含んだ自然由来の製品ならば
多少緩和される確率が高いです」


「ふむ」




よく分からぬが、洗いすぎが良くないのと
石鹸により改善出来るかもしれぬのは分かった




「なんなら、お前さんが石鹸でも
作ってやればいいんじゃねぇか?」



「私が石鹸を?」


「おうよ、今時材料と道具と知識さえありゃ
素人でも石鹸が作れんだぜ?

なんだったら金次第でオレが協力してもいい」




考えた事もなかった


源外殿の機械と技術があれば間違いはなさそうだ




…頼むのも一つの手か




「作るのに何が要るだろうか?」


「基本は油と水、あと苛性ソーダがあれば問題ありません」


「苛性ソーダってのは薬品な、薬局で頼めば買えるけど
劇薬だから注意しろ?」




作り方を詳しく聞いた所


挙げられた三つをしかるべき手順で混ぜ合わせ
型に入れて一日固める


固まったモノを切り分け


一月ほど乾燥させれば出来上がるとの事




「素人なら一月だが、オレの発明なら企業並…
いやそれより早く出来上がるぜ」


「凝る奴は油を質のいいヤツにしたり、混ぜる段階で
ハーブやら香油なんかを入れてアレンジしてるから
試しにやってみたら」


「まずは基本に沿った方が
様には分かりがいいと思います」




"あれんじ"は良く分からなんだが


よい油で作るというのは、悪くない




「…油といえば、口伝で聞いたのだが」


「なんでしょう?」


熊の油は火傷やあかぎれなどに効くそうだ
…石鹸には出来るだろうか?」




源外殿と金時殿とたま子殿は

揃って顔をしかめながら互いに見つめ合った







結論から言えば




熊の油でも問題なく石鹸は出来るそうな




しかし貴重なモノゆえ早々売られてはおらず
あったとしても高値


狩りにゆくにしても冬眠しているから
お勧めはしないとの事だった




『しかし、検索ベースによればイノシシの油
似たような成分みたいだな』




という言葉を聞き


私はすかさず猪がいるという山へと分け入った




そして…







「取ってきたのが、この一頭です!」




撮ってもらった猪の死骸の写真を、捌いた後の肉の隣へ置くと

兄上は何故が眉間のシワを深くされた




「…初七日過ぎて、遅くに帰って来たから
なにかと思ったらイノシシ狩りって」


「思ったより手間取り、早く帰れず
誠に申し訳ありませぬ」


いや、きちんと連絡くれてたしいいんだけどね?
なんてゆうか、うん…」




山にてヌシと呼ばれている程の大物で
さぞや脂の乗りもよいだろうと期待し挑んだが


中々に凶暴な牙づかいだった故


不覚をとり、一度三途に見舞われた




「父上からの伝授が無ければ取り逃がしてたやもしれぬ
…しかし、無事仕留めました」


「年明けてもやっぱり死にかけるのね君は
てゆうかよくこんな大きいの持ち帰れたね」


「はい、人に頼もうとした折に
鍛錬に遠征していた九兵衛殿達とかち合ったので
助力してもらいました」




東城殿が捌き方の指南をしてくれたのはありがたかった




『マジでこれアンタが仕留めたの?』


『無論だ』


その身体でこの一頭を一撃か!
あの時から弛まず腕に磨きをかけているな!』




必要な分の油以外は駄賃がわりに全て渡すつもりだったのだが




『コレを狩ったのはさんだ
なら肉を食べる権利だってある』


知らんのか?猪の肉は美味いんだぞ』


『お兄さんもきっと喜ばれるはずです
ぜひとも持ち帰ってはいかがでしょう?』




と勧められたので少しばかり肉も持ち帰った




「石鹸は明日に出来上がるとのことですので
翌日取りに参ります」


「石鹸って何!?」


「コレであかぎれも少しはよくなりますぞ」




…何故ゆえ兄上は頭を抑えているのだろう


小声ながらも呟きが聞こえる




「…銀さんがいてくれたらな」


何故に銀時が関わるのだろうか?


首を左右に捻り、なんとなく思い至る




よくよく考えれば…もらった肉は

二人で食すには 少し多過ぎる




以前まで銀時や神楽が家へやってくるからと
余分に菓子や食材を置いていた


その癖で量に疑問を抱かず
持ち帰ってしまったのが裏目に出たか


あまり多く買い過ぎても、食べきれずに困ると
言われてから控えていたのだが




…あの二人は、空腹やあかぎれに
困ってはおらぬだろうか







どうしたの?




兄上に問われ 私は思考を現実へ戻す




「なんでもありませぬ」




まあいい、二度と会えぬわけでもなし


かぶき町へ戻ったならば きっと訪ねにくるであろうから
手製の石鹸を渡すなりするか




肉はまあ 余れば新八辺りにお裾分けでもいたそう




そう?じゃあえーと…
このお肉で牡丹鍋作ろっか?」


「私も手伝いますぞ!」




食卓の支度にかかろうとする私を留め、兄上はニッコリ言った




「その前には、お風呂だね」




改めて見ると…作務衣も泥と猪の血まみれ




分かりました!服も後ほど洗いますゆえ」


「いやソレ買い換えた方が…」




私は一目散に風呂場へ駆け込んだのだった







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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:三が日どころか初七日すら過ぎちゃいましたが
企画ネタの期間に間に合ってる内は正月です!


新八:平成が終わるのにいいんですかそんなゴリ押し!


高杉:構わねぇだろ、管理人がいいっつってんだし


月詠:なるほど、悲鳴での始まり姫はじめ
かけているでありんすな…中々にシャレている


源外:いや真顔で解説すんのはやめてやれよ
管理人顔面覆ってリアルに土下座してるぞネーちゃんよ


九兵衞:偶然遠征にかち合えたのは驚きだが…
あの戦いを経てもなお、健在なさんが見れたのは嬉しい




読んでいただいて ありがとうございます
2019年もよろしくお願いします!