グラウンディと動物の相性は、兎角悪い




基本 側にいれば威嚇の鳴き声をあげられ


触ろうとすると逃げられるか攻撃されるかの二択しかなく


よほど人に慣れている番犬や馬などの家畜であっても
ほぼ例外なく彼女を嫌う




当人は別に動物が嫌いというわけでもないのだが


上記のような状態が常であるがゆえに

あまり進んで動物に関わろうとはしない




特に馬は油断すると頭をかじられるため
積極的に避けている節がある




…しかし


いくら当人が気をつけていても、動物側から
アクションがある場合はどうしようもなく




ぎやゃなゅあー!神しつけぇぇ!
オレが、なにしたっでんだデカイノシシ!」



山あいの森にて大型のイノシシに単独で追われる現状は


彼女にとって不本意な必然だった




鼻息荒く自身めがけて突進を続けるイノシシから逃げ惑いながらも




「カフィルー!どこ行っちゃんだぁー!!」




辺りを見回す少女の青い瞳には
無情にも相方の道化師が映ることがない




「ぬぐぐ…神あなどってたじぇ、イノシシ」




悔しげに歯噛みしながらも少女は


立ち寄った小屋の猟師から持ちかけられた依頼に
後悔と怒りを募らせる







『他所から流れてきたイノシシが、森を荒らしてるんだよ』




大きさと気性の激しさ、毛並みなどから特定し
仕留めるべく活動していたようだが


中々に狡猾ですばしこいためか


すんでで逃げられ、罠も効果が薄いらしい




『人手も足らんし近隣の村で新年祭の用事にも駆り出されてるでな
もし実力に自信があんなら狩り取ってみ?


『言ったなオッさん!
悪イノシシごとき神ケチョチョンチョンしてやるぜ!』





挑発的な猟師の口車にあっさり乗せられ


イノシシを狩ると確約した少女に引きずられる形で
道化が依頼を承諾し




『そいつは左の牙に傷がある、ガタイもデカいから
すぐにわかるハズだ』


討伐の証として傷のついた牙を持って来れば
謝礼を受け取れる、と言質も取り




森へ分け入った二人は折れた木々や
足跡などを頼りにイノシシを探し


ほどなく目標を捕捉したのだが…




わひゃー!ホントに神デケェな
馬車ぐゅらいあるんじゃね?』


『いや、精々小型の荷車程度だ…
イノシシとして著しい巨体に変わりはないが』


『ともあるれっ!神のテキになったのが運のツキだぜ!
さーどう倒し』




倒す為の計略を練っていた少女より

イノシシが動く方が、早かったようで




うぉわがにゃまさびゃっ!?
おおおおオレの方に突っ込んで…っ!?』




気づきざまに間髪いれず


グラウンディ目がけた突進が繰り出された




隣にいたカフィルと同時に
別れる形で横へ飛んで初撃を回避したまではよかったが


突進の威力を代わりに受け止めた木の幹が


イノシシが牙を引き抜く動きに合わせて
メキメキと砕ける音を響かせて揺らぐ




『マジかぎょ…』


『術はまだ使うな、木の動きに注意しろ』




一声唸りを上げて振られたイノシシの首につられて
牙が抜けた木の幹もへし折れ


カフィルとイノシシを遮る位置で倒れた




カフィル!ダイジュブ…』




声を上げかけグラウンディは


足踏みをして自分を再度狙っているイノシシの動きに気づいた




『またオレ狙いがよっ!』




叫びを合図に突進に対し身構えていた少女は




『へ…ぴゃぎゅあにるきゃぁぁぁ!?


ほぼ助走なしで跳び込んでくる巨体に度肝を抜かれ

慌ててその場から走り出す


着地したイノシシもまた少女を追ったので

自然と 一人と一匹の追いかけっことなり


イノシシから逃げ続ける内に道化と逸れてしまったのだ







〜人ノ手ニテ起コル奇跡〜







「チキチョー…ちょっ、とは
神を休みゃせろ、この、悪イノシシ!!




高低差が多く 視界の悪い場所を
休みなく走らされている少女の疲労は濃く


多少の木々はイノシシに薙ぎ倒され時間稼ぎにすらならない




それでも初めのうちは僅かな隙を縫って式刻法術を使い

足場を変えたり落とし穴や壁などを
即席で作っていたグラウンディだったが


猟師に狡猾と言わしめるだけあり


イノシシは足場を選び、しなやかなバネを活かした
カーブやターンを駆使したりと


巨体に似合わぬ最短かつ最適な道筋をたどって
少女への刺突を繰り出してくる




さすがに三度も牙が掠め


うち一度が顔面直撃しかかったので、現在は逃げ切って
一旦相手を撒く方向で労力を費やしているようだ




「このイノシシ、ひょっとして
ネビロイスの作ったアクマとかじゃ」


「我ガ主ヲ侮辱スルナ」




予想だにしない返事に驚き、声のした方へ
視線を向けたグラウンディは


いつのまにか隣にいたルナルーに再度驚く




「ってなんなななんでお前がいるんだ!


「貴様ニ教エル義理ナドナイ」


「なんだよ神モカつく…
ってこんなことやってる場合じゃねっ!」




間一髪で身を翻し距離を取ったた直後

少女が先程までいた地点へイノシシの牙が


通過した、と思った次の瞬間


銀色の閃光がイノシシの巨体を裂く




一拍遅れて 嘶いたイノシシが身を大きく震わせて後退する




「…少シ浅カッタカ」




呟くルナルーの右腕は狼の前脚のように変化しており

鋭く生えた爪からは血が滴る


警戒するイノシシの横腹にも


爪で抉られた数本の跡と滴る鮮血が見える




「マアイイ、逃ゲラレルト思ウナ」


って待て!お前もイノシュシ狙ってんのか!?
横取る気かっ!」




金の瞳が咎める少女を呆れ混じりに睥睨する




「エモノガ欲シイナラ先ニ仕留メル、強イモノガエモノヲ得ル
当タリ前ダロウ?」


「むぐっ…」




人ならざる彼女なりの持論に納得しかかるも




「じゃ、じゃあ!オレが倒したらオレのモンにだるんだな?
あのイノシシ!!」




依頼を曲げる気も、散々自身を追いかけ回した
イノシシへの反撃を諦めるつもりもない少女は

訪れた好機を無駄にしないため食い下がる




「ソレガ自然ノ掟ダ…
ダガ貴様ニエモノヲ渡ス気ハナイ、アレハ我等ノモノダ




それだけを告げて、低く唸るとルナルーは
イノシシ目がけて疾走し始めた




はやっ!神はあい…オオカミてだけある」




自身を傷つけられ、力量の差を感じ取ったイノシシは
素早く逃走へ思考を切り替えている


しかし狩人たる狼が 手負いの獣を見逃すはずもなく


イノシシに勝るとも劣らない俊敏さで行く手を塞ぎ


接敵する事で体当たりの威力を軽減させながら
爪を翻し翻弄してゆく




雄叫びで威嚇し、牙による反撃を行うが


彼女は動きを見て紙一重で回避するか
反対に牙を側面から叩く事で直撃をいなす




「皮ト肉ガ厚イ…爪デハ仕留メ切レン」




不機嫌そうに僅かにシワを寄せたルナルーの

整った面立ちが、見る間に狼のアギトを持つモノへ変貌してゆく




しかし喉笛を食い千切られる危機を事前に直感していたのか


イノシシは巨体を無理矢理に曲げ、側にあった木を
ルナルー目がけて薙ぎ倒す


とっさに身構えるも僅かに反応が遅れてか

直撃は避けられない…ハズだった




「"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"」




土から生えた大振りの腕が木を掴み
身構えた彼女の頭上で止める





「もみっちょ重ねがけだ!
"すべての意思はここにあり(レェサニサ)!"




地へ手をついたまま少女が祝詞を唱えれば
土と木がぐにゃりと形を変え


四散した木がいくつもの破片へ分離し中空から


崩れた土が複数に分かれて蛇行し地中よりイノシシを取り囲み


間を置かず 上と下
双方から"挟みこむ"ようにしてその巨体を捕らえる








驚愕し体を打ち付けて囲いを破壊しようとするイノシシだが


体格に合わせて突き出た複数の土壁へ
籠のようになった柵が噛み合う形で被さって

端を地面へ刺して固定している状態のため


うまく牙が刺さらず苦戦しているようだ




「貴様、邪魔ヲスル気カ」


「はぁ?むしろ助けた礼を言うテコロだろ!
つか早いモン勝ちっつったのお前だ!!」


「…マアイイ、イズレ囲イナド壊レル
ソシタラ私ガトドメヲ刺ス」




威圧感たっぷりに牙を剥きだすルナルーへ
本能的に一歩退くも


負けじとグラウンディも言い返す




「オレがお前助けたんだし
牙もらうゲンリくらいあんだろ!なぁ!




気合いを込めた叫びに返されたのは…




「牙?ソンナモノ勝手ニ取レ」




あっさりとした肯定だった




「へ?牙いだねぇのか?」


「私ガ欲シイノハダ」


「単なる狩りかよ!なら早く言にぇっつー
「イノシシ 鳴き声 ここか!」




少女のセリフとイノシシの呻きを遮るように
響いた第三者の声に、二人が固まる




「おいおいおいルシロまで来んのか!?」


「…邪魔ガ増エタカ」







苦々しく呟くルナルーの脳内で
グラウンディとルシロの始末が選択肢として浮かび


実行すべきか 邪神の機嫌を損ねる危険を避けるかで悩んでいる間に


ルシロがひょこっと顔を出す




「グラウ いたのか…誰だ?貴様」


「貴様コソ、ナンダソノ鍋ハ」




あからさまに異様な外見のルナルーに、ルシロは
訝しみこそしたものの


それ以上は特に問わず胸を張って質問に答える




「イノシシ 脂 煮出すため 装備だ!」


「アビュラぁ?」


そう!オレ様 薬品チーム 頼まれた!」




言いさしたところで囲いの一部が剥がれ

とうとうイノシシが顔を出すが




「少し 黙れ!」




ルシロの腰に下げた散布銃から放たれた
特製の麻酔弾(大型動物用)が眉間に命中し


しばしもがいた後にイノシシは昏倒した




「貴様、ナンダソレハ」


眠らせた 捌く 動かない 都合いい」




より一層の警戒心を抱くルナルーをよそに
語られた説明によると




どうやらディアの別チームに森の近辺にある村から
"イノシシ討伐"の相談が持ちかけられ


病の療法として"イノシシ脂の軟膏"の伝聞も聞き及んでいた為

成分を調べる機会と考えた彼等は
調達を含む討伐に相応しく、手すきの人材を打診


そして派遣されたのがルシロであったそうな







オレ様 欲しい 脂!あと 倒した証」


「倒した証てのはもしかさて…」


「傷ある 右の牙」




頷いたルシロが答えた瞬間


グラウンディとルナルーはイノシシを確認した




「このイノシシ、傷うぁるのだぜ?」


「なんだと」




イノシシへ近づき つぶさに観察してから
ルシロはその言葉に納得する




「確かに 傷 左 あと 聞いてた特徴 模様など
微妙 違うな」


「ドウイウコ…」


問いかけを自ら断ち、彼女があらぬ方を見る


つられて二人が視線を送ると




草木を掻き分け 少しくたびれた様子の道化師が現れた




カフィル!お前どかに行ってたんだ!」


「お前がイノシシに追われた後
現れたイノシシを相手取っていた」


「ナニ?」


「それ 右の牙 傷ある イノシシか?」




見知った人狼と発明家がいる事を敢えて尋ねず
彼は端的に結論を述べる




「ええ、著しい偶然ながら似たようなイノシシが
計二体 同じ森にいたようです」


「マジか ちゅげー神グーゼンだな」


「それで そのイノシシ 死んでるか?」


「面倒なので足を切りつけ、気を失わせてありますが
…なにかご事情でも?」


「てかオレあのあと神大変だいったからな?
見ろ!オレが術で捕まえたイノシシ!!




誇らしげに胸を張る少女へ




「私ノ手柄ヲ横取リシタ成果ダロウガ」


「気絶 オレ様の 麻酔弾」


残る二人がジト目で状況を補足した







…ともあれ無事にイノシシも無力化したので


それぞれの事情を聞いた上で、四人は
仕留めたイノシシの分配を決める




「肉ヲ奪ウ気カ」


「必要 内臓の脂 肉 貴様 取ればいい」


「オレらは左の牙ばけあれば神ダイジョブだし
あとはお前らで全部分けろ」


「ありがたい 脂 多い 好都合」




各々で捌いたイノシシ二体のうち

傷のある牙は、道化達と発明家が受け取り


可食出来る肉のほとんどは

ルナルーが両手に掴み
口にも咥えこんで持ち去っていった




「おかしな 変装 割に 怪力」


「いやアレ変装じゃ…まばいいか
しかしホントに肉だけも゛っでたなー」


「腹でも 減ってたか?さて…」




そして余った内臓などから
丹念に脂肪を剥がしていたルシロは




「オレ様 仕事 少し手伝え」


言いつつ 背負っていた鍋の設置にかかる




「手伝うて、なにしゅればいいんだよ?」


脂 水で煮て 必要な部分 取り出す
手伝う 脂細切れ 袋詰め 火起こし」




持参していたナイフとは別に


予備のナイフを渡して彼女は、大きめの水筒を
取り出して鍋に水を張り始める




「…お前、神どんだけニモツぼってんだ」


「"持ってる"な」


「科学 必要 時と場合 選ばん 道具あるだけ持つ 当たり前!
それに 全て 軽量化素材」




どうやら持参した鍋などいくつかの品は
ディア及びルシロが考案・作成した物らしく


今回の依頼では、実地での試験的使用も兼ねているそうな




「なるほど…従来のモノよりも軽く
著しく携行がしやすい形のようですね」


「耐久度も 自慢!」


「手伝うのはいいいだけどさー
神時間かかったりしゅるか?煮るのって?」


「二時間 あれば 十分!」


「いや長ぐげぇよ!!」




…煮出した脂の残りも使えるという話を聞き


それを受け取るのを条件として




この後 めちゃくちゃ森の中で道化が脂肪刻んで


少女が袋に刻まれた脂肪詰め、発明家に
渡しつつ法術で火起こしまでして


発明家が脂を煮出しての抽出をした







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あとがき(というか楽屋裏)


狐狗狸:新年一発目が五時前ルールになったけれども
まだ1日の範囲内!てコトで更新!!


グラウ:オレみゃっちゃ悲鳴あげてたのに神遅刻かよ!


カフィル:著しく怠慢だな、まあいつもの事だが


ルナルー:調達ノタメトイエ人間ドモ、ヨリニヨッテ奴等ノ
情ケヲ受ケル役回リヲサセテソノ体タラクカ…


狐狗狸:いや野営の為と言えニオイ追って単独で
部下達と離れた森まで来てるアンタは自業自とっ…


ルシロ:すさまじい 運動能力!中々 興味深いな!




読んでいただいて ありがとうございます
2019年もよろしくお願いします!